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オルガン  作者: 不覚たん
本編
9/41

誕生日

 東北はどの県もデカい。

 廃藩置県の際、雑に再編成されたせいだ。

 わけても福島は、戊辰戦争の影響をもろに受けた。

 会津藩には幕府側の総大将がいたこともあり、特に目の敵にされ、懲罰的に冷遇された。彼らは県庁へ行くのに、わざわざ磐梯山を越えねばならなくなった。

 蝦夷征伐や、奥州藤原氏の滅亡もそうだが、どうにも東北は「中央」との相性がよろしくないらしい。

 第二次大戦の前後だけは、やや様相が異なるが……。


 いや、いい。

 東北の出身者として、いろいろ思い出しただけだ。


 日本自体、意外とデカい。

 北と南で想像以上に気候が異なる。

 東北の冬は薄暗い。昼間は明るいが、日が傾くとすぐに暗くなる。頭上にずっと雲があるせいか、「早く帰らなきゃ」という気分にさせる。みんな家に入ってしまう。街はしんとしている。


 そんな陰鬱な場所に、あるとき美しい少女が現れた。

 俺の人生の転機だ。

 まるで彼女のいる場所だけ日に照らされたようだった。

 キラキラしていて、眩しかった。

 偶然、俺とは家が近かったから、徐々に会話するようになった。田舎では家と家との距離が遠いこともあり、物理的な距離が、人間的な距離と直結しがちだった。


 *


 ぼけーっと回想しているうちに、現地についた。

 課長はさすがに疲れた様子。二時間以上も運転しっぱなしだったのだ。無理もない。


「はい、これね」

 駐車場で銃を手渡された。

 二番はすっと俺の後ろへ。

 かくれんぼは本気でトラウマなのだが……。


「ダメだよ、二番ちゃん。もう大人だよね? 撃たなくていいから。持ってるだけ。ねっ? それでいいから。できる? ねっ?」

「……」

 二番は嫌そうな顔でぷるぷる震えながらも、なんとか両手で受け取った。

 いったいどんなトラウマがあることやら。

 研究所の「仕事」にはレポートが存在するが、採用試験のレポートは開示されていない。だから彼女が喋らない限り、俺が真相を知ることはない。


 まだ昼だから明るい。

 それもすぐに、すーっと薄暗くなってゆくはずだ。

 雪も降る。

 雲などなくても降る。山に積もった雪が、風にさらわれてはらはらと街へ落ちてくる。


「概要は?」

 俺がそう尋ねると、課長は肩をすくめた。

「そこの町工場まちこうばに、ターゲットが立てこもってます。武装してるから、慎重に攻め落とせと……」

「攻め落とす?」

 確かに小さな工場がある。

 工場というか、ちょっと大きなガレージというか……。静かなのは、立てこもっているからなのか。

「僕もね、平和主義なんですよ。過去はともかく、今はね。だから被害は最小限に抑えてもいいと考えてる」

「最小限、というと……」

「リーダーだけ始末するんです。ただ、この工場は家族経営でね。向こうがそれで納得するかどうかは……」


 家族経営、か。

 となると、ターゲットは一家の父親だ。

 もし俺なら、父親を殺したようなヤツを許すことはない。

 もちろん「勝てそうなら」という条件はつく。犬死にならやらない。被害が拡大すると分かっているのに、戦闘を継続する意味がない。

 だが、彼らは家族全員で立てこもっているという。覚悟が決まっているのだ。全滅するまで襲ってくるかもしれない。


「あ、あたし、そういうのイヤです……」

 かすかに白い息を吐きながら、二番が言った。

 マフラーに顔をうずめて、いまにも泣き出しそうだ。


 課長はしかし返事もせず、「じゃあ行こう」と歩き出してしまった。

 俺も止めることができず、すぐ脇に追いついた。


「作戦は?」

「ないんだよね。だって考えてもご覧よ。それは、どうやって人を殺すのか考えるってことだよ? そういうのやめたんだよね、僕は」

 まるでコンビニにでも買い物に行くかのような足取りだ。


 工場のシャッターはあがっているのだが、太陽は上にあるし、消灯されているから奥が見えない。


 ふと、ブロロロロと音がした。

 工場の機械が稼働したのかと思った。

 だが、違った。


 巨大なショベルのついた重機が、凄まじいスピードで飛び出してきた。

 いや、実際にはさほどのスピードではなかったのかもしれない。しかし急だったから、怪物でも襲ってきたように見えた。

 俺たちは慌てて左右に分かれて回避。

 本気で殺しに来ている。


 そいつは何度もハンドルを切り返しながら、俺たちを轢き殺すために狙いをつけてきた。

 どこかからダーンと鉄球まで飛んできた。

 鉄アレイの端についているみたいな球体だ。

 直撃したら死ぬ。


 焦ってはダメだ。

 まずは状況の把握。


 まず、工場がある。

 重機は、開かれたシャッターのところからまっすぐに出てきた。

 鉄球も同じところから撃ち出された。

 つまり開口部の正面にさえ立たなければ、鉄球に狙われることもない。のみならず、うまくすれば重機に鉄球を当てさせることさえ不可能ではない。運と運動神経さえよければ。


 課長は走りながら銃を撃った。

 しかし重機の運転席には鉄板が張られており、拳銃弾など弾いてしまうようだった。


 俺たちが来ると分かっていたから、事前に備えていたようだ。


「けぇれオラァ!」

 運転席で男が怒鳴っている。

 息子だろうか。

 撃ちまくっている課長を、ムキになって追い回している。ただ、重機は小回りがきかない。方向転換には苦慮していた。それはもともと人を追い回すのに適した乗り物ではない。


 とはいえ、逃げ回る俺たちの体力も、銃弾も、無限ではない。

 銃はなにかのコピー品。

 弾丸は9mmパラベラム弾が15発。

 課長はもう何発も撃った。


 このままでは、いずれ轢き殺される気がする。


 俺は工場内に撃ち込んだ。

 人を狙ったわけではない。

 地面を撃った。

 一瞬でいいから、火花で内部を把握できないか期待したのだ。実際、見えたのかもしれない。だが、特別な才能があるわけでもないのに、俺ごときにすべてを把握できるわけがなかった。ムダ弾だ。クソだ。

 なにかのアニメではうまく行ってたのに。


 それでも内部を委縮させる効果はあった。

 おばちゃんの悲鳴が聞こえて、それを助けようとする誰か男の声もした。家族の絆が強いのはいい。だが、声のせいでだいたいの居場所を特定できてしまった。しかも彼らは、家族の身を案じて同じ場所に集まり始めた。


 この世界では、優しいものから死んでゆく――。


 俺はさらに銃弾を撃ち込んだ。

 おじさんとおばさんの慌てふためく声が響いた。


 重機が、こちらへ向けて襲い掛かってきた。

 だが、よそ見をしていたならともかく、警戒していれば轢かれることはない。冷静に見れば、この重機はじつにのろい。特別な運動神経などなくとも轢かれることはない。あるいは転倒などのアクシデントさえなければ。


 俺はさっと横に回避しようとして、自分の足につまずいた。

 自分の足に、だ!

 しかも無様に転倒してしまった。


 頭は冷静なつもりでも、体は違ったらしい。


 鉄板の隙間から、運転している男と目があった。

 鉄板といっても、隙間なくガードされているわけではない。運転の邪魔にならない程度のスペースが空いている。

 男の表情は、殺してやろうという気迫に満ちていた。


 ところが次の瞬間、その顔が見えなくなった。課長の銃弾が、男の頭部を撃ち抜いたのだ。トマトジュースでもぶちまけたかのように、フロントガラスが赤く染まった。


 重機は俺を轢かなかった。

 男は死んだ拍子にあらぬ方向へハンドルを切ったのだろう。急カーブして逸れていった。そして荷物の積まれた山へ激突。それでも止まらず、ぐいぐい押し続けた。


「たがし! たがし!」

 出てきたおばさんを、課長が撃ち抜いた。


「おおぇ! 撃づなや! もうじゅーぶんだべ!」

 そう抗議してきたおじさんも、課長が撃ち抜いた。


 ふたたびの静寂。

 遠くでパトカーの音が鳴り始めた。きっと近隣住民が通報したのだろう。いや近隣というほど近くもないが。

 発砲音がすれば、普通は通報するものだ。

 ブロックで保護された斜面があるから、特に響く。


「大丈夫かな?」

「なんとか」

 課長はなんとも言えない表情で近づいてきた。

 俺は立てなかった。

 膝がガクガクしている。

 これで漏らしてないのが奇跡だ。


 空は白々としてきた。

 本当に、すぐ暗くなる。

 この空だけは、どうしても好きになれない。


 *


 帰路。

 俺はチビらなかったのに、なぜか戦闘に参加していない二番がチビったと主張してきた。それで、またコンビニに寄るハメになった。


 まだ日は暮れていない。

 このまま高速道路が混雑しなければ、定時までには帰社できるだろう。


「彼らも借金を?」

「そう。うちの下請けの下請けの……何次請けだろう。とにかく末端の業者だったみたい。腕はよかったらしいよ」

「ならなぜ……」

 俺がそうぼやくと、課長はかすかに鼻息をふいた。

「なぜ、なんて、考えちゃダメだよ。なにも考えないほうがいい」

「そうでした」


 おそらく職員の誰かが先回りして、どこかで有機周波数とやらを観測していたはず。

 今日は三人も死んだ。

 きっと満足だろう。


 正当防衛とは言えない。

 防衛を試みたのは彼らのほうだ。

 俺たちはただの虐殺者。


 人を殺してまで収拾したいデータなのか?

 だったら、どこか戦地にでも行けばいい。

 それもよくはないが……。わざわざ殺すよりはマシなはず。


 *


 例の定食屋へ来た。

 俺にとっては居酒屋だが。


 店内も静かだが、俺たちも静まり返っていた。

 仲間の誕生日を祝うような雰囲気ではない。

 むしろお通夜……。


「あ、あーしもビール飲みやーす……」

 二番はほとんど能面みたいな顔をしていた。

 記念すべき二十の誕生日を祝って欲しいという感情と、とてもじゃないけど飲み会なんてやってらんねーよという感情が入り乱れているように。しかもその感情は拮抗しておらず、露骨に後者が勝っている。


 課長も不安そうだ。

「ちょっとだけね」

「いえ、べつに普通に飲めますから。普通にくださいよ」

「普通に……?」

「ズルいですよ二人だけ。いつもいつも。あんまりいじめると事務方に転属しますから」

「それは……」

 それは願ったり叶ったりだ。

 だが、俺も課長も突っ込まなかった。


 小さなコップをかかげて乾杯した。

「乾杯。二番ちゃん、おめでとう」

「おめでとう」

「あざーす……」

 目が死んでいる。


 俺はこういうとき、余計なことを言って空回りする癖がある。二丁拳銃のときもそうだった。だが、止められないものだ。

「やー、でも記念すべきハタチの誕生日なんだから、友達に祝ってもらったらよかったんじゃないの? いや友達っていうか……」

「あい?」

 死んだ魚の目とは、こういうのを言うんだろうか。

 それがギョロリと動いてこちらを見た。

「ああ、いや、俺らでよければいいんだけど」

「いまカレシいねーのかって言った?」

「言ってないから」

「ホントかよ……。うわまっず。え、ビールって……。え、みんなこれ好きで飲んでるの? マジで?」

 ビールを口にした途端、いきなり正気に戻った。

 普通に飲めると豪語していたのはなんだったのか?


 課長は困惑してしまった。

「ごめん。でもここ、ほかには日本酒と焼酎しかないんだ」

「あー、いいんです。帰ってから飲み直します。でもビールはやっぱムリだわ。つらい……。とりあえずビールって文化は滅んで欲しい……」

 また徐々に表情が死んでいった。

 薄いビールでこうなるのは分かるが、ここのはまともな生ビールなのに。合う合わないはあるから、責めるつもりはないが。

 ともあれ、アホみたいに酔っ払って騒がれるよりはマシか。


「なに食べたい? 今日はおごりだから。遠慮しないで。ねっ?」

「あーし、いつも課長が食べてるやつ食べたいです……」

「いつも? 焼き鳥とか枝豆になるけど、いいの?」

「いいです……」

「じゃあ頼むね」

 主役のテンションが低すぎる。


 しかし課長もよくやる。

 一人で運転して、銃撃戦をして、また運転して、部下の面倒を見て……。やつれて青白くなるのもムリはない。あきらかに寿命をすり減らしている。


 この世界では、優しいものから死ぬ。


 その優しさを受け継げれば、まだいいほう。

 他人の優しさで生き延びた人間が、他者に施すとは限らない。むしろ次の誰かの優しさに期待するのがほとんどだ。

 憎しみは簡単に連鎖するのに。


「課長、久しぶりに娘さんの写真見せてくださいよ」

 ふと、二番がそんなことを言い出した。

 課長は固まっている。

「娘……の……?」

「え、前に見せてくれたじゃないですか。あたしといくつ違いでしたっけ? 二つ?」

「二つだね」

「いまなにやってるんですか?」

「えーと……学校……かな……」

「高校生? 大学? 専門?」

「ああ、いや……。なんだったかな。近ごろあんまり話す機会なくて。それよりほら、写真」

 課長はスマホで見せてくれた。


 娘がどんな学校に通っているのか、把握していないのか?

 もしかして、離婚したのか?

 すでに故人とか?


 スマホに映っていたのは、肌の白い、穏やかそうな顔立ちの少女だった。

 車椅子に座っている。


 二番もさすがに察したらしく、「か、かわいいすね」としか言えず、しかも誤魔化すようにビールを飲んでまたのけぞった。


 ここはまた、俺が場を和ませるようなコメントでも出すべきか。

 いや静観という手もある。

 二番だけでなく、課長のテンションまでさがってしまった。

 俺ごときにどうこうできる状況ではない。

 心を無にするのだ、無に。


(続く)

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