表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルガン  作者: 不覚たん
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/41

余計な仕事

 ややすると、二番だけが帰ってきた。

 一人で。


「お帰り。他のメンバーは?」

「死んだ……」

 二番は無傷だが、返り血を浴びていた。機械みたいな顔をしているところを見ると、おそらく前回みたいなことになったのだろう。


「対象にやられたのか? それとも……」

 俺がそう尋ねると、彼女は血走った目でこちらを見た。

「一課のザ・フールにやられたの! 全部終わらせて、あとはもう帰るだけだったのに!」


 ザ・フールか。

 すでに一課に在籍しているのだから、それ以上に目指すところもなかろうに。まだ殺し足りないのか?

 しかもそいつは、前課長に命を助けられたヤツだ。三課には恩があるはず。いや、前課長がいなくなった瞬間、恩も消えたのかもしれない。

 だとすれば本当にただの殺人狂だ。


「殺したのか?」

「殺せなかった! 途中で帰っちゃったんだから!」


 気まぐれに殺して、気まぐれに帰るとは。

 まごうことなきクソ野郎だ。

 こちらの戦力に組み込もうと思っていたが、大誤算だったようだな。


 十一名いた新人も、五名が死亡となり、六名に減ってしまった。

 新人たちの顔色も冴えない。

 ムリもない。出動するたび誰かが消える。


 *


 定時になると、みんなぞろぞろと帰っていった。

 こんな忌まわしい場所にいたくないのだ。

 おかげで俺と十二番は、すぐ二人きりになれた。


 しんと静まったオフィス。

 残業しても給料が増えるわけじゃないのに。


「この時間が好き」

 彼女は柔和な笑みを浮かべ、こちらのデスクに尻を乗せてきた。

 どちらが上司か分かったもんじゃない。

「なぜあんなクソみたいな工作をした?」

「なぜだと思います?」

「知るかよ。業務に支障が出てるんだ。いますぐやめて欲しい」

 こうなってみると、十二番が味方なのかさえ怪しい。

 御神体の娘ではあるが、御神体とも意見が異なる。


 彼女は溜め息をついた。

「私、母みたいな美人に生まれたかった」

「贅沢言うなよ。十分だろ」

「でもあなたは、私の顔を好きにならない」

 いちおう笑顔を浮かべている。

 冗談なのか本気なのかは分からない。

「別に好きにならないわけじゃない」

「でも母に比べたら、そこらにいるどうでもいい顔ですよね?」

「まるで俺が、御神体の顔にしか興味がないみたいな言いぐさだな」

「事実ですよね?」


 反論はできない。

 小学生だった俺は、彼女をキレイなトロフィーとしか認識していなかった。

 むしろ中身はめんどくさいとさえ思っていた。

 ホントの意味で彼女を好きになったのは、おそらくつい先日。どうしようもなく守りたくなった。


 もっとも、彼女にとってはいい迷惑だろう。

 こちらの気分で、勝手に殺したくなったり守りたくなったり……。発想がストーカーそのものだ。こんな人間は気持ち悪いだけだ。自分で自分がイヤになる。


「分かった。認める。事実だ。あんたはそれを裁くためにここにいるのか?」

「いいえ、いまのは本題じゃありません。醜くも嫉妬したので、あなたをいじめて仕返ししたくなっただけ」

 本当に自分勝手な主張だ。

 まるで俺じゃないか。


 彼女はデスクからおりて、自分の椅子を持ってきて座った。


「今日、とある女性に会いましたね?」

「ああ。彼女も『声』が聞こえるらしい」

「たまにいるんです。ああやって盗み聞きする悪いおばさん」

「公共のリソースで勝手に喋ってるあんたらのほうが悪いだろ」

「もっと優しく言って欲しいな……」

 すねてしまった。

 のみならず、媚びたような目でこちらを見てくる。


 いったいなんなんだ?

 俺を意のままに操って、汚れ仕事でもやらせるつもりか?


「とにかく、周りに妙なことを吹き込むのはやめてくれ」

「あなたのこと、独占したかったから」

「どういう感情なんだよ」

「好きだから」

「……」


 俺個人に、思い当たる節はない。

 だが思い返せば……。

 小学生のころの御神体は、こうやって大人たちを篭絡していったのかもしれない。


「そうかい。なら俺も好きになるよ。だから妙な工作はやめてくれ」

 すると彼女は、ぐっと椅子を近づけてきた。

 無垢な瞳で、まっすぐにこちらを見つめてくる。

 まだ大人になりきれていない、幼さの残る顔立ち。

「私の『好き』は、重たいですよ?」

「冗談だよな?」

「はい?」

 俺は有機周波数とやらを感じることはできない。が、彼女が殺意らしきものを抱いたのは分かった。


「ちょっと待ってくれ。話を整理しよう。俺たちは、それぞれ目的があって行動してるんだよな?」

「はい」

「俺の目的は……。御神体を救うことだ。もちろん娘のあんたたちも救いたい。そのためには、みんなを苦しめてるこの組織を破壊する必要がある。ただし、俺が参加するのは、勝算がある場合だけだ。ムリそうならやらない」

 ズルいと言われてもいい。

 ムリなのにやると死ぬ。


 彼女はさらに近づいてきた。

「私の目的は、あなたを手に入れること」

「冗談はよしてくれ」

「冗談じゃないんです。私、ずっとあなたと結ばれたかった。あの母が落とせなかった唯一の男性ですから。けど、あなたと結ばれるためには、私も自由になる必要があります。そのためには、組織を破壊しないといけない」


 好きでもない相手に思われるのがこれほど苦痛とは。

 べつに顔は嫌いじゃない。

 だが、どうにも受け入れられないのだ。

 この子は、御神体と、どこかの男の遺伝子が混ざり合った存在だ。そんな子に近づかれると、胸がムカムカする。


「いったん私情は脇に置いて、組織を破壊する方法について話さないか? その点だけは、互いに協力できるはずだからな」

「あ、逃げた。でも、いいですよ。どうせ最後は、私の計画通りになるんですから」

 怖い……。


 彼女は適切な距離をとり、椅子に座り直した。

「その前に、姉について補足しておきますね。姉といっても、水槽の中の機材ですけど」


 彼女のことを思い出すたび、なんとも言えない気持ちになる。

 もともとどんな姿だったのかも分からない。

 そして俺には、もとに戻す力もない。

 なにもしてやれない。


「姉は、半径約300キロメートル圏内の、あらゆる有機周波数を観測しています。日本全土とは言えませんが……」

「300キロ? そんなに?」

「本人の才能だけではありません。薬品の投与などにより感覚が拡張されているんです。おかげで範囲内のあらゆる生命と対話することになり……。もはや人とは言えない存在になっていますね」


 他人の感情が、常に流入してくるような状態だ。それも一人や二人ではない。数えきれないほどの生命。圧倒的な情報量にさらされているのだ。

 正常でいられるわけがない。自我を保つことさえ難しかろう。


「先ほども言った通り、日本全土をカバーしているわけではありません。ですから、足りない部分は、別の個体がカバーすることになります」

「待ってくれ。ほかにもいるってのか?」

「はい。ほとんどは私の姉妹ですが、才能さえあれば姉妹以外からも採用されます。たとえば、今日会ったおばさんみたいな人です。観測されたデータは電気信号に変換されて、研究所のサーバーに保存されます。大部分は重複したデータですので、圧縮されて保存されているようです」


 聞いているだけでムカつくやり口だ。

 おまけに、そのデータを使ってAIを組んでいる変態までいる。


「プロジェクト『オルガン』は、こうして集められたデータをもとに進められました。その目的は、人間の周波数と、神の周波数を調和させ、一体化させること……」

「ちょっと意味が……」

 理解できない自分をむしろ評価したい。

 こんなカルト理論、理解できてたまるか。


「オルガンは楽器なんです。人為的に周波数を発生させて、受信した人間の肉体を変質させます」

「変質?」

「物質の拘束から解放されて消滅し、精神体となって神と融合するんです」

「消滅って? 死ぬってことだよな?」

「はい。関係者は高次元へのシフトだと主張していますけど」

「いかにもカルトだな。けど、そんなことが可能なのか?」

「ほとんど完成しています。あとは精度の問題だけ」

「マジか……」


 また彼女の姉妹が犠牲になるのか?

 薬品を投与されて?


 俺が溜め息をつくと、彼女もなんとも言えない笑みを浮かべた。

「とはいえ、出資者たちも半信半疑のようです。見ようによっては、いきなり消滅したようにしか見えませんから。それに、動物で実験をおこなったところ、人間と同等の結果が得られてしまいました。これに難色を示す一派もいて、話がややこしくなっているんです」

「なぜ? 結果が同じになるのは、特に不自然とは思えないが……」

 人間も動物なのだから、同じ結果にならないほうがおかしいだろう。


 彼女の回答はこうだ。

「神と一体化できるのは人間だけであり、動物までそうなるのはおかしい、と」

「カルトにもこだわりがあるんだな……」

「専属の宗教家がなんとか解釈を試みていますが、いまのところ合意には至っていません。プロジェクトが停滞しているのは、そのおかげです。技術的には完成しているのに、心情的に完成を否定しているんです。皮肉な話ですね」

 カルトの心理は、ひとまずいい。問題は、すでにその「オルガン」なるブツが、いつでも稼働できる状態にある、ということだ。あとは精度を調整するだけ。


「で、えーと、そいつが完成したら、人類が滅んだりするのかな?」

「いいえ。オルガンは一度に数名しか処理できません。しかも量産できませんから、人類を殲滅するのに最適とは言えません。姉の推測によれば、一次的には、小規模な殺戮に留まるようです。問題は、二次的な余波のほう」


 まあそうだろう。

 殺戮にもコスパはある。

 ただ人を減らすだけなら、わざわざオルガンを使う必要はない。人類はすでに過剰とも言える火力を保有している。


「どんな余波が予想される?」

「事実はともかくとして、神にアクセスするツールが完成するのです。神に近づきたい人たちが、さまざまな形で接近を試みるでしょう。つまり、このカルトは大量の信者を獲得することになります。数が増えれば政治とも結びつきます。カルトが政治を動かすようになり、国を動かすようになります」

 この国は、すでにそうなっている気もするが……。

 いや、さらに特大のカルトに支配されるのは、俺としても勘弁願いたいところだ。


 頭ごなしに宗教を否定したいわけじゃない。

 人間はどうしてたって機械にはなれない。なる必要もない。ある程度は感情的に振る舞っていい。精神の支えとして宗教が存在するのはいい。


 だが、それが法を超えるのは問題だ。

 原始時代ならともかく、科学の発達した現代において、カルトを基準に行動するのは危うい。事実よりも教義が優先されてしまう。自分に都合のいい妄想を優先してしまい、事実を誤認する人間は山のようにいる。そういう連中とカルトは相性がよすぎる。


「あんたのプランは?」

「母を殺してください」

「だから、なぜそうなる?」

「母がオルガンの最終パーツだからですよ」

 十二番は表情も変えずに告げた。


 答えは分かっていた。

 できれば否定して欲しかった。

 事実だとしても。


「彼女を殺す必要はない。その前に俺がこの組織を破壊する」

「きちんと戦力を分析しましたか? 不可能です」

「……」


 そんなの関係ない。

 やる。

 そう反論したかった。


 だが、ここでアツくなってもダメなものはダメだ。

 おそらく彼女が正しい。


 普段、俺たちは、組織に言われるまま人の命を奪っている。

 それが世間ではニュースにさえならない。

 法を超える力が、背後で動いているのだ。

 敵は、いま見えている連中だけではない。

 そんなのと戦って勝てるわけがない。


 一方で、御神体さえ殺せば、オルガンの完成を阻止することができる。少なくとも代わりの誰かが見つかるまでは。


 俺は溜め息を噛み殺し、こう尋ねた。

「教えてくれ。彼女とお姉さん以外は救えると言ったな? どんな方法がある?」

「オルガンを使います。それ以外に方法はありません」

「……」


 意味が分からない。

 御神体を殺して、オルガンの完成を阻止する計画だったろう。

 ところが、組織と戦うために、オルガンを完成させるのだという。


「もっと詳しく説明してくれ」

「オルガンは、母の能力に合わせて開発されています。ですから、あまりに適合し過ぎてしまうのです。このままプロジェクトが進めば、カルトの思惑通りのオルガンが完成してしまいます」

「けど、彼女を殺してしまったら……」

「姉がオルガンのパーツになります。いまのところ、基準を満たしているのはその二名だけですから。姉はなかば正気を失っていますが、消去すべき対象だけは見失っていません。素質だけなら母を凌ぎますから。有機周波数を発生させて敵を殺害し、そのあとでみずからを消去します」


 じつに皮肉な作戦だ。

 俺が殺したいと思っている人間は殺せる。

 その代わり、救いたい人間は誰も救えない。


「正直、気が進まない」

「あきらめてください。本件については、妥協案も折衷案もありません。どちらにせよ母は助からないのです。もし母がオルガンのパーツに組み込まれれば、もう私たちでの対処は困難になります」

 困難?

 不可能とは言わなかったな。


「状況は分かった。だが……」

「母を殺害するプランはすでに用意済みです。覚悟が決まったらいつでも相談してください。お手伝いしますから」

 少し引っかかるな。

 お手伝いします?

 あれだけ綿密な作戦を立てておきながら、主体は彼女たちではなく、俺なのか?


「なあ、ひとつ質問なんだが……。もし俺が手を引いた場合、そっちはどう動くつもりなんだ?」

 なかば皮肉を込めて尋ねた。

 まさか想定外ってことはないだろう。


 彼女は笑顔を浮かべていた。

「そのときはフェイルセーフに頼ります。いくらか犠牲を払うことになりますが、最悪の事態は回避できるでしょう」

「具体的に、なにをするつもりだ?」

「ふふ、秘密です」

 どいつもこいつも……。


 彼女の言う「最悪の事態」は予想できる。

 オルガンを完成させたカルトが、この国を牛耳ることだ。

 気になるのは「いくらか犠牲を払う」という言葉。こちらはまったく予想がつかない。


 嫌な予感がする。


 俺はこのプランに乗りたくない。

 だがそうすると、謎のフェイルセーフとやらが発動する。

 彼女のプランに乗らないだけではダメで、むしろ積極的に阻止すべきなのかもしれない。つまり、組織と戦うだけでなく、十二番とも戦わねばならない。


 余計な仕事だ。

 そもそもが一円にもならない給与外労働だというのに。

 なにもかも、見なかったことにしたい。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ