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慌てる二人の静止を無視して、私は服の前側を大きく開く。そして、クルリと後ろを向いて、剥き出しの背中を見せた。
誰も一言も発しない。物音一つしない。
でも、私には、二人の戸惑う様子がありありと感じられた。
二人の顔が見られなくて良かった。
悍ましいものを見るような、そんな表情を向けられるのは辛いから。
私は、なるべく声を震わせないように、ゆっくり話し出した。
「...これは、奴隷だった時に受けた傷です。治りきらなかった傷が成長と共に、皮膚を割いてしまったのです。酷く醜いでしょう?」
はだけた服から覗く私の腕や背中には、鉱石がヒビ割れたような赤い傷痕が広がっている。青白い肌を割り裂く傷は、魔物の鱗のようにも見え、醜く不気味だった。しかも、刺し傷や切り傷、火傷の痕まで残っていて、とてもじゃないが、人に見せられるようなものではない。
私が、ドレスどころか半袖も着れない理由がこれだ。
「この傷は、体中に広がっていて、肌の露出の多い夜会用のドレスでは、どうしても隠しきれません。たとえ、無理矢理覆い隠したとしても、レースのような薄い布地では、赤みの強い傷は誤魔化せないのです。こんな体ですから、ドレスを着て、夜会に参加することは出来ませんでした。でも、あの美しいドレスをこのまま無かった事にしたくなくて、私の独断で、同僚の侍女に着てもらいました。相談もせずに、申し訳ありません。」
私は、背中を向けたまま、ヴェイル殿下に頭を下げた。
暫く頭を下げていたけど、相変わらず二人からの反応はない。
緊張と羞恥と後悔と悲しみと、そして怒り、私の心の奥底に押し込んでいた感情が、段々と複雑に絡み合って漏れてくる。
この傷痕は、とっくに諦めていたのに。
ゼイン先生には、傷痕は消せないと言われていたから。だから私の中では、もう折り合いがついていたのだ。
でも、怯んだまま、他の反応を示さないヴェイル殿下とニルセン様の様子に、私の心は抉られる。
これなら、気持ち悪いとか、こんな醜いもの見せるなとか、はっきり言ってもらった方が良かった。
私は、胸元で握り込んでいた手に、更に力を入れた。
「何やってるんですか!」
大きな声が聞こえ、私の肩にフワリと熱が乗る。
騎士服?
突然、私の肩に掛けられたのは、体温が残る騎士服の上着だった。私は、その服に視線を落とした後、ゆっくり振り返る。
すると、呆然としているヴェイル殿下とニルセン様に、メルデン様が食って掛かっていた。
「女性の肌を不躾に見つめるなど、騎士のする事ではありません!団長、しっかりして下さい!お前もだぞ、ニルセン!」
「あ、いや...、メルデン、これは、その...。団長も、大丈夫ですか?」
我に返ったニルセン様も、ヴェイル殿下を気にして声を掛ける。それでも、殿下は、ただ真っ直ぐ私を見ていた。
「さあ、あの二人は放っておいて、行きましょう、バレリー殿。」
私は、ヴェイル殿下の視線から逃れるように、メルデン様に従って控え室から出た。




