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オルガン  作者: 不覚たん
本編
29/41

ドライブ

 居室に戻ってレポートを書いた。

 今回も、どう書くべきか頭を悩ませることになったが……。

 オルガンのことは書けない。俺たちはそれを知らないことになっている。だから、ターゲットが急に膨らんで、俺たちはそれを撃ったことにして……。

 おそらくバレている。

 だが、ほかに書きようがなかった。仕方がない。


 *


 気がつくと、居室には俺と十二番だけになっていた。

 俺の作業が終わると、彼女は椅子を近づけてきた。デスクに座らなくてなによりだ。

 今日は笑顔ではない。


「誰だと思います?」

「はい?」

 思いつめた顔で意味不明な質問を投げてくる。

 誰とは……それこそ誰だ?

 彼女は盛大に溜め息をついた。

「今日の攻撃は、ただの警告だと思います。余計なことを探ると、同じ目に遭わせるぞっていう……」

「やめるのか?」

「やめません。先手を打って、裏切り者を殺します」

 少女の顔で物騒なことを言う。

 本来なら大人だけで片付けるべきなのに。いや大人同士でもやるべきではない。なのにこんな子まで巻き込んで……。

「裏切り者ってのは?」

「それが誰なのか知りたいんです。現場の周波数からは特定できませんでした。姉でもムリだと思います。消去法で考えれば、茨城の研究所に連れていかれた誰かだと思うんですが……」

 そもそも姉妹が何人いて、誰が連れていかれたのか知らないから、ひとつも助言できない。


 俺が黙っていると、彼女はさめた目でこちらを見た。

「なにか思いつきませんか?」

「情報が足りない」

「足りなくても、推測くらいはしてますよね?」

 人をなんだと思ってるんだ。

 もちろん、考えはある。だがそれは推測じゃない。

「考えても分からない以上、該当の人物を連れてくるしかない」

「だから、どうやって?」

 やや怒ったような態度。

 俺がふざけていい加減なことをフカしたと思ったのかもしれない。

「運び屋を使う」

「……」

 反論はなかった。

 その代わり、賛同もなかった。

 彼女はすっと息を吸い込んで、そのまま背もたれに背をあずけた。


 俺はこう補足した。

「おそらく中に入ることができれば、どいつが裏切り者か分かるだろう。いちばん偉そうなガキ……いや失礼、少女を連れ出せばいいんだからな」

 すると彼女は、肺に溜め込んでいた空気をゆっくりと吐いた。

「その作戦は、きっと成功しますよ。その代わり、母を救える確率がさがりますね」

「問題ない。彼女のことは俺が救う」

「プランはあるんですか?」

「ない」


 運び屋は、少なくとも俺たちより自由に動ける。

 場所と運ぶモノさえ指定すれば、目的地まで届けてくれる。

 その代わり、目をつけられるから二度目はないと思ったほうがいい。


 彼女はじとりとした目でこちらを見つめてきた。

「子供みたい……」

「同感だな」

 自分を万能だと思っているガキそのものだ。

 できもしないことを、できるという。

 だが「できない」という場合、意識的にしろ、無意識にしろ、いろいろ条件をつけた上で「できない」と判断しているものだ。たとえば、その後の予定などいっさい考えず、自分の命と、仲間の命、すべてを犠牲にすれば「できる」かもしれない。あくまで救うだけなら。


 十二番は、しばらく退屈そうに天井を見上げていた。

 むかしの御神体も似たような態度をとった。俺が面白いことを言えないでいると、露骨につまらなそうに空を見上げたものだ。


「三番さん、私のこと、どう思います?」

「どうって……」

「かわいいですか?」

「かわいいとは思うが……」

 よくそんなことを真顔で質問できるものだ。

「頭はどうですか? 賢いと思いますか?」

「賢いよ。少なくとも俺なんかよりずっと。十代のころ、俺はそんなにいろいろ判断できなかった」


 彼女はかすかに溜め息をついた。

「そうなんです。私、あなたより賢いんです」

「そ、そうだな……」

「妹の件は、運び屋の代わりに、間宮さんにお願いすることにします。そしたら母の救助に使えますから」

「えっ? ああ、それは助かるよ……」

 間宮氏にどれだけの組織力があるかは不明だが、代わりを任せられるならそのほうがいいだろう。

「冷静なときは頼りになるのに、母のことになると急にバカになりますよね、あなたって。そういうところ、嫌いです」

「それは……」

「反省してください。私、傷ついてますから。もう帰りますね。お疲れさまでした」

「ああ、お疲れさま……」

 憤慨した様子で居室を出ていってしまった。


 とはいえ、彼女の帰る場所は、この研究所の地下だ。

 いまでも保育課に住んでいる。

 少しくらいなら出歩けるらしいが、あまり離れすぎると強制的に連れ戻されるらしい。


 *


 数日後、また出動。

 目的地は静岡。

 首都高から東名を通って現地に入ることになるだろう。


 初夏の青空はいくらか柔らかい。


「もーさー。絶対ヤな予感すんの。確実に漏らすの分かってんだから。先にパンツ買っといていい?」

 二番は恥じらいもなくそんな宣言をした。

 こんなのが俺たちのボスだっていうんだから……。


「面倒だからもうおむつでも履いといてくれよ」

「三番くん、それセクハラだから」

「そうかよ。じゃあ裁判所にでも訴えてくれ」

「うっわ、開き直った。いるよねぇ、こういうの。十二番ちゃんもさぁ、こういう男には気を付けたほうがいいよ? セクハラされるから」

 他人を巻き込まないで欲しい。


 運転中の十二番は、それでも余裕だ。

「そんなことありません。三番さん、とっても紳士的ですよ」

「紳士的? 役立たずなだけでしょ?」

「そうかも」

 おい、セクハラだろ。

 訴えるぞ。


 すると二番は、仲間を増やそうと思ったのか、七番にも話を振った。

「七番くんもさ、こんな大人になっちゃダメだかんね」

「……」

 彼はニワトリのようにへこっと頭を下げた。

 返事もしてくれない。

 だが、愛想が悪いわけでもない。


 声にコンプレックスでもあるのだろうか?

 喋れないわけではないと思うのだが。


 *


 サービスエリアで休憩をとった。

 東京を出てすぐだから、まだ富士山は見えない。


「アイス食べるわ」

「え、パンツは?」

「あとで買うから」

 二番はスキップするように行ってしまった。

 あまりに自由過ぎる。

 まるでドライブを楽しむ子供だ。


 天気はいいし、メシもたくさんある。客足はほどほどで空いている。くつろぐには丁度いい。というか寝たい。


 俺はフランクフルトを買ってベンチに腰をおろした。

 のどかだ……。

 できれば、御神体と二人きりで来たかった。彼女はきっと嫌がると思うが。


「三番さん」

 急に声をかけられて、俺は思わず身構えた。

 完全に虚を突かれた。

 聞いたことのない声だったから、刺客かとも思った。

 が、違った。

 七番だ。

 彼はフランクフルトを手に、暗い目で立っていた。

「隣、いいですかぁ?」

「ど、どうぞ」

 喋ってくれた。

 だが、違和感がある。

 地元にいたころよく聞いた、尻上がりのイントネーション。


「あの、違ったらアレですけどぉ……三番さん、東北出身ですよねぇ?」

「そうだよ」

「俺もそうなんですぅ。でもぉ、言葉直んなくってぇ。あんま喋りづらいっていうかぁ……」

「ああ、そういうことか。まあ、いろいろ言われるよね。東北出身だと、特にさ……」


 東京に来ると、特に実感する。

 自分では普通に喋っているつもりでも、イントネーションで気づかれるのだ。

 とはいえ、たいていは悪意なく言われる。

 生粋の東京人は、いちいちこんなことでマウントを取ろうとしないからだ。そこだけは救いがある。


 問題は、東京以外の人間に言われるケースだ。

 マウントの取り合いに直結する。

 東北においては、北にゆくほどバカにされる。なんなら東北人が東北人に「おめ、なまってんなぁ」などと指摘したりする。地獄だ。

 そのくせ北海道に行くと急にイントネーションが普通になるから、青森県民はマウントのやり場がない。


 方言の中で、唯一、関西だけが市民権を得ている。

 広島や九州は、まだかわいい。

 東北はズーズー弁などと言われ、最下層とみなされる。

 このヒエラルキーは、令和の時代においてもなお厳然として存在する。いやそんなことないという人もあろう。だが、ある。あるところにはある。意外とある。


 俺はベンチをあけて、彼にも座るよう勧めた。

「彼ら、ちょっとでも違うとすぐ指摘してくるからな……。俺の友達も、茨城に就職したとき凄く言われたってさ。なにか喋るたびに言われてうんざりしたらしい。そういう……自分と違うものを低く見る文化、クソだと思うよね」

「ですねぇ」

「違うなら違うでいいんだよ。それはみんな違うんだから。それをさ……。なんですぐ上とか下とか言うかなって。まあ動物がそれやるなら分かるけど。俺ら人間なんだぜ? 恥ずかしいよ。みんな揃って同じことしてないと、悪だってんだから……」

「……」

 俺が勝手にヒートアップしたせいか、彼はまたニワトリみたいに頭をさげてしまった。


 だが、これは大事なことだ。

 人と違う――。

 それは大抵の場合、上でも下でもない。


 ところが人類は、どこかに線を引かれた瞬間、反射的に優劣を求めてしまう。

 原始的な悪癖だ。

 自分が多数派に所属している場合、数に任せて少数派を責める。自分が少数派の場合、逆ギレ的に自分の希少価値を主張する。イーブンにしようという発想がない。


 イヌよりネコのほうが偉いのか?

 カレーライスはラーメンより偉いのか?

 キノコとタケノコでマジになってケンカしないで欲しい。


 ここで某軍曹の名ゼリフを借りよう。


 どちらも平等に価値がない。


 そもそもなんなんだよ価値ってのはよ。ぶっ殺すぞ。


 *


「あ、やっば。おしっこしたい。十二番ちゃん、次のパーキングでとまって」

 車が発進すると、二番はまもなくそんなことを言い出した。

 こいつはマジで……。

「だからおむつにしろって言ったんだよ」

 俺は皮肉を抑制できなかった。


 パンツを買うとか言い出していきなり車を止めさせて、かと思うとアイスやジュースで休憩時間を満喫し、そして案の定、トイレだ。

 小学生並みのプランニングだ。


 二番は前かがみで眉をひそめていた。

「あんたって、ホンットにムカつくわね。なんなの? すべてはお見通しってワケ?」

「そんなわけないだろ」

「どうせ『頭のいいボクちんは、お前らとは違うんでちぃ』とか思ってんでしょ? 見え見えなのよ!」

 でちぃ?

 彼女の脳内では、バカはそういう口調で喋るのか?

「いいか? 違うとは思ってる。けどそれは上下を意味しない」

「はぁ?」

「互いにそれぞれ違うところがあっても、俺たちは仲間でいられるってことだ。少しなにかが違うからといって、敵視しないで欲しいもんだな」

「そんなこと言ってないでしょ! あんたがあたしのことバカにしてるから怒ってんの!」

「そんなに騒ぐと漏れるぞ」

「待って! いま漏れるとか言わないで。ホントに漏れるから……」

 急に真顔になるな。

 成人してるんだよな?

 次のパーキングまで我慢できるよな?


 苦手なことがあるなら、互いにカバーすればいい。

 違いがあるということは、苦手な部分も違うということだ。

 なにも悪いことじゃない。

 むしろ手を組む理由になる。


「あ、やっば。マジやっば。漏れたらあんたのせいだかんね!」

「謝るから耐えてくれ」

「うぐぅ……」

 絶命する直前のカピバラみたいなツラになっている。


 すると十二番が、冷淡にもこう告げた。

「あ、ごめんなさい。パーキング過ぎちゃいました」

「カーッ!」

 謎の奇声が響き渡った。


 勝手に破滅するのはいい。

 だが、せめて周囲を巻き込まないで欲しい。


(続く)

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