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オルガン  作者: 不覚たん
本編
39/41

第三の男

 俺たちはプロじゃない。

 銃を持ってはしゃいでるだけの素人集団だ。

 一部を除き、死への恐怖を克服しているわけでもないから、ちょっとでも発砲があるとすぐ隠れる。いや、悪いことじゃない。身を守るのは大事なことだ。


 ともあれ、膠着しやすい。

 敵は左右から挟んでいるから、うかつに発砲できない。撃てば味方にも当たる。ところが、こちらは好き放題に撃てる。挟まれているほうが有利とは、なんとも皮肉な話だ。


 ところが、意外な方向から敵が来た。


 地下室へのドアが、勢いよく開け放たれたのだ。

 右でも左でもなく、奥からの登場。


 そいつは一人だった。

 ウェーブのかかった髪を肩まで伸ばした、ヒゲ面の中年男性。日本人とは思えないほど彫りの深い顔をしている。背も高いし、本当に外国人かもしれない。

 黒いシャツを着て、滑り止めのグローブまでしている。

 おそらく一課の誰かだ。


「なるほど。なるほどなるほど。なるほどな……。で、いったいどうなってるんだ?」

 幸いなのは、なにも分かっていないらしいこと。


 俺は通路へ銃を構えたまま、こう応じた。

「いま立て込んでるんで、落ち着くまで待ってもらえませんか?」

 彼は眉をひそめた。

「待つ? いや、じゅうぶん待ったんだ。なのに全然誰も来ない。それって……なんか、仲間外れみたいで哀しいだろ?」

「なら、俺たちに加勢しませんか? 右も左も撃ち放題ですよ」

「そいつは楽しそうだが……。でもあんた、敵側だろ? そしたら面倒なことになる。普通に怒られるしな。俺はなぁ、この歳になってまで怒られるのはゴメンなんだよ。つらいからな。酒の量も増えるし」

「とにかく待っ……あっ!」

 男が急に銃を構えたので、俺はワンテンポ遅れて身をよじった。

 が、彼は撃たなかった。

 撃たれたら終わっていた。

「ハッハー。びっくりしたか? でもダメだぜ。いま、気を抜いてたろ? こう、俺が構えそうになった瞬間、というか少しでも動いた瞬間に、対応しなきゃよ。そうしないと死ぬんだ」

「ご配慮、感謝いたします」

 言いたくもない言葉だったが、救われたのは事実だ。


 それにしても、こいつはなんだ?

 いたぶってから殺すタイプか?


 すると七番が、俺の隣に立った。

「通路側ぁ、俺が担当しますぅ。三番さん、そっち集中してくださぇ」

「すまん。任せた」

 頼もしいものだな。

 あの射撃訓練もムダではなかった。

 だが、絶対に死ぬな。


 俺は男に向き直った。

「三課の三番です。そちらは?」

「一課のザ・チャリオットだ。よろしくな。言っておくが、この『よろしく』ってのは、死んでも恨まないでくれって意味も含まれてる。そこんとこ頼むぜ」

「ええ」


 もったいぶって会話をする必要はないのかもしれない。

 だが、うかつに動いたら殺されそうな気がした。

 かといって、なにを待っているのか……。隙を探したいところだが、こいつは最初からずっと隙だらけだった。ちょっとモノが違う。


 ザ・チャリオットは首を曲げたり、ぐっと背中を伸ばしたり、体をほぐし始めた。

 さらに隙だらけだ。

 撃てば殺せそうな気がする。

 だが、なぜか動けなかった。


 俺は怯えているのか?


「えーと、三番よ。聞け。これまで俺は、いろんなヤツと殺り合ってきたワケよ。だからやべーヤツと、そうでないヤツは、わりと分かる。直感でな」

「はぁ」

 会話中にいきなり撃ってくる可能性がある。

 そういう男だ、こいつは。

「でな、お前のチームの女……。どっちもやべーヤツだよな? まあ一人はシスターズだろ? もう一人はなんだ? ただのガキにしか見えねーのに……」

 二番のことか?

 たぶん才能があるんだろう。

 そうとしか説明できない。


「俺が知りたいですよ」

「いや、いい。じつは本題はそっちじゃない。あんたはどうなんだ? え? やべーのかヤバくねーのか、どっちなんだ?」

「分かるんでしょ?」

「大抵の場合はな」

「いまは?」

「判断に困ってる」

 どっちつかずってことか。

 どう考えても、俺には二番や十二番ほどの才能はない。少なくとも戦闘においては。ただ、屁理屈をこねる曲面では、そこそこやれる。人生において、ずっと屁理屈をこね続けているからな。一日の長がある。


 ザ・チャリオットは、すっと銃を構えた。

 銃口が向いているのは俺の方ではない。後ろで構えている十二番。そして十二番も彼に銃口を向けている。どちらが発砲してもおかしくない。

 なぜ誰もトリガーを引かないのかは……分からない。

 緊張しすぎて頭がバグっているとしか思えない。先に撃った方が有利なのに。


「ちょっと待ってくださいよ。あんたの相手は俺でしょ?」

 俺がそう告げた瞬間、彼はトリガーを引いた。後ろに引っ張られたような気がした。いや、ザ・チャリオットに右肩を撃たれたのだ。

 十二番も発砲し、男の胴体に命中させた。


 俺は銃を落としそうになり、少しよろけたものの、なんとか踏ん張った。銃を左手に持ち変える。最初はただの衝撃だけだったが、すぐに激しい痛みが襲ってきた。

 誰だよ、アドレナリンが出てれば痛くないとか言ってるヤツ。

 ちゃんとクソ痛いじゃねーか……。


 胴を撃たれたザ・チャリオットは、それでも平然としていた。出血もないようだ。

「かなり痛いな。防弾チョッキを着ているはずなんだが。おっと撃つなよ。じつはいまので弾切れでな。俺はリタイヤするよ」

 彼は一方的にそう告げると、躊躇なく床へ銃を置き、ホールドアップした。

 十二番はまだ銃口を向けている。

「逃げるんですか!?」

「そうだよ。そこ、通っていいか?」

「三番さんを撃っておいて、逃げるんですか!?」

「そう言ってるだろ。だいたい、あんたも俺を撃ったんだし、痛み分けじゃないか?」

「そんな理屈、通るわけ……」


 だが、俺は彼女を制した。

「いや、いいんだ。行かせてやろう。俺たちは、死体を増やすために来たんじゃない」

 三課は、一課とは違う。

 いまとなっては課などどうでもいいはずだが。


 ザ・チャリオットはヒューと口笛を吹いた。

「そいつは善行だぞ、三番。俺は恩を忘れない男だ。今後、困ったことがあったら呼んでくれ。力になるぜ」

「行ってくれ」

 どうにももったいぶって会話を長引かせると思ったら、弾がなかったということか。

 食えない男だ。


 ザ・チャリオットが去ると、十二番が駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか? 私が……私がもっと早くあいつを撃ち抜いてたら……」

「いいんだ」

「それにしても、この銃……」

 十二番は、床に置かれた銃を拾い上げた。それからスライドを引いたり、マガジンを出したりして、中を確認した。

「まだぜんぜん残弾ありますよ」

「なんなんだよ……」

 気が乗らなかったのか?

 そもそも地下から出てきた時点で、出資者たちの護衛を放棄したということなのかもしれない。


 二課は通路の左右に隠れている。

 そして二階で間宮氏とやりあっているのは、おそらく一課のザ・スターだろう。

 ザ・チャリオットは帰った。

 だからもう、同業者は残っていない。


「十二番、あいつの銃を貸してくれ。俺は地下へ行く」

「えっ? 私が行きます」

「ダメだ。あんたはここに残れ。あとは俺がカタをつける」

 五代がいるのだ。

 十二番がどういうつもりにしろ、俺は彼女の目の前で父親を射殺したくない。


 十二番は、思いつめた表情で銃を渡してくれた。

「そういうの、余計なお世話だと思います」

「ここに残って七番をフォローしてやってくれ。絶対に死なせないように」

「あなたも、絶対に死なないでくださいね。もしあなたが死んだら、私もあとを追います」

 ただのジョークなら茶化してやりたかったが、どうもそうとは思えなかった。

「安心してくれ。きっと戻ってくる。だから、俺を置いて先に帰らないでくれよ。俺は無免許なんだからな」

「約束ですよ? 何年でも待ってますから」

「ああ」

 もちろん今日中に戻る。

 俺のプランではそうだ。


 *


 ザ・チャリオットがなぜ俺を殺さなかったのかは分からない。

 俺を殺したところで一円にもならないと判断してバカらしくなったか。


 それはそれとして、右肩がとても痛い。

 痛いだけでなく、血が流れるたび、いろんな意欲が失せてゆく。まるで水漏れした水風船のようだ。いつまでもつか分からない。


 地下への石段が長い。

 俺は壁に寄りかかりながら、よたよたと一段ずつおりた。

 この調子じゃ、帰りは自力で階段をあがれないかもしれない。


 やがて、まっしろな研究室に出た。

 蛍光灯が眩しすぎる。


 椅子に腰をおろしていたのは、たったの一名。

 五代大。

 テレビで何度も見た顔だ。

 若手の政治家。喋りもハキハキしていて、理路整然といった印象を受けた。実際どうだか分からないが。まあ、この国の政治家は老人が多すぎるから、若いというだけでいくらかクレバーに見えてしまう。


「やはり君か……」

 彼はうんざりした様子でそうつぶやいた。

「初対面のはずですが?」

 俺はテーブルを挟んで、対面の席に腰をおろした。

 立っていられなかった。


「そう。初対面だ。だが、データは見た。いや、見せられた、というのが正しいか。何度再計算しても、君の情報が出てくる」

「再計算?」

「AIだよ。データ観測室の室長が私的に使用していたものを、私が受け継いだ。その現場には君もいたはずだろう?」

「ええ」


 やはりそうか。

 こいつは室長からAIを取り上げ、独占するために、難癖をつけて彼を殺害したのだ。こんな便利なものを簡単に捨てるわけがない。


 彼は肩をすくめた。

「そう警戒しないでくれ。僕はね、君のことを高く評価しているんだ。端的に言おう。私と手を組まないか?」

「はい?」

「なぜ手を組むべきなのか、いまから説明する。結論を出すのは、それからでも遅くはない。君は状況を理解してから動くタイプだろう?」

「いいですけど、失血死する前にお願いしますよ」

 俺も呼吸を整えたかった。


 驚いたような顔で死ぬ人間がいる。

 自分が死ぬということを、理解しないまま死ぬのだ。

 それは運がいい場合。

 しかし運が悪い場合……つまり初弾で致命傷を受けず、楽に死ねなかった場合、こうして痛みに痛みを重ね、そのあとで死ぬ。


 俺は死ぬなら、もっと楽に死にたかった。

 中途半端に撃たれた挙句、政治家の演説を聞かされるハメになるとは。

 拷問は、法によって禁止されているはずなのだが……。


(続く)

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