挟撃
また電話が来た。
『いまどこ?』
「えっ? もう高速おりましたよ。あと二十分くらいで……」
女の声だ。
スマホの表示を見る限り、部長からの電話だったはずだが。
おそらくヴァーゴか?
『部長が撃たれた。早く来て』
「はい?」
『頼んだから』
「りょ……」
了解と言い終える前に通話が切られた。
撃たれた……?
電話から銃声は聞こえなかった。
まあ弾は15発しかないから、最初にドンパチやったあと、距離をとって膠着状態になったと考えるべきだろう。それで余裕ができたから電話をよこしてきた、と。
三人しかいないのに、早くも部長が撃たれたとは。
となると、いまはヴァーゴとザ・フールで応戦中ってことか。二対十。出資者たちも始末しなければならないから、彼我の戦力差はもっと大きい。
また電話が来た。
今度は秘書からだ。
『どうなってるんですか!? 状況を説明してください!』
「なんです?」
『あなたたちがなにかしたんでしょう?』
「どの件です?」
『しらばっくれないでください! あなたたちが仕掛けたんでしょう? きっと、茨城の別動隊も……』
「こっちはまだ現場についてさえいないんです。意味分かんないこと言ってると切りますよ?」
『え、ちょ』
切った。
いったい彼女はどういうポジションなんだ?
現場に出た部長の代わりをやらされてるだけだとは思うが。
銃撃戦が起きたということは、オルガンによる消去を免れた出資者がいたということだろう。
そう、もちろんいるはずだ。
確実に五代は残る。
問題は、ほかにもいたのかどうか、だ。仮にそいつらが武装していたら、戦力差はもっと広がる。なんならヴァーゴとザ・フールも殺されて、そこへ俺たちが乗り込むことになる。
これじゃ愚策と言われる「戦力の逐次投入」だ。
二番の計画通り、もっと派手に遅刻して、今回の件はなかったことにしたほうがよかったかもしれない。いまなら「巻き込まれただけ」で済ませることもできる。
*
だが、現場についてしまった。
発砲音はない。
やはり膠着しているようだ。
状況は不利。
敵は洋館を砦として籠城しているのに、こちらは無防備。
各員の自動車は、敷地の外にある。
そしてヴァーゴとザ・フールも、塀を使って身を隠している。
中に洋館。
距離がありすぎて、銃撃戦も成立しない。いや撃ってもいいが、弾がムダになる。
「お待たせ」
俺たちは車を降りて、身をかがめながら塀へ近づいた。
塀といっても全面コンクリートではない。コンクリートは基礎部分だけで、上は格子状の金属だ。つまり隙間があるから、派手に頭をあげたら狙われる可能性がある。
幸い、自動車はこちらにあるから、出資者たちが逃げることはない。
「遅いよ! なにやってたの!」
ヴァーゴの理不尽な叱責が飛んできた。
一応の事情があったってのに。
「これでも急いで来たんだ。それより、部長は……」
「まだ生きてる」
仰向けで草むらに寝かされていた。
ジャケットを使って止血を試みているが、それでも血は流れ続けている。表情もうつろだ。気絶しているのかもしれない。
二番と七番がぼうっとしていたので、俺は「しゃがんで」と指示をした。
やや遅れて洋館から発砲音があり、弾丸がヒュンと頭上をかすめた。距離はあったのかもしれないが、本当に頭上スレスレという感じがした。これはトラウマになりそうだ。
「状況は?」
「ホント、信じらんない。スコーピオのヤツ、接続試験が始まったと思ったら、いきなり部長を撃ったんだ。こっちがまだなにもしてないのに」
「えっ?」
「きっと計画がバレてたんだ」
バレてた?
本当に?
内通者がいたのか?
それともAIによる未来予測か……。
だが、もしバレていたなら、彼らにはもっといい手があったはず。
たとえば暗殺しやすいよう警備の場所を割り当てて、孤立させ、始末するのだ。そうすれば、たった三人を相手に、籠城させられるようなことはなかっただろう。
敵はこちらの策をある程度は察していたものの、いまいち確証がなかったのだろう。
スコーピオが独断でフライングした可能性もある。あるいは元上司を合法的にぶっ殺せると分かって、うずうずしていたか。
俺は見える範囲で周囲を確認した。
だが、塀から頭を出せないので、日差しがキツくてクソ暑いということしか分からなかった。
「こちらの被害は一名か……。敵は?」
「減ってない」
「減ってないってのは? 出資者も?」
「知らない。ところでその子、誰? そんな子、うちにいたっけ?」
カナリアだ。
暑さでふらふらになっている。
「彼女は……茨城の研究所から連れてきた。俺たちの計画を手伝ってくれるって」
「手伝う? 武器は?」
「存在自体、かな」
「はい?」
ヴァーゴは「なに言ってんの」という顔。
まあ分かる。
しかし説明している時間がない。
カナリアは無言のまま口をパクパク動かした。
それでも十二番には伝わったらしい。
「自分が盾になるって」
「いいのか?」
俺が尋ねると、カナリアはこくりとうなずいた。
ここは日差しが強いから、とっとと中に入りたいのかもしれない。
ふと、窓ガラスの割れる音がした。
かと思うと、弓を手にした和装の女が、まっしろな髪をなびかせながら、正門を突破して敷地内に駆け込んでいった。
間宮氏だ。
参加してくれるのはありがたいのだが、こちらとの連携をまったく考えていない。
きっと一人で暴れるつもりだ。
ヴァーゴも目を丸くした。
「え、なに? あれが間宮?」
「そう……だね。俺たちも続こう」
洋館から何発か発砲があったが、どれも間宮氏には当たらなかった。
彼女は跳躍すると、二階の柵に捕まり、そこからよじのぼっていった。もしかすると敵が上にいると思い込んでいるのかもしれない。
残念ながら、おそらく五代は地下にいるはず。
ちゃんと話を聞かないからこうなる……。
カナリアも歩き出した。
点滴スタンドを手に、ふらふらと。
洋館から発砲があったが、そのたびに彼女の周囲がきらめいて、弾丸が粒子となって消えた。
「撃つな! シスターズだ!」
洋館から怒声が響いた。
指揮を執っているのはスコーピオのようだ。
あの野郎、やっぱり約束を破りやがった。というより、最初から五代とつながっていたのかもしれない。
「よし、俺たちも行こう。二番、銃持って」
「うん……」
俺が銃を差し出すと、彼女はぷるぷるしながら両手で受け取った。
スイッチが入るまではまるで役に立たない。
「十二番、分かる範囲で敵の配置を教えてくれ。そして七番、死なないでくれ」
「はぇ」
俺が指示すると、彼はニワトリみたいにへこりとうなずいた。
ザ・フールは動かなかった。
「あ、私? 察しの通り弾ナシよ。ヒャッハーしてたらこのザマ。みんなは気を付けてね」
弾が尽きたら丸腰と同じだ。
ここにいてもらうしかない。
しかしそうなると、十人の敵を相手に、ヴァーゴが一人でプレッシャーをかけていたことになる。間違いなく彼女が現時点でのMVPだろう。
だが、俺が参加したからには、一番ウマいところを食わせてもらう。
たぶん。
死なない程度には。
*
カナリアのおかげで、特に苦も無く洋館に入り込むことができた。
ところが、エントランスに入ったところで、さっそく俺たちは身動きが取れなくなった。テーブルや椅子などが詰まれ、バリケードが構築されていたからだ。
これをカナリアに消去させてもいい。
だが、あまり力を使いすぎると、盾としての役目を果たせなくなるらしい。というより、じつはもう限界に近いようだ。なにせ午前中、かなりの運動をしたようだからな。
「クソ、びくともしねぇぞ」
俺は思いっきりバリケードを押し込んでみたが、まったく動く気配がなかった。
ここの家具は、安物のスカスカの家具と違い、ひとつひとつが重たい。しかもロープなどで互いが結ばれている。敵の中に、籠城戦の経験者がいるのかもしれない。
いっそ火でも放つか?
ガソリンなら外に山ほどある。
敵は撃ってこない。
姿も見えない。
家具の隙間から廊下は見えるが、完全に潜伏している。これで窓から外に出られてしまったら、逆に包囲される可能性さえある。
車の周囲はヴァーゴに任せているが……。
完全に膠着してしまったな。
これで警察なんかを呼ばれたら、完全にアウトだ。
いや、呼ばないほうに賭けるか。
組織と警察は、表向き協力関係かのように見える。だが、積極的な協力ではない。互いに干渉しないようにしているだけだ。警察としても、わざわざ危険をおかして内部闘争に加担する気はないだろう。むしろ管轄を荒らす連中が消えて、せいせいするかもしれない。
家具を覗き込んでいた二番が、袖を引っ張ってきた。
「ねえ、いまいい?」
「いいぞ」
「あの家具のさ、あのロープ切ったら、壊せない? あそことあそこ」
「切る? でも向こう側だぜ?」
裏に回り込まないと切れない場所で結ばれている。
まあ普通、そうするだろう。
だが、二番は銃を出した。
「私、撃ってみていい?」
「えっ? ロープを?」
銃弾は「点」。
人体はまだ「面」だから当たるのは分かる。
しかしロープは、文字通り「線」だ。
よほどの至近距離でも、命中させるのは困難と言っていい。
いや、そう遠くもないし、二番の腕なら当たるか?
などと考え込んでいると、彼女はパン、パン、パンとリズミカルに銃を撃ち込み、すべて命中させた。
俺が家具を押し込むと、ロープがほどけ、ガタガタと音を立てて崩れた。
ホントに、普段はクソガキなのに、こういうときだけ頼りになる。
「さすがだな」
「えへへ……」
頑張って笑っているが、手が震えている。
スイッチが入っていない状態で撃ったから、精神への負担が大きかったかもしれない。
俺と七番とでバリケードを押し崩し、なんとか通れるようになった。
地下への扉は、このエントランス・ホールにある。だから行こうと思えばすぐにでも行けるのだが……。これだけのバリケードを設置しておいて、なんの備えもしていないわけがない。
「カナリア、悪いんだが、このドアを消してくれないか?」
「……」
彼女はこくりとうなずくと、ドアの前に立った。
「罠があるかもしれないから、慎重に」
「……」
こくこくと返事。
二階では間宮氏が誰かと戦闘しているらしく、銃声や怒声が響き始めた。
誰が生きていて、誰が死んでいるのか、さっぱり把握できない。
「あっ」
十二番が、いきなり声をあげた。
俺はとっさに銃を構えるが、誰も来ていない。
「どうした?」
「オルガン……」
「えっ?」
すぐそばにいたカナリアが、風船のように膨らんで散った。
俺はその風圧かなにかに押し倒されて、体勢を崩して転倒。
血液などが飛散したものの、それもまた粒子となって消えた。
一瞬だった。
あまりにもあっけない。
最初から存在していなかったみたいに、忽然と姿を消してしまった。
ゴッと鈍い音を立てて床に落ちたのは、カナリアの首に装着されていた機械パーツだった。患者着もゆらめきながら床に落ちた。
点滴スタンドは最初の衝撃でとっくに倒れている。
彼女の周波数は、すでにデータベースに登録済みだったらしい。
十二番が無事なところを見ると、彼女を消すつもりはないようだ。
ともあれ、オルガンは敵の制御下にある。
なんとかに刃物だ。
モノの道理が分からないヤツに持たせておくべきテクノロジーではない。
俺は所有者を失った患者着を簡単にたたみ、邪魔にならない場所へ置いた。
「絶対に仇は取るからな」
それはそれとして、盾を失った俺たちは、無防備なままエントランスにいることになる。
格好の標的だ。
感傷に浸っている時間はない。
バタバタと廊下のドアが開き、銃を構えた連中が姿を現した。
「もういいだろ! 武器を捨てて投降しろ!」
スコーピオだ。
左右の通路から挟まれてしまった。
三課から転属した新人たちもいた。
おそらく二課の一班と二班だろう。
まさかかつての部下に追い込まれるハメになろうとは。
それにしても、なにも左右から挟むことはないだろう。
もし撃ったら仲間にも当たる。
俺はスコーピオのいる方へ発砲した。これは外れ。
ほぼ同時、二番も新人たちに発砲した。誰かが倒れた。
撃ち返してきたのもいたが、誰にも当たらなかった。
「おい撃つな! 味方に当たる!」
スコーピオがいまさらながらに怒鳴った。
こいつも新人教育に難儀しているようだな。
だが、同情している余裕はない。
生き延びなくては。
(続く)




