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オルガン  作者: 不覚たん
本編
25/41

クラッキング

 ひかりさんは二番がマンションで保護することになった。

 どこに住んでいようと、組織が本気なら助からないとは思うが……。それでも、もとの家に一人で住んでいるよりは安全だ。たぶん。


 それはそれとして、またしても十二番からクソメールが送信されてきた。

 定時後も残れという指示だ。


 *


 定時後のオフィス。

 防音性能が高すぎるのか、本当に俺たちしかいないような気分にさせる。たぶんどこかの部屋では誰かが働いているはずなのだが。

 あまりに静かだから、PCのファンの回転音だけがやけに唸って聞こえる。


「なにか新しい情報でもあるのか? 俺はこう見えて忙しいんだが」

 じつはレポートも書き終えたので、すでに忙しくもなんともないわけだが。

「ありますよ、新しい情報」

 十二番はにこにこ笑顔で椅子を近づけてきた。


 もし俺がまだ十代で、なおかつ過去に御神体と出会っていなかったら、このあとの展開を期待してしまったかもしれない。

 男というものは、ちょっとかわいい子に親しくされると、即座に落ちる。

 仕方がない。


「では発言を許可しよう」

 決して彼女を見くびっているわけではない。優秀だと思う。

 だが、有益な情報はすでに出尽くした。フェイルセーフの中身を教えてくれるならともかく、そうでないのなら、あまり期待はできない。


「今日、二課を現場に行かせたの、私なんです」

「はい?」

 まったく予想外の情報が飛んできた。

 え、なんだって?

 二課を現場に行かせたのが自分だと?


 彼女は得意げな笑み。

「あ、でも誤解しないでください。私、いいことしかしてませんから」

「二課の連中、ずっとAIの予報を覗いてたらしいな。それさえもあんたの筋書きだったってわけか?」

「違いますね。それを始めたのは上層部です。たぶんですけど、社会奉仕部が一枚岩にならないよう、内部で争わせる意図があったんだと思います」


 社会奉仕部というのは、俺たちの所属する部署だ。つい忘れそうになるが。

 実際にやっているのは奉仕どころか破壊でしかない。


 二課はスコアを求める。

 一課は殺しを求める。

 その習性を利用して、互いに争うような仕組みを作ったということだ。

 俺たちが互いに対立していれば、一丸となって上層部と戦うことはなくなる。よくある「分割統治」の手法だ。みんなこれに引っかかる。


「なら、あんたはなにをしたんだ?」

「クラッキングですよ。ここのAIは、未来の予報を出力しますよね? その前提となるデータを改竄したんです」

「できるのか、そんなことが……」

「できますよ。正確には私じゃなくて、妹の才能ですけど。ここ、外部からのアクセスは異様に厳しくしてますけど、内部からはゆるいんです」

「簡単に言うじゃないか」

「もちろん観測室は、私たち姉妹の動きを警戒しています。でもみんな、私たちの有機周波数にしか興味ないんです。オンラインで侵入する可能性なんて、まったく考えてないですから」


 なるほど。

 観測室は、姉妹の能力を専門に分析している。それだけに、有機周波数の脅威には誰よりも敏感だ。もし数値に異常があれば、すぐさま対応してくるだろう。

 なのに、パソコンを使って内部ネットワーク経由で侵入とは……。


「それで予報を書き換えた、と?」

「書き換えたのは、予報を算出するためのデータのほうですけどね。再計算されるとバレるので」

「まあ、詳しいことは分からないが、とりあえず分かった。問題は、なぜそうしたか、ということだな……」

 すると彼女は、さらに椅子を近づけてきた。

 まるで飼い主になつく大型犬のようだ。

「あなたを助けたかったんです。この気持ち、迷惑ですか?」

「いや、迷惑じゃない。実際、助かった」


 二課はウソの予報を真に受けて、俺たちを待ち伏せするつもりで現地に入ってきた。すでに中にいるとも知らずに。おかげで俺たちは、大事な人を死なせずに済んだ。

 それでも結局死人が出ているわけだから、それがベストだったかは分からないが……。


「そういや、こないだの採用試験でも、室長がAIの調整にいってたな。改竄は以前からおこなわれていたということか?」

「はい」

「うちの前課長が襲われたのも?」

「あれは想定外です。こっちだって、すべてのデータを監視する余裕はありませんから。もしかして、私のこと責めてます?」

「いや、責めてない。そんなつもりはなかった。ごめん」

 演技なのかもしれないが、あまりに哀しそうな顔をされると、つい謝ってしまう。

 顔をあげると、彼女は満面の笑みだった。

「はいっ。気にしてませんよ」

 こいつ……。


 すると彼女は、さらに椅子を近づけてきた。

 もう膝同士がぶつかっている。

「そんな顔しないでください。いいこと教えてあげますから」

「もう少し距離をとって会話しないか?」

「えっ? 内緒の話しをするんですから、いっぱい近づかないと」

「適切な距離をとれないヤツは大人じゃない。そして俺は、大人としか会話をしない」

 というのはウソだ。

 距離がどうあれ、俺は頭のおかしなヤツとしか会話していない。

 ここには頭のおかしなヤツしかいないんだから仕方がない。


 彼女は、それでもすっと距離をとってくれた。

「これでいいですか?」

 少し哀しそうな顔。

 もうあきらかに演技だが、いちいち心を動かされてしまう自分が情けない。

「いいよ。それで、話の内容は?」

「作戦を変更してもいいかも、というお話しです」

「変更? つまり……」

 俺にとってもっとも重要なのは、御神体が犠牲にならずに済むのか、という点だ。


「奇跡的に、いろいろなことが噛み合ってしまいました。具体的には言えませんけど」

「いや言ってくれよ」

「言える部分だけ言います。シンプルな事実としては、二課の戦力が激減したこと。なので犠牲さえ気にしなければ、正面から戦っても勝利できると思います。もちろんこの犠牲は、工夫次第で減らすことができます」

「それは朗報だな。だが、一課と二課をぶっ潰しても、組織そのものは倒せないぜ」

「そうですね。そこはまだオルガン頼みですが……」


 勘弁して欲しい。

 オルガンが稼働するということは、御神体か娘のどちらかがパーツとして組み込まれるということだ。

 それでは意味がない。


「オルガンを使用しない方法はないのか?」

「ありませんが……? もしかして、まだ母のことをあきらめていないのですか?」

「まあな」

 これに十二番は溜め息をついた。

「あの人のどこがいいんですか? 顔以外になにか取り柄が?」

 じつの母親に対して、とんでもない言い草だ。

 もっとも、お互いまともに面識もないんだろう。ここまでくると、生物学上はともかく、完全に他人と言っていい。


「昔はかわいかったんだよ。顔だけじゃなく、性格もな」

「性格? 男性に媚びを売っていただけでは?」

「そうかもだけど……。まあ、思い出補正とかいろいろあるし」

「なんだか幻滅しますね。私はダメで、母はオーケーなんて。ちっとも意味が分からないんですけど? 普通、逆じゃないですか?」

「いいから話を進めてくれ」

 ムチャクチャだ。

 この子、じつはアホなのかもしれない。


 十二番は大袈裟に「はぁー」と溜め息をついてから、こう続けた。

「いちおう、新たな協力者が現れたので、もっと根本的に作戦を見直してもいいかな、という空気にはなってるんです」

「協力者? 誰だ?」

「教えません」

 ふてくされている。

 ふくらんだ頬を指で押し込みたくなる。


「そう意地悪しないで教えてくれよ。こちらも作戦を立てたいんだ」

「作戦は私が立てます。私はあなたと違ってリアリストですから、実現可能な提案しかしませんので。あなたはその通りに動けばいいんです」

 俺の作戦は不服か?

 まあ確かに、隙あらば御神体を救おうとするしな。

 彼女にとっては非効率なんだろう。


「けど実際のところ、情報を開示しない相手を信用するのは難しいぜ」

「その意見も理解はできます。ですので、協力者が誰なのか、ヒントだけ差し上げます。あなたはすでに、その人物と出会っています」

「最近?」

「最近です。ただ、実際に協力してくれるのは、その人の関係者ですが……」

 誰だ?

 ひかりさんか?

 それとも、声を聞けるとかいうご婦人か?

 もっとさかのぼれば、群馬の花菱という可能性も……。いや、さすがにないか。


「なぜ教えてくれないんだ?」

「いまの段階でなにかあったら、あちらにも迷惑がかかりますから」

 一理ある。


「その人は、戦況をひっくり返すほどの人物なのか?」

「使い方によっては」

「使い方?」

 一芸に秀でた人物、ということだな。

 あるいは桁外れの金持ちか?

 あるいは有力な組織を動かせる人物?


「秘密です。とにかく、私のほうで新しいプランをご用意します。でも、母の救済は期待しないでくださいね。絶対に助かりませんから」

「どうしても死んで欲しいみたいに聞こえるな」

「否定はしないでおきます」


 彼女は俺を好きなのではなく、ただ母を超えたいだけなのかもしれない。


 *


 十二番と別れた後、スマホでいつもの居酒屋に呼び出された。

 待っていたのはオフィーカスとヴァーゴ。

 雰囲気はいいとは言えない。なんだか二人のテーブルだけ緊張感が漂っている。


「すみません、遅くなりました」

「まあ座ってくれ。ビールでいいか?」

「はい」

 オフューカスはただでさえ強面なので、どんな心境でここにいるのか読めない。

 ヴァーゴはさめた目でビールをちびちびやっている。

 二課のメンバーをぶっ殺したから怒っているのではなく、この二人が互いに牽制し合っているように見える。


「で、お話しと言うのは?」

「まあ一杯やれ」

 店のおばさんからグラスをもらい、俺にビールを寄こしてくれた。

 俺は遠慮なく「ではいただきます」と一口やった。

 酒に弱いわけではないが、空きっ腹にビールは効く。アルコールが五臓六腑に染みる感じがする。


 ただでさえ春の陽気でふわふわしているのだ。

 ヘタに酔っ払ったらどうなることやら。


「えーと、今日のことは……」

 俺がそう言いかけると、オフューカスが制した。

「そのことはいい。むしろあんたらが生き延びてくれて助かった。危うく作戦がオジャンになるところだった」


 するとヴァーゴがコップのビールを飲み干して、また自分でいっぱいまで満たした。

「それより、本題に入らないの?」

「そう急かすな」

「時間ないでしょ。だいたい、こんな大事な話をするのに、なんで居酒屋なの?」

「この店が一番安全なんだよ」

 なにやらモメ始めた。

 俺は構わず枝豆をもらう。


 ヴァーゴが鋭い視線をこちらへ向けてきた。

「今日の出動要請、あきらかに異常だよ。借金もない人間をターゲットにして」

 それは俺も思う。

 可能ならば部長を問い詰めたいところだ。


 オフューカスもうなずいた。

「デカいプロジェクトが完成しそうだから、その前に関係者を消しておこうって算段かもしれねぇな」

 ひかりさんに関してはそうだろう。

 ただ、父親の死さえ知らなかった彼女が、オルガンについてなにか知っていたとも思えないが。不安の芽は摘んでおこうというハラなのかもしれない。


 ヴァーゴはさめた焼き鳥の皿をこちらへ進めた。

「次に誰が狙われてもおかしくないよ。私も手を貸すから、例の計画進めようよ。たぶんつかさも乗ってくると思う。このままヤられるのを待ってるだけなんて、絶対にイヤだから」

 もちろん二番も乗ってくるだろう。

 というか一人でもやりかねない。


 俺はあぶらの固まった焼き鳥をかじり、ビールで流し込んだ。

「まあそう焦らずに。いちおう、こちらで詰めてた話もあるんで、お話ししておきます」

 十二番から入手した情報を開示しても大丈夫だろう。

 言うべきでないことは、おそらく彼女も俺に言っていないはず。


 いまは足並みをそろえる必要がある。

 誰かがフライングしたら、すべてが台無しになる。


(続く)

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