籠の中の鳥
春になったが、特に進展はなかった。
仕事もなかった。
どうやら上は、次の採用試験の準備で忙しいらしかった。
ムリもない。うちの前課長を含め、五名もの人材が失われたのだ。
その穴埋めが必要だったのだろう。
俺は宝物殿へ呼び出された。
「また新人を入れるわ」
ソファに腰をおろした御神体は、短いスカートで足を組み直した。
いくら俺が役立たずとはいえ、それでも視線は誘導されてしまう。
すらっとしていて、それでいて細すぎず、じつにいい脚だ。
「新人を……」
「あら、新人以外も入れたそうな顔ね」
「誰を入れるって?」
「あなたの息子とか?」
「もし元気ならな」
元気なのは一人のときだけだ。
彼女はなんとも言えない笑みを浮かべた。
「なにか面白いアイデアはない?」
「採用試験か? 頭のいい事務方にでも会議させたらいいじゃないか」
「みんなおカタいのよ」
「だからふにゃふにゃの俺の出番ってわけか? いや、いい。アイデアならある。あんたの娘を参加させないことだ」
俺がそう告げると、彼女はつまらなそうに目を細めた。
「私は娘だと思ってないけど」
「そんなこと言うなよ」
「私が産んだわけでも、育てたわけでもない。勝手に培養されて、勝手に成長してるだけの誰かよ。愛着なんて抱けないわ」
それでも生物学上は親だろう。
いや、同じ経験をしたこともないのに、あまり強くは言えないが。
彼女は肩をすくめたかと思うと、どっとソファに背をあずけた。
「それで? 結局、面白いことは思いつけないワケ? 体もダメな上に、頭までダメなの?」
「どうやらそのようだな」
こいつはあきらかに、俺を罵倒し、嘲笑するためにここへ呼びつけている。
そうとしか思えない。
俺は腰をあげた。
「ご用がお済ならこの辺で」
「待って」
「まだなにか?」
「いてよ。どうせ暇なんでしょ?」
「まあ、暇だが……」
胸が痛んだ。
小学生のころ、彼女は何度も「まだ帰らないよね?」と俺に確認してきた。つらかった。彼女が家に帰りたくないのはすぐに分かった。きっと母親につらく当たられていたのだろう。
俺は「いるよ」と答えた。
遅くなって親に怒られることもあったが、それでも……。
その彼女は、いまは窓から霞んだ空を眺めていた。
大人だから、感情を表に出さないでいられるのだろう。
だが、どこか……助けを求めているようにも見えた。
俺はソファへ腰をおろし、同じく空を眺めながら言った。
「俺、正月に実家帰ったんだ」
「知ってる」
「まあ聞いてくれ。そのときさ、あんたの家も探したんだ。もしかしたら会えるかと思って」
「感傷的な話でもするつもり? そういうの、やめて欲しいんだけど」
鬱陶しそう、というよりは、哀しそうな目をしていた。
泣かれたらマズい。
俺は彼女の涙に弱い。
「いや、まあ、そうだな。じゃあ景気のいい話でもするか」
「そうしてよ」
「どこか旅行にでも行かないか? 自由になれたら、の話だけど」
「……」
無言。
だが、考え込んでいる顔だった。
不快そうでもある。
「ごめん。違う話にしよう」
「そうね。旅行なんて二度と言わないで。私を連れ去る勇気もない癖に」
やはりそうだ。
彼女は籠の中の鳥だ。
ここを出たがっている。
「えーと、ところで、この部屋は盗聴されてたりするのかな?」
「ないと思うわ。その代わり、私の有機周波数は常に観測されてる。全部はバレないけど、感情の乱れは記録に残るわ。ああ、でも安心して。どうせずっと乱れてるんだから」
このあきらめ切った表情さえいい。
俺の思い出補正もあるのかもしれないが。
「なら遠慮なく。もし俺がこの組織をぶっ壊したいと考えてるとしたら、どう思う?」
俺は意を決して危険球を投げたつもりだった。
ところが、彼女はふっと笑っただけ。
「どうって、それは想定内の展開よ。それくらいじゃ心は乱れないわ」
「協力してくれるかな?」
「んー、どうしようかしら……」
急に強気になって、妖しい笑みを浮かべた。
どんな表情も絵になる。映画のワンシーンのように見えてしまう。
彼女が表情を変えるたび好きになる。
この執着、我ながら気持ち悪い。
彼女はなにかひらめいたように、楽しそうに座り直した。
「手伝ったらご褒美くれる?」
「ご褒美? 俺が安月給なの知ってるだろ?」
「お金じゃないわ。赤ちゃんよ。二人の赤ちゃんを作るの」
「それはムリだって言っただろ……」
まだ分からないのか?
それとも分かってて言っているのか?
かぐや姫じゃあるまいし。
いや、俺にとってはかぐや姫みたいなものだが。
「あなたは、私を手に入れるためならなんでもする。そういう男でしょ?」
「そうだが……」
「なら、手に入れてみせて? むかしみたいに、私の命を独占してみせてよ?」
「……」
いますぐ自分の頭が爆発して、二秒以内に死んでしまえればと思った。
彼女の言う通りだ。
俺はある意味で、彼女を独占した。
彼女が俺の父に手を出しそうになったとかなんとかいうのは、本当は理由の一割にも満たない。
俺は、彼女が、俺以外のヤツと関係を持っているのが許せなかった。
俺たち自身は関係を持ったことさえなかったのに。
まるで粘着ストーカー男と、それを楽しむ頭のイカレた女という関係だ。
あまりにいびつ過ぎる。
「あんたは採用試験に関して、どこまで裁量があるんだ?」
「ただのアドバイザーよ」
「なら、人選に関して、口を出せる立場じゃないってことか」
「私にできるのは、娘の中からどれを選ぶかだけ」
娘――。
ハッキリ言って、彼女の娘は異常だ。日常生活においては、だが。しかし現場においては? おそらく戦力になる。
そいつが試験を突破して三課に入ってくれれば、仲間に引き込めるかもしれない。
「戦闘能力が高くて、なおかつ俺の味方になってくれそうなのはいるか?」
「味方になるかはともかく、戦闘能力の高いのはいるわね。でもその子を入れたら、誰も通過しなくなる」
どう考えても敵になるヤツだな。
そういうのはマズい。
「じゃあ条件を変えよう。俺の味方になってくれそうな子で、そこそこ戦えそうなのは?」
「いっぱいいるわね。けど生き延びた試しがないわ」
「死んで欲しくない」
「なら、戦闘能力は低いけど、いちばん頭のいい子を出そうかしら。会ったことがないから、どんな性格かは分からないけど。資料を見る限りは優秀そうよ。運がよければ通過すると思う」
そうなのだ。
どれだけ優秀でも、運が悪ければ死んでしまう。
あきらかにクソ試験だ。設計者はいますぐ死んで欲しい。
「判断は任せる。うまくいったら祝杯でもあげよう」
「じつはフィールドのさらに下層にいるから、会いたければご自由にどうぞ」
「えっ?」
いるのか?
この施設に?
「ただ、そこは保育課の管轄だから、勝手に入ったら規則違反になるけど……。でもフィールドの管理責任者なら、エアダクトを使って侵入できるはず」
「おいおい」
まるでスパイ映画だな。
「三課の前課長から、たまに写真を見せてもらってたわ。ま、見たところで『誰?』って感じだったけど」
「あの人、そんな仕事までしてたのか」
「交換条件でね。小さな違反をもみ消してあげたの。その見返り」
「違反っていうのは?」
「現場でもないのに同僚を殺した職員がいたの。で、その職員は厳罰に処される予定だったんだけど……。前課長の嘆願で、助命することになったのよ」
びっくりした。
途中まで、前課長が殺したのかと思ってしまった。
そうではなく、ほかの誰かを助けたわけだ。
しかし同僚殺しが「小さな違反」とは。
「ちなみにその職員ってのは?」
「一課のザ・フール。名前の通りの愚か者よ。なぜあんなのを助命したのか分からないわ」
つまりそいつは前課長に恩があるというわけだ。
もし会話が通じるなら、仲間に引き込めるかもしれない。
「一課は全部で何人なんだ?」
「課長とザ・フール含めて四人だけ。なに? 戦うつもりなの?」
「まさか。ただ知っておきたかっただけだよ」
俺がそう返すと、彼女は満足そうにこちらを見つめてきた。
「あなた、ウソばっかりね」
「まだウソとは決まってない。臆病なのは相変わらずだ」
「でも動機があればヤるでしょ?」
「小学生のころはそうだったかもしれない。けど、いまは動機と勝算、その両方が揃ってなければやらない」
問題は、その勝算が高まってきてしまったことだ。
俺と二番、オフューカスとヴァーゴ、そしてザ・フール。さらに御神体の娘が新人として入ってくれば、頭数は揃う。
それでも、職員同士で戦ったところで、実働部隊が共倒れになって終わるだけだ。人員を減らしても、上はまた採用試験で補填してしまう。
組織全体を破壊するには、もっと根本的な部位に致命傷を与えねばならない。
箱の中身ではなく、箱そのものを粉砕するのだ。
まずは、この組織の力の源泉を知る必要がある。
警察を黙らせるくらいだから、国家も絡んでいるだろう。つまりは政治案件。政治家が絡んでいる。そいつがカルトに心酔しているのか、あるいは金を握らされているのかは不明。最近じゃ本音と建て前を分けないヤツが増えたから、その両方かもしれない。
幸い、全機能がこの施設に集中している。
だから火薬かなにかでバーンとぶっ飛ばしてしまえば、ひとまずこの組織は死ぬ。きっと懲りずに再建されるとは思うが……。
「そういや、なんらかのプロジェクトが完成間近だって聞いたけど……」
なにかヒントはないかと思い、俺はそう尋ねた。
が、彼女は無関心だ。
「そうみたいね。けど私に聞かないで。なにも知らされてないんだから」
「御神体なのに?」
「ただのお飾りってこと。前も言った通り、ここでの私は情報を提供するだけの『モノ』でしかない」
「このクソ組織は、あんたの価値をひとつも理解してないようだな」
「サイアクよね。あのときあなたを恨みながら死んでたほうがマシだったかも」
それを言うな。
さて、困った。
俺たちの力量には限界がある。
社会全体に変更を加えることはできない。
つまり、政治家は手に負えない。
もし利権が絡んでいるのだとすれば、ひとりかふたりの政治家に「対処」したところで、この組織はなくならない。
相打ち覚悟で同僚の命を奪ったところで、この消耗品はいくらでも補充可能だから、組織はダメージを受けない。
むしろデータが取れて喜ぶかもしれない。
やる意味があるのかどうか。
では、できることはないのか?
おそらくない。
いま手持ちの情報では、そうとしか判断できない。
だから手持ちの情報を増やす。完璧な組織はない。どこかに穴がある。それを探るのだ。
(続く)




