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オルガン  作者: 不覚たん
本編
6/41

レイド

 某月某日――。


 俺たちはまた群馬に向かっていた。

 もちろん事前の説明はない。


「最近、二人とも打ち解けてきたよね。ほとんどケンカしなくなった。嬉しいよ」

 課長は運転しながら、誰にともなくそんなことを言った。

 だが、目がまったく笑っていない。本音では、あまり仲良くなって欲しくないのだろう。もし俺が二番に感情移入すると、転属の話が進まなくなる。


 二番は溜め息だ。

「まあまあよくやってるんで」

 あくまで上から目線。

 新人にしてはよくやっているから、口出しするのをやめた、みたいな口ぶりだ。

 このあとなにが起こるのか、まったく考えていない。未来のことを想像しようともしない。目の前に来てから初めて慌てるタイプだ。

 しかし責めるまい。

 もし彼女を責めるなら、人類の大半を責めないといけなくなる。


 こういうのを見ると、とあるチンパンジーの研究を思い出してしまう。

 そのチンパンジーは、手足が不自由だったために保護されていた。自然界では生きてはいけない。群れの中でも扱いが低かった。

 だが、実際になにかが起こらない限り、そのチンパンジーは落ち込まない。

 未来のことを考えていないらしいのだ。

 そいつは、食料を手に入れることができず、空腹になり、もう死ぬかもと思ってから、初めてパニックを起こすのだ……。


 もちろん人とチンパンジーは違う。

 人は農作物を育てることができる。「いま」は食べるのを我慢して、「未来」の実りを待つことができる。長期的な視野で考えることができる。

 人とサルの違いというと、とかく「言語」や「道具」ばかりを言及されがちだが、この「精神力」も大きいと思う。


 とはいえ、だ。

 この能力に関して言えば、人間の中でも、わりとチンパンジーに近いものはいる。というか、大半の連中は二番と同レベルだ。大事なことを忘れて、目の前の気持ちのいいことに流される。


 俺はこの事実を、はじめは失望、怒り、憐れみ……さまざまな感情で受け止めた。

 人間社会で暮らすこと自体が不快になっていた。


 だがやがて、俺は違う結論へ至った。

 それは「どうでもいい」だ。

 個人の力ではどうしようもないのだ。

 どうでもいいと思うしかない。

 そしたらだんだん許せるようになってきた。少なくとも怒りがわかなくなってきた。もしそれらが下等な動物なのであれば、できなくても仕方がない。


 *


 日当たりの悪い住宅街に入った。

 車を止めたのは、どこかのアパートの駐車場。許可を取っているのかどうか不明。


「じゃあこれ、ひとりひとつね」

 課長は俺たちに拳銃を渡してきた。


 すると二番は素直に受け取ってから、こちらへ「はい」と渡してきた。


 なるほど。

 車の中で楽観的だったのは、ハナからこうする予定だったからか。チンパンジーよりはマシだったが、人としては邪悪としか言いようがない。


 俺はあえて笑顔を作って応じた。

「こないだ、チームで活躍するプランを考えてくるって言ったよね?」

「うん? いま言うの?」

「そう。その方法とはズバリ、拳銃に慣れること」

「それナシって言ったっしょ?」

 二番はいいから受け取れといった態度だ。


 俺は自分の銃を、二番に向けた。

「もし俺がいまの態度にムカついて、引き金を引いたらどうなると思う?」

「えっ?」

 彼女は慌てて拳銃をお手玉みたいに扱ってから、数秒かけてようやくそれらしく構えた。銃口はこちらへ。

 それを見届けてから、俺は銃を内ポケットにしまった。

「ま、撃つためには安全装置を外さないとだけど。護身用に持ってなよ。二番さん、いまみたいなことになったら死ぬよ?」

「は? えっ? マジで言ってる?」

「マジだよ」

「あたし、銃嫌いなの!」

「言っておくけど、今回は助けないから」

「うそだぁ」

 へたり込んでしまった。

 本当に嫌いみたいだな。

 なにかトラウマになるようなことでもあったんだろうか? 採用試験のときは、弾は飛んできたが、拳銃はなかったはず。まあそれでもトラウマになることは可能かもしれないが。


 課長は深く溜め息をついた。

 俺のやり方には賛同しかねるが、さりとて咎めるのも難しく、いかんともしがたいといった表情だ。

「二番ちゃん、もしダメそうなら車の中にいてね。でも銃はちゃんと持ってること。それは僕たちの最低限の役割だから」

「……」

 返事がない。

 うつむいて、涙も流さずしゃくりあげている。

 発作でも起こしたか?


 *


 二番を置き去りにして、俺たちは駐車場を出た。

「気持ちを切り替えましょう。ここが今日の現場、『えびばではうす』です。簡単に言えば、個人経営の宗教法人ですね」


 こいつらもクソカルトか。

 ただの民家に見えるが……。外壁の白ペンキが一部だけ新しいところを見ると、誰かに落書きされて塗り直したと推測できる。

 そもそも名前が好きになれない。わざわざ中に入らず、建物ごと爆破してしまったほうがいいのでは。


「今回も好きにやっていいんですか?」

「うん。ただしひとつだけ忠告。あんまり頑張り過ぎると『栄転』することになりますので、そのつもりで」

 三軍から二軍になれるってワケか。

 きっと御神体は喜ぶだろう。あいつは俺が殺人鬼になることを望んでいる。


「課長は出世しないんですか?」

「しないように頑張ってますからねぇ」


 *


 インターフォンのチャイムを鳴らすと、中から女の声がした。

『はい?』

「研究所のものです」

『お引き取りください』

「開けてください。そういうことをしていると、そちらが不利になりますよ?」

『お引き取りください』

 棒読みだ。

 上から命令されたこと以外はしないタイプの人間かもしれない。


 課長は銃を取り出すと、ドアノブに向けて数発叩き込んだ。住宅街に銃声が響き渡る。


「えぇっ……」

 俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 この人、見た目に反して、やることがヤバすぎる。


 課長はぐらぐらになったドアノブを、革靴で蹴り落とした。

「ああ、大丈夫、大丈夫。刑事がガサ入れすることになってるから。まあ警察に通報は行くだろうけど、警察のほうでなんとか処理してくれるでしょう」

「それでうまくいくんですか?」

「そうなの。不思議だよね」

 ふざけた話だな。

 最終的に俺たちも消されるんじゃないか?


 ドアを開くと、包丁を手にした中年女性が立っていた。

 血走った目で、鈍色の刃物を握りしめている。

 理性で判断するより先に、本能が恐怖を発した。

 だが、俺の身体が震えるのと同時に、問答無用で課長が射殺した。心臓めがけて一発。いや二発か。

 薄暗い廊下に起こった閃光マズルフラッシュのせいで、まるでどこか遠くの世界で起きた出来事のように錯覚された。


「これもね、正当防衛だから。出世にはつながらないから大丈夫」

「はぁ」

 大丈夫ではない。

 膝から崩れ落ちた中年女性が、信じられないくらい血を流しながら死んでいた。早くも廊下が血の海だ。


「土足のまま失礼しましょう。ここの代表にお話しがあります。いますよね? 出てきてください。できるだけ早く」


 この人は、いままで、いったいどれほどの命を奪ってきたのだろう。

 今月だけで、すでに二名の命を奪っている。

 たぶん今日はもっと増える。


 俺も靴のまま入った。

 銃を手に取り、いまさら安全装置を外しながら。


「ま、待て! そっちじゃない! こっちだ! 上だ! 話し合おう!」

 二階から中年男性の声がした。

 彼が教祖サマというわけか。


 だが風呂場やトイレからも気配がする。

 気配というか、かすかな物音や、呼吸のようなものだ。きっと信者が隠れているのだろう。


 俺は課長に尋ねた。

「まだいますよ、一階に……」

「たぶん大丈夫じゃないかな」

「えっ?」

「もし不安ならここで見張りでもしていて。僕は上に行くから」

「はい」

 不安に決まっている。

 というか、課長は違うのか?


 マジで普通の神経じゃない。

 こんなのが三軍の課長?

 だったら二軍やら一軍の連中は、いったいどれだけヤバいヤツらなんだ?

 俺も事務方に転属したほうがいいのではなかろうか。


「殺さないでください殺さないでください殺さないでください……」

 トイレから聞こえてきたのは、若い女の声だった。

 廊下の俺に話しかけているのではなく、緊張に耐え切れず、お祈りでもしているのだろう。


 少し耳をすませてみたが、風呂場のほうも同じようなものだった。

 「研究所」から人が来たから、信者たちは慌ててそこらに隠れたのだ。おそらく戦闘員ではあるまい。誤って戦闘に参加した女は、いま玄関周辺で血を流している。


 上から教祖の怒声が聞こえてきた。

「ふざけるな! そんなむかしの金、いまさら返せってのか? あ? おたくら最初はいい顔して近づいてきて、あとからそういう汚いマネすんのか!? 世界をよくするための金なんだから、どう使おうがこっちの勝手だろうが!」


 どうやら組織から金を受け取り、その返済でもめているようだ。

 借りた金なら返すべきだと思うが……。もしそうでないなら、組織もこんなカチコミみたいなことをすべきではなかろう。

 契約内容を知らない以上、俺が勝手に結論を出すわけにもいかないが。


 パァンと発砲音があった。

 教祖を殺したのか? それとも周辺の誰か? まさか課長が撃たれたってことはないと思うが……。

 トイレや風呂からは「ひぃっ」と甲高い悲鳴があがった。

 もうそこにいるのは明らかだ。

 だが、出てこなくていい。出てこなければ、撃つ理由は発生しない。もし出てきたときに、彼女たちがパニックになってこちらへ襲いかかってきたら、俺まで発砲せねばならなくなる。


 家の外も騒がしくなってきた。

 どうやらサイレンも鳴らさずにパトカーがやってきたようだ。いま非常線を張って野次馬を入れないようにしているところだろう。


 パァンとふたたび発砲があった。

 誰だ?

 誰が誰を撃った?


「終わり終わり。撤収しましょう」

 階段から課長がおりてきた。

 無傷だ。

「誰を撃ったんですか?」

「教祖と、その母親」

 聞かなければよかった。


 するとガタガタ物音がして、風呂場から刃物を持った女が現れた。

 痩せた女だ。


「死ねぇ!」


 スローモーションのようだった。

 課長が目で「ほら来てるよ」と合図したように見えた。俺は「気づいたんなら撃ってくださいよ」とも思ったが、そう思ったときには本能的にトリガーを引いていた。


 パァン、パァンと音がして、女は体をひきつらせた。彼女は手から刃物を落とし、自分の体の撃たれた場所を確認していた。俺はその無防備な頭部を撃ち抜いた。


 教祖が射殺されたと聞いて、復讐のために動いたのだろう。

 事前に位置関係を把握しておいてよかった。

 まあ俺もプロではないが、相手もプロではないのだ。トーシロ同士、運のいいほうが生き残った。


「トイレにも一人います」

 そう告げた自分の声は、かすかに震えていた。

 課長はそれでも柔和な笑顔だ。

「隠れてるならほっておこう」


 狭い部屋で発砲すると、音が反響して耳がキンキンする。

 硝煙のにおいも胸に悪い。


 *


 警察はなにも言わなかった。俺たちは管轄を荒らした部外者になるわけだから、内心面白くないとは思うが……。

「道あけてくださぁーい」

 警察官は、市民にそう告げるだけだった。

 その市民は、俺たちにスマホを向けてきた。この動画を撮ったほうが「得」というわけだ。ニュース番組に売れば金になるかもしれない。


(続く)

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