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オルガン  作者: 不覚たん
本編
37/41

遠雷

「なんの電話? 誰から?」

 後部座席から二番が身を乗り出してきた。

「部長から、戦闘になりそうだから早く来てくれって」

 五代のことは伏せた。

 十二番に聞かれたくなかった。

「はぁ? あのさぁ、ここのボスってあたしなのね? なんで三番くんに連絡するワケ? おかしくない?」

「その通り。あとで部長にも言っておくよ。このところ俺が出しゃばってたせいで」

「そうっしょ? 身の程をわきまえてよね」

「はい」

 クソガキめ、話をややこしくするな。


 俺はスマホに文字を打ち込み、カナリアに渡した。


>いま仲間から、五代が生きているという情報が入った

>あんたの言った通りだったな


 するとカナリアも文字を打ち込んで、こちらへ返してきた。


>そいつはズルい女だよ

>自分が助かるためなら、姉妹でも茨城に送る

>本当なら八つ裂きにしたいくらい


 誰しも自分だけは助かりたいと思うものだ。

 そのために誰かを犠牲にすれば、恨みを買う。

 ハナからまともな選択肢がない。

 彼女たちの生きた環境は、そういう苛烈なものだった。


 十二番を責めるのは難しい。

 そうしなければ、カナリアのように改造されていたかもしれない。あるいはポッドに沈められていた可能性もある。


 悪いのは環境だ。

 そしてその環境は、今日、ついに破壊される。

 これまで犠牲になった姉妹には申し訳ないが、今後はもう、そういうことは起こらないと誓う。絶対に止めてみせる。


「え、なんですか? 二人でなにをお話ししてるんですか? 私も混ぜてくださいよ」

 運転中の十二番が、冗談めかして言った。

「いや、ちょっとした雑談だよ」

「どんな?」

「悪いが、プライベートにかかわる」

「ふーん……」


 急に信用できなくなってきた。


 彼女は、あの採用試験を最速で終わらせた女だ。

 その後も、組織を破壊するためのプランを立て、例外にも対処し、御神体の命を救うという俺の要求さえ受け入れて、状況をコントロールしてきた。


 彼女は賢い。

 のみならず、普通の人間ではカバーできない有機周波数まで操れる。

 いくらか俺の先を行っている。

 なのに、まだ十代ということと、しかも人なつこい性格に惑わされて、ほぼ無警戒のまますべてを委ねてしまった。


 半分は五代の血を引いているのだ。

 もっと警戒して接するべきだったかもしれない。


 *


 秘書から連絡が来た。

『三番、なぜ本部に戻らないのです? どこへ向かうつもりです?』

 車にはGPSが搭載されており、本部はこれを追跡している。

 不審な動きがあれば、すぐさま注意が飛んでくるというわけだ。

「ああ、それが部長から、静岡に来てくれって連絡受けちゃって」

『部長から? なにかあったのですか?』

「いやそれが……とにかく来てくれの一点張りで」

『茨城はどうなりました?』

「殺しましたよ、全員」

『本当に?』

「疑うなら現場行ってみてくださいよ。死体だらけですよ」


 関東一帯の有機周波数を観測していたメインのポッド――つまり十二番の姉は、いまは静岡にいる。接続試験に使用されるのだ。エコーの観測はできない。

 現場で誰かを殺そうが殺すまいが、誰にもバレない。

 まあ今朝の仕事はエコーの観測ではなく、カナリアの殺害が目的だったから、そこは別にいいんだろう。


 問題は零課だ。

 おそらく連中は現場に先回りしており、撮影などをしていたはず。

 俺たちのウソはすぐにバレる。

 バレるはず……なのだが、秘書の態度はなんとも言えないものだった。


『ちょっと確認します。三課はそのまま静岡へ向かってください』

「了解」

 それは普段なら部長が統括している情報だ。

 秘書にまで情報が回っていないのかもしれない。

 雑な作戦に思えたが、意外とうまくいくものだ。まあ部長がうまいこと調整したんだろう。


 後ろから二番が「え、もしかしてバレた?」と身を乗り出してきた。

「いや、まだバレてない」

「てか、またあたしじゃなくてあんたに連絡行くの? なに? どうなってんの? あたしの存在意義は?」

「まあまあ。ボスはドンと構えてて。雑務とか調整は俺がやるから。そういうものなんだよ」

「そう?」

「あと口にチョコついてる」

「うるさい。死ね」

 ガキめ。


 すると後ろからカナリアが手を伸ばし、すっとスマホを引き抜いた。

 文字を打ち込んで返してくる。


>零課の人間は私が殺した

>盗撮してて鬱陶しかったから


 さすがだな。

 あのエントランスには零課のメンバーも転がっていたのかもしれない。なら零課から連絡が行かないのも納得だ。


 つまり、カナリアの気まぐれで隠蔽できたわけだ。そうじゃなければ、俺たちの職務放棄はバレていた。運がよかった。

 ま、完璧な作戦などありはしないのだ。こちらが運に助けられることもあるし、敵が運に助けられることもあるだろう。


 勝ちに不思議の勝ちあり。

 負けに不思議の負けなし。


 そんな格言がある。

 ラッキーで勝つことはあるが、負けるときは自分たちに落ち度があったからだ、という意味だ。


 あくまでマゾヒスト向けの格言だ。

 俺は内容に同意しない。


 当然だが、この世界は、個人では制御できないエネルギーで満ちている。巨大なエネルギーの流れは、到底個人では把握しきれない。その把握しきれないエネルギーで起こる事象を「運」と呼ぶ。

 俺たちの未来は「意思」と「運」で決まる。

 いわば「把握できる情報」と「把握できない情報」だ。


 それは勝ったときにも存在するし、負けたときにも存在する。

 どちらかだけということはない。


 自分を責めるのは、精神としては美しいかもしれない。

 だが、科学としては正しくない。

 本当は世界のせいなのに、勝手に自分のせいだと決めつけていては、永遠に問題を解決できない。もちろんその逆もしかり。


 使えるなら運だろうがなんだろうが使えばいい。

 俺も使うし、敵も使うだろう。


 だがもし……高度な情報処理を可能とする存在が、未来を予想していたなら……。

 いや、遠回りな表現はやめよう。

 もしデータ観測室のAIが、まだどこかに存在していて、稼働していたなら?


 把握された情報は、そいつにとってもはや「運」ではない。


 五代が生きていたくらいだ。

 AIだって破棄されず、敵に使われている可能性がある。


 俺たちの行動は読まれているかもしれない。

 それくらい警戒して行動すべきだ。


 *


 東名高速を飛ばしていると、立て続けに連絡があった。

 まずは秘書から。


『茨城の対応に当たった別動隊から連絡が途絶えました。なにか知りませんか?』

「別動隊? 誰のことです?」

『遺体の回収などを担当する専門チームです』

 名前は出さないが、零課のことだろう。

「なら、俺らのあとに現場に入ったんでしょ? ちょっと分かりませんよ。部長に聞いてください」

『分かりました』

 じつのところ、彼らは俺たちより先に現場に入って、さくっと死体にされてしまったわけだが。


 秘書はずいぶん追い詰められた様子だった。

 上層部から説明を求められているのかもしれない。いや、上層部の特別な連中はいま静岡にいるから、あとで都合よく説明するための材料が欲しいのだろう。自分の担当中にミスが起きたら、経歴に傷がつく。


 部長からも連絡が来た。

『いまどこだ?』

「高速です。足柄を過ぎたあたりかな」

『マズいな。できるだけ急いでくれ。そろそろ接続試験が始まる』

「了解」


 だがあまり派手に飛ばすと、警察に追い回される可能性がある。

 ただでさえフロントガラスに穴が開いていて、そこからブボボボボと不快な音を響かせている。運転手は免許を持てるか怪しい年齢だし、後部座席には点滴スタンドの少女。

 目をつけられたら、確実に足止めを食う。


「十二番、あと少しだけスピード出せるかな? もう始まるらしい」

「お任せください」

 にこりと笑顔で応じてくれる。

 この態度も演技かもしれないと思うと哀しくなるが……。


 だが、どうだろう。


 裏切っているようには見えない。

 俺は人を見る目があるわけじゃないから、自分で自分を信用していいかさえ分からないが。


 しかし「信じたい」とかいう感傷的な理由で判断を保留にしているわけじゃない。

 点と点がつながらないのだ。


 そもそも、彼女は五代のために行動するだろうか?

 母親の命さえどうでもいいのに?

 彼女の姉妹のオニゲシは、容赦なく茨城へ送られた。つまり五代は、娘のことを守ろうともしなかったのだ。娘も父親に恩など感じていないはず。


 それどころか、強大な権力を手にしていながら、娘を救おうとさえしなかったのだ。

 実験の材料にされようがお構いなし。

 おそらく、自分と御神体の遺伝子をかけ合わせて、誕生した生命が組織の役に立てば、ついでに自分の価値も高まるくらいにしか考えていないのだろう。

 そんな父親を、子供はどう思う?

 俺だったら「少々」どころではなく「かなり」ムカつくところだ。


 だが、それとてあくまで、俺から見えている情報を総合した結果に過ぎない。

 見えていないデータがあれば精度も下がる。


 するといきなり、二番が「テュリャテュリャ」と歌い始めた。

 どこかの民謡だった気がする。

 ただ一週間、普通に生活するだけの、特に事件も起きない歌。それが日曜日から土曜日まで続く。クソどうでもいい内容だ。


 気の抜けた声で、ヘタクソな歌が続く。

 全員、「こいつ急にどうした?」という顔になった。


 かと思うと急に歌をやめ、誰にともなくこうつぶやいた。

「なんかさー、アイス食べたくない?」

 この野郎……。


 カナリアがスマホをぶんどって、高速で文字を打ち込んで俺に押し付けてきた。


>この女、私の喉がどうなってるか理解してないの?

>チョコとかアイスとか、食べられないんだけど?

>嫌がらせなの?


 だから点滴スタンドで栄養を摂取しているわけだな。


 俺もうなずいた。

「ボス、仕事が終わってからにしてくれないか?」

「は? それはなに? 命令?」

「上申だな」

「じょーしん? なるほど、難しい言葉であたしをケムに巻こうって魂胆ね」

「いや、待ってくれ。あんた、一日のうちにいったいなんべんアイスを食うつもりなんだ? ん? 言ってみてくれ」

「何回食べてもいいでしょ? なに? 一回しか食べちゃいけないって法律でもあるわけ? ないよね? はい論破ぁ」

 だが勝手に勝利宣言した二番をよそに、運転中の十二番がこう告げた。

「どこにも寄りませんよ。このまま現場を目指します」

「はい? いま新人が許可もなく発言したの? ボスはあたしなんですけど?」

「ひかりさんのことが心配なんですよね? 自分が死んだら、誰が彼女を守るか分からないから」

 その言葉に、二番の表情から余裕が消えた。

「は、はぁ? なに勝手なこと言ってくれちゃってんの? そんなわけ……」

「だから現場に遅れるよう、寄り道しようとしてるんですよね?」


 なるほど、そういう魂胆か。

 普段からクソみたいな言動をしているせいで、まったく見抜けなかった。

 さすがに二回もアイス休憩を要求するのはおかしいとは思ったのだ。どうせ買うハメになるパンツも事前に買っておかないし。


 十二番はかすかに溜め息をついた。

「安心してください。ひかりさんのことは、間宮さんに手配してありますから」

「なんなのよ、勝手に……」

「もし余計なお世話でしたら、まだキャンセルできますけど?」

「ううん。いい。ありがと……」


 そうだ。

 今日という今日は、誰が死んでもおかしくない。

 俺が死んだところで、誰も困りはしないが。

 しかし全員がそうというわけじゃない。家族、友人、恋人が待っている人もいるだろう。そういう人たちは死ぬべきじゃない。

 死ぬのは俺みたいなヤツだけで十分。


 それにしても、とんでもない快晴だ。クソみたいな一日だというのに。

 鮮烈な青空。

 まっしろな入道雲。

 おそらく小学生に夏の絵を描けといったら、みんなこの空を描くはずだ。


 ふと、十二番とカナリアが、同時に息をのんだ。

 目を丸くして、驚いたような表情。


 俺が見る限り、まったくなにも起きていないが。

 有機周波数でも感知したのか?

 となると、オルガンの接続試験の余波――。


 二人は身をちぢこめていた。

 まるで闇を警戒する猫だ。


 結果はどうなったのだろうか?

 計画通りにいったのか?

 それとも……。


(続く)

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