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オルガン  作者: 不覚たん
本編
40/41

クソみたいな事件

 五代、曰く――。


「知っての通り、これは純然たるビジネスだった。オルガンを使い、神にアクセスするという……まあインチキみたいなものだ。出資者たちも、そのことは承知の上だった。少なくとも最初はね。ところが、だ。宗教として成立してくるうちに、本気で信仰するものたちが現れ始めた。信じられるか? 自分たちで作ったインチキ宗教だぞ? タネも仕掛けも知っている、自分たちで捏造した宗教を、本気にしてしまうんだ。僕はね、心底ガッカリしたよ。出資者の中には、大企業の重役もいた。肩書だけは立派。学歴も立派。ところが、宗教に負けてしまったんだ」


 俺はいま、クソみたいな話を聞かされている。


「オルガンは、でも、なにかにアクセスしてるはず」

 俺がそう水を差すと、彼は肩をすくめた。

「まあそうだ。なにか。だが、なにか以上のものではない。神かどうかも分からない。仮に神だとして、なんらのエネルギーも有していない。ただ模倣子ミームとして蓄積しているだけ。言うなれば、街の雑踏を神だと言って崇めるようなものだ。えーと、まさかとは思うが、君も彼らと同意見ではないだろうな?」

「違いますね」

 なんなら神とは対極の存在だと思っている。


 彼は安堵したように息を吐いた。

「そうでなくては困る。僕はね、だから自分の周波数を解析させなかった。あんな意味不明なものと一体化したくなかったからね。それで、影武者を使ったんだ。まさか国会の最中に消されるとは思わなかったが……」

「他の出資者は?」

「疑いもなく自分の周波数を解析させた。最終的に、神と一体化できると信じていたのだろう。おかげで、接続実験のあと消滅してしまった」

 つまり生存者は五代だけ、ということだ。

 作戦はほぼ成功。

 あとはこいつを殺せば終わる。


「いま必要なのは、頭のキレる仲間だ。金だけ持ってて頭が悪いのは、同じレベルに置きたくない。だから、君と手を組みたい。君はどうやら……疑うことを知っている。ウソを信じない。共同経営者として遜色ない。どうかな? 利益を分け合うつもりはないか?」

「損得が目当てなら、俺はいまここでこうしてませんよ」

 そう。

 愚かなことに、俺はワリのいい仕事を捨てて、ここに来ている。

 なぜかは分からない。

 分からない、ということにしておきたい。

 とにかくムカついてしまったのだから仕方がない。


「僕もウソをつくつもりはない。助かりたい気持ちもある。だが、君と手を組みたいのは本心だ。さっきも言った通り、未来予測をAIに任せると、必ず君の名が出る。あれはそこらのAIと違って、精度が高い。信頼に値する。私の私情を挟まない、客観的なデータだ」

「そのAIは、俺と手を組めば、成功するって言ってるんですか?」

 頭がぼうっとする。

 だんだん理解力も落ちている。

 話を切り上げて、こいつを殺したほうがいいかもしれない。


 五代は肩をすくめた。

「正直に言おう。手を組んだ場合のケースはまだ計算していないんだ。いくら精度が高いとはいえ、必ずしも完璧ではないからね。あらゆるケースを予測するには、マシンパワーが足りない。今回の事件も、いまいち確証が得られなかった」

「AIは、俺がどう行動すると?」

「ここへ来て、私を殺す、と」


 どうやらウソはついていない気がする。

 だが頭が……。


 俺は慣れない左手で銃を持ち上げ、トリガーを引いた。


「ぐっ」

 五代のどこかに当たった。

 だが、死んでいない。


「貴様……」

「いや、フェアに会話したかったんですよ。なんせこっちは、ずっと出血しっぱなしでしょ? なのにそっちだけ元気なんて、おかしいじゃないですか。絶対にイーブンじゃない」

 苦情は受け付ける。

 ただ、いまの俺の判断力では、これがせいぜいだ。


 五代も肩を抑えているから、ちゃんと五分五分に持ち込めたようだ。

「僕たちはこれから仲間になるんだぞ? そんなことをする必要があるのか?」

「あるように感じたんです。とにかく、お話しの続きをどうぞ」

 すると彼は、眉をひそめた。

「続き? あとは質疑応答だ。くぅっ……。質問があれば受け付ける。僕は完璧な回答を用意している」

 用意している、か。

 小賢しいことに、事前にシミュレートしていたようだな。

 こっちはぶっつけ本番でやってるってのに。フェアじゃないから、もう一発いっとくか? いや、狙いが外れて殺してしまうかもしれないな。まだ話すことがある。


「あんたの目的はなんなんだ?」

「目的? ビジネスだよ。それも盤石なね。宗教は金になるんだ。信者だって、本心では信仰したいと思うから参加するんだ。需要と供給がマッチしている」

「誰も不幸にしていないと?」

「そうは言っていない。残念ながら、本人が望まないのに巻き込まれるケースもあるかもしれない。だが、それはどんな商品でも同じだ。好きでもないものを、友人から勧められたことはないか? 断ればいい」

「断れない状況を作ってやるから悪質なんだ」

「僕たちのビジネスでは、そういう法式は取らない。少なくとも、組織的にそれをするつもりはない。うちにはオルガンという圧倒的なアドバンテージがある」


 そうだ。

 オルガンという一点だけは、他のあらゆる宗教と違う。

 遺伝子を模倣子に変換するという機能もそうだが、模倣子を模倣子のまま飛ばすこともできる。無傷のまま神らしきものを体験できてしまう。


「ただ、犠牲になったのは信者だけじゃない」

「そう。君たち職員もそうだな。だが、君たちはうちに多大な借金をしてここにいる。そこは被害者ぶらないでもらいたいな」

「それは、そう」

 俺は借金などしておらず、ただ巻き込まれただけだが、おそらくこいつはその事実を知らないんだろう。

 だが一般論としてはそうだ。

 こいつが俺をハメたわけじゃない。俺をハメたのは前課長とオフューカスだ。そこを間違えてはいけない。


「ではなんだ? なにが問題だ?」

「御神体の娘たちは?」

「あれは人間じゃない。いや、君が博愛の精神でシスターズに接しているのは知っている。そこは好ましく思うところだ。だが、人間は、人間に近い動物で実験するものだ。それが科学を発展させてきた。我々だけがやっていることじゃない」

「それも、そう」

 そうだ。

 会話すればするほど、説得されそうになってしまう。


 まあ、そういうときは、会話をやめて殺せばいいのだが……。

 こうなってくると、どうも簡単に殺せなくなってしまう。

 あくまで護身のために銃を撃ってきたが、俺はやはり、根っからの殺し屋にはなれない。


 彼は苦しそうに息を吐いた。

「では、もういいかな? 理解しただろう? 君の指摘通り、完全にクリーンとは言えない。問題もあるだろう。ただ、いま言った問題は、どの企業も抱える問題だ。いわば、人類全体の問題であって、我々が個別に解決すべき問題じゃない。僕たちが抱える問題とは質が異なる」

「……」

 反論できない。


 俺も、恩恵にあずかっているのだ。

 誰かを犠牲にして、豊かさを享受している。

 それを突然、目の前の問題にだけ反応して、にわかに正義を説こうというのか?

 俺はそんな、場当たり的な人間なのだろうか?


 答えは、イエスだ。


 銃を持ち上げ、またトリガーを引いた。


「がぁッ」

 五代がのけぞった。

 心臓を狙ったつもりだが、だいぶズレてまた肩口に当たってしまった。


「ダメだな。狙いが定まらない」

「どういう……つもりだ……」

「もう自分でもよく分からないから、推測だけ語らせてくれ。俺はたぶん、論破できなくてムカついて撃った。『ついカッとなった』ってヤツだな」

「愚かな……」


 そう。

 愚かだ。

 正義などどこにもない。


「実は俺、御神体とは幼馴染でね」

「知っている……」

「あの女、ガキのくせに、大人とヤリまくってて……。そんでね、ムカついたから崖から突き落としたんです」

「は、犯人は……君だったのか……」

「そうなんですよ」


 そうなんです。

 軽率で、ムカついたら殺してしまう。


「腹のところ押すとプープーなる人形あるでしょ? あれをね、叩きつけたみたいな音がしたんです。まだガキだった御神体の背中を押したときにね。きっと肺から空気が押し出されたんだろうな。ぴゅっていう。それが、俺が最後に聞いた言葉です」

「……」

 俺の昔話に、五代はもう返事もしなくなった。

 ただ、血走った眼だけがこちらを見ている。


「面白いのはここからですよ。俺はね、突き飛ばした直後、彼女を助けようとして、手を伸ばしたんです。自分で突き飛ばしたのに、助けようとしたんですよ? でもね、本能はもっと正直でした。自分は崖から落ちたくないから、後ろに倒れたんです。手だけ前に出してるのに、後ろに。ふふ。ね? バカみたいでしょ? ありえます?」

「愚かだ……」

「そう、愚かでした。地べたを這いずりながら、俺は思いましたよ。この地上に、こんなクソダサい生き物がいるのかと。いやホントに。女神みたいな女を殺したのが、こんなクソ最悪な生き物なのかって……。それから、もう、ぼうっと空を見つめたまま、二時間はそこにいたかな……」

「ぐっ……」

 苦しそうだ。

 まあ二発も撃たれたのでは仕方がない。


 俺も天井を見上げ、少し笑った。だんだん楽しくなってきた。

「まあでも……反省……したんですよね、俺。このままじゃ、死んだあの子とつり合わないなって。だから、せめて最高の男になろうと思いました。最高の男なら、最高の女を殺しても……。いや、ダメなんですよ? ダメだけど、まあ、少しはつり合いがとれるかなって……」

「……」

「でも最高の男ってなんです? 仮に定義があったとして、そんなの、なろうと思ってなれるものでもないし……。結局、ダラダラ生きて……。本当に、当初の目的をなにも達成できないまま、いまに至ってるんですよ。なんかね、自分でもクソどーしようもねーなって思うんですよ」

「もう……終わりにしてくれ……」

 五代は瀕死だ。

 生きようとする気力が見られない。

「いや、聞いてくださいよ。俺はね、だから、なんかしたかったんですよ。なんか……いいことをね。たぶん、それでなにかがチャラになると思ってたんでしょうね……。でも……こんなことしたって、世界はなんも変わんねーなって……」

 意識が薄れてきた。


 慈悲だ。

 せめて五代は殺しておこう。


 重たい銃を持ち上げて、指先にぐっと力を込めて、トリガーを引いた。

 五代には命中した。

 二発、三発。


 死んだかどうかは分からない。

 ただ、もう銃を持ってるのも苦痛だったので、俺はそこでやめた。

 つらいのもあるが、なにより眠い。


 世間には、クソみたいな事件があふれている。

 中でもひとつだけ、どうしても許せないのがある。

 好きな女を殺しておきながら、その後、勝手に自殺するヤツ。

 最初から一人で死んでおけと思う。

 だが、それをしなかったのが俺だ。

 同じだ。

 手に入らないものを独占しようとして、結局、すべてを失う。人間のもっとも醜い部分を凝縮したような事件。なのに、ありふれている。


 後悔するだけだから、やらないほうがいいのに。


 この世を去る前に、それだけは、全人類に伝えておきたかった。


(続く)

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