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オルガン  作者: 不覚たん
本編

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36/41

カナリア

 作戦当日。

 午前十時。


 予定通り、一課と二課、そして部長が研究所を出発した。

 一課は三名、二課は九名、これに部長を足して総勢十三名。なかなかの大所帯だ。

 このうち俺たちの陣営は、部長、ザ・フール、ヴァーゴの三名のみ。戦力比は三対十。あまりに心もとない。


 俺たちは少し遅れて出発し、間宮氏とともに合流する予定だ。

 出動命令は出ていないが、強行して出る。どうせ今日ですべて終わるのだ。罰則など気にする必要はない。


 結局、俺は十二番をプランから外さないことにした。

 彼女は裏切っていない。

 だいたい、五代大はすでにこの世を去っている。もし彼女が父親と組んでいたなら、亡くなる前になんらかのアクションをとっていたはず。


「姉がいないというだけで、ずいぶん静かになりますね」

 十二番はぼそりとそんなことをつぶやいた。

 俺には声が聞こえないから、違いがまるで分からない。

「でも確か300キロ圏内をカバーしてるんだろ?」

「まあそうですが、遠ければ遠いほど静かになります」


 昼休みになったら出るか。

 などと悠長に考えていると、突然、何者かがドアをノックした。


「失礼します」

 入ってきたのは御神体の秘書だった。

 今日は一段とつめたい目をしている。

 キリッとしたメイクで、ひとつも崩さず細身のスーツを身にまとっている。まるで隙がない。


 俺は席を立ち、彼女に応対した。

「なにか?」

「出動要請です。いますぐ現場へ向かってください」

「えっ?」

「現場の座標はスマホに送ります」

「ああ、いや……いまから?」

 俺の問いに、彼女は不審そうに目を細めた。

「なにか問題でも?」

「いえ、向かいます……」


 偶然か?

 それともなにか目論んでいる?


 秘書は用件だけ告げると、さっさと居室を出て行ってしまった。

 見たところ、現場は茨城。別荘のある静岡とは逆方向だ。俺たちを遠ざけようとしているのだろうか。


「ひとまず車へ」

 俺は居室での議論を避け、仲間たちを外へ誘導した。


 *


 夏の車内は蒸し暑い。

 エンジンとともにまずクーラーを入れて、俺たちは一息ついた。


「まあ想定外といえば想定外だが、どっちにしろ規則を守る気もないからな」

 誰も提案をしないので、俺はそうつぶやいた。

 だが、返事はない。

 独り言を続けるしかなさそうか。

「ただ、勝手な行動をとると警戒される。俺たちのせいで接続試験が中止になったら、計画は台無しだ」

「予定では、午前は調整だけで、本格的な調整は午後からだそうですね」

 十二番が補足してくれた。


 そう。

 だから静岡に入るのは午後でいい。

 ベストなのは、出資者たちが消去されたタイミングでの合流だ。それまで戦闘は起きない予定になっている。


「茨城での仕事を最速で終わらせれば、午後の静岡には間に合うかもしれない。事情も聞かずに車から撃ち込んで、そのままUターンする作戦でいこう。誰でもいいから一人死ねばいいわけだしな。なんならアリバイを作るだけでいい」

 俺がそう提案すると、みんなうなずいてくれた。


 七番にも事情は説明してある。

 彼も了承済みだ。


 *


「あのさぁ、誰かアイス食べたくない?」

 まだ茨城にもついていないのに、二番はそんなことを言い出した。

 小学生か?

 いまがどんな状況か理解していないのか?


 俺は助手席から振り返った。

「今日は寄り道はナシだ」

「は? ボスはあたしなんですけど? やんのか? お?」

「作戦が失敗してもいいのかよ?」

「どっちにしろパンツ買うんだから、ついでにアイス買うくらいいいっしょ?」

「なんで先に買っておかないんだよ」

「先に買ったら溶けるんだが?」

「パンツのほうだよ!」

 クソ。

 これから大事な作戦だってのに。

 肩の力が抜けてしまう。


 二番はふてくされてしまった。

「そんな怒んなくていいじゃん」

「大声出して悪かったよ」

「最後かもしれないし、みんなでアイス食べたかったの」

「最後じゃない。終わったら食おう」

「約束できる?」

「できる」

 いや、できない。

 戦力は拮抗している。

 誰が死んでもおかしくない。


 会話が途絶した。

 自動車の駆動音だけがする。


 二番は深呼吸して、独り言のようにつぶやいた。

「ホント、誰も死なないでよね。死んだら殺すかんね。命令」


 *


 データによれば、ターゲットの借金額はゼロ。

 今日の仕事はただの人殺しだ。


 しかもよりによって、現場はうちの研究所だった。

 サイズはちょっとしたスーパーマーケットくらい。

 二階建てのコンクリの建物……に見えるが、どうせ地下がある。そこで姉妹たちを解剖してポッドに詰めているのだ。ここで働いているヤツは、みんな死んだ方がいい。


 時刻は十一時。

 アイスを食っていたせいで余計な時間がかかった。


 駐車場に車を止めるも、通行人の姿はなかった。

 これでは誰も射殺できない。

 一度おりて建物に入るしかない、か。


 だが俺がドアを開けようとした瞬間、十二番に腕をつかまれた。

「待って」

「どうした?」

「気配がひとつしかない」

「ひとつ?」

 ストライキか?

 なにかの関係で、本部とモメたのかもしれないな。


「待って」

「なんだよ」

「たぶん私の姉妹……」

「だけ?」

「だけ……」

 十二番は険しい表情をしていた。


 いや、もちろんナメているわけじゃない。

 どの姉妹にも、妙な才能がある。

 それでも、有機周波数に関する素養を除けば、どれも常識の範囲内だ。べつに超能力で俺たちを攻撃してくるわけじゃない。

 こちらには銃がある。撃てば死ぬ。


「いちおう全員で出よう。罠の可能性もあるから、互いにカバーしながらね。ただし、ムキになって撃ちすぎないように。ここで撃ったら、静岡でなにもできなくなる」

 上が弾薬をケチるせいで、15発しか撃つ機会がない。


 二番はこの期に及んで銃を持ちたがらなかったので、代わりに俺が持った。

 おかげで30発撃てる。

 クソが。


 だが建物に近づくに従い、イヤなものが見えてきた。

 ドアはガラス張りになっているのだが、そこから見えるエントランスが死体まみれだったのだ。普通の死体じゃない。心臓をえぐられている。しかもその心臓は持ち去られたのか、なんだかよく分からないが、あまり血まみれという感じではなかった。


「えぇっ? これ、中に入るの? 確実に漏らすけど?」

 二番が余計な脅迫をしてきた。

 絶対に漏らさないで欲しい。


 俺も足を止め、注意深く周囲の様子をうかがった。

「まあ、ボスの提案にも一理あるな。中に入らないで、そこらの死体に一発撃ちこんで終わらせようか? こんなのに付き合ってる筋合いもないしな」


 よく見ると、受付に一人だけ立っている人影があった。

 点滴スタンドをつかんだ患者着の少女。髪はボサボサ。幽霊にしか見えない。

 まだ日の高い時間帯でよかった。もし急に遭遇していたら、俺も漏らしていたかもしれない。まあそんなはずはないが。あらゆる可能性を想定しなければ生き残れない。


 十二番が溜め息をついた。

「カナリアです。撃たないでください」

「友達なのか?」

 俺の問いに、彼女はかぶりを振った。

「いいえ。弾のムダになります。銃弾を撃ち込んでも、すべて模倣子ミームに変換されてしまいますから」

「はい? 無機物でも消去できるってのか?」

「周波数さえ解析できれば。彼女の喉を見てください。機械に改造されているのが分かると思います。きっとミニチュアのオルガンでしょう。効果範囲は狭いですが、そのぶん強烈です」

 たしかに、ゴツい首輪をしているように見えた。

 それが首輪ではなく首そのものだったとは。


「じゃあ、どうする? 逃げたほうがいいか?」

「……」

「どうした?」

「んっ……」

 十二番は苦しそうに胸を抑えて、その場にうずくまってしまった。


 まさか、心臓を狙われている?

 かなり距離があるのに?


 彼女はエントランスの奥にいて、俺たちは外にいる。

 なのに攻撃を仕掛けてきたのか?


「逃げるぞ!」

 俺は十二番を抱え、車に向かって走り出した。

 仲間たちも駆けた。


 だが、車についてから思い出した。

 誰も運転できない。


 いや、俺がしよう。

 自動車学校は卒業したのだ。

 オートマ車なら勘でいける。たぶん。


 なんとか乗車できたのはいい。

 だが、どうやってエンジンをかける?

 まずはカギを探さないと。


 いつの間にか接近していたカナリアが、ドンとフロントガラスに手をついた。

 にこりと笑っていた。

 手の触れた場所から、ガラスが光の粒子となって消え去った。


 こんな……。

 こんなの、どうすればいいんだ?


 俺は運転席から飛び出して、銃を構えた。

 だが、トリガーは引かない。

 弾のムダになる。


 ここは戦闘ではなく、交渉に持ち込むべきか?

 不気味に笑っていて、交渉できそうな雰囲気ではないが……。


「待ってくれ。状況を説明してくれ」

 俺は銃をポケットに突っ込んだ。

 銃など無意味だ。


 それでも彼女は返事をしない。

 いや、口をパクパクさせているから、なにか返事をしているのかもしれない。

 分からない。


 声を聞けそうな十二番は、まだ助手席でぐったりしている。


 日差しは強烈になっている。

 緊張もあって汗が滴り、アスファルトへ落ちる。


 カナリアは眩しそうに目を細めている。

 相変わらず口をパクパクさせながら。


「本当に申し訳ないんだが、よく分からない。スマホを貸すから、文字を打ち込んでくれ。それで会話しよう」

「……」

 俺がスマホを貸すと、彼女はそれをボンネットに置き、人差し指で操作し始めた。


 内容はこうだ。


>その女は絶対に殺す

>ほかのはどうでもいい


「その女? 十二番のことか?」

 俺が尋ねると、カナリアは笑顔のまま助手席の十二番を指さした。

 どうしても殺すのか……?


「なぜ殺すんだ?」


>嫌いだから


 おいおい。

 俺たちも同じような動機で動いている以上、彼女を非難する資格はないが……。


 すると、どういうつもりなのか、二番がずんずん近づいてきた。

 危険だが、なにか策でもあるのか?


「あのさ、お菓子あげる」

「……」


 いかん。

 空気が凍り付いている。

 しかも二番が渡しているのは、もはやこの気温で溶けかけた板チョコ。食いかけ。


 こいつは死にたいのだろうか?

 死ぬのは勝手だが、こちらまで巻き込まないで欲しい。


 するとカナリアは、指でチョコをふにふに揉んでから、スマホにこう打ち込んだ。


>私を殺しに来たんじゃないの?


 二番の回答はこうだ。

「違う。いい、よく聞いて。あたしたちはこれから、自分たちの組織をぶっ壊しに行くの。だから誰の命令も聞かない。あんたのことを殺しても一円にもならないの。無益な争いはやめましょう。このチョコはあげる」


>壊す?

>どうやるの?


「偉い人たちが静岡に集まってるから、全部殺すのよ。あとこのチョコはあげるから、遠慮しないで」


>私も行く

>あとチョコはいらない


「えっ? チョコいらないの? 謙虚だね……」


 いや、謙虚とかじゃない。

 もうぐにゃりと曲がっている。

 そんなのを賄賂に使うな。


 それより重要なことがある。

「一緒に来てくれるのか?」

 俺が尋ねると、彼女はこくりとうなずいた。


>私も殺したい


「十二番のことも殺さないでくれると助かるな。彼女は貴重な戦力なんだ」


>じゃあ殺さない


 それだけ告げると、カナリアは点滴スタンドに難儀しながら後部座席に入り込んだ。

 五人で乗れないことはないが、さすがに狭そうだ。


 俺は運転席に戻り、十二番の肩を軽くゆすった。

「意識はあるか? カギ貸してくんねーか?」

「えっ……?」

「オートマならなんとかなる」

「カナリアは?」

「後ろにいる」

 そのカナリアは、血走った目で十二番を見ていた。

 十二番はびくりとした様子で、また前を向いた。

「なんで?」

「手伝ってくれるってさ。それより、カギ貸してくれ。静岡行くから」

「私が運転します」

「大丈夫なのか?」

「はい。ただの精神攻撃なので」

 胸を抑えていたのは、心臓を攻撃されていたからではないのか。

 結果としてよかった。


 俺は十二番と席を交代し、車に乗り込んだ。

 フロントガラスに小さな円形の穴が開いているが、まあ、なんとかなるだろう。あとは検問に引っかからないことを祈るのみだ。


 後ろからカナリアに座席を叩かれて、スマホを渡せと促すので、俺は素直に渡してやった。

 なにか言いたいことでもあるんだろう。


 車がゆっくりと動き出した。

 日差しは一段と強烈になっている。


 一発も撃たずに済んだのはよかったが、


「え、このチョコ溶けてんじゃん。七番くん、ティッシュとって」

「はぇ」

 後部座席は騒がしい。


 スマホが返ってきた。


>その女は信用しないほうがいい

>五代大は生きてる


 画面を見た瞬間、俺は我が目を疑った。

 五代大が生きている?


 いやウソだ。

 どう見ても死んだはず。

 ニュースにもなったのだ。

 あの国会中継がフェイクだったとは思えない。


 もしかして、お空で生きてるとかいう意味のポエムか?


 スマホが鳴ったので、俺は慌てて応対した。部長からだ。

「はい、三課三番」

『想定外の事態だ。急いで現場に急行してくれ』

「なにかあったんです?」

『俺にも意味が分からないから、質問はするなよ。事実だけ告げる。五代大が生きている』

「えぇっ……」

『確実に戦闘になる。急いで来てくれ』

「了解」


 オルガンが効かなかった?

 いや、効いていた。

 だからこそ散り散りになった。


 なのに、生きているとは……?


 双子? 影武者? クローン?

 なんにせよ、データベースに周波数の登録されていない個体のはず。オルガンで消すことはできない。つまり、銃弾を直接ぶち込まないと殺せないということだ。


 さすがに一筋縄ではいかない、か。


(続く)

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