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オルガン  作者: 不覚たん
本編
26/41

遭遇

 三課のメンバーは現在八名。

 二課は六名。

 一課は四名。


 どの課も一枚岩ではない。

 うまく立ち回れば、数の上でも優位に立てるかもしれない。


 ただし、他の課をつぶしたところで組織が終わらないことは分かっている。

 組織を終わらせるためには、オルガンを暴走させて出資者を殺害するしかない。暴走させるためには、事前に御神体を殺さねばならない。


 それは俺の望む終わらせ方ではない。


 *


 ある日、宝物殿へ呼び出された。


 うららかな春の景色を一望できるオフィス。

 出迎えた御神体は、なんとも言えない表情でソファに腰をおろしていた。今日も肩口や胸元のひらいたスーツだ。よく似合っているが、マネキンがひとりでファッションショーをしているような滑稽さも感じる。


「もうだいぶ詳しくなったんじゃない?」

 彼女は力なく笑ってそんなことを切り出した。

 俺は黙って紅茶をすする。おそらく、この白いカップも相当な値段なんだろう。そこらで売っているものと見わけもつかないが。

「詳しくなりすぎて、どこまで話していいのか困るレベルだな」


 彼女は、自分がオルガンのパーツにされることを知っているのだろうか?

 しかも娘は、彼女を助ける気さえない。


 御神体は美しく身を飾っているものの、見せる相手もいない。いても秘書か、あるいは俺くらいのもの。

 服に金をかけようが、ティーセットに金をかけようが、ほかの誰かに見せつけることもできないのだ。


「なあ、娘とはちゃんと会話してるのか?」

「いいえ」

 退屈そうな返事。

 そんな話はしたくないと言わんばかりだ。

「大事なことだ。このまま意固地になってたら、望まない未来を迎えるかもしれない」

 時間がない。

 いくらか強引でも、俺は話を進めないといけない。

 彼女はずっと力ない顔をしていた。なのだが、このとき、ようやく不快そうに目を細めた。

「あらあら。私にもついに白馬の王子さまが来てくださったのかしら」

「役に立てるならなんでもいい」

「でも誤解してるわね。誰が望まない未来だなんて言ったの?」

「は?」


 それが彼女の答えなのか?

 まだ中身も言っていないのに?


 いや、もう、ぜんぶ分かってて言っているのだろう。

 そもそも不自然だった。

 娘たちは、有機周波数とやらで会話できるのだ。彼女がそれを聞いていないわけがない。だいぶ離れたご婦人でさえその「声」を聞いていたというのに。


 俺は紅茶をすすり、遠慮なく溜め息をついた。

「おぼえてるか? 俺が採用試験を突破した日のこと」

「ええ」

「あんた、俺をぶっ叩いたよな? 命を粗末にするようなこと言ったから。なのに、自分はどうなんだ? まさか犠牲になるつもりでいるのか?」

 彼女はすぐには返事をしなかった。

 カップをつまみ、静かに紅茶を一口やってから、かすかに呼吸し、ようやく言葉を発した。

「ずいぶん偉そうね」

「否定しない。だが、どういうつもりなのか説明してくれ。内容によっては俺も軽率な行動に出る」

「軽率って?」

「力づくであんたをここから連れ出す」

「その後のプランは?」

「知るかよ。軽率なんだから、まともな結果になるわけないだろ。クソみたいな行動には、クソみたいな結末がお似合いだ」

 勢いでキレているわけではない。

 それなりに本気であることを示さないと、彼女も本音を言わないだろう。


 彼女はフッと笑った。なにもかもをあきらめたように。

「なんなの? 救えるなら、どうぞご勝手に救ってみなさいよ。抵抗しないから。けど、できないんでしょ? 軽率な考えしか持ってなさそうだし。あなたごときが勝てる相手じゃないのよ」

 ごとき、か。

 わざと挑発して、手を引かせようとしているようにも聞こえる。


「救えるなら、救ってもいいのか?」

「ええ。けど、期待なんてしないわ。裏切られたとき、みじめな思いをするだけだから」

「俺はずっとあんたのことを考えながら生きてきた。死ぬときも同じだ。俺はもうあんたのストーカーみたいなもんだからな」

「ホントに気持ち悪いわね」

 言いながら、目をそらした。

 嫌ってくれていい。

 こちらはただ事実を述べているだけだ。


「俺はかつて、とてつもない罪をおかした。それは、なにをどうしたって消えるようなものじゃない。だから、これからすることは、ただの自己満足だと思ってくれていい」

「急にどうしたの? 不安になるでしょ……」

「独自のプランで行動するってことだ。つまり、あんたの娘のプランには乗らない。あの子、頭はいいのかもしれないが、俺にとっていちばん大事なものを軽視しているからな」

「笑わせるわね」

「まあ見ててくれ。こう見えて、あんたの予想を裏切るのは得意だからな」


 *


 宝物殿を出てエレベーターをおりた俺は、まっすぐ居室へは戻らず、休憩所へ向かった。


 大口を叩いておいてなんだが、もちろん独自のプランなどない。

 軽率なウソをついた。

 それだけだ。


 ストーカーの上に人殺しで、なおかつウソつきとは。

 本当に最低の人間に成り果てた。


 それにしても今日、彼女はなぜ俺を呼んだのだろう?

 これといった話題もなかった。

 ただ口論しただけだ。


 もしかして髪を数センチ切ったとか、いつもと違う服を着ているとか、そういうことを主張したかったのか?

 いや、恋人同士でもあるまいし、そんなこと……。


 まさかとは思うが、最後のお別れをするつもりだった?


 想像より時間がないのかもしれない。

 オルガンは、技術的にはすでに完成しているのだ。いつそれが起きても不思議ではない。


 まっしろな休憩所でコーヒーを買い、ひとまず深呼吸をしたところで、俺は思わず硬直した。


 いる。


 いや……。

 亡霊?

 まだ昼間だぞ?


 ばさと髪を伸ばした女が、廊下の奥にぼうっと突っ立っていた。というか、長い髪の間からこちらを見ている。


 ひとまず冷静になろう。

 刺客だろうか?

 研究所内で?

 ありえない話ではない。


 そいつは徐々にこちらへ近づいてきた。

 速い……!


「見てこれ。スリックバック。浮いてるように見えるやーつ」

 想定外のスピードで近づいてきたかと思ったら、そいつはやたらフレンドリーに話しかけてきた。

 というか……なんだ?

 スリックバック?

 浮いてるように見えるやーつ?


 彼女は天井を見上げた。

「私もなにか飲みながら楽しくお話ししようと思っていたのに、お財布を忘れた……。だからお金を貸して欲しい」

「お、俺?」

「ほかに誰がいるの?」

 髪の間から、ギョロリとこちらを見つめてきた。

 怖すぎるんだが……。


 俺が小銭を入れると、彼女は紙パックのいちごミルクを購入した。

 外見と行動がともなっていない……。


「よっこらショック死……」

 謎の掛け声とともに椅子に腰をおろした。

 ショック死しそうなのはこちらなのだが。

「ええと、俺は三課の三番……」

「知ってる。しかもいろんな人間と結託して、この組織を破壊しようともくろんでいる悪いやーつ」

「……」

 やはり刺客だったか。


 彼女はジュースのパックをテーブルに置いた。

「そうよ。私がザ・フール。でも待って。敵じゃない」

「……」

 こいつがザ・フールだと?

 なんとなくサイコパスのおっさんを想像していたが、サイコパスの女性だったとは。


 彼女はまた天井を見つめた。

「そう、あれは数年前の出来事……。あのとき私はモテていた……」

 おクスリでもキマってらっしゃるのか?

 まだ昼だぞ?

 いや夜でもダメだが。


「モテ……」

「そう。モテていたの。でも相手の顔がタイプじゃなかった。そいつの名はザ・タワー。あなた、ちょっと腕を直角に曲げてみてくれる?」

「こう?」

「そして叫ぶのよ。『タワー!』って」

 それを言うなら「パワー!」じゃないか?

 いや絶対に言わないが。

 他人のネタで滑るのはもう懲り懲りだ。


 彼女は頭を抱えてしまった。

「私、ちゃんと断ったの。顔が好みじゃないって。でもそんなの小さいことだって彼が……」

「そ、それは大変だったね……」

「五回くらいは我慢したの。でもまだ好きだって言ってきて。仏の顔も三度までって言うのに、私、五回も……。もう仏を超えたなにかになってしまった。いえ、させられたのよ。『仏』って字を分解すると『イム』になるから、もはや『イムム』くらいにはなったわね」

 なったのか……。

 それで、この話はどこへ行くんだ?

 どうしても俺に聞かせたい話なのか?


 彼女は紙パックのジュースをぎゅうと吸引した。

「あまりに鬱陶しかったから、ついカッとなって殺してしまったわ」

「ああ、それで……」

「そうよ。それで処罰の対象になって、殺されるところだった。けど、ザ・ハングドマンに助けてもらって……。えーと、ハングドマンっていうのは、三課の前課長のこと。あの青白い顔のおじさん」

 前課長がザ・フールの命を助けた話は聞いている。

 だがその背景が、こんなしょうもない話だったとは。

「噂は聞いてるよ」

「だからある日、恩返しに三課の新人を応援しに行ったの」

「ん?」


 応援?

 どう考えてもその逆のことが起きた気がするのだが。


 彼女は自販機の隙間を見つめながら言った。

「でも急に撃たれたの。それでついカッとなって殺してしまったわ」

「……」

 いいから、ついカッとならない訓練をして欲しい。

 こんなヤバそうな風貌のヤツがいきなり現場に出てきたら、普通、敵だと思うだろう。


「でもあのおちびちゃん。すっごくいい腕してた。あの子が三課の課長なんでしょ? いいわね。眼球がくりくりしてて……」

「いやいやいや。待ってくれ。あれは事故だったってことじゃないか? 復讐はなにも生まない」

 俺がそう告げると、彼女はカクリと大きく首をかしげた。

「復讐? 違う違う。謝りに来たの。でも会ったら怒られそうだから……。あなたならうまく伝えてくれると思って……」

 仲裁に入れってことか?


 だが、果たして可能だろうか?

 二番はかなり怒っていた。

 こちらが先に発砲したなら、こちらにも非はあるが……。レポートには、どちらが先に発砲したかは書かれていなかった。


 すると彼女は、いきなり廊下に頭をこすりつけて土下座した。

「お願いしますなんでもしますから! あとジュース代も倍にして返しますから!」

「あ、ちょっと。待ってくれ。そこまでしなくても」

「緊張し過ぎてジュース吐きそう」

「いいから頭あげて」

「ダメよ! 上から頭を踏んで!」

 変態か?


「いや待ってくれ。もし悪いと思ってるなら、挽回する方法はあるんだ。それも、かなり重要な」

「あるの? なに? 教えて?」

 下からすがりついてくる。

 誰かに見られたら誤解されそうだ。

 いや、俺が女性をいたぶっている姿ではなく、怨霊に引きずり込まれている姿に見えるはずだ。


「詳細は言えないが……。とにかくあるんだ。落ち着いてくれ」

「落ち着く!」

 落ち着け。

 ズボンを引っ張るな。

「二番には俺から完璧に説明しておくよ。だから、とにかくひとまず落ち着いて欲しいんだ」

「落ち着く!」

「本当に、あんたのことはずっと気にしてたんだ。和解できるのは、俺としても嬉しい」

「私も嬉しい!」

「だから一回起きて」

「起きる!」

 凄まじい握力だった。

 おかげで昼から半ケツになったが。


 ともあれ懸念がひとつ消えた。

 ザ・フールは敵じゃない。


 彼女は満面の笑み……というかニチャアとした笑顔で、ぐっと近づいてきた。

「それで、誰を殺せばいいの?」

「いや、あの、まだいい。細かいことは、あとで言うんで」

「遠慮しなくていい。もう仲間なんだから。ねっ?」

「うん……」


 本当に大丈夫だろうか……。

 軽率に誰かを殺しそうで怖いのだが。


(続く)

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