表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルガン  作者: 不覚たん
本編
20/41

引率

 久々の出動。

 だが、俺はうわの空だった。


 観測室での出来事が頭から離れなかった。

 すでに脳と背骨と内臓だけの姿だったが、彼女はなにかを訴えていた。俺に素養がなかったばかりに、なにを求められているのか理解してやれなかったが。

 その後、特に説明もなく追い出された。


 なにかしてやれたらよかった……。


 いま、車は埼玉北部へ向かっている。

 俺にとっては通常業務だが、新人にとってはデビュー戦だ。


 運転手は新人の八番。

 やや冴えない印象の若者だ。いや童顔の中年かもしれない。ちょっと分からない。精査する気もない。能力に特筆すべき点はナシ。


 あとは自己紹介で威勢のよかった四番と、御神体の娘の十二番。

 俺も加えて計四名。


 以上が一班のメンバーだ。

 二番は留守番。

 どうせすべての現場を俺に押し付けるつもりなんだろう。平和主義なのは結構だが、それを口実にしたパワハラは勘弁していただきたいものだ。


「やべー。テンションあがってきたわ」

 四番はあきらかに浮かれていた。

 悪い人間を射殺して、大活躍する予定でいるのだろう。


 運転中の八番も、無言ながらに高揚している。


 運命に選ばれた自分たちが、凄惨な殺戮ショーを生き延び、裏世界で法を超えて活動する。

 そんな気分でいるのかもしれない。

 実際はただの犯罪行為に過ぎないのだが……。


 やや緊張したフリをしているのは十二番。

 才能のない女を演じるのがじつにうまい。

 どうせこいつも二番に匹敵するキリング・マシーンなんだろう。今日の仕事は楽勝だと思われる。


 *


 もともと空模様は怪しかったが、現場につくと本格的に降り出した。

 薄暗いだけでなく、体も冷える。やる気をなくしてしまう。俺もオフィスにいたかった。


 ここは山に囲まれた謎のアジト。

 なにをやっている連中なのかハッキリとしないが、とにかく集まって生活しているらしい。カルト宗教ではなく、私的な政治結社との情報だ。


「俺、雨嫌いなんすよね。なくなんねーかなって思って」

 四番はしきりに髪型を気にしていた。

 せっかくセットした髪型も、雨のせいで台無しというわけだ。


「雨がなくなったら農家が困るぜ」

 俺がそう告げると、彼は半笑いで鼻を鳴らした。

「いや、そうなったら肉食うんで」

「そう」

 その肉は、いったいなにを食って育つのだろうか。

 いや、訂正はするまい。

 こういうヤツにモノを教えてやっても、感謝されるどころか、憎しみを向けられることのほうが多い。


「これ、銃ね。使い方は研修で教えた通り。仲間に向けないように」

 本当は仲間に向けてもいい。

 この職場では、ムカついたら誰を殺してもいいのだ。

 現場でやった殺しは罪にならない。


 *


 付近に民家はなく、現場は孤立していた。

 錆びた金網で敷地を囲まれており、物々しい雰囲気。もとは山で仕事をする人のための作業小屋だったようだが、補強されて要塞化している。


 スピーカーから声だけが聞こえてきた。

『止まれ。それ以上近づいたら撃つ』

「研究所のものです。三億の返済期限が一年も過ぎてますが」

『借りたときは二億だった』

「利子がついたんですよ」

 会話できているということは、ゲート近くにインターフォンでも設置されているのだろう。


 誰の姿も見えない。

 なのに彼らは、俺たちの動きを把握している。

 建物の中に潜伏しているのか、あるいはまったく無関係な場所からカメラで監視しているのか……。


 八番がキョロキョロし始めた。

「大丈夫なんですか? 撃つって言ってますけど」

「分からない」

 俺は正確な情報を伝えた。

 未来のことは、たいてい分からないものだ。


「いや『分からない』って……。なにかあったらどうするんです? 責任とれるんですか?」

「責任はとらない」

「はぁ?」

 急に怒り出した。

 怒る相手が違うと思うのだが。


 彼らにしてみれば、俺は先輩だ。テキパキ動いて、テキパキ指示を出して、完璧に仕事をこなす人間でなければならなかったかもしれない。

 亡くなった前課長のように。

 だが、残念ながらそうではない。

 数ヵ月先に現場に投入されただけの三流だ。


 四番も眉をひそめていた。

「えっ? 作戦とかないんすか?」

「いま考えてる」

「マジかよ……」

 もちろんマジだ。

 それはそれとして、いまここで会話すると、敵に聞かれる。

 もう少し慎重に行動して欲しいものだ。


 さて、困った。


 俺は軍人ではないからセオリーを知らない。

 それでも、両者が銃で武装しているときに、籠城戦をされると厄介なことになるのは分かる。

 追加で使用できそうなエネルギー体は自動車くらいしかないが、もしそいつをぶっ込ませた場合、俺たちは徒歩で帰るハメになる。

 いや本部も送迎用の車を出してくれるとは思うが……。備品をオシャカにしたら査定に響く。その「査定」というのが金だけで済めばいいが、うちの場合はそうとも言い切れない。


 敵の姿は見えない。

 なのに敵は俺たちを見ている。

 なおかつ狙撃の可能性もある。


 うかつに動けない。


 十二番は不安そうな顔で成り行きを見守っている。

 少なくとも見た目だけは。

 おそらくこいつは解決策を有しているのだろう。


 恥も外聞も捨てて、彼女を頼るべきか……。


 俺は手で指示を出し、みんなをともなって車まで引き返した。

 雨のせいでびちょびちょだ。


「いやマジでどうすんだよ。このまま帰んの?」

 先輩が役立たずだと分かった途端、四番はこの態度だ。

 せめて敬うフリくらいはして欲しいものだが。


 俺は十二番に尋ねた。

「なにかヒントをくれないか?」

 すると彼女は、困惑したようにこちらを見つめてきた。

「えっ? 私が……ですか?」

「頼む。死体がひとつもない状態で帰るわけにはいかない」

「なら、森の中に車があるんで、それを撃ったらいいと思います」

 森?

 まったく気づかなかった。


「分かった。まずはタイヤを狙って全員で発砲しよう。ひとり3発まで。残りは対人用にとっておくこと」

「なんで3発なんすか?」

 四番はこちらを睨みつけていた。

「ただの思いつき」

「ンだよそれ」


 なんらかのセオリーに基づいて算出した数値ではない。

 ただ、「タイヤを撃て」とだけ命じたら、際限なく撃つヤツが出てくるだろう。そのせいで、対人用の残弾がゼロになってしまったら問題だ。

 マガジンには15発しか入っていない。ムキになっているとつい撃ち尽くしてしまう。


 装備によっては3点バーストという機構もあるくらいだし、3発1セットくらいに考えておいても悪くないだろう、というのが俺の感覚だった。


 まあこれを説明してもいいが、根拠がないことに変わりはない。

 明確なセオリーがない場合、感覚でやるしかない。


「じゃあ行こう」

 俺の号令に、もはや返事もなかった。


 おそらくチンパンジーの集団を率いるのなら、リーダーは強引で有無を言わせないくらいの態度のほうがいいのだろう。だが三課をそういう集団にしたくなかった。


 それに、俺は博愛主義者ではない。


 *


 目を凝らすと、森の中にワゴンの姿を確認できた。

 木々に隠れて、うまいこと偽装している。

 俺たちが銃を構えると、監視していたであろう彼らもエンジンをかけて飛び出してきた。


 俺はもう号令などかけず、トリガーを引いた。撃てと命じたところで聞きやしないだろうと思ったのだ。俺が率先して発砲することで、誰でも発砲していいという雰囲気を作った。


 パァン、パァンと、雨の中に銃声が響いた。


 もちろん走っている車両のタイヤを撃ち抜くのは容易ではない。

 というより、自分の撃った弾がどこに飛んだのかさえ判然としない。分かるのは、前方のどこかへ飛んだという漠然とした情報だけ。

 銃のアイアンサイトで狙いをつける余裕すらない。

 とにかく前へ飛ぶわけだから、自分には当たらないのだ。遠慮することはない。


 ワゴンが森を抜け、雑草をなぎ倒しながらこちらへ向きを変えたところで、パァンと派手な音がした。誰かがタイヤを破裂させたのだ。

 カーブに失敗したワゴンは横転。

 ドアを開いて、中からのろのろと男たちが現れた。おそらく訓練はしているのだろうが、ワゴンの横転時にいくらか負傷したのだろう。機敏な動作とは言いがたかった。


 俺は歩を進めながら、トリガーを引きまくった。

 雨粒のしたたってくるのが邪魔で仕方がなかったが、前方にだけ集中した。


 何人かが倒れた。

 だが敵も銃で武装しているのなら、指先さえ動けば反撃してくる。

 俺はぐったりした男たちに、さらに銃撃を加えた。用心のために2発撃ち込む「ダブルタップ」という考えがある。2発も撃ち込んでおけばさすがに動けなくなるだろう、という感じだ。


 もちろん当たったかどうか分からないので、正確に2発のカウントなどできない。

 こちらは特別な訓練など受けていないのだ。とにかくトリガーを引いて、相手が動かなくなったら勝ち、くらいにしか考えていない。


「しゃあッ! ザコすぎんだろッ!」

 四番は緊張から解放されたのか、いきなり勝利宣言した。

 八番も「やっちゃいましたねぇ」とまんざらでもない顔。

 どちらも呼吸が震えている。


 だが気を抜くべきではない。

 確かに動いている敵はいない。

 だが、横転したワゴンの中にまだ誰かいるかもしれない。


 案の定、パァンと音がして、ワゴンから発砲があった。


 俺はとっさに身を伏せた。

 八番も伏せた。

 四番は「えっ?」という顔をしていた。


 十二番は……まるで散歩のように距離を詰めていった。

 命知らずのバカなのか、あるいは有機周波数とやらで敵の心理を読んだ上での行動か。


 ワゴンからの発砲は何度か続いた。

 なのに四番は身をかがめない。銃を構えて、トリガーを引こうとしている。だがスライドが開きっぱなしなところを見ると、もう弾切れらしい。

 ちゃんとカウントしていないと、いつの間にか残弾が尽きているから怖い。


 十二番が横転したワゴンに足をかけ、上から中に射撃を加えた。


 銃声はやみ、雨音だけが残った。


 *


 帰路、研究所から派遣されたドライバーが車を運転してくれた。


 八番はワゴンから撃たれて死亡していたのだ。


 俺は正直、あまり哀しい気持ちになれなかった。

 ワゴンから発砲される前に警告を発することもできたが、そうしなかった。また反抗的な態度をとられたらムカつくからだ。

 それで放っておいた。

 そしたら死んだ。


 救えた命だったのに、救いたいと思えなかった。

 俺は人間的に未熟なんだろう。

 どうでもいいと思ってしまった。

 あるいはここで死んでくれたほうが、今後の教訓になるとさえ思った。残りの新人を従順にするための尊い犠牲というわけだ。


 俺みたいに放置するヤツより、ぶん殴ってでも指図してくるヤツのほうが優しいと思う。少なくとも責任感はある。人間らしい。


 四番はうつむいて黙っていた。

 十二番は窓から雨を眺めていた。


 残念ながら、どの世界にも、才能に恵まれた人間と、そうでない人間がいる。

 なんなら俺だって十二番の才能には遠く及ばない。

 モノが違う。


 才能は埋まらない。

 努力で埋めるしかない。

 もし努力という言葉が嫌いでも。


 タチの悪いことに、才能のあるヤツは、その才能を愛しているから、放っておくと努力を始めてしまう。だからたいていの天才は、才能だけで完結していない。

 こちらが諦めれば、容赦なく置き去りにしてゆく。

 挫折している暇はない。


「雨、やみませんね」

 十二番が誰にともなく言った。

 俺たちは返事をしなかった。


 そもそも四番は、なにを根拠にあんなに張り切っていたのだろうか?

 華々しい経歴があるわけでもない。

 採用試験で活躍したわけでもない。

 ただ運よく生き延びただけ。


 ところが採用試験を突破したことで、なにか勲章を手に入れた気分になってしまったのかもしれない。

 人生を逆転し、特別な人間になれた気がしたのだ。


 初めて御神体と仲良くなれたとき、小学生の俺はそういう気分になった。

 人生がウソみたいに輝き出した。

 自己肯定感が高まった。

 それは強烈なエネルギーとなった。必ずしも悪いものではない。だが、エネルギーは、ただほとばしればいいものではない。ハンドリングを誤れば事故を起こす。


 コントロールできない力など、ないほうがいい。

 敵だけでなく、大事な人まで傷つける。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ