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1-9

突然扉が開き、ドカドカと靴音を鳴らした男達が、部屋の中に雪崩れ込んできた。そして、彼らは横柄な態度で私の前に立つ。



「おい、赤毛!お前、平民の分際で、なぜここにいる!?」


「家名を名乗らなかったから、もしやと思ったが。まさかこの崇高な集まりに、下賤な者が混じるとはな!」


「ヴェイル殿下も、お前を煩わしく思っているんだぞ。目障りなんだよ!」



「お赦し下さい。なるべく私の姿は、皆様の目に触れないように致しますので。」


大抵どの国でも、平民には家名がない。

家名を名乗らなかった私を、彼らは平民と判断したのだろう。

実際、私は、平民の中でも下層に近い生まれだ。毛嫌いされるのは、仕方のないことと割り切っている。


口々に浴びせられる罵倒に、抵抗を諦めた私は、慣れた謝罪を定型文通りに繰り返して、この嵐が去るのをただ只管に待った。



「穢らわしいお前の仕事は、これだ!空気が悪くなるから、こちらの部屋には来るなよ!いいな!?」

文官達は、ゴミを捨てるように紙の束を床に落とすと、大きな足音を立てて部屋から出ていった。


静かになった部屋で、私は散らばった紙を拾い上げる。

そこには乱雑に、魔物の被害状況が書き込まれていた。

溜息を押し殺した私は、それを持って、埃を払ったばかりの机に向かった。






「お腹、すいた...。」


昼食の時間は、とうの昔に過ぎ去っている。

けれど、次から次へと押し付けられる雑用に、私は食事どころか水を飲む暇もなかった。



「飲み物だけでも貰って来ようかな。」


喉が渇いていた私は、編纂部に割り当てられた騎士団棟の食堂へ行ってみることにした。

けれど、恐る恐る入った食堂は、既に綺麗に片付けられていて何も残っていない。私は、仕方なく自分でお茶を淹れることにした。すると、掃除をしていた侍女の一人が近付いてきた。



「ねえ、あんた、勝手な事しないでくれる?ここは、騎士様達が食事を取る所なんだけど。」


「す、すみません!編纂部の食堂だと聞いていたもので。」


この食堂は自由に使っていいと聞いていたけど、間違いだったのだろうか。


私は、血色ばむ侍女に謝罪して、すぐに道具を片付けた。



「あのさあ、編纂部の文官様達はいいのよ、自由に使って。だって、世界のために国を越えて仕事をしてるんだから。でも、あんたは、まともに仕事してないじゃん。適当に雑用して終わりなんでしょ?結婚相手探しに来たんだっけ?最低だね。はっきり言って、邪魔。さっさと帰ってくれない?みんな迷惑してるし。」


「ち、違います、私は…。た、確かに、仕事は、雑用ばかりしてますけど、結婚相手なんて探していません!」


「ああ、いいよ、言い訳なんて。あんた、あのお優しいヴェイル団長に拒絶されてんでしょ?それが証拠じゃん。もしかして、団長にも迫ったの?」


集まってきた侍女達の事実無根な追及に、私は声が出せなくなってしまった。



「この建物は、命をかけて魔物と戦う騎士様のための場所なの。あんたみたいなのが、遊びで来ていい場所じゃないのよ。」


怒気を滲ませた侍女達は、よってたかって私の背中を押す。獣人の強い力に簡単に押し負けた私は、食堂の廊下から建物の外に追い出されてしまった。

呆気に取られていた私を、去り行く侍女達が睨みつける。私は、そんな彼女達の背中を、見送ることしか出来なかった。



ヴェイル殿下にも、編纂部の文官や侍女にも嫌われてしまった。

ここに私の味方はいない。


私は、騎士団棟の立派な建物を無言で見上げた。


なるべく資料室から出ないようにしよう。

軽食と飲み物を持ち込めば何とかなる。

そう心の内に書き留めて、私は仕事に戻った。



日が傾くと北向きの資料室は、一気に暗さが増す。私は、片隅にあったランプに火を灯した。パッと灯った温かな光に、疲れた心が和む。

私はいつもの習慣で、胸元の魔石に手を当てた。魔石から溢れるアレン様の力強い魔力が、冷えた私の体を温めてくれた。




夜も深まった頃、やっと仕事が終わった。

隣の部屋からは、誰の声も聞こえない。残っているのは、私だけのようだ。


私は凝り固まった背筋を伸ばしながら、自分が手掛けた仕事に目を向ける。

時間はかかったけど、落書きのようだった文書を正書し、製本までした。



これなら、文句は言われないでしょう。


私は、それを各担当文官の机に置いた。


さあ帰ろうと息を軽く吐いたところで、背後から、威圧感のある気配を感じた。



「何をしている。」


「キャッ!」


誰もいない真っ暗な編纂室で、突然声をかけられた私は、小さく悲鳴を上げてしまった。



「し、失礼しました、殿下。その...、頼まれた仕事が終わりましたので、片付けておりました。」


「仕事?お前が?」


鋭い圧迫感に耐えきれず、視線を下げると、呆れたような溜息が上から降ってきた。


「侍女達から苦情が届いた。ここの食事に関して文句を言ったそうだな。口に合わないからと、食堂を勝手に使っていたらしいじゃないか。随分と身勝手なものだ。」


「わ、私は、ただお茶を…。」

私は、途中まで出た弁解の言葉を口の中に閉じ込めた。

きっと食堂にいた侍女達が口裏を合わせている。今、私が何を言っても無駄だろうと、そう思ったから。

私は、ヴェイル殿下からは見えない唇を噛み締めて、屈辱に耐えた。


そんな私の頭の上からは、パラパラと紙を捲る音が聞こえる。



「文官達からは、お前が休憩に行ったまま帰ってこないと聞いたが?それなのに、お前がこれを?ハッ、嘘ももう少し上手く吐くんだな。」


私が作った資料を、バサリと机に投げ置くと、ヴェイル殿下はさっさと部屋を出て行った。






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