クソメール
しかし十二番に話の続きを聞く機会はなかった。
誰かに聞かれてはいけない内容だから、話をするなら二人きりになる必要がある。新人がいっぱいいるから定時内ではムリだ。ところが彼女は、定時になると帰ってしまう。
まるで答えをはぐらかすように。
そうこうしているうちに、次の仕事が入ってきた。
本日の出動は二班。
ドライバーをしている金髪にサングラスの若者。六番。
マッシュルームカットの小柄な……ほとんどキノコにしか見えない若者が十番。
自分は大手企業でたくさんの部下を従えていたとかいうエリート面の中年。九番。
もちろん二番はお留守番。
本日のターゲットは個人。
東京の小さなアパートに住む五十代の女性だ。なにかの団体というわけではなく、個人で金を借りたようだ。
車内の雰囲気はよくない。
「正直、不信感しかありませんね。三番さん。あなた、前回の現場で被害者を出したにも関わらず、なにひとつ処分を受けてませんよね? しかも新たな対策もないまま、平然と今日の現場に挑もうとしている。普通、ありえませんよ。どんな零細企業だって、その程度のリスクマネジメントはしますよ。せめて説明のひとつでもあってしかるべきなのでは? それとも、触れずにやり過ごすつもりですか?」
九番は、借金を踏み倒して入ってきたくせに、仕立てのいいスーツを着ていた。
歳は三十代中盤から四十代前半といったところか。
管理職だったらしい。
俺は肩をすくめた。
「被害者? 誰のことを言ってるんです?」
「白々しいな。八番のことですよ」
「根本的に誤解しているな。俺たちは被害者じゃない。加害者だ」
「詭弁だな。彼らは返済すべき借金を踏み倒してる……」
「そんな理由で殺していいなら、あんたもいまここにいないはずでは?」
まるで自分だけは借金していないかのような態度だ。
するとキノコが便乗してきた。
「その件なんですけど、俺たち、もうとっくに許されてますよね? ていうか借金どうこう言うなら、あんただって同じじゃないんですか?」
残念ながら俺だけは違うのだ。
その事実を公表するわけにはいかないが。
「だからこそ、だ。借金ごときで命を奪うべきじゃない」
「だったら、俺たちがいまからやることってなんなんですか? なにもするなと?」
「業務内容は、あくまで取り立てだよ。向こうが金を払うなら、命を奪う必要はない」
とはいえ、一円でも足りなければ殺すことになる。
上もそれを望んでいる。
キノコが黙ると、またエリート野郎が皮肉を飛ばしてきた。
「だから、そういう建前の話はいいって言ってるんですよ。結局、ここでの仕事って、殺せば殺すほど評価が高まるものでしょ? そこで働いてる人間が、上のやり方を否定するっておかしくないですかね? 私なにか間違ってます?」
上から提示された枠組みを、まるで世界の真理かのように受け止めている。
いかにも「出世」するタイプだ。
俺は軽く溜め息をつき、こう応じた。
「正しいか間違っているかは、各自で決めてくれ。さっきの俺の意見は、あくまで俺個人の価値の話だ。強制はしない」
「やめて欲しいですね、そういうの。個人的な感想を言われても、チームが混乱するだけなんで」
「気を付けるよ。ただ、一点だけ補足させて欲しい。前回死亡した八番も、ちょうどいまみたいな感じでワーワー言ってきたんだ。だから俺は、彼の自主性に任せることにした。結果はみんなも知っての通り。俺のことはいくら嫌ってもいいけど、ノウハウくらいは学んで欲しいな。それが前回の失敗から判明した改善点だから」
「なんだよそれ……」
彼は途中までなにか言いかけたものの、俺が無視すると、それきり黙り込んでしまった。
明白なのは、ここで俺を論破したところで、なにも得られないということだ。
俺のマネをしていれば死なない。なぜなら俺は死んでいないからだ。少なくともいまのところは。だから子ガモのように、親ガモのマネをしていればいい。
しかし遺憾だな。
前回もそうだったが、新人たちからのアタリが強い。
俺は基本的に誰とも仲良くなれないから、どれが原因なのか絞り込めない。思い当たる節が多すぎる。生きてるだけで忌避される。
だが、ここまで嫌われるほどだろうか……。
運転していた金髪が、ふと、こちらも見ずに言った。
「自分は従いますよ。死にたくないんで」
冷静な新人がいて助かった。
見た目とは裏腹に、意外と柔軟なタイプなんだろうか。
いや、見た目で判断しているようでは、俺もまだまだだな。
*
現場は、やや奥まった場所にある、寂れたボロアパートだった。
スペースがあるのをいいことに、アパートの駐車場に勝手に車をとめ、俺たちは部屋を目指した。一階の角部屋。
インターフォンのチャイムを鳴らすと、中から「はい」と返事があった。
女性がひとりとはいえ、相打ち覚悟で攻撃してくる可能性もある。気を抜くべきではない。
「研究所のものです」
俺がそう告げると、ドアが開き、中から白髪の女性が顔を出した。
「中へどうぞ」
痩せ型で、目つきの鋭い女性だ。
春らしいカーディガンを着用していた。
罠かもしれなかったが、俺は靴を脱ぎ、素直に奥へ入っていった。
通されたのは和室だ。
こちらは銃で武装した四名。
向こうは丸腰の一名。
なのだが、彼女はまったく動じていなかった。
のみならず、来客用の茶まで出してくれた。五人分の茶をいれた上で、彼女はまっさきに一口すすって見せた。同じ急須からいれた茶だ。毒はないということだろう。
茶碗のほうに毒が仕込まれている可能性もあるが、俺は構わず「いただきます」と茶碗に口をつけた。
「一億五千万の返済期限が、一年を過ぎました」
「金なら押し入れにあるよ。欲しいなら持っていけばいい。ただ、少し話をしたくってね」
「うかがいます」
すると十番が、「え、やんないんですか?」などと言ってきた。
キノコの癖に人間の言葉を話しやがって。
金はあると言っているのだ。
殺す必要はない。
なにか事情もありそうだ。
「あなたたちが言ってる有機周波数ね……。私たちはただ『声』って呼んでる」
「えっ? はい? 聞こえるんですか?」
御神体と同類、というわけか。
才能のある人間は姉妹以外にもいるらしいが、こうして組織の外にもいるのだ。
「そう。母も、その母も。うちの家系は、代々、聞こえるのよ。それでね、ここ数年、ずっと声を聞いていたの」
「どんな声を……?」
俺の問いに、彼女は眉をひそめた。
心の底から不快そうに。
「本当に、なにも知らずに片棒を担いでいるのね。あのおぞましい怪物は、神などではないわ」
するとキノコ野郎が立ち上がり、銃を構えた。
「ババア、意味不明なこと言ってんじゃねーよ! 殺すぞ!」
前兆もなくキレる。
いや、あったのかも。
分からない。
俺は座ったまま、キノコ野郎の足を撃ち抜いた。
親ガモが構えていないのに、子ガモが勝手に構えないで欲しい。
醜い子ガモだ。
「あがッ! あッ! 痛いッ! なんで……」
キノコは体をかしげてよろよろと後退し、壁にぶつかってずるずると座り込んだ。
これにエリート面の九番が興奮した。
「おい! なんで撃ったんだ! 味方だろ!」
味方だろうがなんだろうが、勝手な行動をしたらここでは死ぬのだ。
彼が銃口をこちらへ向けた瞬間、その頭部を金髪が撃ち抜いた。
「ぱうっ」
即死だ。
地味だった和室が、凄惨な殺人現場になってしまった。
「すいません、ボス。とっさのことだったんでぶっ殺しちまいました」
金髪は指先でスッとサングラスを押しあげた。
「問題ないよ。ただ、ボスは俺じゃないんだ。班長とでも呼んで欲しい」
「っす」
内心どう思っているのかは知りようもないが、彼はいちおう俺のやり方に従ってくれるようだ。
女は不快そうに目を細め、溜め息をついた。
「いまの若いのはカッとなったらすぐこれだ。殺しならよそでやって欲しかったわね」
「死体はうちのものが引き取りますんで」
「掃除するのは私なんだよ」
「どうかご容赦ください」
俺は頭をさげた。
普通、人の家に押しかけて勝手に殺し合いを始めたら、家主は不快に思うだろう。むしろ彼女の態度は優しすぎる。
俺は頭をあげ、こうお願いした。
「お話しの続きをうかがっても?」
「この状態で? あなた、面白いわね」
「どうしても知りたいんです」
御神体も十二番も情報を出し渋っている。
おかげで俺は、状況が分からないまま右往左往している。
「いろんな声を聞くわ。中でも幼い少女たちがね、本当に怒っているのよ。感情を抑えてはいるけれど……。ときおり凄まじいまでの殺意を感じるわね。母親は心を閉ざしてしまった。みんなどこかに監禁されているのね。きっとあなたも無関係じゃない」
「はい」
殺意……。
水槽の少女は、出資者の殺害を計画している。
他の姉妹も協力しているのだろう。
読めないのは母親の心だけ。
女は茶を飲み干して、溜め息をついた。
「ただね、この流れは大きすぎて、個人が解決できるようなことではないと思うのね。だから、もしあなたが誰かを救いたいと思っても、見捨てたほうがいいわ。被害者が増えるだけよ」
「俺もそう思います」
彼女はつまらないジョークでも聞かされたような顔で笑った。
「食えない男だわね。けどいいのよ。あれは神ではなく怪物なんだもの。無数に絡み合ったヘビのような……樹木のような……。思想さえ持たない巨大なエネルギーよ。エネルギーと言っても、普段私たちが接しているものとは別種の存在。この世界の物理法則に影響しない。せいぜい私みたいに『聞こえてしまう』人間を困らせるだけ。聞こえない人たちは、無視すればいい。長い歴史がそうしてきたように」
一理ある。
だがそれは「オルガン」というプロジェクトを知らないから言えるのだ。
「しかしそれが『ある』と証明された瞬間、人々は意味づけをして崇め始める」
「証明できるの?」
「少女たちが言っていませんか? オルガン、と」
「……」
女が返事を渋った。
つめたい目をしていた。
「知らないわね。とにかく、私に言えるのはそれだけ。お金をもって出て行って頂戴。銃声を聞きつけた警察が来てしまうわ」
*
死者一名。
負傷者一名。
俺はこの事実をレポートにまとめて提出しなければならない。
会話の内容は記録しなくていい。
上が欲しているのは、誰がどのように死んだかだけだ。
*
居室へ戻ると、空席が目についた。
意味もなくデスクにいるのがバカらしくなって、みんなで休憩でもとっているのだろう。あるいは射撃訓練か。
仮にサボっていたとして、俺は責めたりしない。
サボったほうが精神衛生にいい。現場でもよきほうに働く。みんなもっとサボればいいのだ。
十二番が近づいてきた。
「お帰りなさい。皆さんが出動したあと、すぐまた別の要請があって、ボスが三班を連れて出ました」
「えっ?」
「状況はメールにまとめましたので、あとはそちらで」
「分かった」
まだ若いのに、要領がいい。
文章にまとめたほうが、思考も整理されて伝わりやすくなる。忘れ物も減る。
だが、デスクについてメールを開いた俺は、なんとも言えない気分になった。
件名が「はじめてのメールでどきどき」で本文一行が「やっほ」だった。
こいつはあきらかに俺を下に見ている……。
*
件名:はじめてのメールでどきどき
やっほ。
12番です。
お気づきでしょうか?
新人たちは、みんなあなたを嫌っていますよね?
正確には、私以外の全員です。
理由が分かりますか?
そうなるように私が裏で仕向けたんです。
すごい?
私の機嫌を損ねると、もっと嫌われちゃいます。
つらいですか?
大丈夫!
私が助けてあげます(えへん
今日、仕事が終わったら二人きりでお話ししましょう。
無視しないでくださいね?
泣いちゃいますから(しくしく
追伸
ボスは三班を連れて出動しました。
*
主題と追伸が逆だったらまだよかった。
だいたい、こんなのをメールで送ったら、サーバー管理者に怪しまれると思うのだが……。いや、他の職員も怪しいメールをやり取りしているとしたら、この程度は無傷かもしれない。ここの連中は、どいつも信用できない。
ともあれ、ようやくサシで会話してくれる気になったようだ。
彼女はこちらを見てうっすらほほ笑んでいる。母親ほどではないが、娘にも人をたぶらかす才能が備わっているようだ。
(続く)




