観測室
採用試験が始まった。
こちらは試験とはノータッチだと思っていたのに、フィールドの管理責任者としてモニタリングに同席させられた。
出席したのは、宝物殿の御神体、観測室の室長、社会奉仕部の部長、三課の課長、フィールドの管理責任者……。
社会奉仕部というのは、俺たちの課を統括する部署だ。
知ってる顔が半分、知らない顔が半分。
場所は観測室のモニタリングルーム。
自分たちは安全圏にいながらにして「試験会場」の映像を鑑賞できるというわけだ。
「今シーズンの参加者は、どれも可能性に欠けますな」
短い口髭を生やしたこの男は、観測室の室長。
髪も口髭も白く、白衣も着ている。研究者らしいいでたちだが、背も高いし体格もがっしりしている。
「ま、半分も生き延びないだろう」
面倒くさそうにつぶやいたのは、社会奉仕部の部長。俺たちの上司にあたる人物だ。
頭はつるつるで、老人といっていい風貌。丸メガネの奥の目は、ほとんど開いていない。どこかの課長から昇進したのか、あるいは別部署から引っ張ってこられたのかは不明。
御神体には、例の秘書もついている。
両者は無言。
俺たちは巨大なモニターを眺めながら、紅茶を飲んだ。
ずっとここにいなくてもいい。ただ、開始時と終了時だけは、ここに集まることになっている。
さっそく部長が「あとで結果だけ教えて」と退室した。
やる気も興味もなさそうだ。ただの名誉職なのだろうか。もちろん現場で見かけたことはない。俺も初めて顔を見た。
すると御神体もなにか言って、秘書を退席させた。
部屋に残ったのは四人。
俺、二番、御神体、そして白衣の観測室室長。
「可能性に欠けますか?」
御神体がつぶやくと、室長は微笑を浮かべた。
「資料を見る限り、どれも自動機械です。自己の意思がない。威勢のいいのもいるが、刷り込まれた情報をそのままにトレースしているだけ。人間が一人もいない」
「辛辣ですね」
「失礼。あなたの娘も参加しているのでしたな」
「構いませんよ。娘だと思ったことはありませんから」
べつに和気あいあいやれとは言わないが、だからといってギスギスする必要もあるまい。
俺は無遠慮に紅茶をすすり、カップを置いた。
「室長がこの採用試験の設計を?」
軽く自己紹介は済ませているとはいえ、俺の態度はやや横柄だったかもしれない。
彼はしかし気にしたふうもなくうなずいた。
「その通り。賢くない人間が見れば、ただ運で生き延びるゲームに見えるかもしれない。もちろん運の要素も否定しないが……。それは現実のどの行為においてもそうなのだ。自分になんらの落ち度がなくとも、命を落とすことはある。これは、その上で生き延びるゲームなのだ。知恵を使い、経験を応用すれば、1パーセントでも生存率をあげることができる」
賢くない人間で悪かったな。
俺にはただの運ゲーに見える。
「知恵より運の要素が大きい気がしますが」
「問題ない。運だけで生き延びたものは、その後の仕事で命を落とす。最後は知恵が残る」
前課長も言っていた。
採用試験が終わったところで、自分たちはまだ箱の中なのだと。
だが理解できない。
最後は知恵が残る?
本当に?
俺たちを攻撃してきた二課の連中や、殺人狂の一課などは、知恵によって出世したとは思えない。むしろ動物性の発露によって出世したもののなれの果てだ。
そして、その状態を支えているのは、ここのクソみたいな昇進システム。
愚かなら愚かなほど出世する。
もし不満があるのなら、事務方へ行けばいいだけの話ではあるが……。
そう考えると、三課にしがみついている俺のほうこそ、矛盾に満ちた存在なのかもしれない。
二番が「ごめん、あたしちょっと」と帰りたそうにしている。
トラウマなのだろう。
俺は「あとは任せてくれ」と告げ、彼女を送り出した。
三人になった。
まあいい。
二番が席を外してくれたおかげで、こちらも気兼ねなく危険球を投げられるようになった。観測室の室長と会話できる機会は貴重だ。
「それにしても、有機周波数ってのはなんなんでしょうね。いえ、組織のガイドラインは読みましたよ。ただ、どうやら電磁波の類ではないってことしか理解できなくて。だったらどうやって観測して、数値化してるのかなって」
本来、そんなことを議論する場ではない。
だが、室長は表情も変えず答えてくれた。肖像画の人物がそのまま喋っているような印象を受ける。
「なるほど、さすがに勘がいい。君の推測通り、電磁波ではない。生命の波動を観測し、数字化するためには、ある工夫が必要でね。もしご希望なら、後日観測室へ来るといい。私の研究成果をお見せしよう」
「ではお言葉に甘えて」
ホントに行くからな?
俺は知りたい。
この社会には、たくさんの暇人がいる。趣味で電磁波を観測してる人間もいる。そいつらがキャッチできていないということは、それは彼らには観測できない波ということになる。
電磁波ではないのだ。
だったらなんなのか?
「それにしても退屈な映像ね」
御神体が静かに紅茶に口をつけた。
巨大モニターに映る人々は、ただうろたえているだけだった。
今日は初日だから発砲もない。組織からの理不尽な説明を受けて、疑心暗鬼になっている状態だ。
今回の「天使ちゃん枠」はすぐに見つけられた。
小柄な少女だ。すでに行動を開始している。気の弱そうな参加者に近づいて「一緒に頑張ろうね」的に仲良くなっている。ああして味方を増やして派閥を作り、現場を仕切るつもりだろう。
室長が眉を動かした。
「どうにも妙だな」
「妙とは?」
俺が尋ねると、彼はかすかに溜め息をついてこちらを見た。
「前回と同じだよ。違和感がある。資料をもとにシミュレートした通りになっていない」
なら資料が間違っているか、シミュレートが間違っているか、そのどちらかだ。いや両方かも。もしシミュレートに絶対の自信があるのだとしたら、間違っているのは資料のほうなんだろう。
資料なら俺の手元にもある。
顔写真と略歴が掲載されている。最終学歴、職歴、犯歴、そしてご丁寧に借金額まで。気の毒なことに、「天使ちゃん枠」の借金額はゼロ。彼女にはなんらの罪もない。
それはそれとして、俺ごときではひとつも資料の違和感を発見できなかった。
というより、こんな紙切れでなにか分かるのか?
室長には分かると?
信じられないな。
だが、俺と戦った天使ちゃんは、参加者の行動傾向をほぼ完璧に把握していた。誰がいつどこにいるのか、分かった上で発砲していた。
可能なのか?
彼は腕時計を確認すると、急に立ち上がった。
「少しAIを見てこよう。御神体、失礼しますよ」
「ごゆっくり」
御神体の返事と同時に、彼はあわただしく部屋を出ていった。
部屋には二人きり。
こうして人が減ってゆくのを見ると、まさに採用試験を思い出す。
試験では俺と天使ちゃんだけが残った。
いまは、俺と、天使ちゃんの生物学上の母親。
「AIってのは?」
「彼が育ててるプログラムよ。観測した有機周波数を使って、行動傾向を計算しているみたい。これまで高確率で結果を予測しているわ」
つまり、室長が自分の頭でシミュレートしたわけではないということか。
機械ってのはそんなに優秀なのか……。
「彼は信用に値する人間だと思うか?」
「いいえ」
「理由を聞かせてもらっても?」
「研究内容を見たら分かるわ」
研究内容、か。
*
採用試験はすぐに終わった。
なぜなら、試験の翌日に誰かが発砲し、さらにその翌日、そいつが射殺されたからだ。
最速での終了。
生存者、十一名。
彼らが配属されたおかげで、三課の狭い居室はギチギチになった。
番号は、四番から十四番。
「四番。もう才能は証明できたと思うんで、あとは結果で証明しますわ。よろしく」
そう自己紹介したのは、短い髪の、シャープな体つきの若者。
威勢だけはいい。
こいつは「出世」するタイプかもしれない。
「十二番。これといって得意なことはありませんが、頑張って皆さんについてきたいと思います。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたのはセミロングの髪の少女。
御神体の娘だ。
印象がどうにも地味。半分は他人の遺伝子だから、言われなければ娘とは気づけない。平凡な人間にしか見えない。
なにも知らなければ、俺は彼女に欺かれるだろう。
だが、彼女こそが採用試験を終わらせた。
初日に殺したいヤツを決めて、そいつをそそのかして発砲させ、なおかつ他の面々にはいっさい発砲させず、翌日にそいつを射殺して終わらせた。
どう考えても平凡ではない。
天才だ。
意味が分からない。
いや、意味が分からないというのはウソだ。
じつは分かる。
なぜなら、こいつらはズルをしている。
御神体ほどではないが、娘たちも他人の有機周波数を察知できる。ある意味では、心理を読んだ上で行動しているのだ。他の参加者より得られる情報が多い。
フェアではない。
なにが運だ。なにが知恵だ。
なにもかもがウソなのだ。
*
新人を捌くのは大変だった。
数が多いだけではない。極限状態を経験する前にクリアしたものだから、やたら自信に満ちていた。早く現場に出せとの要望まであった。
簡単な研修で能力を判断し、なんとか班分けした。
*
折を見て観測室へも訪れた。
まっしろな廊下を通り、まっしろなフロアへ。
部下とおぼしき白衣の連中が「こちらです」と中へ案内してくれた。
どうやら、データを観測しているだけではなさそうだ。
なぜか消毒液のにおいがする。
無機質なパソコンルームのようなものを想像していたのだが……。
簡単な仕切りがあるだけの、広大な部屋だった。
オフィスというよりはラボだ。デスクより作業台のほうが多い。
奥へ進むにつれ、雰囲気が次第に怪しくなってきた。
作業台にはいくつかの水槽が置かれており、中にはなにかの背骨や臓器、脳などが浮いていた。それらはケーブルと接続されているから、標本ではなく、機材として使われているのだろう。
まさかとは思うが、人体実験でもしているのだろうか?
執務室に入ると、室長が直々に応じてくれた。
「待っていたよ」
「お忙しいようでしたら、日を改めますが」
彼はやや疲れた様子だった。
髪も少し乱れている。
「気にしなくていい。調整中はいつもこうだ」
「なんの調整です?」
「AIだよ。私が育てた。対話型AIに、ここで取得した有機周波数を学習させた特別製でね。警戒しなくていい。これ自体は一般的なノイマン型コンピューターに過ぎない」
ノイマンでもラッキーマンでもなんでもいいが、あまり難しい話をされても困ってしまう。
「研究の中身を拝見したいのですが」
「来たまえ」
執務室を出て、また大きな部屋へ戻ってきた。
そこからさらに奥へ行き、パネル式のロックを解除して別の部屋へ。
やはりまっしろな部屋だ。
部屋の中央には一本の円柱。人の背ほどもあるだろうか。円柱からは無数のケーブルが伸びていた。スーパーコンピューターだろうか?
「これは?」
「中に御神体の娘が入っている」
「はい?」
聞き間違いか?
それともサイコパスがサイコパスらしいセリフを言ったのか?
おそらく後者だろう。
彼がなにか操作すると、円柱のカバーが開いた。
中は透明な溶液で満たされており、脳と背骨、内臓が浮いていた。
「有機周波数の正体は、じつはまだ分かっていない。ただ、電磁波でない以上、金属では受信できない。現状、肉体で受けるしかないのだ。肉体で受けたのち、電気信号に変換している」
「ええと……」
まるで悪びれた様子もない。
誇らしい様子もない。
ただ学生に事実を説明する教師のような顔だ。
「もちろん御神体も承知している。この件で言えば、むしろ彼女より、保育課の反発のほうが強いな」
「俺に見せて大丈夫なんですか?」
「なぜだ? なにか悪いことでも企んでいるのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「必要に応じて、フィールドからもサンプルを採取することになっている。当然、管理責任者の君にも知る責任があるだろう」
「そう……なりますね……」
話を合わせようとは思うのだが、あまりにグロテスクな現実を見せつけられて、冷静ではいられなかった。
いや、違うな。
冷静さを欠いているのは俺だけじゃない。
水槽の中から、なんらかの意思を感じる。
室長は壁のパネルへ近づき、「ふむ」とうなった。
「もしかして彼女と対話しているのか?」
「えっ?」
「しかし君に素養があるわけではなさそうだな。水槽の中身だけが一方的に興奮している。あまりいい感情ではない」
すると外から助手らしき男が入ってきた。
「室長、数値に異常が……」
「把握している。ひとまず外に出よう」
部屋から出ると、別の職員から「数値、安定傾向」との報告があがった。
俺のせいなのか?
室長はこのとき、獰猛な笑みを浮かべていた。
「なるほど。彼女は君になにか言いたいことがあるようだな。これは面白い」
「……」
こっちはなにも面白くない。
事態を説明して欲しい。
(続く)




