クソみたいな事件
五代、曰く――。
「知っての通り、これは純然たるビジネスだった。オルガンを使い、神にアクセスするという……まあインチキみたいなものだ。出資者たちも、そのことは承知の上だった。少なくとも最初はね。ところが、だ。宗教として成立してくるうちに、本気で信仰するものたちが現れ始めた。信じられるか? 自分たちで作ったインチキ宗教だぞ? タネも仕掛けも知っている、自分たちで捏造した宗教を、本気にしてしまうんだ。僕はね、心底ガッカリしたよ。出資者の中には、大企業の重役もいた。肩書だけは立派。学歴も立派。ところが、宗教に負けてしまったんだ」
俺はいま、クソみたいな話を聞かされている。
「オルガンは、でも、なにかにアクセスしてるはず」
俺がそう水を差すと、彼は肩をすくめた。
「まあそうだ。なにか。だが、なにか以上のものではない。神かどうかも分からない。仮に神だとして、なんらのエネルギーも有していない。ただ模倣子として蓄積しているだけ。言うなれば、街の雑踏を神だと言って崇めるようなものだ。えーと、まさかとは思うが、君も彼らと同意見ではないだろうな?」
「違いますね」
なんなら神とは対極の存在だと思っている。
彼は安堵したように息を吐いた。
「そうでなくては困る。僕はね、だから自分の周波数を解析させなかった。あんな意味不明なものと一体化したくなかったからね。それで、影武者を使ったんだ。まさか国会の最中に消されるとは思わなかったが……」
「他の出資者は?」
「疑いもなく自分の周波数を解析させた。最終的に、神と一体化できると信じていたのだろう。おかげで、接続実験のあと消滅してしまった」
つまり生存者は五代だけ、ということだ。
作戦はほぼ成功。
あとはこいつを殺せば終わる。
「いま必要なのは、頭のキレる仲間だ。金だけ持ってて頭が悪いのは、同じレベルに置きたくない。だから、君と手を組みたい。君はどうやら……疑うことを知っている。ウソを信じない。共同経営者として遜色ない。どうかな? 利益を分け合うつもりはないか?」
「損得が目当てなら、俺はいまここでこうしてませんよ」
そう。
愚かなことに、俺はワリのいい仕事を捨てて、ここに来ている。
なぜかは分からない。
分からない、ということにしておきたい。
とにかくムカついてしまったのだから仕方がない。
「僕もウソをつくつもりはない。助かりたい気持ちもある。だが、君と手を組みたいのは本心だ。さっきも言った通り、未来予測をAIに任せると、必ず君の名が出る。あれはそこらのAIと違って、精度が高い。信頼に値する。私の私情を挟まない、客観的なデータだ」
「そのAIは、俺と手を組めば、成功するって言ってるんですか?」
頭がぼうっとする。
だんだん理解力も落ちている。
話を切り上げて、こいつを殺したほうがいいかもしれない。
五代は肩をすくめた。
「正直に言おう。手を組んだ場合のケースはまだ計算していないんだ。いくら精度が高いとはいえ、必ずしも完璧ではないからね。あらゆるケースを予測するには、マシンパワーが足りない。今回の事件も、いまいち確証が得られなかった」
「AIは、俺がどう行動すると?」
「ここへ来て、私を殺す、と」
どうやらウソはついていない気がする。
だが頭が……。
俺は慣れない左手で銃を持ち上げ、トリガーを引いた。
「ぐっ」
五代のどこかに当たった。
だが、死んでいない。
「貴様……」
「いや、フェアに会話したかったんですよ。なんせこっちは、ずっと出血しっぱなしでしょ? なのにそっちだけ元気なんて、おかしいじゃないですか。絶対にイーブンじゃない」
苦情は受け付ける。
ただ、いまの俺の判断力では、これがせいぜいだ。
五代も肩を抑えているから、ちゃんと五分五分に持ち込めたようだ。
「僕たちはこれから仲間になるんだぞ? そんなことをする必要があるのか?」
「あるように感じたんです。とにかく、お話しの続きをどうぞ」
すると彼は、眉をひそめた。
「続き? あとは質疑応答だ。くぅっ……。質問があれば受け付ける。僕は完璧な回答を用意している」
用意している、か。
小賢しいことに、事前にシミュレートしていたようだな。
こっちはぶっつけ本番でやってるってのに。フェアじゃないから、もう一発いっとくか? いや、狙いが外れて殺してしまうかもしれないな。まだ話すことがある。
「あんたの目的はなんなんだ?」
「目的? ビジネスだよ。それも盤石なね。宗教は金になるんだ。信者だって、本心では信仰したいと思うから参加するんだ。需要と供給がマッチしている」
「誰も不幸にしていないと?」
「そうは言っていない。残念ながら、本人が望まないのに巻き込まれるケースもあるかもしれない。だが、それはどんな商品でも同じだ。好きでもないものを、友人から勧められたことはないか? 断ればいい」
「断れない状況を作ってやるから悪質なんだ」
「僕たちのビジネスでは、そういう法式は取らない。少なくとも、組織的にそれをするつもりはない。うちにはオルガンという圧倒的なアドバンテージがある」
そうだ。
オルガンという一点だけは、他のあらゆる宗教と違う。
遺伝子を模倣子に変換するという機能もそうだが、模倣子を模倣子のまま飛ばすこともできる。無傷のまま神らしきものを体験できてしまう。
「ただ、犠牲になったのは信者だけじゃない」
「そう。君たち職員もそうだな。だが、君たちはうちに多大な借金をしてここにいる。そこは被害者ぶらないでもらいたいな」
「それは、そう」
俺は借金などしておらず、ただ巻き込まれただけだが、おそらくこいつはその事実を知らないんだろう。
だが一般論としてはそうだ。
こいつが俺をハメたわけじゃない。俺をハメたのは前課長とオフューカスだ。そこを間違えてはいけない。
「ではなんだ? なにが問題だ?」
「御神体の娘たちは?」
「あれは人間じゃない。いや、君が博愛の精神でシスターズに接しているのは知っている。そこは好ましく思うところだ。だが、人間は、人間に近い動物で実験するものだ。それが科学を発展させてきた。我々だけがやっていることじゃない」
「それも、そう」
そうだ。
会話すればするほど、説得されそうになってしまう。
まあ、そういうときは、会話をやめて殺せばいいのだが……。
こうなってくると、どうも簡単に殺せなくなってしまう。
あくまで護身のために銃を撃ってきたが、俺はやはり、根っからの殺し屋にはなれない。
彼は苦しそうに息を吐いた。
「では、もういいかな? 理解しただろう? 君の指摘通り、完全にクリーンとは言えない。問題もあるだろう。ただ、いま言った問題は、どの企業も抱える問題だ。いわば、人類全体の問題であって、我々が個別に解決すべき問題じゃない。僕たちが抱える問題とは質が異なる」
「……」
反論できない。
俺も、恩恵にあずかっているのだ。
誰かを犠牲にして、豊かさを享受している。
それを突然、目の前の問題にだけ反応して、にわかに正義を説こうというのか?
俺はそんな、場当たり的な人間なのだろうか?
答えは、イエスだ。
銃を持ち上げ、またトリガーを引いた。
「がぁッ」
五代がのけぞった。
心臓を狙ったつもりだが、だいぶズレてまた肩口に当たってしまった。
「ダメだな。狙いが定まらない」
「どういう……つもりだ……」
「もう自分でもよく分からないから、推測だけ語らせてくれ。俺はたぶん、論破できなくてムカついて撃った。『ついカッとなった』ってヤツだな」
「愚かな……」
そう。
愚かだ。
正義などどこにもない。
「実は俺、御神体とは幼馴染でね」
「知っている……」
「あの女、ガキのくせに、大人とヤリまくってて……。そんでね、ムカついたから崖から突き落としたんです」
「は、犯人は……君だったのか……」
「そうなんですよ」
そうなんです。
軽率で、ムカついたら殺してしまう。
「腹のところ押すとプープーなる人形あるでしょ? あれをね、叩きつけたみたいな音がしたんです。まだガキだった御神体の背中を押したときにね。きっと肺から空気が押し出されたんだろうな。ぴゅっていう。それが、俺が最後に聞いた言葉です」
「……」
俺の昔話に、五代はもう返事もしなくなった。
ただ、血走った眼だけがこちらを見ている。
「面白いのはここからですよ。俺はね、突き飛ばした直後、彼女を助けようとして、手を伸ばしたんです。自分で突き飛ばしたのに、助けようとしたんですよ? でもね、本能はもっと正直でした。自分は崖から落ちたくないから、後ろに倒れたんです。手だけ前に出してるのに、後ろに。ふふ。ね? バカみたいでしょ? ありえます?」
「愚かだ……」
「そう、愚かでした。地べたを這いずりながら、俺は思いましたよ。この地上に、こんなクソダサい生き物がいるのかと。いやホントに。女神みたいな女を殺したのが、こんなクソ最悪な生き物なのかって……。それから、もう、ぼうっと空を見つめたまま、二時間はそこにいたかな……」
「ぐっ……」
苦しそうだ。
まあ二発も撃たれたのでは仕方がない。
俺も天井を見上げ、少し笑った。だんだん楽しくなってきた。
「まあでも……反省……したんですよね、俺。このままじゃ、死んだあの子とつり合わないなって。だから、せめて最高の男になろうと思いました。最高の男なら、最高の女を殺しても……。いや、ダメなんですよ? ダメだけど、まあ、少しはつり合いがとれるかなって……」
「……」
「でも最高の男ってなんです? 仮に定義があったとして、そんなの、なろうと思ってなれるものでもないし……。結局、ダラダラ生きて……。本当に、当初の目的をなにも達成できないまま、いまに至ってるんですよ。なんかね、自分でもクソどーしようもねーなって思うんですよ」
「もう……終わりにしてくれ……」
五代は瀕死だ。
生きようとする気力が見られない。
「いや、聞いてくださいよ。俺はね、だから、なんかしたかったんですよ。なんか……いいことをね。たぶん、それでなにかがチャラになると思ってたんでしょうね……。でも……こんなことしたって、世界はなんも変わんねーなって……」
意識が薄れてきた。
慈悲だ。
せめて五代は殺しておこう。
重たい銃を持ち上げて、指先にぐっと力を込めて、トリガーを引いた。
五代には命中した。
二発、三発。
死んだかどうかは分からない。
ただ、もう銃を持ってるのも苦痛だったので、俺はそこでやめた。
つらいのもあるが、なにより眠い。
世間には、クソみたいな事件があふれている。
中でもひとつだけ、どうしても許せないのがある。
好きな女を殺しておきながら、その後、勝手に自殺するヤツ。
最初から一人で死んでおけと思う。
だが、それをしなかったのが俺だ。
同じだ。
手に入らないものを独占しようとして、結局、すべてを失う。人間のもっとも醜い部分を凝縮したような事件。なのに、ありふれている。
後悔するだけだから、やらないほうがいいのに。
この世を去る前に、それだけは、全人類に伝えておきたかった。
(続く)




