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オルガン  作者: 不覚たん
本編

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18/41

 仕事はない。

 進展もない。

 二課も来ない。


 ぼうっとしている間にも、時間は過ぎてゆく。

 こちらが停滞しているいまも、謎のプロジェクトは完成に近づいているのだろうと思うと、歯がゆい気持ちになった。


「ところで三番くんさぁ、今日って何の日か分かる?」

「はい?」

 居室でパソコンを眺めていると、いきなり二番から質問を食らった。

 質問というか、なんだかぷりぷり怒っているような。


 日付は3月14日。

 まあ普通に考えればホワイトデーだが、俺はバレンタインデーになにももらっていない。だからお返しすることもないだろう。


 二番の誕生日でもない。

 俺の誕生日でもない。


 いったいなんだ?


「西行法師は、如月の望月のころに亡くなったんだ。つまり2月15日だな。釈迦の入滅と同日らしい」

「今日の話をしてるんだけど。あと西行法師って誰?」

「西住法師と一緒に旅した人」

「そういうのいいから! ホワイトデーでしょうが今日は!」

 いきなり立ち上がった。

 自分はよこさないくせに、俺になにかよこせっていうのか?

 搾取もいいところだろ。

「俺、なんももらってないけど」

「なんで女子から先にあげないといけないの?」

「お菓子会社に聞いてくれよ」

「なんか貢ぎ物ないの? チョコとかチョコとかチョコとか!」

 食いたいだけだな。

「じゃあ売店で買ってくるから」

「一番高いヤツね」

「はいはい」


 このアマはマジで……。

 元気を取り戻したと思ったら、本格的にウザさまで回復してきやがった。


 *


 売店でチョコを買った。

 一番高いのは本気で高かったので、一番安い板チョコにした。そもそも部下から金を巻き上げる上司とはなんなのか。普通、逆ではないのか。おごってくれるなら、少しくらい偉そうにしてもいいが。


 かくして居室へ戻ると、なぜか二課のヴァーゴがいた。

「あら、もう来ちゃった。じゃ、私は帰るね」

「え、もう?」

 二番は名残惜しそうだが、ヴァーゴはたしなめるようにその頬をそっとなでた。

「用は済んだから。邪魔したわね」


 俺の顔を見るなり、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 風みたいな人だ。


 二番は盛大な溜め息をついたかと思うと、小さな紙袋をそそくさとデスクの引き出しにしまった。

「ずいぶん早かったわね」

「俺は早い男なんだよ。さ、こちらが最高級チョコレートです。どうぞお納めください」

「うん、ありがとう」

 すごく嬉しそうだ。

 いや、俺のチョコに喜んでいるのではない。ヴァーゴからなにかもらって喜んでいるのだ。俺を追い払って二人でイチャついていたのか?

 どうやら和解できたようだが……。できれば定時を過ぎてからやって欲しかったな。


「あたし、二課に転属しようかなー、なんて言ってみたりして。ね? もし本気でそう言ったらどうする?」

「もうボスじゃなくなるな」

「わー、すねてる。素直にさびしいって言えばいいのに」

「さびしいですよ」

「あー全然ダメ。心がこもってない」

 確かにここは誠心誠意お願いすべき場面かもしれない。

 いま二課へ行かれたら、作戦がグチャグチャになる。

 もっとも、課長になったばかりだし、スコアだって十分とは言えないし、上も転属を認めないだろうとは思うが。


「もうすぐ採用試験が始まるんだ。浮かれてる場合じゃない」

「だからって、あたしらがやることなくない?」

「誰か一人は生き延びて、必ず三課に入ってくるんだ、研修の準備をしておかないといけないだろ」

「あんたがやってよ」

「まあマニュアルはあるから、その通りにやればいいが……。なんなら研修なんていらないくらいだしな」


 まともな研修なら俺だって受けていない。

 銃の扱いさえ説明されず、フィールドだけ案内されて、あとはいきなり実戦投入だ。

 研修が面倒だったのだろうか? それとも俺には、フィールドだけ見せておけばいいと思ったのか?


 もっとも、前課長は俺を警察だと疑っていたようだから、説明ナシで銃を扱えるか見たかったのかもしれない。

 銃を撃つだけなら三歳児でもできる。アメリカでは、なにも知らない幼児が親を撃ち殺す事件だって起きている。だから見所は「適切に」扱えるかどうかだ。もちろん俺にはムリだ。トリガーを引いたら弾が出ることしか知らない。


 なんにせよ、情報の更新が必要だ。

 また二課のオフューカスと作戦をすり合わせる必要がある。


 などと頭を悩ませていると、ニヤケ顔の二番がうかれた様子でつぶやいた。

「あ、そうそう。今日飲みに行くから」

「えっ? はぁ。それは俺もってことですか?」

「まあね。誘ってあげる」

「はぁ」

 いつにも増してウザい。

 誘ってあげるもなにも、俺が行かなかったら一人だろう。


 二番は余裕の笑みだ。

「ヴァーゴも来るから。どうしてもあたしと飲みたいって。マジなんなの? あの子、あたしのこと好きすぎでしょ?」

「なんだよ。それなら俺いらねーじゃねーか」

 なんだか分からないが、いい仲のようだし、俺がいても邪魔になるだけだろう。


 だが二番は、慌てて立ち上がった。

「いやちょっと待ってよ。いるから。来て」

「なんで?」

「緊張するじゃん! あんたはあたしの保護者なんだから!」

「いや、そっちこそ成人女性なんだから、保護者なんていらないだろ」

「いるの! いいから来て! 命令ね!」

 なんで部下がボスの保護者になるんだよ。

 頭がおかしくなる。


 とはいえ、この二人を仲間に引き込むチャンスではある、か……。


 *


 飲み屋に来た。

 いつもの定食屋ではなく、オシャレなバーだ。それも落ち着いた店ではなく、若者がはしゃぐための店。硬質なブルーのライトが薄暗い店内を照らしており、流行りの音楽が途切れることなく流れている。

 べつに悪いとは言わないが、個人的にはまったくなじみがない。


 ヴァーゴも困惑していた。

「つかさ、こういうとこよく来るの?」

「えっ? まあね」

 二番の本名は「つかさ」というらしい。

 それはいいが、どうやら初めて来た店らしく、やたらとキョロキョロしながらカウンターについた。

 少しも「まあね」ではない。


 店員がうなずいて手で促したので、俺たちは勝手に並んで座った。

 店は賑わっている。若者が減っているとはいうが、来るところに来ればいるものだ。未成年としか思えない客もいるが……断定はよそう。見た目から年齢は分からない。外見だけで言えば、二番だってガキそのものだ。


 ヴァーゴは気を使ったのか、こちらにも話を振ってきた。

「あんたも常連?」

「いや、初めてだ。正直、戸惑ってる」

「私も」


 それでも、酒とつまみがあれば十分だ。


「ね、なに飲む? なに好きなの?」

「ちょっと待って」

 二番はよほどうかれているらしく、ヴァーゴにじゃれついていた。

 あきらかに俺の存在は余計だ。

 とっとと強めのを飲んで酔っ払ってしまいたい。


 *


 その後も、二人の距離はどんどん近づいていったが、俺は完全に置き去りにされた。まあ俺が「二人でつもる話もあるだろ」と突き放したせいだが。


 よく分からない曲を聞きながら、俺はソルティドッグを口にした。このカップのふちの塩はどう使うべきなのだろう? いまだに正解が分からない。


 ふと、黒づくめのコートの男が一人、店に入ってきた。

 カウンター席には空きがあったのに、そいつはなぜか俺の隣に腰をおろした。それからボウモアをオーダーし、へらへらしながらしょうもない独り言を始めた。

 実際、はじめは独り言だった。

 小声で「景気悪いなぁ」とか「あー、腰が」とか言っていた。


「なあ、三番。返事をしなくていいから聞いてくれ」


 そいつは急にそんなことを言い出した。

 あきらかに俺に話しかけている。

 俺は軽く溜め息をつき、ソルティドッグを一口やった。ここのカクテルは少しアマい。


「俺はべつに誰の味方でもない。ただ、いまの組織が気に入っててな。居心地がいいんだ。だから壊されたくない。壊そうとするヤツとは仲良くなれない。そういうもんだろ? いや返事はいい。あんた、賢いんだから分かるよな?」

 どこからバレた?

 組織の件は、俺とオフューカスしか知らないはず。あえて俺を牽制しに来たってことは、御神体との会話が漏れたのか?


 その後、そいつは「春なのに寒ぃなおい」などとクソみたいな独り言を再開し、一杯だけ飲んで帰ってしまった。


 二番との会話で盛り上がっていたヴァーゴが、なにげなくこちらへ向き直った。

「いまの、うちのスコーピオだよ。あれでバレてないと思ってんだから笑わせるよ」

「え、なになに? 知り合いだったの?」

 二番まで身を乗り出してきたのを、ヴァーゴは「ちょっとだけ待って」となだめた。


 俺はつい笑ってしまった。

「彼はなにかつかんでるのかな?」

「きっとそうね。あれこれ嗅ぎまわるのが好きだから。けど害はないよ。少し強めに怒ると静かになる」

「それで済むのか……」

 まあ彼女の言う「怒る」が言葉だけとは限らないが。


 ヴァーゴは肩をすくめた。一見すると強そうだが、意外と体の線が細い。

「けど、あいつに目をつけられたってことは、オフューカスとサシで会ってたってことだね」

「なぜ分かる?」

「あいつね、オフューカスと接触あった人間全員にいまのやるから。ワンパターンなんだよ。でも真相にはたどり着いてないよ。まあ当たらずも遠からずだけど」

 つまり勘だけでいまの警告を発してきたということか。

 ただの小心者だと思って侮っていると、足元をすくわれそうだな。


「悪いが、あんたが断ったって話は聞いた」

 すると彼女は、不審そうに顔を近づけてきた。

「断った? 誰がそんなこと言ったの? オフューカス?」

「そう」

「私は保留するとしか言ってない。勝算がなければやらないって。まあ強めに言ったから、断ったと判断したんだろうけど」

「勝算があるとしたら?」

 この問いに、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「なんかムカつく物言いだね。ちょっと質問を変えてみてよ。俺が参加するとしたら、って」

「俺だけじゃムリだ」

「違うね。あんたも勝算がなければ参加しない。だからあんたが参加するときは、必ず成功するときだ」

 ずいぶん高評価だな。

 いったい俺のなにを知っている?

 前課長のレポートにも、特に顕著な活躍は記載されていないはずだが……。


「俺が参加するなら、手伝ってくれる?」

「イエス。あんたって、二課と三課の課長が見つけてきた人材でしょ? 私、ひそかに期待してたんだよね」


 なにかを誤解している気がする。

 俺に特別な能力があるから招待されたわけじゃない。むかし御神体とかかわりがあったから、ただの飛び道具としてねじ込まれただけだ。しかも不発に終わった。


 とはいえ、一般職員のくせに、御神体と直接連絡を取る機会があるという点では、たしかに特別かもしれない。


「ねー、内緒話しないで! あたしにも分かるように言ってよ!」

 二番が駄々をこね始めた。


 こんなガキがうちのボスだってんだから……。

 だが俺は、そのガキの戦力に期待している。機嫌を損ねないようにしておかないと。


(続く)

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