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オルガン  作者: 不覚たん
本編
32/41

スパゲッティ

 研究所に戻るなり、俺たちは部長に呼び出された。

 部長室とは名ばかりの、書類倉庫みたいな個室だ。デスクはひとつだけ。あとはいくつもの棚が空間を占拠している。


「これは大変な事件だぞ」

 彼はつるつるの頭をなでながら、うんざりしたように溜め息をついた。

 なにを責められているのか分からない。


 二番がすねたように頬をふくらませていたので、代わりに俺が応じた。

「現場にて二名を射殺しました。詳細はのちほどレポートで提出します」

「彼を止められなかったのか?」

「こちらに選択肢はありませんでした」

 すぐさま殺したいなら、三課ではなく一課を行かせればよかったのだ。彼らなら一秒たりとも躊躇しない。

 俺たちは通常通りに業務をこなしただけだ。


 部長は舌打ちした。

「お前、自分たちがなにをしたか分かってないのか?」

「どうでしょう」

「どうでしょう? しらばっくれるなよ。ターゲットをすみやかに殺害するのがお前たちの仕事だろうが? ん? それを呑気に、長々とくっちゃべってたらしいじゃないか」

「どうでしょう」

「バカにしてるのか!」

 彼はデスクをバンと叩いて立ち上がった。

 昭和のパワハラ上司といった応対だ。

 まだ絶滅していなかったとはな。

「具体的に、我々のエラーを指摘してください。我々の行動と、命令との間に、なんらかの乖離が?」

「そういうことを言ってるんじゃない!」

「ではどういうことを?」

「お前たちのせいで現職の大臣が死んだんだぞ! 国会の最中に! これがどれだけ重大なことか分からないのか!? あ?」

 頭まで真っ赤にしている。

「もしスピードを重視するなら、一課を行かせればよかったのでは?」

「バカや……バカ野郎! 一課はいま……。とにかく、お前たちのミスだ! 責任をとってもらう!」

 いま彼はなにか言いかけた。

 一課を出せない理由でもあったのか?

「具体的に、どのような責任が生じます?」

「お前、もう喋るな! 口ばっかり達者な青二才が! 責任をとらされるのは、この俺なんだぞ! 落ちこぼれどもに任せた俺の失態だ! クソ! クソクソ! もう行け! 反省しろ!」

 すべてこいつ自身の責任じゃないか。

 まあ彼は責任をとってどうにかなるらしいので、実際にそうなってもらうとしよう。


 *


「あのジジイ! いつかぶっ殺す!」

 居室に戻るなり、二番がブチギレた。

 まあ目の前でブチギレなかっただけよしとしよう。


 十二番は愉快そうに笑っている。

「でも三番さん、とっても頼りになりました。あの人、事実を指摘したら怒っちゃいましたね?」

「彼は怒るほうにエネルギーを使いすぎなんだ。冷静に事実だけ通達すればいいのに」


 だがその「事実」とやらも残酷だ。

 彼は、重要な案件に俺たち三課を向かわせた。そして、望まぬ結末を迎えてしまった。

 つまり彼は、みずから采配をミスし、そしてみずからが責任を取らされるということを、大声でこちらに報告していただけなのだ。いや、そもそも俺たちに聞かせる必要のない話だった。きっと八つ当たりでもしたかったのだろう。それが成功したかはともかく。


 しかし俺はいま「気に食わない上司にやり返してやったぜ」的な気分ではない。

 特に目的もなく権力と衝突するのは得策ではない。

 むしろうまく交渉できなかったせいで、情報を取り損ねた。

 この重要な仕事に、一課や二課ではなく、俺たちを行かせた理由を引き出すべきだった。


「なぜ一課は動かなかったんだ?」

「……」

 誰からも返事はない。

 二番は「急になんだこいつ?」という顔をしているし、七番はニワトリみたいにへこっとしただけ。十二番は……あいかわらず笑っている。


 *


 レポートを書いているうちに、定時を過ぎてしまった。

 残ったのは十二番だけ。

 いつもの流れだ。


「レポート、書き終わりました?」

「ああ、いま送った」

 事実はどうあれ、自分たちに非がないかのように書かねばならない。

 少々の脚色が必要だ。


 彼女はぐーっと椅子を近づけてきた。膝がぶつかる距離まで。

「なんで一課が出ないのか、知りたいですか?」

「知ってるのか?」

「もちろんです」

 なぜさっき答えなかった?

 俺以外の人間を信用していない?

 それとも機密を含んでいるからか?


 彼女は身を乗り出して、楽しそうに告げた。

「じつは研究所に間宮さんを向かわせてたんです」

「そうだったな。だが、裏切り者のオニゲシは五代の別荘に来ていた……」

 つまり間宮氏は、オニゲシを見逃したことになる。

 いったいなにをしていた?

「観測室の室長がオニゲシを連れ出した瞬間は、間宮さんにとっても行動のチャンスだったはず。ですが、上も対策してたようです。一課を向かわせて」

「戦闘になったのか?」

「結果はまだ分かっていませんが……」


 一課を足止めしてくれたのは助かる。

 だが、いまザ・フールに死なれるのは困る。

 二番は喜ぶだろうが、いちおう味方なのだ。


「レポートもあがってないな」

 俺がパソコンを操作すると、彼女もぐっと覗き込んで来た。

 わざとやってるな……。


 俺は彼女を椅子に押し戻し、こう続けた。

「ところで、上にいる怪物についてだけど」

「はい。なんでもお答えします」

 気分によっては質問に応じてくれる。

 こうしていると素直でかわいいのだが。


「なんらかの意図をもって行動しているのか?」

「生命の定義からは外れるので、生き物ではありません。でも、まるで思考しているかのような動きを見せています。人間や動物たちの生命活動が、有機周波数となって放たれているのはご存じの通り。あれはそういったものの蓄積した姿。思考しているわけでもないのに、思考しているかのように振る舞っている」

「まるで『情報』の『擬人化』だな。AIとなにが違うんだ?」

「違いを見つけるのは難しいでしょうね。そこにアクセスした人間が、真に受けてしまうところまでそっくりです」


 将来のAIがどうなるかは知らないが、現行のAIは思考していない。人間たちの発したデータを反射しているだけだ。

 だというのに、AIを使う人間の中には、なにかのソースとして「AIがこう言っている」と主張するものがいる。

 人間がエコーのエコーと化している。


「ただのヤマビコってことだよな? それを知れば、カルトどもも目を覚ますんじゃないのか?」

「難しいと思います。出資者の一部は、あれを神だと決めつけてビジネスを始めていますから。ヤマビコだなんて絶対に認めません」

 そりゃそうだ。

 世界初、神にアクセスできる機械をリリースしようというのだ。

 その神が神でないなどと知れれば、オルガンは価値を失ってしまう。


 こちらが黙考していると、彼女は言葉を続けた。

「先ほど、意図についての質問がありましたね。中身は存在しませんが、意図らしきものは存在します。正確には、意図ではなく、欲求と言うべきでしょうか」

「欲求?」

「オルガンは、人体をそのまま有機周波数に変換しますよね? そうすると、怪物の体が大きくなるから、喜ぶのです。本当に喜んでいるのではなく、喜んでいるかのように反射しているだけですが。これがなにを意味しているか分かりますか?」

「さあ」

 AIもどきだと思うと、もう神性を感じない。

 意味などあるのか?

「AIの意見を真に受ける人間がいるのです。怪物の要求を真に受ける人間がいてもおかしくありません。つまり、カルトの中には、神ににえを捧げるためのツールとしてオルガンを使おうというものもいます」

「おいおい」


 神と一体化できるなどとウソをつき、人間から金を巻き上げ、そのまま怪物のエサにしてしまうということだ。

 人間を素材にして金を刷っているようなもの。

 あまりにクソ過ぎる。


「簡単に説明します。有機周波数というのは、いわば模倣子ミームだと考えてください。怪物は模倣子の集合体。オルガンは遺伝子ジーンを模倣子に変換するもの」

「皮肉な話だな。インターネットは古代から存在した、というわけか」

「まあ、そうとも言えますね」

 言えない顔をしている。

 ムリに合わせなくていい。


「ところで、さっきから怪物怪物と言ってるが、名前はついていないのか?」

 俺がそう尋ねると、彼女はなんとも言えない表情になった。

「あだ名なら……」

「なんて言うんだ?」

「蛇が絡まったような構造なので、スパゲッティ、と……」

 空飛ぶスパゲッティか。

 邪教にふさわしい名前だ。


 だがおそらく、それは蛇ではなくワームだろう。

 ワーム、あるいはウィルム。つまり龍やドラゴンだ。

 古代人は、もしかするとそれらを「見て」いた可能性がある。なんなら自力でアクセスしていたか。


 十二番は、突然にこりと笑みを浮かべた。

「そういえば、一課が出動しなかった理由は言いましたが、二課については言ってませんでしたね」

「なにかあるのか?」

「このところ、スコアが三課を下回ってるんです。このことは上層部でも問題視されてまして。それで部長は二課を出せなかったんだと思います」

「それでこないだ転属の紙を押し付けてきたのか。なにがなんでも二課の戦力を回復させたかったんだな」

 そう考えると、管理職もなかなか大変なのであろう。

 上からは理想論を押し付けられるのに、現場は思う通り動かない。責任だけ押し付けられる。怒鳴りたくなる気持ちも分からなくはない。まあそれでも怒鳴る必要はないと思うが。


「あの部長、そのうちトばされるかもな」

「可能性はありますね」

 そしたら一課の課長が昇進するんだろうか。

 もし間宮氏に殺されていなければ、だが。


「その前に、データ観測室だが……。どうなると思う」

「なにも変わりませんよ。べつの誰かが室長になるだけです」

「AIはもう放棄されてるのか?」

「少なくともオフラインではありますね。アクセスできなくなっていますから」

 上層部は彼のAIを毛嫌いしていた。

 すでにネットワーク上からも削除されているのだろう。

 データは、あくまで有機周波数の研究を目的として収集されている。だからデータ自体は破棄されない。破棄されるのは、室長が私的にデータ流用したAIシステムだけ。それは完全に室長のスタンドプレーだった。

 捨てるには惜しい気もするが。


 ともあれ、組織も動きつつある。

 オルガンが正式稼働する前に、仕掛ける必要があるだろう。


(続く)

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[一言] 空飛ぶスパゲッティ・モンスター教…
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