誕生日
東北はどの県もデカい。
廃藩置県の際、雑に再編成されたせいだ。
わけても福島は、戊辰戦争の影響をもろに受けた。
会津藩には幕府側の総大将がいたこともあり、特に目の敵にされ、懲罰的に冷遇された。彼らは県庁へ行くのに、わざわざ磐梯山を越えねばならなくなった。
蝦夷征伐や、奥州藤原氏の滅亡もそうだが、どうにも東北は「中央」との相性がよろしくないらしい。
第二次大戦の前後だけは、やや様相が異なるが……。
いや、いい。
東北の出身者として、いろいろ思い出しただけだ。
日本自体、意外とデカい。
北と南で想像以上に気候が異なる。
東北の冬は薄暗い。昼間は明るいが、日が傾くとすぐに暗くなる。頭上にずっと雲があるせいか、「早く帰らなきゃ」という気分にさせる。みんな家に入ってしまう。街はしんとしている。
そんな陰鬱な場所に、あるとき美しい少女が現れた。
俺の人生の転機だ。
まるで彼女のいる場所だけ日に照らされたようだった。
キラキラしていて、眩しかった。
偶然、俺とは家が近かったから、徐々に会話するようになった。田舎では家と家との距離が遠いこともあり、物理的な距離が、人間的な距離と直結しがちだった。
*
ぼけーっと回想しているうちに、現地についた。
課長はさすがに疲れた様子。二時間以上も運転しっぱなしだったのだ。無理もない。
「はい、これね」
駐車場で銃を手渡された。
二番はすっと俺の後ろへ。
かくれんぼは本気でトラウマなのだが……。
「ダメだよ、二番ちゃん。もう大人だよね? 撃たなくていいから。持ってるだけ。ねっ? それでいいから。できる? ねっ?」
「……」
二番は嫌そうな顔でぷるぷる震えながらも、なんとか両手で受け取った。
いったいどんなトラウマがあることやら。
研究所の「仕事」にはレポートが存在するが、採用試験のレポートは開示されていない。だから彼女が喋らない限り、俺が真相を知ることはない。
まだ昼だから明るい。
それもすぐに、すーっと薄暗くなってゆくはずだ。
雪も降る。
雲などなくても降る。山に積もった雪が、風にさらわれてはらはらと街へ落ちてくる。
「概要は?」
俺がそう尋ねると、課長は肩をすくめた。
「そこの町工場に、ターゲットが立てこもってます。武装してるから、慎重に攻め落とせと……」
「攻め落とす?」
確かに小さな工場がある。
工場というか、ちょっと大きなガレージというか……。静かなのは、立てこもっているからなのか。
「僕もね、平和主義なんですよ。過去はともかく、今はね。だから被害は最小限に抑えてもいいと考えてる」
「最小限、というと……」
「リーダーだけ始末するんです。ただ、この工場は家族経営でね。向こうがそれで納得するかどうかは……」
家族経営、か。
となると、ターゲットは一家の父親だ。
もし俺なら、父親を殺したようなヤツを許すことはない。
もちろん「勝てそうなら」という条件はつく。犬死にならやらない。被害が拡大すると分かっているのに、戦闘を継続する意味がない。
だが、彼らは家族全員で立てこもっているという。覚悟が決まっているのだ。全滅するまで襲ってくるかもしれない。
「あ、あたし、そういうのイヤです……」
かすかに白い息を吐きながら、二番が言った。
マフラーに顔をうずめて、いまにも泣き出しそうだ。
課長はしかし返事もせず、「じゃあ行こう」と歩き出してしまった。
俺も止めることができず、すぐ脇に追いついた。
「作戦は?」
「ないんだよね。だって考えてもご覧よ。それは、どうやって人を殺すのか考えるってことだよ? そういうのやめたんだよね、僕は」
まるでコンビニにでも買い物に行くかのような足取りだ。
工場のシャッターはあがっているのだが、太陽は上にあるし、消灯されているから奥が見えない。
ふと、ブロロロロと音がした。
工場の機械が稼働したのかと思った。
だが、違った。
巨大なショベルのついた重機が、凄まじいスピードで飛び出してきた。
いや、実際にはさほどのスピードではなかったのかもしれない。しかし急だったから、怪物でも襲ってきたように見えた。
俺たちは慌てて左右に分かれて回避。
本気で殺しに来ている。
そいつは何度もハンドルを切り返しながら、俺たちを轢き殺すために狙いをつけてきた。
どこかからダーンと鉄球まで飛んできた。
鉄アレイの端についているみたいな球体だ。
直撃したら死ぬ。
焦ってはダメだ。
まずは状況の把握。
まず、工場がある。
重機は、開かれたシャッターのところからまっすぐに出てきた。
鉄球も同じところから撃ち出された。
つまり開口部の正面にさえ立たなければ、鉄球に狙われることもない。のみならず、うまくすれば重機に鉄球を当てさせることさえ不可能ではない。運と運動神経さえよければ。
課長は走りながら銃を撃った。
しかし重機の運転席には鉄板が張られており、拳銃弾など弾いてしまうようだった。
俺たちが来ると分かっていたから、事前に備えていたようだ。
「けぇれオラァ!」
運転席で男が怒鳴っている。
息子だろうか。
撃ちまくっている課長を、ムキになって追い回している。ただ、重機は小回りがきかない。方向転換には苦慮していた。それはもともと人を追い回すのに適した乗り物ではない。
とはいえ、逃げ回る俺たちの体力も、銃弾も、無限ではない。
銃はなにかのコピー品。
弾丸は9mmパラベラム弾が15発。
課長はもう何発も撃った。
このままでは、いずれ轢き殺される気がする。
俺は工場内に撃ち込んだ。
人を狙ったわけではない。
地面を撃った。
一瞬でいいから、火花で内部を把握できないか期待したのだ。実際、見えたのかもしれない。だが、特別な才能があるわけでもないのに、俺ごときにすべてを把握できるわけがなかった。ムダ弾だ。クソだ。
なにかのアニメではうまく行ってたのに。
それでも内部を委縮させる効果はあった。
おばちゃんの悲鳴が聞こえて、それを助けようとする誰か男の声もした。家族の絆が強いのはいい。だが、声のせいでだいたいの居場所を特定できてしまった。しかも彼らは、家族の身を案じて同じ場所に集まり始めた。
この世界では、優しいものから死んでゆく――。
俺はさらに銃弾を撃ち込んだ。
おじさんとおばさんの慌てふためく声が響いた。
重機が、こちらへ向けて襲い掛かってきた。
だが、よそ見をしていたならともかく、警戒していれば轢かれることはない。冷静に見れば、この重機はじつにのろい。特別な運動神経などなくとも轢かれることはない。あるいは転倒などのアクシデントさえなければ。
俺はさっと横に回避しようとして、自分の足につまずいた。
自分の足に、だ!
しかも無様に転倒してしまった。
頭は冷静なつもりでも、体は違ったらしい。
鉄板の隙間から、運転している男と目があった。
鉄板といっても、隙間なくガードされているわけではない。運転の邪魔にならない程度のスペースが空いている。
男の表情は、殺してやろうという気迫に満ちていた。
ところが次の瞬間、その顔が見えなくなった。課長の銃弾が、男の頭部を撃ち抜いたのだ。トマトジュースでもぶちまけたかのように、フロントガラスが赤く染まった。
重機は俺を轢かなかった。
男は死んだ拍子にあらぬ方向へハンドルを切ったのだろう。急カーブして逸れていった。そして荷物の積まれた山へ激突。それでも止まらず、ぐいぐい押し続けた。
「たがし! たがし!」
出てきたおばさんを、課長が撃ち抜いた。
「おおぇ! 撃づなや! もうじゅーぶんだべ!」
そう抗議してきたおじさんも、課長が撃ち抜いた。
ふたたびの静寂。
遠くでパトカーの音が鳴り始めた。きっと近隣住民が通報したのだろう。いや近隣というほど近くもないが。
発砲音がすれば、普通は通報するものだ。
ブロックで保護された斜面があるから、特に響く。
「大丈夫かな?」
「なんとか」
課長はなんとも言えない表情で近づいてきた。
俺は立てなかった。
膝がガクガクしている。
これで漏らしてないのが奇跡だ。
空は白々としてきた。
本当に、すぐ暗くなる。
この空だけは、どうしても好きになれない。
*
帰路。
俺はチビらなかったのに、なぜか戦闘に参加していない二番がチビったと主張してきた。それで、またコンビニに寄るハメになった。
まだ日は暮れていない。
このまま高速道路が混雑しなければ、定時までには帰社できるだろう。
「彼らも借金を?」
「そう。うちの下請けの下請けの……何次請けだろう。とにかく末端の業者だったみたい。腕はよかったらしいよ」
「ならなぜ……」
俺がそうぼやくと、課長はかすかに鼻息をふいた。
「なぜ、なんて、考えちゃダメだよ。なにも考えないほうがいい」
「そうでした」
おそらく職員の誰かが先回りして、どこかで有機周波数とやらを観測していたはず。
今日は三人も死んだ。
きっと満足だろう。
正当防衛とは言えない。
防衛を試みたのは彼らのほうだ。
俺たちはただの虐殺者。
人を殺してまで収拾したいデータなのか?
だったら、どこか戦地にでも行けばいい。
それもよくはないが……。わざわざ殺すよりはマシなはず。
*
例の定食屋へ来た。
俺にとっては居酒屋だが。
店内も静かだが、俺たちも静まり返っていた。
仲間の誕生日を祝うような雰囲気ではない。
むしろお通夜……。
「あ、あーしもビール飲みやーす……」
二番はほとんど能面みたいな顔をしていた。
記念すべき二十の誕生日を祝って欲しいという感情と、とてもじゃないけど飲み会なんてやってらんねーよという感情が入り乱れているように。しかもその感情は拮抗しておらず、露骨に後者が勝っている。
課長も不安そうだ。
「ちょっとだけね」
「いえ、べつに普通に飲めますから。普通にくださいよ」
「普通に……?」
「ズルいですよ二人だけ。いつもいつも。あんまりいじめると事務方に転属しますから」
「それは……」
それは願ったり叶ったりだ。
だが、俺も課長も突っ込まなかった。
小さなコップをかかげて乾杯した。
「乾杯。二番ちゃん、おめでとう」
「おめでとう」
「あざーす……」
目が死んでいる。
俺はこういうとき、余計なことを言って空回りする癖がある。二丁拳銃のときもそうだった。だが、止められないものだ。
「やー、でも記念すべきハタチの誕生日なんだから、友達に祝ってもらったらよかったんじゃないの? いや友達っていうか……」
「あい?」
死んだ魚の目とは、こういうのを言うんだろうか。
それがギョロリと動いてこちらを見た。
「ああ、いや、俺らでよければいいんだけど」
「いまカレシいねーのかって言った?」
「言ってないから」
「ホントかよ……。うわまっず。え、ビールって……。え、みんなこれ好きで飲んでるの? マジで?」
ビールを口にした途端、いきなり正気に戻った。
普通に飲めると豪語していたのはなんだったのか?
課長は困惑してしまった。
「ごめん。でもここ、ほかには日本酒と焼酎しかないんだ」
「あー、いいんです。帰ってから飲み直します。でもビールはやっぱムリだわ。つらい……。とりあえずビールって文化は滅んで欲しい……」
また徐々に表情が死んでいった。
薄いビールでこうなるのは分かるが、ここのはまともな生ビールなのに。合う合わないはあるから、責めるつもりはないが。
ともあれ、アホみたいに酔っ払って騒がれるよりはマシか。
「なに食べたい? 今日はおごりだから。遠慮しないで。ねっ?」
「あーし、いつも課長が食べてるやつ食べたいです……」
「いつも? 焼き鳥とか枝豆になるけど、いいの?」
「いいです……」
「じゃあ頼むね」
主役のテンションが低すぎる。
しかし課長もよくやる。
一人で運転して、銃撃戦をして、また運転して、部下の面倒を見て……。やつれて青白くなるのもムリはない。あきらかに寿命をすり減らしている。
この世界では、優しいものから死ぬ。
その優しさを受け継げれば、まだいいほう。
他人の優しさで生き延びた人間が、他者に施すとは限らない。むしろ次の誰かの優しさに期待するのがほとんどだ。
憎しみは簡単に連鎖するのに。
「課長、久しぶりに娘さんの写真見せてくださいよ」
ふと、二番がそんなことを言い出した。
課長は固まっている。
「娘……の……?」
「え、前に見せてくれたじゃないですか。あたしといくつ違いでしたっけ? 二つ?」
「二つだね」
「いまなにやってるんですか?」
「えーと……学校……かな……」
「高校生? 大学? 専門?」
「ああ、いや……。なんだったかな。近ごろあんまり話す機会なくて。それよりほら、写真」
課長はスマホで見せてくれた。
娘がどんな学校に通っているのか、把握していないのか?
もしかして、離婚したのか?
すでに故人とか?
スマホに映っていたのは、肌の白い、穏やかそうな顔立ちの少女だった。
車椅子に座っている。
二番もさすがに察したらしく、「か、かわいいすね」としか言えず、しかも誤魔化すようにビールを飲んでまたのけぞった。
ここはまた、俺が場を和ませるようなコメントでも出すべきか。
いや静観という手もある。
二番だけでなく、課長のテンションまでさがってしまった。
俺ごときにどうこうできる状況ではない。
心を無にするのだ、無に。
(続く)