*ヴェイル視点 38
闇に消えたステラを追いかけて、俺は、右も左も、上下すら分からない闇の中を走った。そこへ突然、懐かしい声が俺を呼び止めた。
「ヴェイル。」
「ち、父上…。」
闇の中に浮かぶように現れたのは、俺が憧れていた頃の、英雄然とした父上の姿だった。
久しぶりに聞いた父上の声は、張りがあり勇ましい。言葉を発しなくなった今の父上とは違って。
ところが、そんな父上の姿が、見る見るうちに衰えていく。逞しかった筋肉が削げ落ち、目が落ち窪み、表情に狂気が宿る。正気を失った姿で、父上は俺に縋り付いてきた。
「ヴェイル、どうしてだ!?ああ、情けない。番を守りきれないとは。お前は、私の…、番を失った異能者の落ちぶれていく姿を見ていただろう?お前は、私のようになりたいのか?」
「クソッ!やめろ、触るな!お前は、父上ではない!」
俺は父上の姿をしたソレを振り払い、青炎で焼き消した。一瞬で灰になった影を、俺は呆然と見つめる。すると今度は、コツンコツンと床を鳴らす軽い音が俺の耳に届いた。
「あら、父親を焼き殺すなんて、酷い子。さすがは、獣ね。気色悪い。」
この甲高いヒステリックな声を、俺は、もう二度と、聞くことはないと思っていた。
俺は、無意識に固まっていた体を、ゆっくり動かして後ろを向いた。
「母上…。」
「私を母と呼ばないでよ、獣。」
母上の言葉が、塞がったはずの俺の心の古傷を抉る。
これが、母上であるはずがないのに。
俺は、剣を強く握りしめ、青炎を燃え上がらせた。欠片すら残さず、この目障りなものを焼き尽くすために。
しかし、青の業火は、俺の意思に反して、勢いを徐々に衰えさせていく。
なぜだ?
俺の異能が、吸い取られているのか?
自分の力が吸収されていることに気付いた俺は、辺りの気配を探る。
一時、母上から意識を逸らした俺の首に、ひんやりとした細い指がかかった。
「クッ、母上…。」
偽物だと分かっていても、俺は無意識に、母上に呼びかけていた。
しかし、その細く白い指が、俺の喉を容赦なく締め上げる。その力は、決して、か弱い女性のものではなかった。
その時、母上が俺に向かって微笑んだ。初めて俺に向けられた母上の笑顔は、歪んでいて、酷く醜かった。
気持ち悪い。
そう思った俺は、母上の腕を払い、一歩分距離を空ける。すると、その距離を縮めるように、再び母上の手が伸ばされた。
「ヴェイル!ヴェイル、ヴェイル!なぜ、抵抗しない?お前の自慢の炎はどうした?ほら!父親と同じように、母親も燃やしてみろ!」
母上の口から、穢らわしい魔物の王の言葉が飛び出す。
そうか、そういうことか…。
俺は、どうかしていた。
姿を偽ったヤツを一瞬でも母上と思うなど。
怒りのあまり、理性が焼き切れた俺の体から青炎が噴き上がった。
母上の姿をした魔物の王を逃さないよう、俺達の周りを青炎の業火で囲う。
その状況でも、魔物の王は、笑い続けていた。
「ハハハ、いいぞ!やってみろ!さあ、本物のお前の母親を殺してみろ!アハハハハハ!」
「何を言っている!?今のお前の姿は、母上を模した偽りのものだろう!」
「そんな事はないぞ?我は、コレクションは大事にする質でな。我が堕とした者達は、こうして保管しているのだ。」
魔物の王は、母上の声で、ねっとりと囁く。すると、闇の中から数十の人が現れた。




