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オルガン  作者: 不覚たん
本編
3/41

デブリーフィング

 予定より早く済んでしまった。

 いま俺たちは、道の駅のベンチに並んで座り、ソフトクリームを食べている。


 空はすみきった秋晴れ。

 客も少ないから静かだ。


「いやちょっと寒いかもですね」

 自分でアイスを食べたいとか言い出したのに、苦情を言い出したのもまた二番だった。

 なかなか素直な性格をしている。


 俺は話題を変えたかったわけではないが、疑問に思っていたことを課長に尋ねた。

「俺たち、なにか解決できたんでしょうか?」

 この質問は、もしかすると気を悪くするかもしれなかった。

 今回の「業務」を「処理」したのは課長だ。俺は人にやらせておいて、ホントにあれでよかったのかを問いただしている。


 課長は空を見上げた。

 ひたいのしわに苦労がにじんでいる。

「僕たちの仕事はね、解決するんじゃなく、むしろトラブルを起こすほうなんだ……。暴力的な方法で、一方的に、いともあっけなく人の命を奪ってしまう……。それでいて罪をかぶることもしない」

「すみません、なんか、自分ではなにもやってないのに」

「いいんだよ。強制じゃないから。今日のだって、僕が自分の判断でやっただけ。この仕事にはね、正解なんてないの。まあ上はいろいろ言ってくるから、なにかしらの『事件』は起こす必要があるけど……」

 事件。

 人がひとり、射殺された。


 二番が、虚空を見つめながら言った。

「あの女の人、やっぱり悪い人だったんですか?」

 おそらく課長の顔を見たくなかったんだろう。

 どうやら彼女は、この仕事を続けているわりに、人の死や暴力に対して抵抗があるようだ。もちろん俺にもあるが。嫌なら事務方へ転属するという手もあるのに。


 課長はうなずきもしない。

「地元の反社がね、遺産を目当てに、彼女をあの家に送り込んだんだ。御曹司のほうは病気って設定だったから、平均より早く死ぬと思ってたんじゃないかな。もしくは自分たちの手で寿命を縮めるつもりだったか」

「それ、事前に知ってたんですか? あたし、教えてもらってないです」

「教えてないからね」


 なにやら不穏な空気を感じる。


 *


 仕事を終えたあとの行動に制限はない。

 だから俺は、課長に誘われるまま居酒屋にきた。


「じゃ、お疲れさま」

「お疲れさまです」

 小さなコップにビールをそそぎ、乾杯した。

 居酒屋というよりは、定食屋なんだろうか。どちらも揃った店のようだ。


「僕、いっつもひとりで飲んでるからね。一緒に来てくれて嬉しいよ」

「二番さんは?」

「あーダメダメ。あの子、未成年だから。そういうのはね、ちゃんとしとかないと」

 課長はネギマをかじった。


 不思議でならない。

 あきらかに法律など無視した仕事をしているのに、逆にこういうところは律儀に守る。


「もしかして、落ち込んでる?」

「えっ?」

「昼間の。もしかしてショックだったかなって。いや、自分ではショックだと思ってなくても、あとあと来たりするから」

「いえ、それは意外と平気でした……」

 平気だと思い込んでいるだけで、あとあと来るのかもしれないが。

 例の「採用試験」に比べれば、これなどはまだヌルいものだ。あの状況下では、誰だか分からないヤツに、よく分からないタイミングで殺される可能性があった。


 俺が少し飲むと、課長はすぐにビールをそそいでくれた。

「組織には複数のチームがあってね……。うちは二軍なんだ。いや三軍かな。とにかくあまりハードじゃなくて……。まあ分かるよね? 僕と二番ちゃんしかいなかったんだから」

「上はもっとハードなんですか?」

「ハードというよりは、過激だね。過激な連中が、どんどん出世して栄転してくんだねぇ。逆にね、うちは最下層。ここでダメならあとは事務方に行くしかないね。けど君は行かないでね。うちに合いそうな気がするし」

「はぁ」

 生返事してしまった。

 もちろんこんな職場でハッスルして「出世」するつもりはない。

 そもそも、なりたくてなった職業でもない。強制的にぶち込まれたのだ。「御神体」の意図も気になる。


「課長も例の採用試験を?」

「うん。まあ、生き延びてね。あーでも君と違って才能があったわけじゃないんだ。ただ、運がよくってね」

「いや、俺も運ですよ。才能なんてありませんし」

「そうかなぁ」

 課長はたまに目が怖くなる。

 見た目はともかく、中身は普通のおじさんではない。何人殺しているか分からない。


 しばらく壁を見つめていたかと思うと、課長はこう続けた。

「あのー、これ秘密ね? 僕ね、二番ちゃんに転属して欲しいと思ってるんだ」

「はい?」

 転属して欲しい?

 つまりチームから外れて欲しいと?

 役に立たないし、文句ばかり言うから?


「いや、仲間だと思ってるよ? けど、あきらかに向いてないじゃない? いつ壊れるか心配で……。こういうの、セクハラって言うのかなぁ? いやでもあの子が男だったとして、あんな調子じゃさ……。分かるよね?」

「はぁ、なんとなく」

「でも二人しかいない状態で辞められると困るから、新人が来てからって思ってて……。でも強制もできないしさぁ。なんかいいアイデアある? なるべく本人が傷つかない方法で」

 いい人だな。

 だがどうも余計なお世話という気もする。そしてその「余計なお世話」がなければ、二番が壊れるというのも分かる。


 課長はまた壁を見つめながら、コップのビールを飲み、こうつぶやいた。

「君から御神体に言ってくれると助かるなぁ」

「えっ?」

「幼馴染なんでしょ? まあそういうの、言いづらいかもしれないけど。そこを押してどうかひとつ。ね? 上から手配して、転属させて欲しいなって」

「え、いや、えぇっ……」

 俺がやるのか?

 入ったばかりの新人が、御神体とか呼ばれてるラスボスみたいなヤツを使って? むしろ俺は、彼女に贖罪すべき人間であって、なにかをお願いできるような立場ではないというのに。


 課長はビールをふきそうになった。

「いやいや。ごめんごめん。そんな顔しないでよ。できたらでいいんだから。ね? そんなムリには言ってないから。あ、これパワハラかなぁ」

 露骨に顔に出てしまっていたか。

 気づかなかった。

「あ、いえ、大丈夫です。ただ、俺とあの人の間には……むかしちょっとあって」

「あらあら」

 なにか誤解させたかもしれない。

 ひとつもいい話ではない。


 *


 翌日、また勤務。


 三軍なので、クソ狭いオフィスに押し込められている。

 会話はない。

 みんなだいたいネットをしながら過ごしているのだという。少しでも情報が漏れたら困りそうなものなのに、ネットし放題とは……。ここの倫理観コンプラはどうなっているのか。


 すると、二番がいきなり仕掛けてきた。

「あー、喉かわいちった。三番くん、お茶いれてくんない?」

「えっ?」

 こいつ、後輩をアゴで使うタイプか。

「お茶。棚にあるから」

「はぁ」


 だが、俺が腰を上げると、課長が「待って」と参加してきた。

「やらなくていいよ。うちではそういうのナシだから。二番ちゃん、僕、君にこんな命令したことなかったよね?」

「えっ? はい……」

「喉かわいたなら、自分で買ってきて。今後、こういうことしたら怒るからね?」

「はい……」

 すると二番は、しょんぼりした様子で部屋を出て行ってしまった。


「君も君だよ。ちゃんと拒絶しなきゃ。先輩後輩とはいえ、同僚なんだから」

「すみません」

「今後、同じようなことがあったら相談してね? 転属のネタにするから」

「はぁ」

 この人もこの人だな。

 本気で二番を転属させる気でいる。


 さて、暇だ。

 いまみたいなことがない限り、俺たちはずっとパソコンの前に座らされることになるらしい。いちおう過去のレポートを見たりはしているが……。どれも一方的な殺しばかりでうんざりする。


 いや、無差別殺人ではない。

 昨日の花菱のように、この組織となんらかの関係を持つ人物だけがターゲットにされている。

 というよりも、なにかあったらターゲットにするという前提で金を貸しているようだ。

 被害者も、もう首が回らず、よく分からないところから金を借りるしかない立場だから、大袈裟に騒げない。


 金に困ってる人間を、事件のネタにしている。

 外道みたいな組織だ。

 正式名称は「埼玉有機周波数研究所」。

 有機周波数とはなんだ? いったいなにを研究しているんだ?


「あら、難しい顔をしてるのね。レポートを読んでいるの?」

「えっ?」

 誰か部屋に入ってきたのには気づいていたが、てっきり二番だと思っていた。

 モニターに顔を近づけていたのは、御神体だった。愉快そうに細めた目に、かすかに笑んだ口元。もうすっかり大人になってはいるが、当時の面影そのままであり、様々な記憶が一気にフラッシュバックした。


「そんなに驚かないで。ちゃんとやってるか見に来ただけだから」

「や、やってます……」

 いちおうここの大物なので、敬語を使わねば。

 すると彼女はつまらなそうに溜め息をつき、こう応じた。

「少し話せない?」


 *


 俺たちが休憩所へ行くと、先客としてだらけていた二番が、驚いたネコみたいにさっといなくなった。

 そんなに慌てなくてもいいのに。


「二人きりのときは、敬語使うのやめて欲しいんだけど」

「そう言われても……。まだ勤務時間中だし」

「じゃあ業務命令」

 ああ言うえばこう言う。

 昔からそうだ。

 なにか決めたら、絶対に譲らない。


「分かったよ。で、ご用は?」

 俺は自分のコーヒーだけ買い、椅子へ腰をおろした。

 彼女がどういうつもりであれ、目上の人間におごるのはおかしいと思ったからだ。金をケチりたかったわけじゃない。本当に。


「なにその言い方? 私たちの間には、つもる話があるでしょ?」

「ある……」

「業務時間中だから気が咎める? けど私にはプライベートの時間ってないから」

「普段はどんな生活を?」

 俺は世間話のつもりでそう尋ねた。

 なのだが、彼女は曖昧な笑みだ。

「研究」

「あのー、ホントに申し訳ないんだけど、てっきり死んだと思ってたから……。研究者になってるとは思わなかった」

 すると彼女は、俺の缶をつかんだ。力いっぱい。しかし力が足りないのか、ヘコむことはなかった。よほど怒らせたようだ。

「違うわね。誤解しないで。私は、研究されてるほう」

「研究されてる……?」


 彼女は俺のコーヒーを勝手に飲み、顔をしかめた。

「なにこれ? ブラックなんて飲んでるの?」

「まあ糖分も一緒にとったほうが仕事にはいいらしいけど」

「中身は小学生のままなのに、外面そとづらだけは大人になって……」

「まあ、そうだな……」

 これがよく知らないヤツなら「うるせぇよ」とでも思うところだが、俺はなにも言い返せなかった。彼女には俺を責める権利がある。


「あなたには全部話しておくわね。あのあと、なにが起きたのか」


 あのあと、か。

 俺が彼女を崖から突き落としたあと、だ。


(続く)

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