2-17
あと少しで、今日の業務も終わるという頃、私はせっせと資料室で片付けをしていた。ふと、周りを見回すと、先程までいたニルセン様とメルデン様がいない。
不気味な静けさに、私は先日の令嬢達に囲まれた恐怖を思い出した。
早くここから出ようと、私は震える肩を抑えて、本棚に手を伸ばす。すると、こちらに向かってくる重い靴音が聞こえた。
落ち着きのないその足音に、思わず振り返ると、そこには獣人騎士団の騎士が、不機嫌顔で立っていた。
「キャロライン様がお待ちだ。お前は黙ってついてこい。」
「え?あ、あの、騎士様...。」
突然現れた騎士は、私の腕を掴んで、強引に廊下へ引っ張っていった。
「やっと来たの。遅かったわね。」
連れてこられた王宮の一室には、キャロラインと呼ばれていた黒髪の女性と、彼女を囲う沢山の令嬢達が集まっていた。
「まあ!キャロライン様のお部屋に、こんな見窄らしい女を入れるなんて!」
一斉に向いた令嬢達の目には、侮蔑の感情がありありと浮かんでいる。
その視線に身を固くしていると、騎士に背中を強く押された。
「ふふふ、これは、お仕置きだもの。貴女はそうやって床に這いつくばっていなさいな。」
「まあ!」
「ふふ、確かにそうね。」
床に蹲る私の頭上では、令嬢達が楽しそうに笑っている。
どうしよう。
この場はなるべく穏便に切り抜けたい。
でも、騎士が扉前に陣取っていて逃げられない。
三階では、窓からの脱出も無理だ。
私は、逃げ出すことを一度諦めて、キャロライン様を冷静に見上げた。
「わたくしはね、王家の血を引くバルガンデイル公爵家の末姫。ヴェイル殿下の将来の正妃として、この子達と共に王家を支える存在なの。だから、貴女のようなゴミをちゃんと躾けなくちゃいけないのよ。」
にっこり笑ったキャロライン様が、その華奢な足で私の肩を踏みつけた。
痛い!
でも、ここで悲鳴を上げれば、きっと、もっと酷いことをされるだろう。
私は、必死に悲鳴を呑み込んだ。
「ねえ、今日は、私のヴェイル殿下と何をしたの?貴女、ヴェイル殿下と四六時中一緒にいるんですってね。お話しはした?ああ、マイリー!確かこのゴミは、毎日ヴェイル殿下とお茶を楽しんでいるのよね?」
キャロライン様は私を踏みつけたまま、騎士に視線を向けた。
「はい、キャロライン様。この女は、本日も団長と共に食事をし、団長自ら淹れた茶を飲んでいました。」
「そう。殿下自らお茶を。」
「きゃっ!」
笑みを消したキャロライン様は、肩を踏んでいた足で、私の腹部を蹴り上げた。
華奢な令嬢とはいえ、力の強い獣人に蹴られた私の腹部には激痛が走り、喉の奥から生温かい体液が逆流する。私は、激しく咽せながら、喉に溜まった胃液を吐き出した。
「やだわ、汚い。」
そう言った令嬢が、私の頭にポットの中身をぶちまけた。
「このお茶、良い香りでしょう?貴女のようなゴミでも、少しは綺麗にしてくれるのではないかしら?そう思いませんか、キャロライン様?」
「あらあら、ふふふ。」
頭から茶色に染まった私を、令嬢達はおかしそうに笑って見ている。
けれど、私は口答えも抵抗もせずに、この時間が終わるのを静かに待った。
「もういいわ。少しも反抗しないなんて、拍子抜けなんだもの。目障りだから連れて行って。」
キャロライン様は、反応の薄い私に飽きたのか、等閑に回復魔法をかけると、騎士に向かって退出を命じた。
けれど、チラリと見上げた彼女の瞳には、まだしっかりと私への憎悪が残っていた。
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少しだけ投稿済みの話の編集をしています。追加している部分もありますので、読んでくださると嬉しいです。よろしくお願いします!




