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オルガン  作者: 不覚たん
本編
38/41

挟撃

 また電話が来た。

『いまどこ?』

「えっ? もう高速おりましたよ。あと二十分くらいで……」

 女の声だ。

 スマホの表示を見る限り、部長からの電話だったはずだが。

 おそらくヴァーゴか?

『部長が撃たれた。早く来て』

「はい?」

『頼んだから』

「りょ……」

 了解と言い終える前に通話が切られた。


 撃たれた……?

 電話から銃声は聞こえなかった。

 まあ弾は15発しかないから、最初にドンパチやったあと、距離をとって膠着状態になったと考えるべきだろう。それで余裕ができたから電話をよこしてきた、と。


 三人しかいないのに、早くも部長が撃たれたとは。

 となると、いまはヴァーゴとザ・フールで応戦中ってことか。二対十。出資者たちも始末しなければならないから、彼我の戦力差はもっと大きい。


 また電話が来た。

 今度は秘書からだ。

『どうなってるんですか!? 状況を説明してください!』

「なんです?」

『あなたたちがなにかしたんでしょう?』

「どの件です?」

『しらばっくれないでください! あなたたちが仕掛けたんでしょう? きっと、茨城の別動隊も……』

「こっちはまだ現場についてさえいないんです。意味分かんないこと言ってると切りますよ?」

『え、ちょ』

 切った。


 いったい彼女はどういうポジションなんだ?

 現場に出た部長の代わりをやらされてるだけだとは思うが。


 銃撃戦が起きたということは、オルガンによる消去を免れた出資者がいたということだろう。

 そう、もちろんいるはずだ。

 確実に五代は残る。

 問題は、ほかにもいたのかどうか、だ。仮にそいつらが武装していたら、戦力差はもっと広がる。なんならヴァーゴとザ・フールも殺されて、そこへ俺たちが乗り込むことになる。

 これじゃ愚策と言われる「戦力の逐次投入」だ。

 二番の計画通り、もっと派手に遅刻して、今回の件はなかったことにしたほうがよかったかもしれない。いまなら「巻き込まれただけ」で済ませることもできる。


 *


 だが、現場についてしまった。

 発砲音はない。

 やはり膠着しているようだ。


 状況は不利。

 敵は洋館を砦として籠城しているのに、こちらは無防備。


 各員の自動車は、敷地の外にある。

 そしてヴァーゴとザ・フールも、塀を使って身を隠している。

 中に洋館。

 距離がありすぎて、銃撃戦も成立しない。いや撃ってもいいが、弾がムダになる。


「お待たせ」

 俺たちは車を降りて、身をかがめながら塀へ近づいた。

 塀といっても全面コンクリートではない。コンクリートは基礎部分だけで、上は格子状の金属だ。つまり隙間があるから、派手に頭をあげたら狙われる可能性がある。


 幸い、自動車はこちらにあるから、出資者たちが逃げることはない。


「遅いよ! なにやってたの!」

 ヴァーゴの理不尽な叱責が飛んできた。

 一応の事情があったってのに。

「これでも急いで来たんだ。それより、部長は……」

「まだ生きてる」


 仰向けで草むらに寝かされていた。

 ジャケットを使って止血を試みているが、それでも血は流れ続けている。表情もうつろだ。気絶しているのかもしれない。


 二番と七番がぼうっとしていたので、俺は「しゃがんで」と指示をした。

 やや遅れて洋館から発砲音があり、弾丸がヒュンと頭上をかすめた。距離はあったのかもしれないが、本当に頭上スレスレという感じがした。これはトラウマになりそうだ。


「状況は?」

「ホント、信じらんない。スコーピオのヤツ、接続試験が始まったと思ったら、いきなり部長を撃ったんだ。こっちがまだなにもしてないのに」

「えっ?」

「きっと計画がバレてたんだ」

 バレてた?

 本当に?

 内通者がいたのか?

 それともAIによる未来予測か……。


 だが、もしバレていたなら、彼らにはもっといい手があったはず。

 たとえば暗殺しやすいよう警備の場所を割り当てて、孤立させ、始末するのだ。そうすれば、たった三人を相手に、籠城させられるようなことはなかっただろう。


 敵はこちらの策をある程度は察していたものの、いまいち確証がなかったのだろう。

 スコーピオが独断でフライングした可能性もある。あるいは元上司を合法的にぶっ殺せると分かって、うずうずしていたか。


 俺は見える範囲で周囲を確認した。

 だが、塀から頭を出せないので、日差しがキツくてクソ暑いということしか分からなかった。

「こちらの被害は一名か……。敵は?」

「減ってない」

「減ってないってのは? 出資者も?」

「知らない。ところでその子、誰? そんな子、うちにいたっけ?」

 カナリアだ。

 暑さでふらふらになっている。


「彼女は……茨城の研究所から連れてきた。俺たちの計画を手伝ってくれるって」

「手伝う? 武器は?」

「存在自体、かな」

「はい?」

 ヴァーゴは「なに言ってんの」という顔。

 まあ分かる。

 しかし説明している時間がない。


 カナリアは無言のまま口をパクパク動かした。

 それでも十二番には伝わったらしい。

「自分が盾になるって」

「いいのか?」

 俺が尋ねると、カナリアはこくりとうなずいた。

 ここは日差しが強いから、とっとと中に入りたいのかもしれない。


 ふと、窓ガラスの割れる音がした。

 かと思うと、弓を手にした和装の女が、まっしろな髪をなびかせながら、正門を突破して敷地内に駆け込んでいった。


 間宮氏だ。


 参加してくれるのはありがたいのだが、こちらとの連携をまったく考えていない。

 きっと一人で暴れるつもりだ。


 ヴァーゴも目を丸くした。

「え、なに? あれが間宮?」

「そう……だね。俺たちも続こう」


 洋館から何発か発砲があったが、どれも間宮氏には当たらなかった。

 彼女は跳躍すると、二階の柵に捕まり、そこからよじのぼっていった。もしかすると敵が上にいると思い込んでいるのかもしれない。

 残念ながら、おそらく五代は地下にいるはず。

 ちゃんと話を聞かないからこうなる……。


 カナリアも歩き出した。

 点滴スタンドを手に、ふらふらと。

 洋館から発砲があったが、そのたびに彼女の周囲がきらめいて、弾丸が粒子となって消えた。


「撃つな! シスターズだ!」

 洋館から怒声が響いた。

 指揮を執っているのはスコーピオのようだ。

 あの野郎、やっぱり約束を破りやがった。というより、最初から五代とつながっていたのかもしれない。


「よし、俺たちも行こう。二番、銃持って」

「うん……」

 俺が銃を差し出すと、彼女はぷるぷるしながら両手で受け取った。

 スイッチが入るまではまるで役に立たない。


「十二番、分かる範囲で敵の配置を教えてくれ。そして七番、死なないでくれ」

「はぇ」

 俺が指示すると、彼はニワトリみたいにへこりとうなずいた。


 ザ・フールは動かなかった。

「あ、私? 察しの通り弾ナシよ。ヒャッハーしてたらこのザマ。みんなは気を付けてね」

 弾が尽きたら丸腰と同じだ。

 ここにいてもらうしかない。


 しかしそうなると、十人の敵を相手に、ヴァーゴが一人でプレッシャーをかけていたことになる。間違いなく彼女が現時点でのMVPだろう。

 だが、俺が参加したからには、一番ウマいところを食わせてもらう。

 たぶん。

 死なない程度には。


 *


 カナリアのおかげで、特に苦も無く洋館に入り込むことができた。

 ところが、エントランスに入ったところで、さっそく俺たちは身動きが取れなくなった。テーブルや椅子などが詰まれ、バリケードが構築されていたからだ。


 これをカナリアに消去させてもいい。

 だが、あまり力を使いすぎると、盾としての役目を果たせなくなるらしい。というより、じつはもう限界に近いようだ。なにせ午前中、かなりの運動をしたようだからな。


「クソ、びくともしねぇぞ」

 俺は思いっきりバリケードを押し込んでみたが、まったく動く気配がなかった。

 ここの家具は、安物のスカスカの家具と違い、ひとつひとつが重たい。しかもロープなどで互いが結ばれている。敵の中に、籠城戦の経験者がいるのかもしれない。


 いっそ火でも放つか?

 ガソリンなら外に山ほどある。


 敵は撃ってこない。

 姿も見えない。

 家具の隙間から廊下は見えるが、完全に潜伏している。これで窓から外に出られてしまったら、逆に包囲される可能性さえある。


 車の周囲はヴァーゴに任せているが……。


 完全に膠着してしまったな。

 これで警察なんかを呼ばれたら、完全にアウトだ。


 いや、呼ばないほうに賭けるか。

 組織と警察は、表向き協力関係かのように見える。だが、積極的な協力ではない。互いに干渉しないようにしているだけだ。警察としても、わざわざ危険をおかして内部闘争に加担する気はないだろう。むしろ管轄を荒らす連中が消えて、せいせいするかもしれない。


 家具を覗き込んでいた二番が、袖を引っ張ってきた。

「ねえ、いまいい?」

「いいぞ」

「あの家具のさ、あのロープ切ったら、壊せない? あそことあそこ」

「切る? でも向こう側だぜ?」

 裏に回り込まないと切れない場所で結ばれている。

 まあ普通、そうするだろう。


 だが、二番は銃を出した。

「私、撃ってみていい?」

「えっ? ロープを?」


 銃弾は「点」。

 人体はまだ「面」だから当たるのは分かる。

 しかしロープは、文字通り「線」だ。

 よほどの至近距離でも、命中させるのは困難と言っていい。


 いや、そう遠くもないし、二番の腕なら当たるか?


 などと考え込んでいると、彼女はパン、パン、パンとリズミカルに銃を撃ち込み、すべて命中させた。

 俺が家具を押し込むと、ロープがほどけ、ガタガタと音を立てて崩れた。


 ホントに、普段はクソガキなのに、こういうときだけ頼りになる。

「さすがだな」

「えへへ……」

 頑張って笑っているが、手が震えている。

 スイッチが入っていない状態で撃ったから、精神への負担が大きかったかもしれない。


 俺と七番とでバリケードを押し崩し、なんとか通れるようになった。

 地下への扉は、このエントランス・ホールにある。だから行こうと思えばすぐにでも行けるのだが……。これだけのバリケードを設置しておいて、なんの備えもしていないわけがない。


「カナリア、悪いんだが、このドアを消してくれないか?」

「……」

 彼女はこくりとうなずくと、ドアの前に立った。

「罠があるかもしれないから、慎重に」

「……」

 こくこくと返事。


 二階では間宮氏が誰かと戦闘しているらしく、銃声や怒声が響き始めた。

 誰が生きていて、誰が死んでいるのか、さっぱり把握できない。


「あっ」

 十二番が、いきなり声をあげた。

 俺はとっさに銃を構えるが、誰も来ていない。

「どうした?」

「オルガン……」

「えっ?」


 すぐそばにいたカナリアが、風船のように膨らんで散った。

 俺はその風圧かなにかに押し倒されて、体勢を崩して転倒。

 血液などが飛散したものの、それもまた粒子となって消えた。


 一瞬だった。

 あまりにもあっけない。

 最初から存在していなかったみたいに、忽然と姿を消してしまった。


 ゴッと鈍い音を立てて床に落ちたのは、カナリアの首に装着されていた機械パーツだった。患者着もゆらめきながら床に落ちた。

 点滴スタンドは最初の衝撃でとっくに倒れている。


 彼女の周波数は、すでにデータベースに登録済みだったらしい。

 十二番が無事なところを見ると、彼女を消すつもりはないようだ。


 ともあれ、オルガンは敵の制御下にある。

 なんとかに刃物だ。

 モノの道理が分からないヤツに持たせておくべきテクノロジーではない。


 俺は所有者を失った患者着を簡単にたたみ、邪魔にならない場所へ置いた。

「絶対に仇は取るからな」


 それはそれとして、盾を失った俺たちは、無防備なままエントランスにいることになる。

 格好の標的だ。

 感傷に浸っている時間はない。


 バタバタと廊下のドアが開き、銃を構えた連中が姿を現した。

「もういいだろ! 武器を捨てて投降しろ!」

 スコーピオだ。


 左右の通路から挟まれてしまった。

 三課から転属した新人たちもいた。

 おそらく二課の一班と二班だろう。

 まさかかつての部下に追い込まれるハメになろうとは。


 それにしても、なにも左右から挟むことはないだろう。

 もし撃ったら仲間にも当たる。


 俺はスコーピオのいる方へ発砲した。これは外れ。

 ほぼ同時、二番も新人たちに発砲した。誰かが倒れた。


 撃ち返してきたのもいたが、誰にも当たらなかった。


「おい撃つな! 味方に当たる!」

 スコーピオがいまさらながらに怒鳴った。

 こいつも新人教育に難儀しているようだな。


 だが、同情している余裕はない。

 生き延びなくては。


(続く)

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