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オルガン  作者: 不覚たん
本編
24/41

ひかり

 クソみたいに立て込んでいるというのに、また現場への出動要請がきた。

 現場は世田谷の一軒家。

 組織ではない。個人だ。しかも今回は、借金額の欄が空白。なぜ俺たちが出動させられたのか、ちっとも理解できない。


 本日の出動は四班。

 メンバーは、俺、二番、それから七番と十三番だ。

 この班編成も、またイチからやり直すべきなのだろう。すでに新人は半分近く減っている。


 本日の運転手は十三番。自称クリエイターの女性。顔だけは若く見えるが、おそらく三十前後。

 元声優だとか、元イラストレーターだとか、元配信者だとか、話を聞くたび新しい肩書が出てくる。俺はその話を疑ってはいない。ただ、この仕事に役立ちそうなスキルはなさそうだと感じた。

 運転免許を持っているという点だけは、心から感謝しているが。


 もう一人の新人は、暗い目をした助手席の少年。緊張しているのか、もともとそういう性格なのか、ずっと自分の殻に閉じこもっている。


 いいのだ。

 新人は活躍しなくていい。

 緊張していてもいい。見ているだけでいい。妨害さえしなければ、生き延びてくれれば、いい。

 なのだが、せめて俺よりキャリアのある人間には、しっかりしていて欲しかった。


 問題は二番だ。

 口を半開きにして、後部座席でぐったりしている。

 ザ・フールに仲間を殺されて以来、ずっとこうだ。まるで役に立たない。仕事もしない。レポートも書かない。電話にも出ない。

 今日の出動要請も、すべて俺が手配した。


「ボス、しっかりしてくれよ。気を抜いてると死ぬぞ」

「うっさい」

「いくら今日のターゲットがイージーだからって」


 そう。

 今日のターゲットは一名。


 先日の白髪のご婦人を思い出す。

 凛とした人物だった。

 お茶まで出してくれた。

 仲間が一人犠牲になったが、結果として彼女の命を奪わずに済んだ。


 今日はどうなることやら。

 借金が発生していないのなら、金による解決は不可能。つまり、誰かが死ぬまで終わらない。

 上はどうしても俺たちに殺しを強要したいらしい。


 車はコインパーキングに停めた。

「じゃあみんな銃持って。持った? じゃ、行こ」

 二番は命令だけ出して、自分はさっさと車を降りてしまった。

 七番と十三番は、ダッシュボードから律儀に銃をとった。俺は二番のぶんも一緒に持った。二丁拳銃だ。初めての現場を思い出す。


 閑静な住宅街。

 一発でも発砲すれば、すぐに警察がやって来るだろう。


 目的の家を見つけて、俺はインターフォンのチャイムを押した。

「研究所のものです」

『少々お待ちください』

 声が若い。

 未成年者だろうか?

 上はそんな人間を殺せというのか?


 二階建ての民家だ。

 庭はあるものの、本当に小さい、

 東京で家を持つのは大変なんだろう。

 田舎から出てくると本当にそう思う。


 地元では、庭どころではなく、山をまるまる持っている人たちもいた。

 だが、たいていは処分に困っていた。たいしたものも取れないのに、固定資産税だけ取られる。売ろうにも買い手がつかない。管理しないと苦情が来る。勝手に入り込んでくるヤツもいる。もはや負債でしかない。


 ドアが開いた瞬間、俺は絶望的な気分になった。

 目の前が真っ白になる、というのは、こういうことを言うんだろう。酸欠で視界がホワイトアウトするのか、あるいは現実を見たくなくて脳が情報を拒否するのかは判断できないが……。


 それは車椅子の少女だった。

 前課長の娘だ。


「お待たせしました。どうぞ中へ」

 恐怖をおぼえているらしく、声も体もかすかに震えていた。だが、それでも笑顔を浮かべて俺たちを招き入れてくれた。


 俺は深呼吸をしてから、仲間たちに告げた。

「みんな、俺が許可するまで絶対に発砲しないこと。それと、決して失礼のないように。いい? 命令ね」


 *


 車椅子でも生活しやすいよう、工夫された家だ。

 段差はなく、手すりが設置され、いわゆるバリアフリーというデザイン。

 新築ではない。ずいぶん前に建てられた家を、改築した様子だった。


 リビングに通された。

 荷物はほとんどない。

 テーブル席は、車椅子が入りやすいよう大きくスペースがとられていた。食器棚は立ち上がらずとも使用できる高さ。


「あ、あの、お茶……用意しますね」

 彼女はあせっていた。

 このあと自分がどうなるのか、分かっているのだろう。


 ずっと無気力だった二番は、キリング・マシーンの顔になっていた。

「三番くんさぁ、どう思うワケ?」

「どうって……」

「あたしさぁ、いま……こう見えてキレてるんだよね。マジで。このまま引き返して、組織の上の連中みんなぶっ殺してやろうと思ってんだけど。一緒にやんない?」

「いったん落ち着いて」

 この状態になった彼女は、誰でも軽率に殺すだろう。

 もし誰かがターゲットに手を出せば、そいつは二番に頭をぶち抜かれて死ぬ。

 誰もなにもしないよう、完全に落ち着かせなければ。


 二番は立ち上がり、大股でターゲットに近づいた。

「ひっ」

「怖がらないで。あなたのことは、あたしが守るから」

「えっ?」

「あたし、今日からここに住むわ。そんで二十四時間、あなたのこと守る。誰が来ても、絶対にぶっ殺してやるから」

「あの……」

 顔が怖いのだ。

 こんなの誰でもビビる。


 俺はフォローに入ることにした。

「ああ、えっと、俺たち、じつはお父さんの部下で……」

「あ、はい。それは、なんとなく……」

 少女はひきつった笑顔。

 まるで小動物だ。

 俺が守護りたい……。


「ええと、そうだ……。お線香、あげても構いませんか?」

「えっ?」

「生前、とてもお世話になったので」

「えっ? えっ? お父さん、死んだんですか……?」

「あっ」

 えっ?

 まさか知らなかった、と……?


 すると二番が、俺の胸倉をつかんできた。

「おい、三番! この役立たず! あんたマジぶっ殺すよ!?」

「ちょ、待ってくれ。違うんだ。いまのナシで」

「ナシ? は? そんなことできんの? ならいますぐタイムマシン作って過去の自分殺してきなよ! それ以外に解決方法ないから!」

「ごめん。まさか知らないとは……」


 少女が慌てて入ってきた。

「ま、待ってください。いいんです。たぶん、いつかこうなるって覚悟してましたから……。だって、皆さんが来たのって、そういうことですよね? ケンカしないでください……」

 ここまで頑張って俺たちに応対してくれていたのに、いまにも泣き出しそうになっている。


 思い返せば、前課長は、自分の娘が大学生なのか専門学生なのかすら把握していなかった。

 長いこと自宅に帰っていなかったのかもしれない。

 あるいは離婚して家を出たか……。


 二番は手を離した。

「ひかりさん、だよね? あたしだけはなにがあっても味方でいるから。安心してね」

「はい……」


 新人たちはなにが起きてるのかさえ分からないだろう。

 あとで説明してやらないと。


 *


 みんなで手伝ってお茶をいれ、ひとまず会話をすることになった。

「ひかりさん、借金してるわけでもないんだよね? ホントにさ。あたしね、今回ばかりは組織が悪いと思うわ。うん。こんなの、絶対おかしいから。率直に言ってぶっ殺したいよね?」

 二番はまるで落ち着いていない。

 もう結論ありきで喋っている。


 いや、俺も同意見だからいいのだが……。

 そうなると、別の問題が浮上してくる。


 いちどでも出動した以上、選択肢は二つしかない。

 借金を取り立てる、あるいは、誰かを殺す。

 もしどちらもせずに帰れば、今度は俺たちが処罰の対象となる。


 俺は茶をすすり、こう尋ねた。

「けど、手ぶらで帰るわけには……」

「は? 帰る? さっきの話聞いてた? あたし、ここに住むから!」

「そんなムチャな……」

「それか、悪いヤツが来て、あたしらの餌食になるか、どっちかだね。こないだのザ・フールみたいにさ!」

 まだ根に持っているのか。

 だがまあ、この状況を打開するとしたら、それしかない。

 どこかのマヌケに死体になってもらうのだ。


 十三番が、ひとしきり全員の顔色をうかがってからこう切り出した。

「あの、私たち、帰れないんでしょうか?」

 二番はもう強気だ。

「帰りたいの? ま、新人たちは帰っていいよ。どうなるか知らないけど」

「そんな……」


 あきらかに俺たちの私情に、新人たちを巻き込んでしまっている。

 いまはいい。

 だが時間が経つにつれ、モメてくるだろう。

 新人の忍耐力が途切れた途端、死体がひとつ増える。


 会話がなくなると、本当に静かになった。

 時計の秒針の音がカチカチと響き、外からは鳥たちの遊ぶ声も聞こえてくる。

 たまに通る自動車の音。あるいは郵便配達の音。風の音。遠くの電車の音。


 ふと、自動車のドアのバンと閉まる音がした。

 それから男たちの会話。


「あの情報、マジなん?」

「分析ではそうだ。まあ信じろって。三課の連中、ほとんど新人だから」

「先にターゲットを始末して、待ち伏せってことでいいんだよな?」

「楽勝だわな」


 どうやら神さまというのは、たまには俺たちの願いを聞き入れてくれるものらしい。

 お願いしたらマヌケが来た。


 二番が手を出したので、俺は銃を渡してやった。

 持ってきて正解だった。


「プランは?」

 俺の問いに、彼女は片眉を吊り上げた。

「知らない。玄関から入ってきたヤツはあたしが殺すから、残りのはお願いね。ひかりさんだけは絶対に傷つけないで」

「了解」


 おそらく二課だろう。

 分析屋が、分析に失敗したのだ。

 俺たちがまだ来ていないと思い込み、先手を仕掛けたつもりでいるのだろう。


 レースのカーテンからは、外の様子がうっすらと見えた。

 四人並んで玄関の前に立っている。


 チャイムが鳴った。

 そして二番が「はーい」と愛想のいい返事をした。本当に愉快そうだ。ひかりさんの代わりに死んでくれるマヌケがぞろぞろやってきたのだから。この上ないプレゼントだろう。


 やがてパァンと発砲があった。

 一発、二発、三発……。

 だが四人を一瞬で殺害するのは難しい。逃げたヤツもいた。俺は窓を開き、狙いをつけて背後から撃ち抜いた。


 四体の死体が転がった。

 いや、まだ生きてるのもいるか。

 だがどいつも立ち上がれない。


 玄関から二番の声がした。

「ちょっと手伝ってーっ」


 *


 まだ生きてるヤツを、俺たちは玄関の内側まで引きずり込んだ。

 わざと殺さずに足だけ撃ち抜いたらしい。二番は本当に腕がいい。


 そいつは怯え切った態度で、目を丸くしていた。

「う、嘘だろ……なんでもう来てるんだよ……」

 ふと思い出したが、俺はこいつと初対面ではない。

 顔に見覚えはないが、間違いなくあの声だ。

「スコーピオか?」

「同業のよしみだろ? 見逃してくれよ……」

「どうだろうな。俺は最高の気分だけど、うちのボスはそうでもないから」


 その「ボス」は、無表情でスコーピオを見下ろしている。

「誰の命令?」

「命令じゃない。ただ、今日ここにあんたらが来るって分析が……」

「誰の情報?」

「ち、違うんだ! 分析したのはAIで……」

「AI?」

 二番が首をかしげていたので、俺が代わりに尋ねた。


「どのAIだ? データ観測室のか?」

「クソ、バレてやがったのか。その通りだよ。AIが出した予報を使ってる。俺の分析じゃない」

 つまり、こいつは分析屋を気取っていただけで、じつはAIの結果を横流ししていただけということだ。

「そのデータは誰でも見られるのか?」

「いや違う。ある日、タレコミがあったんだ。そこにアクセスすれば、AIの出した予報を見られるって。最初は怪しいと思ったよ? けど、当たるからさ。きっと上層部が、俺たちにボーナスでもくれたんだと思ってた……。なのに、結局は罠だ……」

 どこかの誰かが、こいつらを誘導していたようだな。


 おかげで前課長は死んだ。

 その代わり、今日は娘が助かった。


 パトカーのサイレンが近づいてきた。

 そろそろ切り上げなければ。


 二番はスコーピオの前にしゃがみ込んだ。

「ね? 死にたくない?」

「し、死にたくない! 助けてくれ!」

「じゃ、あたしの仕事、手伝ってくれる?」

「仕事? ああ、やる! なんでもやる!」

「ふーん」

 満足そうな顔だ。

 仕事の内容も聞かずに承諾して大丈夫か?

 ま、どちらにせよ、こいつに選択肢などないのだが……。


 そろそろ二番にも計画を打ち明けてもいいだろう。

 教えなければ、勝手にひとりで始めてしまいそうだし。彼女を仲間にできれば、ヴァーゴもついてくる。なんならスコーピオも。


 いけそうな気がしてきた。


(続く)

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