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オルガン  作者: 不覚たん
本編
21/41

歴史

 死人が出たところで葬式などやらない。

 どこかの部署が回収して「適切に」処理する。

 八番は、一年間だけ欠番になる。


 死者が出たこと、そして四番が別人のように自信をなくして帰ってきたことで、留守番の新人たちは動揺し始めた。

 現場に出ると死ぬかもしれない。

 そういう恐怖を植え付けられたのだ。


 俺は席につき、こう応じた。

「いや、今日は相手が悪かった。普段の現場では、相手が武装している可能性は極めて低い。今日は特別に難しかった」

 これで安堵したのは半分、受け入れなかったのが半分といったところか。


 だが、俺も安心してはいられない。

 死体になっていたのは俺だったかもしれないのだ。


 今回の現場はハードだった。新人ばかりの三課には荷が重い。なのに出動を強要された。

 上は三課の人数を減らそうとしている可能性がある。

 それでも人材は欲しいはずだから、弱いのを殺そうとしているのだろう。つまり即戦力になりそうなのだけ残して、あとは消したいのだ。上としても、こんなに残るのは予想外だったはず。


「三番くん、レポート書いといてくれる?」

「了解」

 二番はまるで他人事だ。

 ややこしいことは、全部俺にやらせるつもりなのだろう。


 *


 レポートを書くのは苦手ではない。

 定時までに書き終えて提出した。

 フィールドからあがってきた書面の決裁も済ませた。

 こうしてデスクワークをしていると、まるで事務員のようだ。しかし体は興奮している。歴戦の戦士ではないから、人の死を見ると動揺する。


 新人たちは帰りたそうにしている。

 ここにいてもできることはなにもないのだ。

 一刻も早く自宅へ戻りたいだろう。


 普通の会社なら、どこかのタイミングで歓迎会でもするところだが……。いまのところそういった計画はない。欠員が出てから歓迎会というのも間が悪すぎる。


 ここはなにもしないのが一番。


「じゃ、あたし帰るね。あとよろしくー」

 定時の少し前、二番はそう言い残して出て行ってしまった。

 こいつ、課長になったからといって好き放題しやがる……。


 新人たちも、少しざわついている。


「みんなはいちおう定時まではいてください。終ったら遠慮なくどうぞ」

 俺はいちおうそう声をかけてやった。

 ざわつきはおさまった。


 *


 定時になると、まるで普通の企業かのように「お先に失礼します」と帰り始めた。

 一緒に帰るものもいれば、なにか作業しているフリをして時間をズラすものもいた。まあ自由にして欲しい。人にはそれぞれ適切なタイミングがある。

 俺は二番の代わりに全員を送り出す責任があるから、最後まで帰れないが……。


 一人、また一人と帰り始めて、最終的に二人きりになった。

 残ったのは十二番だった。


 やがて彼女も立ち上がったので、帰ってくれるのかと安堵した。が、違った。彼女はなんとも言えない顔で俺のデスクへ来た。


「少し、相談があるのですが……」

「えっ?」

 露骨に警戒してしまった。


 おそらく彼女は、二課よりも一課に向いたタイプだ。

 小柄で、地味で、自信なさそうにしているが、べつに弱いわけじゃない。むしろその逆。


「相談っていうか、お願いっていうか……」

「イージーな内容だと嬉しいな」

 俺が冗談めかしてそう告げると、彼女はふふっと目を細めて笑った。母親と違い、本当に柔和に笑う。御神体は美人だが冷たい。本人がそういう人物を演じているだけにいっそう。


「三番さん、母と仲がいいって聞きました」

「いいというほどじゃないけど」

「たまに会ってますよね?」

「たまにね」

 彼女は柔和な笑顔のままだが、俺はひやひやしていた。

 絶対になにか言う。

 俺の言って欲しくない言葉を。

 これはもう、漠然とした予想ではなく、確信だった。


 彼女は言った。

「母を殺してください」

「……」

「できますよね?」

「いやムリだ。やらないし、理由も聞きたくない。いまの話も聞かなかったことにする。だから帰ってくれ」

 必要があれば殺すつもりでいる。

 だが、それは誰かに言われてやるんじゃない。俺がやりたくなったときにやる。本気でもないのに、誰かに説得されて殺すなんて、本人に失礼だ。


 彼女は笑顔を崩さない。

 無害な少女みたいな顔で、じっとこちらを見つめている。

「その代わり、なんでもします」

「聞いてなかったのかな? 俺はノーと言ったんだ」

「母にできることなら、私にもできます。いえ、母にできないことでも、私にはできるんです」

「どういうつもりで言ってるんだ?」

 俺がそう尋ねると、彼女はいっそう愉快そうに目を細めた。

「全部知ってて言ってるんですよ?」

「ぜ、全部……とは……?」


 彼女はデスクに尻を載せた。

 完全にナメられている。

「さっき疑問に思いませんでしたか? あなたが母と仲がいいという情報。誰から聞いたと思います?」

「さあな……」

「姉ですよ」

「姉……?」

 父親の異なる姉妹がたくさんいることは知っている。

 だが、たくさんいるだけに、誰のことを言われているのか分からない。唯一コンタクトのあった天使ちゃんはもう死んでいるし。


「やだなぁ。もう忘れたんですか? つい先日、会ったばかりじゃないですか。私のお姉ちゃんに」

「まさか……」

「観測室でぷかぷか浮いていたのが私の姉です。才能はあったのに、体が完全じゃなかったから、ああして機械の一部にされちゃったんですよね」


 あの状態でもまだ生きているのか。

 しかも意思がある……。


 俺はなんとも言えない気持ちになった。

「すまん」

「謝らないでください。気づかなくても仕方ないですよ。見た目も似てませんし」

「そうじゃない。ただ……なんとかしたいと思うのに、なにもできなかったから……」

 すると彼女は、一瞬、さめた目になったが、すぐに笑顔に切り替えた。

「まるで良識ある人間みたいな振る舞いですね」

「気に食わないのならやめる」

「べつに気に食わないとは言ってませんよ。ただ、なにもできないというのは、結論が早すぎると思って」

「なにかできるのか?」

「なんでも。望むことすべて」


 まだ十代だろう。

 特に大人びてもいない。

 そんな少女の言葉にしては、あまりにも大仰だった。

 普通なら信じない。

 普通なら……。


「救えるのか?」

 俺の問いに、彼女はしかしうなずかなかった。

「救う、という言葉の定義にもよります。少なくとも母と姉の命は助かりません」

「理由を聞かせてくれ」

「理由? それは考えないことにしてるんです。これは私の計画ではなく、姉の計画ですから」


 姉の?

 彼女は、みずからの死を望んでいるのか?


「なら、あんたじゃなくて、お姉さんがどういうつもりなのか教えてくれ」

「そうなりますよね。でも、いまは言わないほうがいいと思います。計画の進行に支障が出ますから」

「意味も分からないまま手を貸すことはできない」

 すると彼女は、かすかに溜め息をついた。

「ここの出資者が入れ込んでいるプロジェクトを知っていますか? プロジェクトの名は『オルガン』。人類と神とをつなぐ装置を作り、次のステップに進もうという計画です。私に言わせればただの自殺ですが……」


 そろそろ完成するというプロジェクトがコレか。

 実際になにが起こるのかは不明だが、ロクでもないモノだということだけは聞かずとも分かる。


「どんなプロジェクトか聞いても?」

 俺の問いに、彼女はくすくすと笑った。

「教えません」

「はい?」

「順を追って話すと長くなりますから。まずは母から、この組織の成り立ちについて聞いておいてください。私の話はそのあとです」

「おいおい……」


 彼女はようやくデスクからおりた。

「それじゃ、お先に失礼しますね」

「……」


 *


 翌日、俺は宝物殿に呼び出された。

 いつもならクソみたいな予定に違いないのだが、今日だけは違った。


 俺と御神体は、いま、テーブルを挟んでソファに腰をおろしている。

 いつ見ても彼女はマネキンみたいだ。外見だけじゃない。中身までもがフェイクだ。


「ご用件は?」

「知ってるでしょ? 歴史の授業よ。この組織がどうやって成立したのか」


 おかしい。

 彼女と娘はいつ会話したのだろう?

 有機周波数とやらで会話しているのか?


「娘さんにそうしろって言われたのか?」

「いいえ。違うとも言い切れないけど」

「どっちだよ」

「私が望んだことよ」


 *


 彼女の説明はこうだ。


 明治時代、とある有力者に娘が生まれた。

 彼女は、成長するにつれ、目の前にいない誰かと会話するようになった。

 医者に診せたところ、精神の錯乱であると診断された。有力者は家の恥になると思い、彼女をどこかへ閉じ込めた。


 ところが、娘に助けを請われたとかいう人間が、何度も家を訪れたのだという。

 完全に隔離されており、その存在すら知られていないはず。

 そこで有力者は、とある祈祷師を頼った。それは神の声が聞こえるとかいう老婆であった。老婆は、その場にいながらにして、たしかに彼の娘と対話してみせた。


 研究が始まった。

 まだ明治であるから、現代のような研究はできなかったものの……。その一方で、人権を無視した研究はいくらでもできた。

 人をさらい、人体実験をしたようだ。


 素養のあるものは、どれも女だった。

 彼女たちは、素養のあるもの同士で会話できるだけでなく、天の声をも受け取っていることが明らかになった。


 神の存在を証明できるかもしれない。

 出資者が増えた。

 かくして「埼玉有機周波数研究所」の前身となる組織「東亜神経機械研究所」が誕生した。


 しかし研究はふるわないまま時間だけが経過した。

 祈祷師が亡くなり、有力者の娘も亡くなった。


 残されたのは、素養の乏しい女たちだけ。

 研究はこのまま消滅するかに思われた。


 そんな折、東北のある地方で、強い周波数が観測された。

 瀕死の少女だった。

 彼女は極秘裏に救出され、いや誘拐され、御神体として研究されることとなった。才能に恵まれていたこともあり、研究は一気に進み始めた。


 *


「以上がここの歴史」

「なるほど。なら、あんたはさしずめ中興の祖ってわけだな。ところで、最初に出てきた有力者ってのが誰なのか気になるな」

 俺がそう問いかけると、彼女は苦い笑みを浮かべた。

「どうしてあなたってそうなのかしら? 死にたいの?」

「どうせいまも政治家やってるんだろ? 事と次第によっては、そいつをフィールドにぶち込まないといけない」

「言わない」

 つまり知っているのだ。


 いや、言わなくてもいい。

 彼女が言わなくとも、娘がなんでも教えてくれることになっている。


「ま、歴史は理解した。このあとは?」

「おそらく十二番から説明があるはずよ」

 十二番、ね。

 娘とさえ言わない。名前でも呼ばない。いったいどういう関係なんだか。


「あんたは彼女の計画をすべて把握してるのか?」

「教えない」

「秘密ばっかりだ。信用がないのは分かってるけど」

「秘密のある女のほうが好きでしょ?」

「はい?」

 真顔で言っているからジョークではないのかもしれない。

 いや、真顔でジョークを言ったのか?


 話の続きがなかったので、俺は席を立った。

「戻るよ。あんまり長居すると、サボってると思われる」

「戻ったところで仕事なんてないでしょ?」

「いや、意外と忙しいんだ。新人がたくさん入ってきたんでね」

「ふーん」


 この返事に弱い。

 昔からそうだった。

 俺が「もう帰らないと」というと、「ふーん、帰るんだ」と責めるように見つめてきた。俺はいつも負けて「あと少しだけ」とその場に残った。


 だが状況は当時とは違う。

 俺にはやるべきことがあるし、彼女にも帰る家はない。


「用事ができたらまた呼んでくれ」

「はいはい」


 くだらない理由で彼女の命を奪いたくはない。

 どういうつもりなのか、きちんと十二番から話を聞き出さなければ。


(続く)

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