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会議が終わった翌日から、私は主人の侍女に戻った。忙しかった編纂部の日々とは逆に、穏やかな時間が続いている。
「陛下、相談なのですが。ステラを数日の間、貸して頂けないでしょうか?明後日から行われる騎士団の合同訓練に、連れて行きたいのです。」
突然、セルヴィン様が主人の前に立ち塞がった。
「うむ。どうする、ステラ?セルヴィンの下に付けば、間違いなくこき使われる。最近、まともに休んでなかっただろう?クマは薄れてきたようだが。」
主人に指摘されて、私はすぐに目元に触れる。
最近はずっと寝不足が続いていたから、肌もボロボロなのだ。
私は、自分の酷い顔を両手で覆い隠した。
「ステラ、合同訓練は、3日間森の奥深くで行われます。もちろん貴女が戦うことはありませんが、そこは魔物が出る森です。女性の貴女には、きついでしょう。ですが、私は我が国にはない、他国の戦法が欲しい。そして、魔物の詳細な情報を集めたいのです。どうか、貴女の力を私に貸して頂けないでしょうか?」
普段はあまり感情を表さないセルヴィン様が、激しくやる気に満ちている。
迫り来るセルヴィン様に、いつの間にか、私の首は縦に揺れていた。
「は、はい。私で、良ければ。」
「助かります。では、詳細を...。」
「おい、セルヴィン!そうやってすぐに、ステラを使おうとするな!マイヤ!マイヤは、いるか?」
早速、打ち合わせを始めようとしたセルヴィン様を、主人が止める。
「はい。お呼びですか、アデライード様?」
「今すぐ、ステラを客間に。しっかりと休ませてやれ。ステラがまた、無理をする前にな。」
「畏まりました。さあ、ステラ、そこの冷血漢は、放っておいて行きましょう。」
にっこりと笑ったマイヤ様に背中を押されて、私は主人の執務室から退出する。
その時、セルヴィン様がマイヤ様を憎々しげに睨んでいたような気がした。
騎士団合同訓練の準備に追われていた私達の下へ、ある一報が届いた。
それは、訓練で使う予定だった森に、中規模の魔物の群れが現れたというものだった。
会議に参加していた各国の首脳達は、直ちに偵察部隊を派遣、一時的に合同訓練の中止を発表した。
その後、偵察部隊の報告によって、魔物の動向が判明したため、本格的な魔物討伐が決定したのだった。
「温かいコートは持った?こことは違って、森の中は寒いみたいだから薄着は駄目よ?ああ、このブランケットも持って行きなさい。」
「マイヤ、それじゃあ、ステラが動けないよ?」
マイヤ様にブランケットでぐるぐる巻きにされた私を、アレン様が不憫な子を見るような目で見つめてくる。
「だって、ステラが心配なんだもの!」
ああでもない、こうでもないと、言い合っている二人の横で、私は段々と集まってきていた騎士達を見回した。
サウザリンド城前の広場には、それぞれの国旗を掲げた騎士達が整然と並んでいる。
本日、訓練予定日より三日程遅れて、各国の騎士団合同による魔物討伐が開始されることになった。
討伐は、移動も含めた7日間の予定で、被害者救済のための支援部隊も編成されていた。
我が国からは、騎士団長のアレン様が十数名の精鋭騎士を率いて参加する。
私とセルヴィン様も、当初の予定通り、軍医と共に後方支援兼記録係として彼らに同行することになった。
「さて、そろそろ行くよ。」
「アレン、貴方も気をつけてね。」
「うん。」
アレン様が、涙目のマイヤ様に優しく触れる。
どんな時もお互いを大切に思っているお二人は素敵だ。アレン様が無事にマイヤ様の下へ戻れるよう私も頑張らないと。
ふと、石畳を打ち鳴らす、重い革靴の足音が私の耳に届いた。甘やかだった私の周りの空気が、急に引き締まる。
周囲の視線の先を辿ると、旅装に身を包んだ主人が、颯爽とこちらに向かってきていた。
「ステラ、もう出発か?今回はゼインもいるから問題ないと思うが、あまり無理はするなよ。予備の魔石も多めに持って行きなさい。」
主人が、少し強めに私の頭を撫でる。
人前で子供のように触れられるのは、どうしても気恥ずかしい。それでも、内心嬉しくて、私の頬は緩んでいた。
「はい。アデライード様も、道中お気を付けて。」
「ああ。」
主人は、これから一度、国へと戻る。
やっとサージェント王国とサウザリンド王国を繋ぐ、長距離転移魔法陣が完成したのだ。これで、一週間かかった二国間の移動が、一日とかからずに行き来出来るようになる。
これからは、サージェント王国とサウザリンド王国の交流もどんどん増えていくのだろう。
主人とのしばしの別れを寂しく思いながら、私はみんなに見送られ、サウザリンド王国の北の国境にある森を目指した。
 




