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南部を統治するサウザリンド王国は、獣人が大半を占める軍事大国だ。
様々な部族が存在する獣人は、一様に力が強く、戦闘に特化している。けれど彼らは、他種族に寛容で気の良い者が多かった。
そんな獣人を他国で見かけることは殆どない。それは彼らが、群れるという性質を持つためだった。獣人は他国へ渡っても、仲間恋しさにすぐ帰ってきてしまうのだそうだ。
それだけ家族や仲間が大切なのだろう。
斯く言う私も、獣人に会うのは、これが初めてだったりする。
主人のためにも、彼らに失礼がないようにしないと!
私はいつも以上に気配を消して、主人の背後に控えた。
「申し訳ない!遅くなった!」
主人が歓迎を受けている中、一人の獣人が、扉を勢い良く開けた。
突然現れた獣人に、サージェントの騎士が警戒を強める。ピリリとした空気の中、私は伏し目がちに、その人物を確認した。
綺麗な人...。
長身で少し細身のその獣人は、長い黒髪を無造作に首元で束ね、背中に流している。面立ちは、ガイル陛下に似ているけど、どの獣人よりも一際美しい。堂々とした立ち姿は、王宮に並ぶ美術品のようだった。
彼は相当急いで来たのか、気崩された騎士服からは胸元が大きく覗いている。
南部の温暖な気候のせいか、この国の服は、男女共に布地が薄く露出が多い。
とても動きやすそうではあるけど、こちらとしては正直、目のやり場に困る。
数名の騎士を引き連れて、ズンズンとこちらに向かってきたその獣人が、主人の前で止まった。
その瞬間、彼の切長な黄金色の瞳と私の目がピタリと合った。
そして、その目はなぜか私から離れない。
なぜ?
私、何か失敗した?
この目立つ赤毛のせい?
凄く居た堪れない。
主人も不審そうに、目の前の獣人を見ていた。
「おい、ヴェイル!女性達の前で何て格好をしている!しかも、客人への挨拶はどうした!アデライード王、愚弟が失礼した。」
ガイル陛下が、弟と呼んだ獣人の頭を掴んで無理矢理下げさせる。それでも、彼の目は私を見つめたままだった。
「では、我々はこれで失礼するとしよう。皆もゆっくりと、旅の疲れを癒してくれ。」
そう言ってガイル陛下は、今だに私を凝視している獣人を引き摺って出ていった。
あ、あの美しい方は、ガイル陛下の弟、ヴェイル王弟殿下だったのね...。
確かに、二人が並ぶと良く似ている。
獣人の特徴も同じだった。
でも、さっきのは何だったの?
幸先悪いことに、私は主人の前で失敗してしまったのだろうか。
獣人の習性って難しい...。
先程掻いた冷や汗で、背中が冷たい。
私は溜息を我慢して、主人の指示を待った。