ドライブ
居室に戻ってレポートを書いた。
今回も、どう書くべきか頭を悩ませることになったが……。
オルガンのことは書けない。俺たちはそれを知らないことになっている。だから、ターゲットが急に膨らんで、俺たちはそれを撃ったことにして……。
おそらくバレている。
だが、ほかに書きようがなかった。仕方がない。
*
気がつくと、居室には俺と十二番だけになっていた。
俺の作業が終わると、彼女は椅子を近づけてきた。デスクに座らなくてなによりだ。
今日は笑顔ではない。
「誰だと思います?」
「はい?」
思いつめた顔で意味不明な質問を投げてくる。
誰とは……それこそ誰だ?
彼女は盛大に溜め息をついた。
「今日の攻撃は、ただの警告だと思います。余計なことを探ると、同じ目に遭わせるぞっていう……」
「やめるのか?」
「やめません。先手を打って、裏切り者を殺します」
少女の顔で物騒なことを言う。
本来なら大人だけで片付けるべきなのに。いや大人同士でもやるべきではない。なのにこんな子まで巻き込んで……。
「裏切り者ってのは?」
「それが誰なのか知りたいんです。現場の周波数からは特定できませんでした。姉でもムリだと思います。消去法で考えれば、茨城の研究所に連れていかれた誰かだと思うんですが……」
そもそも姉妹が何人いて、誰が連れていかれたのか知らないから、ひとつも助言できない。
俺が黙っていると、彼女はさめた目でこちらを見た。
「なにか思いつきませんか?」
「情報が足りない」
「足りなくても、推測くらいはしてますよね?」
人をなんだと思ってるんだ。
もちろん、考えはある。だがそれは推測じゃない。
「考えても分からない以上、該当の人物を連れてくるしかない」
「だから、どうやって?」
やや怒ったような態度。
俺がふざけていい加減なことをフカしたと思ったのかもしれない。
「運び屋を使う」
「……」
反論はなかった。
その代わり、賛同もなかった。
彼女はすっと息を吸い込んで、そのまま背もたれに背をあずけた。
俺はこう補足した。
「おそらく中に入ることができれば、どいつが裏切り者か分かるだろう。いちばん偉そうなガキ……いや失礼、少女を連れ出せばいいんだからな」
すると彼女は、肺に溜め込んでいた空気をゆっくりと吐いた。
「その作戦は、きっと成功しますよ。その代わり、母を救える確率がさがりますね」
「問題ない。彼女のことは俺が救う」
「プランはあるんですか?」
「ない」
運び屋は、少なくとも俺たちより自由に動ける。
場所と運ぶモノさえ指定すれば、目的地まで届けてくれる。
その代わり、目をつけられるから二度目はないと思ったほうがいい。
彼女はじとりとした目でこちらを見つめてきた。
「子供みたい……」
「同感だな」
自分を万能だと思っているガキそのものだ。
できもしないことを、できるという。
だが「できない」という場合、意識的にしろ、無意識にしろ、いろいろ条件をつけた上で「できない」と判断しているものだ。たとえば、その後の予定などいっさい考えず、自分の命と、仲間の命、すべてを犠牲にすれば「できる」かもしれない。あくまで救うだけなら。
十二番は、しばらく退屈そうに天井を見上げていた。
むかしの御神体も似たような態度をとった。俺が面白いことを言えないでいると、露骨につまらなそうに空を見上げたものだ。
「三番さん、私のこと、どう思います?」
「どうって……」
「かわいいですか?」
「かわいいとは思うが……」
よくそんなことを真顔で質問できるものだ。
「頭はどうですか? 賢いと思いますか?」
「賢いよ。少なくとも俺なんかよりずっと。十代のころ、俺はそんなにいろいろ判断できなかった」
彼女はかすかに溜め息をついた。
「そうなんです。私、あなたより賢いんです」
「そ、そうだな……」
「妹の件は、運び屋の代わりに、間宮さんにお願いすることにします。そしたら母の救助に使えますから」
「えっ? ああ、それは助かるよ……」
間宮氏にどれだけの組織力があるかは不明だが、代わりを任せられるならそのほうがいいだろう。
「冷静なときは頼りになるのに、母のことになると急にバカになりますよね、あなたって。そういうところ、嫌いです」
「それは……」
「反省してください。私、傷ついてますから。もう帰りますね。お疲れさまでした」
「ああ、お疲れさま……」
憤慨した様子で居室を出ていってしまった。
とはいえ、彼女の帰る場所は、この研究所の地下だ。
いまでも保育課に住んでいる。
少しくらいなら出歩けるらしいが、あまり離れすぎると強制的に連れ戻されるらしい。
*
数日後、また出動。
目的地は静岡。
首都高から東名を通って現地に入ることになるだろう。
初夏の青空はいくらか柔らかい。
「もーさー。絶対ヤな予感すんの。確実に漏らすの分かってんだから。先にパンツ買っといていい?」
二番は恥じらいもなくそんな宣言をした。
こんなのが俺たちのボスだっていうんだから……。
「面倒だからもうおむつでも履いといてくれよ」
「三番くん、それセクハラだから」
「そうかよ。じゃあ裁判所にでも訴えてくれ」
「うっわ、開き直った。いるよねぇ、こういうの。十二番ちゃんもさぁ、こういう男には気を付けたほうがいいよ? セクハラされるから」
他人を巻き込まないで欲しい。
運転中の十二番は、それでも余裕だ。
「そんなことありません。三番さん、とっても紳士的ですよ」
「紳士的? 役立たずなだけでしょ?」
「そうかも」
おい、セクハラだろ。
訴えるぞ。
すると二番は、仲間を増やそうと思ったのか、七番にも話を振った。
「七番くんもさ、こんな大人になっちゃダメだかんね」
「……」
彼はニワトリのようにへこっと頭を下げた。
返事もしてくれない。
だが、愛想が悪いわけでもない。
声にコンプレックスでもあるのだろうか?
喋れないわけではないと思うのだが。
*
サービスエリアで休憩をとった。
東京を出てすぐだから、まだ富士山は見えない。
「アイス食べるわ」
「え、パンツは?」
「あとで買うから」
二番はスキップするように行ってしまった。
あまりに自由過ぎる。
まるでドライブを楽しむ子供だ。
天気はいいし、メシもたくさんある。客足はほどほどで空いている。くつろぐには丁度いい。というか寝たい。
俺はフランクフルトを買ってベンチに腰をおろした。
のどかだ……。
できれば、御神体と二人きりで来たかった。彼女はきっと嫌がると思うが。
「三番さん」
急に声をかけられて、俺は思わず身構えた。
完全に虚を突かれた。
聞いたことのない声だったから、刺客かとも思った。
が、違った。
七番だ。
彼はフランクフルトを手に、暗い目で立っていた。
「隣、いいですかぁ?」
「ど、どうぞ」
喋ってくれた。
だが、違和感がある。
地元にいたころよく聞いた、尻上がりのイントネーション。
「あの、違ったらアレですけどぉ……三番さん、東北出身ですよねぇ?」
「そうだよ」
「俺もそうなんですぅ。でもぉ、言葉直んなくってぇ。あんま喋りづらいっていうかぁ……」
「ああ、そういうことか。まあ、いろいろ言われるよね。東北出身だと、特にさ……」
東京に来ると、特に実感する。
自分では普通に喋っているつもりでも、イントネーションで気づかれるのだ。
とはいえ、たいていは悪意なく言われる。
生粋の東京人は、いちいちこんなことでマウントを取ろうとしないからだ。そこだけは救いがある。
問題は、東京以外の人間に言われるケースだ。
マウントの取り合いに直結する。
東北においては、北にゆくほどバカにされる。なんなら東北人が東北人に「おめ、なまってんなぁ」などと指摘したりする。地獄だ。
そのくせ北海道に行くと急にイントネーションが普通になるから、青森県民はマウントのやり場がない。
方言の中で、唯一、関西だけが市民権を得ている。
広島や九州は、まだかわいい。
東北はズーズー弁などと言われ、最下層とみなされる。
このヒエラルキーは、令和の時代においてもなお厳然として存在する。いやそんなことないという人もあろう。だが、ある。あるところにはある。意外とある。
俺はベンチをあけて、彼にも座るよう勧めた。
「彼ら、ちょっとでも違うとすぐ指摘してくるからな……。俺の友達も、茨城に就職したとき凄く言われたってさ。なにか喋るたびに言われてうんざりしたらしい。そういう……自分と違うものを低く見る文化、クソだと思うよね」
「ですねぇ」
「違うなら違うでいいんだよ。それはみんな違うんだから。それをさ……。なんですぐ上とか下とか言うかなって。まあ動物がそれやるなら分かるけど。俺ら人間なんだぜ? 恥ずかしいよ。みんな揃って同じことしてないと、悪だってんだから……」
「……」
俺が勝手にヒートアップしたせいか、彼はまたニワトリみたいに頭をさげてしまった。
だが、これは大事なことだ。
人と違う――。
それは大抵の場合、上でも下でもない。
ところが人類は、どこかに線を引かれた瞬間、反射的に優劣を求めてしまう。
原始的な悪癖だ。
自分が多数派に所属している場合、数に任せて少数派を責める。自分が少数派の場合、逆ギレ的に自分の希少価値を主張する。イーブンにしようという発想がない。
イヌよりネコのほうが偉いのか?
カレーライスはラーメンより偉いのか?
キノコとタケノコでマジになってケンカしないで欲しい。
ここで某軍曹の名ゼリフを借りよう。
どちらも平等に価値がない。
そもそもなんなんだよ価値ってのはよ。ぶっ殺すぞ。
*
「あ、やっば。おしっこしたい。十二番ちゃん、次のパーキングでとまって」
車が発進すると、二番はまもなくそんなことを言い出した。
こいつはマジで……。
「だからおむつにしろって言ったんだよ」
俺は皮肉を抑制できなかった。
パンツを買うとか言い出していきなり車を止めさせて、かと思うとアイスやジュースで休憩時間を満喫し、そして案の定、トイレだ。
小学生並みのプランニングだ。
二番は前かがみで眉をひそめていた。
「あんたって、ホンットにムカつくわね。なんなの? すべてはお見通しってワケ?」
「そんなわけないだろ」
「どうせ『頭のいいボクちんは、お前らとは違うんでちぃ』とか思ってんでしょ? 見え見えなのよ!」
でちぃ?
彼女の脳内では、バカはそういう口調で喋るのか?
「いいか? 違うとは思ってる。けどそれは上下を意味しない」
「はぁ?」
「互いにそれぞれ違うところがあっても、俺たちは仲間でいられるってことだ。少しなにかが違うからといって、敵視しないで欲しいもんだな」
「そんなこと言ってないでしょ! あんたがあたしのことバカにしてるから怒ってんの!」
「そんなに騒ぐと漏れるぞ」
「待って! いま漏れるとか言わないで。ホントに漏れるから……」
急に真顔になるな。
成人してるんだよな?
次のパーキングまで我慢できるよな?
苦手なことがあるなら、互いにカバーすればいい。
違いがあるということは、苦手な部分も違うということだ。
なにも悪いことじゃない。
むしろ手を組む理由になる。
「あ、やっば。マジやっば。漏れたらあんたのせいだかんね!」
「謝るから耐えてくれ」
「うぐぅ……」
絶命する直前のカピバラみたいなツラになっている。
すると十二番が、冷淡にもこう告げた。
「あ、ごめんなさい。パーキング過ぎちゃいました」
「カーッ!」
謎の奇声が響き渡った。
勝手に破滅するのはいい。
だが、せめて周囲を巻き込まないで欲しい。
(続く)




