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オルガン  作者: 不覚たん
本編

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41/41

終わり

「結局、どうすんの?」


「なんか引き取ってくれるアテがあるって」


「急がないと間に合わなくなるんじゃない?」


「だね。検問にかからなきゃいいけど」


「安全運転でね」


 ブロロ。

 ガコ。


「なんか後ろの車、こっち煽ってない?」


「無視しなよ」


「したいけど……。あー、うざ。まともな教育受けてないヤツはこれだから」


「つかさ、三番みたいなこと言うね」


「マジ? それ最悪なんだけど」


 プァー。

 プァン、プァン。


『そこの危険運転、止まりなさい』


「あー、お巡りさんいた」


「うっわ、逃げたよあいつ」


「カーチェイスじゃん。ホントに逃げるヤツいるんだ。どうせ捕まるのにさ」


「でも警察いてラッキーだったね。取り締まり期間中かな?」


「ザマないね。あいつら、こっちが女だって分かるとすぐ煽ってくんだよね。ホント最悪。だから運転したくなかったのに」


「免許とってたの知らなかったけど」


「んー、まあ、必要になると思って」


「ひかりちゃんのこと?」


「それもある。けどあたし、前の課長になんでも任せっぱなしだったから……。なんかしなきゃって思って」


「立派だね、つかさ」


 ガコ。


「でもマニュアルでとったから、オートマ不安でさ」


「じつは私も運転できるんだ。知ってた?」


「はい? それ先に言ってよ! てか変わってよ! 暗くて不安だし」


「なら、この先のコンビニで交代しよう」


「もー、マジで信じらんない。意地悪だよ」


「ごめんて」


 *


「なにここ? 廃工場? ホントにここであってる?」


「お化け出てきそう」


「お化けっていうか、ハメられたっぽくない?」


「さすがにそれはないっしょ? あ、ほら、来たよ。えーと、そうです。あたしらが例の……。って……なんであんたが?」


「いたら悪い?」


「いや、別にですけど……。え、三番くんのことどうすんの? 助けてくれるんですよね?」


「そう」


「ホントに? 信じて平気?」


「疑うのは勝手だけど……。いまは信じてもらうしかないわね。だって、そこらの病院には連れていけないでしょう?」


「そりゃそうですけど……」


「あとのことは任せて。あなたたちも元気で」


「はぁ……」


 *


 ブロロ。


「残念だけど、簡単には死なせないから。あなたにはまだ働いてもらう。私の気が済むまで、ね」


 *


 夢を見た。

 いつもみたいな、少女を崖から突き飛ばす夢ではない。

 未来の夢。


「もー、お父さん、いつまで寝てるの? 早く起きて」

 娘……と思われる少女が、いろんな方向から、執拗に俺の安眠を妨害していた。

 いろんな方向から?

 だが一人だ。

 名前は分からない。

「起きて、起きて、起きて。お母さん待ってるよ? ねー、お母さん、お父さんぜんぜん起きないんだけど! ねーっ! お母さん! ねーってば!」

 母親に呼びかけている。

 誰だろう?

 彼女の母親ということは、つまり木下沙織か?

 だが木下沙織は、俺とは結婚していない。


 そもそも、俺には娘などいない。

 誰だ?


「ねー、お父さん! 起きて! そんなに寝てたら死んじゃうよ!」

 死ぬ?

 それは困る。

 いや、困らないかもしれない。

 どちらでもいい。


 俺は……なすべきことをなした。

 その結果、世界がなにも変わらなかったとしても。


 自己満足でもいい。

 満足したんだ。


 突然、頬に痛みが走った。

 頑として眠っていた俺は、夢から現実へ、むりやり引き戻されてしまった。


「起きなさいよ、ねぼすけ。簡単に死ねると思わないで」


 白い天井、白いベッド、そして腕には点滴。

 俺を見下ろしているのは、忘れもしない木下沙織だった。

 化粧をしていないせいか、年相応に見えた。少しだけくたびれたマネキンみたいだ。それでも、目が覚めるほど美しい。文字通り、目が覚めるほど。


「ええと、ここは……」

「病院」

「それは分かるけど……」

「安心して。埼玉の研究所なら『倒産』したわ。表向きはね。でも国家の力で解体されたのよ。問題が発覚する前に、証拠を消したかったんでしょうね」

 つまり俺たちは、あの組織を破壊することに成功した、というわけか。


「あれ? でもあんた、アメリカに行ってたはずじゃ?」

「そうよ」

「えっ?」

「そうよ」

 なにがそうなんだ?

 もしかしてここが米軍の病院とか言うんじゃないだろうな。

 亡命を希望した覚えはないぞ。


「いま、夢を見てて……」

 俺がそう言いかけると、彼女はぐっと顔を近づけてきた。

「見てない」

「はい?」

「夢なんて見てない。忘れなさい」

「なんで勝手に……」

「忘れなさい」


 なにか都合の悪い夢だったのか?

 娘の顔は見えなかった。

 だが俺を父と呼ぶということは、俺の娘なんだろう。そして木下さんを母と呼ぶということは……。二人の娘? もしそうなら歓迎するが……。残念ながら、そんなものを作ったおぼえはない。


 木下さんは椅子を持ってきて、腰をおろした。

「五代は、最初からあきらめていたようね。何度AIに予測させても、あなたが彼を殺すことになっていた」

「予測はあくまで予測でしかないだろう。あの野郎、計算機の結果を見て、それを真に受けたってのか?」

「神への信仰はなかったけど、計算機への信仰はあったみたい」

 愚かだな。

 それでは彼の忌み嫌っていた他の出資者と変わらないではないか。

 結局、人はなにか信仰の対象となるものを欲してしまうのか。

 精度はいいが、完璧ではないと、自分でも言っていたのに。


「他のみんなは?」

「無事よ」

「無事ってのは? 今後も狙われたりしないって意味で?」

「ええ、まあ。でもあなた、人様を心配できる立場なの?」

「立場? そういえば俺、いまどんな立場なんだ?」

 少なくとも命は救われた。

 しかし今後のことは分からない。なにも。


 彼女はなんとも言えない表情で溜め息をついた。

「簡単に言えば病人ね。でも回復したら仕事をしてもらうことになってる」

「どんな?」

「深く考えなくていいわ。ただの残務整理だから」

 まあ、あれだけ大規模な組織を壊したんだ。

 関連する仕事もいくらか残ってるんだろう。


 俺も息を吐いた。

「けど、そうか。終わったんだな……」

「そうね」

 まだなんとも言えない顔をしている。

 懸念点でもあるのか?


「姉妹はどうなった?」

「大丈夫」

「大丈夫って?」

「あなたが考えることじゃない」

「つめたいな」

 俺はムリに笑って応じた。

 だが、木下さんの表情がぐっと険しくなったのは分かった。表情だけでなく、気配も。

 気配?

 まあ、なんとなくそんな気がしただけだ。


 返事はなかったが、俺は構わず言葉を続けた。

「いろいろありがとう。あとはもう大丈夫だから」

「なに?」

「もう自由になったんだろ? こんなところに留まって俺の回復なんて待たなくていい。好きなところへ行って、好きに暮らしてくれ」

 このとき、凄まじい殺意を感じた。

 彼女の口元だけは、にぃと笑みを浮かべたように見えたが……。

「自由?」

「自由……じゃないのか……?」

「いまはなにも考えなくていいわ。病人なんだもの。でも、すぐに病人をやめて、元気になってね。さっきも言った通り、まだやることがあるんだから」


 なにも教えてくれないつもりか?


 俺は、もう、自分がなすべきことは、すべてやった。

 少なくともそのつもりでいる。

 組織を潰し、この女は自由になったのだ。それ以上は望まない。


 だが、もしそうなっていなかったとしたら?

 皮肉なことに、生きる意味はある。


 彼女はさげすむような目でこちらを見てきた。

「ところであなた、悪夢にうなされるのは勝手だけど、私の名前を呼ぶのだけはやめてくれない?」

「はい?」

「もう昔のことなんだから、いい加減、忘れて欲しいの。私も忘れたんだから」

「そんな……」

 寝ている間にどんな夢を見るかは、俺には選べない。

 忘れろと言われて忘れられるくらいなら、そもそもうなされない。


 目の前の男に殺されかけたというのに、タフな女だ。

 普通じゃない。

 まあ普通の感性が備わっていたら、そもそも俺の顔など見たくもないはずだ。

 彼女はどこか壊れている。

 俺ごときの物差しで測れる存在じゃない。


 それにしてもこの病院……。静かなのはいいが、妙に騒がしい。そこらでなにかが蠢いている気がする。

 いや、気がする、とは?

 長いこと寝ていたせいで、頭がどうかしているのかもしれない。


 まずは生きることに専念しよう。

 それ以外に、選択肢もなさそうだし。


 生きてさえいれば、死ぬ機会もある。

 だが死んでしまったら、生きる機会を失う。


 この世界は、一方通行で理不尽にできている。


(オルガン、完)

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