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オルガン  作者: 不覚たん
本編
22/41

クソメール

 しかし十二番に話の続きを聞く機会はなかった。

 誰かに聞かれてはいけない内容だから、話をするなら二人きりになる必要がある。新人がいっぱいいるから定時内ではムリだ。ところが彼女は、定時になると帰ってしまう。

 まるで答えをはぐらかすように。


 そうこうしているうちに、次の仕事が入ってきた。


 本日の出動は二班。

 ドライバーをしている金髪にサングラスの若者。六番。

 マッシュルームカットの小柄な……ほとんどキノコにしか見えない若者が十番。

 自分は大手企業でたくさんの部下を従えていたとかいうエリート面の中年。九番。


 もちろん二番はお留守番。


 本日のターゲットは個人。

 東京の小さなアパートに住む五十代の女性だ。なにかの団体というわけではなく、個人で金を借りたようだ。


 車内の雰囲気はよくない。


「正直、不信感しかありませんね。三番さん。あなた、前回の現場で被害者を出したにも関わらず、なにひとつ処分を受けてませんよね? しかも新たな対策もないまま、平然と今日の現場に挑もうとしている。普通、ありえませんよ。どんな零細企業だって、その程度のリスクマネジメントはしますよ。せめて説明のひとつでもあってしかるべきなのでは? それとも、触れずにやり過ごすつもりですか?」

 九番は、借金を踏み倒して入ってきたくせに、仕立てのいいスーツを着ていた。

 歳は三十代中盤から四十代前半といったところか。

 管理職だったらしい。


 俺は肩をすくめた。

「被害者? 誰のことを言ってるんです?」

「白々しいな。八番のことですよ」

「根本的に誤解しているな。俺たちは被害者じゃない。加害者だ」

「詭弁だな。彼らは返済すべき借金を踏み倒してる……」

「そんな理由で殺していいなら、あんたもいまここにいないはずでは?」

 まるで自分だけは借金していないかのような態度だ。


 するとキノコが便乗してきた。

「その件なんですけど、俺たち、もうとっくに許されてますよね? ていうか借金どうこう言うなら、あんただって同じじゃないんですか?」

 残念ながら俺だけは違うのだ。

 その事実を公表するわけにはいかないが。

「だからこそ、だ。借金ごときで命を奪うべきじゃない」

「だったら、俺たちがいまからやることってなんなんですか? なにもするなと?」

「業務内容は、あくまで取り立てだよ。向こうが金を払うなら、命を奪う必要はない」

 とはいえ、一円でも足りなければ殺すことになる。

 上もそれを望んでいる。


 キノコが黙ると、またエリート野郎が皮肉を飛ばしてきた。

「だから、そういう建前の話はいいって言ってるんですよ。結局、ここでの仕事って、殺せば殺すほど評価が高まるものでしょ? そこで働いてる人間が、上のやり方を否定するっておかしくないですかね? 私なにか間違ってます?」


 上から提示された枠組みを、まるで世界の真理かのように受け止めている。

 いかにも「出世」するタイプだ。


 俺は軽く溜め息をつき、こう応じた。

「正しいか間違っているかは、各自で決めてくれ。さっきの俺の意見は、あくまで俺個人の価値の話だ。強制はしない」

「やめて欲しいですね、そういうの。個人的な感想を言われても、チームが混乱するだけなんで」

「気を付けるよ。ただ、一点だけ補足させて欲しい。前回死亡した八番も、ちょうどいまみたいな感じでワーワー言ってきたんだ。だから俺は、彼の自主性に任せることにした。結果はみんなも知っての通り。俺のことはいくら嫌ってもいいけど、ノウハウくらいは学んで欲しいな。それが前回の失敗から判明した改善点だから」

「なんだよそれ……」

 彼は途中までなにか言いかけたものの、俺が無視すると、それきり黙り込んでしまった。


 明白なのは、ここで俺を論破したところで、なにも得られないということだ。

 俺のマネをしていれば死なない。なぜなら俺は死んでいないからだ。少なくともいまのところは。だから子ガモのように、親ガモのマネをしていればいい。


 しかし遺憾だな。

 前回もそうだったが、新人たちからのアタリが強い。

 俺は基本的に誰とも仲良くなれないから、どれが原因なのか絞り込めない。思い当たる節が多すぎる。生きてるだけで忌避される。

 だが、ここまで嫌われるほどだろうか……。


 運転していた金髪が、ふと、こちらも見ずに言った。

「自分は従いますよ。死にたくないんで」

 冷静な新人がいて助かった。

 見た目とは裏腹に、意外と柔軟なタイプなんだろうか。


 いや、見た目で判断しているようでは、俺もまだまだだな。


 *


 現場は、やや奥まった場所にある、寂れたボロアパートだった。

 スペースがあるのをいいことに、アパートの駐車場に勝手に車をとめ、俺たちは部屋を目指した。一階の角部屋。

 インターフォンのチャイムを鳴らすと、中から「はい」と返事があった。

 女性がひとりとはいえ、相打ち覚悟で攻撃してくる可能性もある。気を抜くべきではない。


「研究所のものです」

 俺がそう告げると、ドアが開き、中から白髪の女性が顔を出した。

「中へどうぞ」

 痩せ型で、目つきの鋭い女性だ。

 春らしいカーディガンを着用していた。


 罠かもしれなかったが、俺は靴を脱ぎ、素直に奥へ入っていった。

 通されたのは和室だ。


 こちらは銃で武装した四名。

 向こうは丸腰の一名。

 なのだが、彼女はまったく動じていなかった。

 のみならず、来客用の茶まで出してくれた。五人分の茶をいれた上で、彼女はまっさきに一口すすって見せた。同じ急須からいれた茶だ。毒はないということだろう。


 茶碗のほうに毒が仕込まれている可能性もあるが、俺は構わず「いただきます」と茶碗に口をつけた。


「一億五千万の返済期限が、一年を過ぎました」

「金なら押し入れにあるよ。欲しいなら持っていけばいい。ただ、少し話をしたくってね」

「うかがいます」

 すると十番が、「え、やんないんですか?」などと言ってきた。

 キノコの癖に人間の言葉を話しやがって。


 金はあると言っているのだ。

 殺す必要はない。

 なにか事情もありそうだ。


「あなたたちが言ってる有機周波数ね……。私たちはただ『声』って呼んでる」

「えっ? はい? 聞こえるんですか?」


 御神体と同類、というわけか。

 才能のある人間は姉妹以外にもいるらしいが、こうして組織の外にもいるのだ。


「そう。母も、その母も。うちの家系は、代々、聞こえるのよ。それでね、ここ数年、ずっと声を聞いていたの」

「どんな声を……?」

 俺の問いに、彼女は眉をひそめた。

 心の底から不快そうに。

「本当に、なにも知らずに片棒を担いでいるのね。あのおぞましい怪物は、神などではないわ」


 するとキノコ野郎が立ち上がり、銃を構えた。

「ババア、意味不明なこと言ってんじゃねーよ! 殺すぞ!」

 前兆もなくキレる。

 いや、あったのかも。

 分からない。


 俺は座ったまま、キノコ野郎の足を撃ち抜いた。

 親ガモが構えていないのに、子ガモが勝手に構えないで欲しい。

 醜い子ガモだ。


「あがッ! あッ! 痛いッ! なんで……」

 キノコは体をかしげてよろよろと後退し、壁にぶつかってずるずると座り込んだ。


 これにエリート面の九番が興奮した。

「おい! なんで撃ったんだ! 味方だろ!」

 味方だろうがなんだろうが、勝手な行動をしたらここでは死ぬのだ。


 彼が銃口をこちらへ向けた瞬間、その頭部を金髪が撃ち抜いた。

「ぱうっ」

 即死だ。

 地味だった和室が、凄惨な殺人現場になってしまった。


「すいません、ボス。とっさのことだったんでぶっ殺しちまいました」

 金髪は指先でスッとサングラスを押しあげた。

「問題ないよ。ただ、ボスは俺じゃないんだ。班長とでも呼んで欲しい」

「っす」

 内心どう思っているのかは知りようもないが、彼はいちおう俺のやり方に従ってくれるようだ。


 女は不快そうに目を細め、溜め息をついた。

「いまの若いのはカッとなったらすぐこれだ。殺しならよそでやって欲しかったわね」

「死体はうちのものが引き取りますんで」

「掃除するのは私なんだよ」

「どうかご容赦ください」

 俺は頭をさげた。

 普通、人の家に押しかけて勝手に殺し合いを始めたら、家主は不快に思うだろう。むしろ彼女の態度は優しすぎる。


 俺は頭をあげ、こうお願いした。

「お話しの続きをうかがっても?」

「この状態で? あなた、面白いわね」

「どうしても知りたいんです」

 御神体も十二番も情報を出し渋っている。

 おかげで俺は、状況が分からないまま右往左往している。


「いろんな声を聞くわ。中でも幼い少女たちがね、本当に怒っているのよ。感情を抑えてはいるけれど……。ときおり凄まじいまでの殺意を感じるわね。母親は心を閉ざしてしまった。みんなどこかに監禁されているのね。きっとあなたも無関係じゃない」

「はい」


 殺意……。

 水槽の少女は、出資者の殺害を計画している。

 他の姉妹も協力しているのだろう。

 読めないのは母親の心だけ。


 女は茶を飲み干して、溜め息をついた。

「ただね、この流れは大きすぎて、個人が解決できるようなことではないと思うのね。だから、もしあなたが誰かを救いたいと思っても、見捨てたほうがいいわ。被害者が増えるだけよ」

「俺もそう思います」

 彼女はつまらないジョークでも聞かされたような顔で笑った。

「食えない男だわね。けどいいのよ。あれは神ではなく怪物なんだもの。無数に絡み合ったヘビのような……樹木のような……。思想さえ持たない巨大なエネルギーよ。エネルギーと言っても、普段私たちが接しているものとは別種の存在。この世界の物理法則に影響しない。せいぜい私みたいに『聞こえてしまう』人間を困らせるだけ。聞こえない人たちは、無視すればいい。長い歴史がそうしてきたように」

 一理ある。

 だがそれは「オルガン」というプロジェクトを知らないから言えるのだ。

「しかしそれが『ある』と証明された瞬間、人々は意味づけをして崇め始める」

「証明できるの?」

「少女たちが言っていませんか? オルガン、と」

「……」


 女が返事を渋った。

 つめたい目をしていた。


「知らないわね。とにかく、私に言えるのはそれだけ。お金をもって出て行って頂戴。銃声を聞きつけた警察が来てしまうわ」


 *


 死者一名。

 負傷者一名。


 俺はこの事実をレポートにまとめて提出しなければならない。

 会話の内容は記録しなくていい。

 上が欲しているのは、誰がどのように死んだかだけだ。


 *


 居室へ戻ると、空席が目についた。

 意味もなくデスクにいるのがバカらしくなって、みんなで休憩でもとっているのだろう。あるいは射撃訓練か。

 仮にサボっていたとして、俺は責めたりしない。

 サボったほうが精神衛生にいい。現場でもよきほうに働く。みんなもっとサボればいいのだ。


 十二番が近づいてきた。

「お帰りなさい。皆さんが出動したあと、すぐまた別の要請があって、ボスが三班を連れて出ました」

「えっ?」

「状況はメールにまとめましたので、あとはそちらで」

「分かった」

 まだ若いのに、要領がいい。

 文章にまとめたほうが、思考も整理されて伝わりやすくなる。忘れ物も減る。


 だが、デスクについてメールを開いた俺は、なんとも言えない気分になった。

 件名が「はじめてのメールでどきどき」で本文一行が「やっほ」だった。

 こいつはあきらかに俺を下に見ている……。


 *


件名:はじめてのメールでどきどき


やっほ。

12番です。


お気づきでしょうか?

新人たちは、みんなあなたを嫌っていますよね?

正確には、私以外の全員です。


理由が分かりますか?

そうなるように私が裏で仕向けたんです。

すごい?

私の機嫌を損ねると、もっと嫌われちゃいます。


つらいですか?

大丈夫!

私が助けてあげます(えへん


今日、仕事が終わったら二人きりでお話ししましょう。

無視しないでくださいね?

泣いちゃいますから(しくしく


追伸

ボスは三班を連れて出動しました。


 *


 主題と追伸が逆だったらまだよかった。

 だいたい、こんなのをメールで送ったら、サーバー管理者に怪しまれると思うのだが……。いや、他の職員も怪しいメールをやり取りしているとしたら、この程度は無傷かもしれない。ここの連中は、どいつも信用できない。


 ともあれ、ようやくサシで会話してくれる気になったようだ。

 彼女はこちらを見てうっすらほほ笑んでいる。母親ほどではないが、娘にも人をたぶらかす才能が備わっているようだ。


(続く)

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