表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルガン  作者: 不覚たん
本編
4/41

過ぎた話

 もういいかい。

 まーだだよ。


 その言葉を聞くたびに、少年時代を思い出す。


 東北地方のある山中――。

 出どころのよく分からない廃棄物が散乱する森が、俺たちの遊び場だった。


 田舎というのは、土地だけ余っているのに、人間関係は狭い。

 見知らぬ誰かでも、必ず知人とつながっている。

 むかし「六次の隔たり」という概念がバズった。6ステップもたどれば、世界中の誰とでもつながるのだという。

 それがうちの田舎では、すべてがせいぜい2ステップでつながってしまう。

 田舎ってのはどこもそんな感じかもしれないが。


 ともあれまだ小学生だった「彼女」は、誰とでも関係を持ち、その2ステップを1ステップに変え続けた。

 たとえば同級生の父親。

 ある地域の男たちは、みんな彼女を介してつながってしまった。


「あのあと、私の能力は開花した。いえ、思い返せば以前から兆候はあったのだけれど……。でもハッキリしたのは、あなたに突き落とされた直後よ。水路に叩きつけられて、死を意識したその瞬間」

 ひどいことをするヤツもいたものだ。

 俺はしかし気になる言葉を尋ねた。

「能力?」


 高所から落ちても平気な能力?

 あるいは死んでも生き返る能力だろうか?


 彼女は肩をすくめた。

「言わない。きっとバカにされるから」

「まあ、するかもしれない。俺は自分の理解を超えたものを軽視する傾向にあるから」

「自覚があるのに直さないの? ま、むかしから思い込みが激しくて、自分だけが正しいと信じてて、世界の道理をひとつも受け入れない頑固な子供だったものね」

 分かってはいるが、人から言われると少なからずショックだな。


 俺は反論せずにコーヒーを飲んだ。

 ブラックだが、味を楽しんでいるわけではない。ハッキリ言って、味などどうでもいい。味がどうでもいいのだから、ヘルシーなほうがいい。


 彼女はテンションを変えずに告げた。

「私、妊娠してたの」

「うっ……。えっ? いつ?」

「当時の話」

「ぐっ……」

 そりゃそうだろう。

 そういうことをしていたのだから。


 俺はこの女と再会してからというもの、直接会うときは、必死で「自分はこの場にいない」と考えるようにしていた。

 相手はとっくに死んだはずの女だ。

 俺自身が殺した女だ。

 そんな女と冷静に会話できるわけがない。

 だから、ここにいるのは彼女と、見知らぬ誰かである、ということにしておいて、自分はどこか別の部屋で画面を見ているという設定でいた。


 なのに、言いようのない感情が、その画面をぶち破って襲いかかってきた。


 この女を殺さなくては――。


 彼女は目を細め、こちらを試すように嘲笑した。

「なに? 怒ってるの? 目が充血してるわね」

「いや……。続けてくれ」

「続けてもいいけど、私のこと殺さないでね? 私はいいけど、他のみんなが困るから」

「ああ、大丈夫だ」

 全然大丈夫じゃない。

 俺は平然とウソをついた。

 そうしていい相手だと思ったからだ。


「当時の私は困惑したわ。このままじゃ、父親の分からない子供を産むことになるって。だから、あなたに父親になってもらおうと計画した」

「俺に……」

 なんとか平静を装って応じているが、口から内臓が逆流しそうだった。


 俺はこの女が好きだった。

 この女も、俺のことを好きなんだと思い込んでいた。

 当時、ガキだったというのもあるが……。

 いや、素直に言おう。俺という人間はクソキモかった。視野が狭かった。世界は、俺と彼女だけで完結すると信じ切っていた。

 彼女は転校生だった。美しかった。そんな少女が、俺と仲良くしてくれた。運命の女神だとさえ思った。絶対に結婚するんだと思い込んでいた。人生における最高のトロフィーを手にした気分だった。人生のゴールが見えた気がした。


 ところがその女は、そこらのおじさんとヤリまくっていた。

 しかも俺の父親にまで手を出そうとして来た。

 絶対に、そうなる前に、殺さねばならぬと思った。


 彼女は静かに言葉を続けた。

「あなたとヤれば、あなたを父親にすることができる。だからとにかくあなたを誘惑しようとした」

「……」

 つまりあのときこいつに手を出していたら、俺はどこのどいつか分からないおじさんの子供を、自分の子供として押し付けられていたかもしれないのだ。


「かくれんぼのときね、あなたが私の後ろに来たこと、気づいてた」

「えっ?」

「分かるわ。鼻息も荒かったし。きっと私を抱きしめるために、後ろに回ったんだと思った。だから、待ったの……」

 ところが俺はその背を押し、崖から突き落とした。

 はるか下方の冷たい水路へ。


「まあともかく、そのあと助かったのよ」

「いや、省略しすぎだろ……」

「けど安心して? 悩みの種だった赤ちゃんは、もうこの世にいないから」

「それは……」

 だから俺は、少なくとも一人は殺しているのだ。

 彼女の命が助かったからよかった、などと思ってはいけない。もちろん思ってない。絶対にそんなふうに片付けるべき話じゃない。


 俺はコーヒーを飲もうとして、自分の手が小刻みに震えているのに気づいた。

 呼吸も震えている。

 自分で認識しているより、はるかに動揺していた。


「け、けど、そのあと葬式やってたぜ……」

「偽装よ」

「学校は?」

「行かないわ。ここに保護されたんだもの」

 省略しすぎているせいで、点と点がつながらなかった。

 現状、水路からここへワープしたとしか思えない。


 彼女はにこりと愛らしい笑みを浮かべた。

 俺にだけ向けられたと勘違いした笑み。ところが実際は、そこらのおじさんにも向けられていた笑み。

「私の能力は、テレパシーみたいなものよ。信じなくてもいい。とにかく私の思考が遠くへ飛んで、それを観測してた組織が駆けつけてくれたの。私は保護された。まあ保護というより誘拐だったけど。私が死にかけだったことは、組織にとっては都合がよかったみたい」

「テレパシー?」

 話題を変えたかった。

 それかこの場で土下座したかった。

 俺は前者を選んだ。


「有機周波数って呼んでる。人間に限らず、あらゆる動物は思考しているでしょう? それが空間に留まるの。残留思念みたいなものね。でも誤解しないで。うちはオカルト商売じゃない。信じるのは計測可能なデータだけ」

「マジかよ……」

 オカルト商売だろ。


「言っておくけど、死者と対話できるたぐいのものじゃないわ。有機周波数は、人間だけじゃなく、イヌやネコ、その他の動物たちも発してるから。ほとんどはノイズまみれの理解不能なデータよ。しかもだんだん圧縮されるから、古すぎるデータはアクセスも難しい」

「それを……こんなに金をかけて研究してるってのか?」

「そうなるわね」

 なんだか分からないノイズを拾うために?

 地下にフィールドまで作って?


「なぜ人を殺すんだ?」

 俺は勢いで、つい核心に触れた。

 あいかわらず点と点がつながらない


 彼女はまた俺のコーヒーを勝手に飲んだ。

「なぜ? その情報は、末端の職員には開示されてないのだけど」

「じゃあ……」

「でもあなたには教えるわ。あなたは私の特別だから」

「は?」

 いや、言うべきでないのなら、言わなくていい。

 この女の特別になどなりたくない。

 俺の人生が壊れる。


「人が死ぬ瞬間……いえ殺される瞬間にね、特別な周波数が観測されるのよ。しかもそのデータは本人からではなく、天から発せられる。私たちはそれを収集して解析している。出資者はそれを神さまだと思ってるわね」

「神?」

「信じなくていいわ。私も信じてないし。ともかく、あなたには、たくさん人を殺して欲しいの。できるだけ衝撃的にね。この話、秘密よ?」

「……」

 ふざけるな。

 こいつ……。

 頭がどうにかなりそうだ。


 一番どうしようもないのは、俺がかつて彼女に危害を加えたという事実。そして腹の中の子を死なせてしまったという事実。

 決して許されないことをした。

 俺ごときに選択権はない。


「神の話は、天使ちゃんもしていた」

「彼女は私の娘よ」

「娘? は? 娘……?」


 言われてみれば、確かに似ていたかもしれない。

 だが、あんなに大きな娘が?

 いつ産んだ?

 どう考えても計算が合わない。

 というか、なぜ採用試験に放り込まれた?


「娘といっても、あくまで生物学上の話。私のお腹で産んだわけじゃなく、私の遺伝子を使って培養された生命体よ」

「クローンだと?」

「違う。クローンじゃないわ。私の遺伝子と、どこかの誰かの遺伝子をかけ合わせて作られたもの。より完璧な能力者を作るためにね」


 天使ちゃんは、自分を「出来損ない」と言っていた。

 もしかしたらそれは、自発的にそう思い至ったわけではなく、心無い誰かに言われたのかもしれない。


「待ってくれ。俺はいい。俺はあの採用試験で殺されても文句は言えない立場だ。けど娘は? なんの罪もないんだろ?」

 すると彼女は缶コーヒーをテーブルに置き、俺の顔面をわしづかみにしてきた。

「さっきから聞いていれば、『自分は良識ある人間です』とでもいいたげね。あなた、自分が人殺しだってこと忘れたの? 私に説教しないで」

 さほど握力があるわけでもないから、痛くはない。

 だが彼女は、俺を痛めつけようとしている。


「説教するつもりはない。ただ、娘さんのことを思うと……」

 手をどけると、彼女はぐっと顔を近づけてきた。

「御神体なんて呼ばれて、いい身分に見えるかもしれないわね。けど、私には自由なんてないの。ただ情報を提供するだけの触媒、つまりは『モノ』よ。それでもほかに生きようがないんだから仕方ないでしょ? それともなに? あなたはこの組織を敵に回してでも、娘を救い出せるとでもいうの? そのあとは? 平和に生き延びる自信があるの? 本気でもないのに、まともっぽいこと言うのやめてくれない?」


 そう。

 頑張って冷静になろうとしているのは俺だけじゃない。

 彼女もまた、凄まじい怒りをコントロールした上で俺と接している。


「軽率だった。悪かったよ」

「失望するわね。本当につまらない男になった。あなたは幼稚で自分勝手で、思い込みの激しい殺人鬼でしょ? そのことを忘れないで。むしろそういう人間に殺されたならまだしも、良識ぶった人間に殺されたなんて、ちっとも受け入れられないから」

「……」

 返す言葉もない。


 しかし彼女は、少女みたいにくすくすと笑ったあと、またとびきりの笑顔を見せてくれた。

「ごめんなさい。ちょっと感情的になっちゃった。今日はここまでね。ぜひまたお話ししましょう」

「ああ、また」

 また来るつもりなのか……。

 ここでは会話をするだけで寿命が縮む。


 ともあれ、人を殺してデータを取る。

 俺はそのための駒。

 拒否権はない。


 やってしまったことは、なかったことにできない。

 なかったことにすべきではない。

 許しは、相手の善意によってしか成立しない。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ