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オルガン  作者: 不覚たん
本編
19/41

観測室

 採用試験が始まった。


 こちらは試験とはノータッチだと思っていたのに、フィールドの管理責任者としてモニタリングに同席させられた。


 出席したのは、宝物殿の御神体、観測室の室長、社会奉仕部の部長、三課の課長、フィールドの管理責任者……。

 社会奉仕部というのは、俺たちの課を統括する部署だ。


 知ってる顔が半分、知らない顔が半分。


 場所は観測室のモニタリングルーム。

 自分たちは安全圏にいながらにして「試験会場」の映像を鑑賞できるというわけだ。


「今シーズンの参加者は、どれも可能性に欠けますな」

 短い口髭を生やしたこの男は、観測室の室長。

 髪も口髭も白く、白衣も着ている。研究者らしいいでたちだが、背も高いし体格もがっしりしている。


「ま、半分も生き延びないだろう」

 面倒くさそうにつぶやいたのは、社会奉仕部の部長。俺たちの上司にあたる人物だ。

 頭はつるつるで、老人といっていい風貌。丸メガネの奥の目は、ほとんど開いていない。どこかの課長から昇進したのか、あるいは別部署から引っ張ってこられたのかは不明。


 御神体には、例の秘書もついている。

 両者は無言。


 俺たちは巨大なモニターを眺めながら、紅茶を飲んだ。

 ずっとここにいなくてもいい。ただ、開始時と終了時だけは、ここに集まることになっている。


 さっそく部長が「あとで結果だけ教えて」と退室した。

 やる気も興味もなさそうだ。ただの名誉職なのだろうか。もちろん現場で見かけたことはない。俺も初めて顔を見た。


 すると御神体もなにか言って、秘書を退席させた。


 部屋に残ったのは四人。

 俺、二番、御神体、そして白衣の観測室室長。


「可能性に欠けますか?」

 御神体がつぶやくと、室長は微笑を浮かべた。

「資料を見る限り、どれも自動機械です。自己の意思がない。威勢のいいのもいるが、刷り込まれた情報をそのままにトレースしているだけ。人間が一人もいない」

「辛辣ですね」

「失礼。あなたの娘も参加しているのでしたな」

「構いませんよ。娘だと思ったことはありませんから」


 べつに和気あいあいやれとは言わないが、だからといってギスギスする必要もあるまい。

 俺は無遠慮に紅茶をすすり、カップを置いた。


「室長がこの採用試験の設計を?」

 軽く自己紹介は済ませているとはいえ、俺の態度はやや横柄だったかもしれない。

 彼はしかし気にしたふうもなくうなずいた。

「その通り。賢くない人間が見れば、ただ運で生き延びるゲームに見えるかもしれない。もちろん運の要素も否定しないが……。それは現実のどの行為においてもそうなのだ。自分になんらの落ち度がなくとも、命を落とすことはある。これは、その上で生き延びるゲームなのだ。知恵を使い、経験を応用すれば、1パーセントでも生存率をあげることができる」

 賢くない人間で悪かったな。

 俺にはただの運ゲーに見える。

「知恵より運の要素が大きい気がしますが」

「問題ない。運だけで生き延びたものは、その後の仕事で命を落とす。最後は知恵が残る」


 前課長も言っていた。

 採用試験が終わったところで、自分たちはまだ箱の中なのだと。


 だが理解できない。

 最後は知恵が残る?

 本当に?


 俺たちを攻撃してきた二課の連中や、殺人狂の一課などは、知恵によって出世したとは思えない。むしろ動物性の発露によって出世したもののなれの果てだ。

 そして、その状態を支えているのは、ここのクソみたいな昇進システム。

 愚かなら愚かなほど出世する。


 もし不満があるのなら、事務方へ行けばいいだけの話ではあるが……。

 そう考えると、三課にしがみついている俺のほうこそ、矛盾に満ちた存在なのかもしれない。


 二番が「ごめん、あたしちょっと」と帰りたそうにしている。

 トラウマなのだろう。

 俺は「あとは任せてくれ」と告げ、彼女を送り出した。


 三人になった。


 まあいい。

 二番が席を外してくれたおかげで、こちらも気兼ねなく危険球を投げられるようになった。観測室の室長と会話できる機会は貴重だ。


「それにしても、有機周波数ってのはなんなんでしょうね。いえ、組織のガイドラインは読みましたよ。ただ、どうやら電磁波の類ではないってことしか理解できなくて。だったらどうやって観測して、数値化してるのかなって」

 本来、そんなことを議論する場ではない。

 だが、室長は表情も変えず答えてくれた。肖像画の人物がそのまま喋っているような印象を受ける。

「なるほど、さすがに勘がいい。君の推測通り、電磁波ではない。生命の波動を観測し、数字化するためには、ある工夫が必要でね。もしご希望なら、後日観測室へ来るといい。私の研究成果をお見せしよう」

「ではお言葉に甘えて」

 ホントに行くからな?


 俺は知りたい。

 この社会には、たくさんの暇人がいる。趣味で電磁波を観測してる人間もいる。そいつらがキャッチできていないということは、それは彼らには観測できない波ということになる。

 電磁波ではないのだ。

 だったらなんなのか?


「それにしても退屈な映像ね」

 御神体が静かに紅茶に口をつけた。


 巨大モニターに映る人々は、ただうろたえているだけだった。

 今日は初日だから発砲もない。組織からの理不尽な説明を受けて、疑心暗鬼になっている状態だ。


 今回の「天使ちゃん枠」はすぐに見つけられた。

 小柄な少女だ。すでに行動を開始している。気の弱そうな参加者に近づいて「一緒に頑張ろうね」的に仲良くなっている。ああして味方を増やして派閥を作り、現場を仕切るつもりだろう。


 室長が眉を動かした。

「どうにも妙だな」

「妙とは?」

 俺が尋ねると、彼はかすかに溜め息をついてこちらを見た。

「前回と同じだよ。違和感がある。資料をもとにシミュレートした通りになっていない」


 なら資料が間違っているか、シミュレートが間違っているか、そのどちらかだ。いや両方かも。もしシミュレートに絶対の自信があるのだとしたら、間違っているのは資料のほうなんだろう。


 資料なら俺の手元にもある。

 顔写真と略歴が掲載されている。最終学歴、職歴、犯歴、そしてご丁寧に借金額まで。気の毒なことに、「天使ちゃん枠」の借金額はゼロ。彼女にはなんらの罪もない。


 それはそれとして、俺ごときではひとつも資料の違和感を発見できなかった。

 というより、こんな紙切れでなにか分かるのか?

 室長には分かると?

 信じられないな。

 だが、俺と戦った天使ちゃんは、参加者の行動傾向をほぼ完璧に把握していた。誰がいつどこにいるのか、分かった上で発砲していた。


 可能なのか?


 彼は腕時計を確認すると、急に立ち上がった。

「少しAIを見てこよう。御神体、失礼しますよ」

「ごゆっくり」

 御神体の返事と同時に、彼はあわただしく部屋を出ていった。


 部屋には二人きり。

 こうして人が減ってゆくのを見ると、まさに採用試験を思い出す。

 試験では俺と天使ちゃんだけが残った。

 いまは、俺と、天使ちゃんの生物学上の母親。


「AIってのは?」

「彼が育ててるプログラムよ。観測した有機周波数を使って、行動傾向を計算しているみたい。これまで高確率で結果を予測しているわ」

 つまり、室長が自分の頭でシミュレートしたわけではないということか。

 機械ってのはそんなに優秀なのか……。

「彼は信用に値する人間だと思うか?」

「いいえ」

「理由を聞かせてもらっても?」

「研究内容を見たら分かるわ」


 研究内容、か。


 *


 採用試験はすぐに終わった。

 なぜなら、試験の翌日に誰かが発砲し、さらにその翌日、そいつが射殺されたからだ。

 最速での終了。

 生存者、十一名。


 彼らが配属されたおかげで、三課の狭い居室はギチギチになった。

 番号は、四番から十四番。


「四番。もう才能は証明できたと思うんで、あとは結果で証明しますわ。よろしく」

 そう自己紹介したのは、短い髪の、シャープな体つきの若者。

 威勢だけはいい。

 こいつは「出世」するタイプかもしれない。


「十二番。これといって得意なことはありませんが、頑張って皆さんについてきたいと思います。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げたのはセミロングの髪の少女。

 御神体の娘だ。

 印象がどうにも地味。半分は他人の遺伝子だから、言われなければ娘とは気づけない。平凡な人間にしか見えない。

 なにも知らなければ、俺は彼女に欺かれるだろう。


 だが、彼女こそが採用試験を終わらせた。

 初日に殺したいヤツを決めて、そいつをそそのかして発砲させ、なおかつ他の面々にはいっさい発砲させず、翌日にそいつを射殺して終わらせた。

 どう考えても平凡ではない。

 天才だ。

 意味が分からない。


 いや、意味が分からないというのはウソだ。

 じつは分かる。


 なぜなら、こいつらはズルをしている。

 御神体ほどではないが、娘たちも他人の有機周波数を察知できる。ある意味では、心理を読んだ上で行動しているのだ。他の参加者より得られる情報が多い。

 フェアではない。


 なにが運だ。なにが知恵だ。

 なにもかもがウソなのだ。


 *


 新人を捌くのは大変だった。

 数が多いだけではない。極限状態を経験する前にクリアしたものだから、やたら自信に満ちていた。早く現場に出せとの要望まであった。

 簡単な研修で能力を判断し、なんとか班分けした。


 *


 折を見て観測室へも訪れた。


 まっしろな廊下を通り、まっしろなフロアへ。

 部下とおぼしき白衣の連中が「こちらです」と中へ案内してくれた。


 どうやら、データを観測しているだけではなさそうだ。

 なぜか消毒液のにおいがする。

 無機質なパソコンルームのようなものを想像していたのだが……。


 簡単な仕切りがあるだけの、広大な部屋だった。

 オフィスというよりはラボだ。デスクより作業台のほうが多い。


 奥へ進むにつれ、雰囲気が次第に怪しくなってきた。

 作業台にはいくつかの水槽が置かれており、中にはなにかの背骨や臓器、脳などが浮いていた。それらはケーブルと接続されているから、標本ではなく、機材として使われているのだろう。

 まさかとは思うが、人体実験でもしているのだろうか?


 執務室に入ると、室長が直々に応じてくれた。

「待っていたよ」

「お忙しいようでしたら、日を改めますが」

 彼はやや疲れた様子だった。

 髪も少し乱れている。

「気にしなくていい。調整中はいつもこうだ」

「なんの調整です?」

「AIだよ。私が育てた。対話型AIに、ここで取得した有機周波数を学習させた特別製でね。警戒しなくていい。これ自体は一般的なノイマン型コンピューターに過ぎない」

 ノイマンでもラッキーマンでもなんでもいいが、あまり難しい話をされても困ってしまう。


「研究の中身を拝見したいのですが」

「来たまえ」


 執務室を出て、また大きな部屋へ戻ってきた。

 そこからさらに奥へ行き、パネル式のロックを解除して別の部屋へ。


 やはりまっしろな部屋だ。

 部屋の中央には一本の円柱。人の背ほどもあるだろうか。円柱からは無数のケーブルが伸びていた。スーパーコンピューターだろうか?


「これは?」

「中に御神体の娘が入っている」

「はい?」


 聞き間違いか?

 それともサイコパスがサイコパスらしいセリフを言ったのか?

 おそらく後者だろう。


 彼がなにか操作すると、円柱のカバーが開いた。

 中は透明な溶液で満たされており、脳と背骨、内臓が浮いていた。


「有機周波数の正体は、じつはまだ分かっていない。ただ、電磁波でない以上、金属では受信できない。現状、肉体で受けるしかないのだ。肉体で受けたのち、電気信号に変換している」

「ええと……」

 まるで悪びれた様子もない。

 誇らしい様子もない。

 ただ学生に事実を説明する教師のような顔だ。

「もちろん御神体も承知している。この件で言えば、むしろ彼女より、保育課の反発のほうが強いな」

「俺に見せて大丈夫なんですか?」

「なぜだ? なにか悪いことでも企んでいるのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「必要に応じて、フィールドからもサンプルを採取することになっている。当然、管理責任者の君にも知る責任があるだろう」

「そう……なりますね……」

 話を合わせようとは思うのだが、あまりにグロテスクな現実を見せつけられて、冷静ではいられなかった。


 いや、違うな。

 冷静さを欠いているのは俺だけじゃない。

 水槽の中から、なんらかの意思を感じる。


 室長は壁のパネルへ近づき、「ふむ」とうなった。

「もしかして彼女と対話しているのか?」

「えっ?」

「しかし君に素養があるわけではなさそうだな。水槽の中身だけが一方的に興奮している。あまりいい感情ではない」


 すると外から助手らしき男が入ってきた。

「室長、数値に異常が……」

「把握している。ひとまず外に出よう」


 部屋から出ると、別の職員から「数値、安定傾向」との報告があがった。

 俺のせいなのか?


 室長はこのとき、獰猛な笑みを浮かべていた。

「なるほど。彼女は君になにか言いたいことがあるようだな。これは面白い」

「……」


 こっちはなにも面白くない。

 事態を説明して欲しい。


(続く)

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