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オルガン  作者: 不覚たん
本編
28/41

 数日後、妙な動きがあった。

 二番が、朝から部長に呼び出されたのだ。なにか重要な話なのか、昼休みになっても戻ってこなかった。ここでする仕事などないからいいのだが……。


 その後、食事から戻ってくると、彼女は居室でサンドイッチを食べていた。

 とてもげんなりした顔だ。

 デスクには書類の山。


「あ、ちょっと三番くんさぁ、どこ行ってたの?」

「メシだけど」

「なんであたしのこと待たないワケ?」

「いつ帰ってくるか分からなかったから」

 学生ならともかく、社会人は自分の判断でメシを済ませるものだ。


 彼女は盛大な溜め息をついた。

「それより、これ、見て。転属願」

「はい? 転属?」

 なんだこいつ……。

 いまさら事務方に転属する気でいるのか?

 それにしては枚数が多い気も。


 二番はジト目でこちらを見ていた。

「もしかしてあたしが転属すると思った?」

「少し」

「はぁー。マジで。これだから。あんたって。いっつもそう」

 まるで駄犬を叱る飼い主みたいな口調だ。

「はいはい。俺が悪かったよ。んで、これはなんなの? 部長とは具体的にどんな話を?」

「いやもうスコアとかどうでもいいから、新人を二課に転属させろって。なんか細かいデータいっぱい出されて、ごちゃごちゃ説明されて……」


 たいていの人間は、研修が終わったら二課へ行く。

 いつまでも三課に残っているのは落ちこぼれだけだ。

 それは俺も知っている。

 だが、あまりにも急ぎすぎでは?


 すると彼女は、俺にも一枚渡してきた。

「ん」

「いやもう見たよ」

「そうじゃなくて。これあんたの分。そりゃそうでしょ。あたしの次に古株なんだから。ただでさえスコアも高いんだし」

 そうだった。

 新人の引率として現場に出ているせいで、はからずもスコアが高まっていた。もはや三課に留まっていいレベルではない。


「強制なのか?」

「違う。けど、特に理由がない場合は書けって」

「フィールドの管理責任者なんだが……」

「そんなの関係ないって部長が」

 それを向こうから言ってきたのだとしたら、俺のことを二課に組み込むつもりでいるということだ。

 社会奉仕部の中核は二課だ。

 そこが弱体化したままというのは、部長としては黙認できないのだろう。


 幸い、二課の課長はこちらの味方だ。

 転属したところでプランに変更はない。

 むしろやりやすくなる。


 だが、そうなったら二番はどうなる?

 一人でここに残るのか?


 *


 昼休みが終わると、ぞろぞろと新人たちも戻ってきた。

 堂々と時間を過ぎてるのもいるが、いちいち怒ったりしない。


 全員集まったのを見計らい、二番は「みんな、ちょっといい?」と紙を配り始めた。


「えーと、いま配ったのは転属願です。名前を書いて提出すると、二課に行けます。そうすると……お給料があがります。あと名前も、番号じゃなくて、好きな星座から選べます。特に理由がない場合、みんな書いてね。私からは以上です」

 二番の説明は雑もいいところだった。


 それでも特段の理由がない限り、人は反射的に「上」を目指す。

 こんな殺人集団の「上」なんぞ、世間からすれば「下」に違いないが。どんな世界でも、そいつらなりの上はあるものだ。


 俺は紙を四つに切り裂いた。

「ここに残りたい人間は書かなくていい。出世したい人間だけ書いてくれ」

 二番はすぐさま眉をひそめた。

「はぁ? 特に理由がないなら書いてって言ったよね? なんで破るの?」

「もし全員が二課に行ったら、あんたがフィールドの管理責任者になるんだぞ? できるのか?」

「じゃあ残って」

 人間誰しも余計な仕事はしたくないものだ。

 ただ文書を決裁するだけだとしても。


 *


 歓迎会もなければ、壮行会も送別会もなかった。

 人はいつの間にか消えているものだ。


 四名が転属願を出したため、メンバーが半減した。

 残ったのも四名。俺、二番、十二番、そして影の薄い少年――七番のみ。


 転属は悪いことじゃない。

 自由にしていい。

 誰かを責めるつもりはない。


 しかし二番は憤慨していた。

「ねえ、三番くん。ちょっと聞きたいんだけど、拒否した理由が『課長の指導力に疑問』ってどういうこと?」

 転属願を提出しない理由について、のちほどアンケートを書かされた。

 そのときの情報が二番にも漏れていたらしい。

「そう怒らないでくれよ。俺が残るからには、もっともらしい理由が必要だろう」

「あたしの指導力のどこに疑問があんのよ! 言ってみなさいよ! この役立たず!」

「本音と建て前ってのがあるだろ。まあこの場合、その両者は一致していると言えなくもないが」

「仲間だと思ってたのに!」

「俺もだよ」

「死ね!」

 小学生みたいな罵倒が来た。

 このパワハラに耐えながらもボスを支える俺のなんと献身的なことか。


 予想できていたとはいえ、十二番も残った。

 彼女はずっとにこにこしている。

 内心なにを考えているかは分かったものじゃないが。


 問題は七番だな。

 暗い目をした少年だ。

 まだまともに会話したことがない。


「ま、仲良くやろうぜ。しばらくこのメンバーで現場に出るんだからさ」

「うるさい! 今日のお昼、全部あんたのおごりだかんね!」

 金銭まで要求してくるとは。

 パワハラを通り越して普通に犯罪だろ。

「蕎麦屋でいいかな?」

「なんでいっつもいっつも蕎麦なのよ! 本格的に死になさいよ!」

 蕎麦に罪はない。

 悪いのは俺だ。


 *


 数日後――。

 特に進展もないまま、また出動の要請が来た。


 ターゲットは民間人。

 借金額は五百万。


 唯一の例外を除いて、これまでのターゲットは億単位の借金をしていた。

 それが五百万とは……。

 きっとまた厄介な事情があるのだろう。


 今日の運転手は十二番。

 どうやら運転できたらしい。いつどこで学んだのか、あるいはまともな免許を持っているのかさえ不明だが。


 特に会話はない。

 みんな窓の外を眺めている。

 やや曇ってはいるが、降り出しそうではない。なんとも言えない春の空模様。暑くもなく寒くもない。


 *


 現場はずいぶん寂れたアパートだった。

 金属部分が腐食していて、いつ倒壊してもおかしくないように見えた。


 チャイムを鳴らし、研究所から来たことを告げると、あきらめたような男の声で「入ってくれ」と返事があった。


 顔を出した住人は、髪もボサボサで、無精ひげの伸びた中年の男性だった。

 目は死んでいたものの、顔立ちは精悍。己の死を察した野生動物みたいだった。ただの世捨て人ではあるまい。少なくともかつてはなにかを為そうとしていた人間の顔だ。


 昼間からカーテンを閉め切った薄暗い部屋。

 ぽつんとこたつだけが置かれている。


 みんな座る気さえなさそうだったが、男が腰をおろしたので、俺も適当な場所を見つけて腰をおろした。


「額は五百万ですが、返済できそうですか?」

「ムリに決まってるだろ。俺のことは殺せばいい。だが、その前に話だけでも聞いてくれ」

 淡々とした口調。

 体力はあるのに、精神だけがすり減っている様子だ。

「話?」

「俺は元警察でな。あんたらを追ってたんだ。もちろん上からは止められた。そんなことするなってな」

 真実を追っていた人間、というわけか。


 うちの組織は確かに異常だ。

 人を殺しても罪に問われない。

 警察でも逮捕できない。

 その状況に疑問を抱かない人間はいないだろう。

 あとは、見なかったことにする人間と、そうでない人間とに二分される。彼は後者だった。


 まともな人間から壊れてゆく。


「それでも俺は片っ端から調査して、ヒントをつかんだ。ある組織から金を借りたヤツが、次々失踪してるって。なんなら失踪したヤツが、今度は別の場所で人を殺してる。しかもそいつらが絡んだ殺人は、事件にさえならない」

「それがなぜなのかは、俺たちにも分かりませんよ」

「末端の人間はだいたいそうだ。なにも知らない。疑問を抱く権利さえない。ただ上から命令されて、それをそのままやるだけだ」

 元警察の言葉としては、あまりに重い。


 彼はガクリとうなだれた。

「結局、警察でいることに限界を感じて、俺は仕事を辞めた。手掛かりもなくなった。それで、俺も組織から金を借りることにしたんだ。借りたヤツにはいくつかパターンがあるからな。失踪したまま行方が分からなくなるヤツ。失踪したあと、組織の手先となって殺しをやるヤツ。殺されるヤツ。運がよければ、俺も雇ってもらえると思った」

 ところが、彼の目論見は外れた。


 いや、普通、五百万くらいの借金なら、彼の狙い通り採用試験に放り込まれるはず。

 だが、おそらく事実に近づきすぎたのだ。

 上層部は彼を危険と判断したのだろう。


 俺は十二番に尋ねた。

「五百万、借りられるかな?」

「残念ですが、二度目はありません。前回は危ない橋を渡りました。ヘタをするとすべてがムダになります」

 きっとそうなんだろう。

 やり過ぎると、計画そのものが崩壊する可能性がある。


 誰かのために一億は出せるのに、別の誰かには五百万さえ出せないとは。

 あまりに皮肉な話だ。


 男はフッと力なく笑った。

「余計なことはするな。俺はどのみち助からない。もっとヤバい連中に目をつけられちまったからな」

「ヤバい連中?」

ゼロだよ。そういう名前の組織があるんだ。噂によると、そいつらは捕まえた人間を、存在ごと消しちまうそうなんだ。ただの殺しとなにが違うのかは分からんが……」


 存在ごと消す――。

 そんなことができる装置、ひとつしか心当たりがない。

 だが、その言葉を口にしていいものだろうか?


 俺が躊躇していると、代わりに十二番が尋ねた。

「それはオルガンのことですか?」

「!?」

 男が目を丸くして固まった。

 この動揺ぶり、おそらく正解だろう。


「そ、そうだ。オルガンだ。確かそんな名前だった。俺はそのうち茨城の研究所に連れていかれて、消去されちまう。あいつら、イカレてるんだ。神と一体化するとか言って。しかも、その装置はまだ未完成だから、消去されるときに体の一部だけが取り残されるんだ。俺はそんな死にかた絶対にイヤだ。だから頼む! あんたらで殺してくれ! 頭を狙って一発で!」


 オルガンは未完成なのか?

 御神体に合わせてチューニングされているらしいから、代わりの誰かを接続しても出力が安定しないのかもしれない。


 俺は安心させるため、ひとまずうなずいた。

「分かりました。けど、もう少しだけ情報をください。なにをして目をつけられたんです?」

「それは……。いや、言おう。見たんだ。小学生くらいの女の子に……。いや、実際に見たワケじゃない。つまり脳に直接……。大丈夫だ。信用してくれ。そこで啓示を受けて……。ん? あれ……? いや、ウソだよな? ひょっとしてこれって……」

 彼は怯え切った顔でこちらを見た。

 いや、俺ではなく、俺の後ろの誰かを。

 しかし向き直っても見知った顔しかいない。


 そして次に男へ視線を戻したとき、俺は信じられないものを見た。


 男の顔面が、風船のように膨らんでいたのだ。目の錯覚かと思った。

「たひゅへぇ……」

 彼の頭部は、やがて光の粒子のようになって、さらさらと崩壊し始めた。吹き散らされた砂像のように。

 体内を巡っていた血液が、抑えを失ってパーンと放射状に散った。

 それは俺たちの顔面や衣服にも付着したが、ワンテンポ遅れて、蒸発するように、やはり粒子状になって虚空へと消えた。


 男は衣服と、そして生々しく白い四肢だけを残し、消滅してしまった。


 状況を飲み込めなかった。

 ついさっき男が言った方法で、彼は殺された。


 その情報が帰結する先は、ひとつ。


 オルガンだ――。


 どこから狙われた?

 庭か?


 立ち上がろうとすると、肩に手を置かれた。

 十二番だ。

「動かないほうがいいですよ」

「まさか、あんたが……?」

「違います。裏切ってません。ただ、いま動くと狙われますから」


 おそらく零とやらの仕業だろう。

 この近くにオルガンを持ってきて、男を消去したのだ。


 二番と七番が、立て続けに尻もちをついた。

 攻撃されたわけではない。

 立っていられなくなっただけだ。


 十二番は、残された男の腕に銃弾を撃ち込んだ。

「私たちが殺したことにしましょう。仕事をしなかったと思われたらシャクですので」

「あ、ああ。そうだな……」

「まさか零課れいかが来るとは思いませんでした」

「零課?」

 それはつまり、俺たちと同じ社会奉仕部ということか?


 彼女は冷酷な顔をしていた。

「姉妹の中に、裏切り者がいるかもしれません……」


(続く)

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