表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルガン  作者: 不覚たん
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/41

籠の中の鳥

 春になったが、特に進展はなかった。

 仕事もなかった。

 どうやら上は、次の採用試験の準備で忙しいらしかった。


 ムリもない。うちの前課長を含め、五名もの人材が失われたのだ。

 その穴埋めが必要だったのだろう。


 俺は宝物殿へ呼び出された。


「また新人を入れるわ」

 ソファに腰をおろした御神体は、短いスカートで足を組み直した。

 いくら俺が役立たずとはいえ、それでも視線は誘導されてしまう。

 すらっとしていて、それでいて細すぎず、じつにいい脚だ。

「新人を……」

「あら、新人以外も入れたそうな顔ね」

「誰を入れるって?」

「あなたの息子とか?」

「もし元気ならな」

 元気なのは一人のときだけだ。


 彼女はなんとも言えない笑みを浮かべた。

「なにか面白いアイデアはない?」

「採用試験か? 頭のいい事務方にでも会議させたらいいじゃないか」

「みんなおカタいのよ」

「だからふにゃふにゃの俺の出番ってわけか? いや、いい。アイデアならある。あんたの娘を参加させないことだ」

 俺がそう告げると、彼女はつまらなそうに目を細めた。

「私は娘だと思ってないけど」

「そんなこと言うなよ」

「私が産んだわけでも、育てたわけでもない。勝手に培養されて、勝手に成長してるだけの誰かよ。愛着なんて抱けないわ」

 それでも生物学上は親だろう。

 いや、同じ経験をしたこともないのに、あまり強くは言えないが。


 彼女は肩をすくめたかと思うと、どっとソファに背をあずけた。

「それで? 結局、面白いことは思いつけないワケ? 体もダメな上に、頭までダメなの?」

「どうやらそのようだな」

 こいつはあきらかに、俺を罵倒し、嘲笑するためにここへ呼びつけている。

 そうとしか思えない。


 俺は腰をあげた。

「ご用がお済ならこの辺で」

「待って」

「まだなにか?」

「いてよ。どうせ暇なんでしょ?」

「まあ、暇だが……」


 胸が痛んだ。

 小学生のころ、彼女は何度も「まだ帰らないよね?」と俺に確認してきた。つらかった。彼女が家に帰りたくないのはすぐに分かった。きっと母親につらく当たられていたのだろう。

 俺は「いるよ」と答えた。

 遅くなって親に怒られることもあったが、それでも……。


 その彼女は、いまは窓から霞んだ空を眺めていた。

 大人だから、感情を表に出さないでいられるのだろう。

 だが、どこか……助けを求めているようにも見えた。


 俺はソファへ腰をおろし、同じく空を眺めながら言った。

「俺、正月に実家帰ったんだ」

「知ってる」

「まあ聞いてくれ。そのときさ、あんたの家も探したんだ。もしかしたら会えるかと思って」

「感傷的な話でもするつもり? そういうの、やめて欲しいんだけど」

 鬱陶しそう、というよりは、哀しそうな目をしていた。

 泣かれたらマズい。

 俺は彼女の涙に弱い。


「いや、まあ、そうだな。じゃあ景気のいい話でもするか」

「そうしてよ」

「どこか旅行にでも行かないか? 自由になれたら、の話だけど」

「……」

 無言。

 だが、考え込んでいる顔だった。

 不快そうでもある。


「ごめん。違う話にしよう」

「そうね。旅行なんて二度と言わないで。私を連れ去る勇気もない癖に」


 やはりそうだ。

 彼女は籠の中の鳥だ。

 ここを出たがっている。


「えーと、ところで、この部屋は盗聴されてたりするのかな?」

「ないと思うわ。その代わり、私の有機周波数は常に観測されてる。全部はバレないけど、感情の乱れは記録に残るわ。ああ、でも安心して。どうせずっと乱れてるんだから」

 このあきらめ切った表情さえいい。

 俺の思い出補正もあるのかもしれないが。


「なら遠慮なく。もし俺がこの組織をぶっ壊したいと考えてるとしたら、どう思う?」

 俺は意を決して危険球を投げたつもりだった。

 ところが、彼女はふっと笑っただけ。

「どうって、それは想定内の展開よ。それくらいじゃ心は乱れないわ」

「協力してくれるかな?」

「んー、どうしようかしら……」

 急に強気になって、妖しい笑みを浮かべた。

 どんな表情も絵になる。映画のワンシーンのように見えてしまう。

 彼女が表情を変えるたび好きになる。

 この執着、我ながら気持ち悪い。


 彼女はなにかひらめいたように、楽しそうに座り直した。

「手伝ったらご褒美くれる?」

「ご褒美? 俺が安月給なの知ってるだろ?」

「お金じゃないわ。赤ちゃんよ。二人の赤ちゃんを作るの」

「それはムリだって言っただろ……」

 まだ分からないのか?

 それとも分かってて言っているのか?

 かぐや姫じゃあるまいし。

 いや、俺にとってはかぐや姫みたいなものだが。


「あなたは、私を手に入れるためならなんでもする。そういう男でしょ?」

「そうだが……」

「なら、手に入れてみせて? むかしみたいに、私の命を独占してみせてよ?」

「……」


 いますぐ自分の頭が爆発して、二秒以内に死んでしまえればと思った。


 彼女の言う通りだ。

 俺はある意味で、彼女を独占した。

 彼女が俺の父に手を出しそうになったとかなんとかいうのは、本当は理由の一割にも満たない。

 俺は、彼女が、俺以外のヤツと関係を持っているのが許せなかった。

 俺たち自身は関係を持ったことさえなかったのに。


 まるで粘着ストーカー男と、それを楽しむ頭のイカレた女という関係だ。

 あまりにいびつ過ぎる。


「あんたは採用試験に関して、どこまで裁量があるんだ?」

「ただのアドバイザーよ」

「なら、人選に関して、口を出せる立場じゃないってことか」

「私にできるのは、娘の中からどれを選ぶかだけ」


 娘――。

 ハッキリ言って、彼女の娘は異常だ。日常生活においては、だが。しかし現場においては? おそらく戦力になる。

 そいつが試験を突破して三課に入ってくれれば、仲間に引き込めるかもしれない。


「戦闘能力が高くて、なおかつ俺の味方になってくれそうなのはいるか?」

「味方になるかはともかく、戦闘能力の高いのはいるわね。でもその子を入れたら、誰も通過しなくなる」

 どう考えても敵になるヤツだな。

 そういうのはマズい。

「じゃあ条件を変えよう。俺の味方になってくれそうな子で、そこそこ戦えそうなのは?」

「いっぱいいるわね。けど生き延びた試しがないわ」

「死んで欲しくない」

「なら、戦闘能力は低いけど、いちばん頭のいい子を出そうかしら。会ったことがないから、どんな性格かは分からないけど。資料を見る限りは優秀そうよ。運がよければ通過すると思う」

 そうなのだ。

 どれだけ優秀でも、運が悪ければ死んでしまう。

 あきらかにクソ試験だ。設計者はいますぐ死んで欲しい。


「判断は任せる。うまくいったら祝杯でもあげよう」

「じつはフィールドのさらに下層にいるから、会いたければご自由にどうぞ」

「えっ?」

 いるのか?

 この施設に?

「ただ、そこは保育課の管轄だから、勝手に入ったら規則違反になるけど……。でもフィールドの管理責任者なら、エアダクトを使って侵入できるはず」

「おいおい」

 まるでスパイ映画だな。


「三課の前課長から、たまに写真を見せてもらってたわ。ま、見たところで『誰?』って感じだったけど」

「あの人、そんな仕事までしてたのか」

「交換条件でね。小さな違反をもみ消してあげたの。その見返り」

「違反っていうのは?」

「現場でもないのに同僚を殺した職員がいたの。で、その職員は厳罰に処される予定だったんだけど……。前課長の嘆願で、助命することになったのよ」

 びっくりした。

 途中まで、前課長が殺したのかと思ってしまった。

 そうではなく、ほかの誰かを助けたわけだ。

 しかし同僚殺しが「小さな違反」とは。


「ちなみにその職員ってのは?」

「一課のザ・フール。名前の通りの愚か者よ。なぜあんなのを助命したのか分からないわ」

 つまりそいつは前課長に恩があるというわけだ。

 もし会話が通じるなら、仲間に引き込めるかもしれない。


「一課は全部で何人なんだ?」

「課長とザ・フール含めて四人だけ。なに? 戦うつもりなの?」

「まさか。ただ知っておきたかっただけだよ」

 俺がそう返すと、彼女は満足そうにこちらを見つめてきた。

「あなた、ウソばっかりね」

「まだウソとは決まってない。臆病なのは相変わらずだ」

「でも動機があればヤるでしょ?」

「小学生のころはそうだったかもしれない。けど、いまは動機と勝算、その両方が揃ってなければやらない」


 問題は、その勝算が高まってきてしまったことだ。

 俺と二番、オフューカスとヴァーゴ、そしてザ・フール。さらに御神体の娘が新人として入ってくれば、頭数は揃う。

 それでも、職員同士で戦ったところで、実働部隊が共倒れになって終わるだけだ。人員を減らしても、上はまた採用試験で補填してしまう。

 組織全体を破壊するには、もっと根本的な部位に致命傷を与えねばならない。

 箱の中身ではなく、箱そのものを粉砕するのだ。


 まずは、この組織の力の源泉を知る必要がある。

 警察を黙らせるくらいだから、国家も絡んでいるだろう。つまりは政治案件。政治家が絡んでいる。そいつがカルトに心酔しているのか、あるいは金を握らされているのかは不明。最近じゃ本音と建て前を分けないヤツが増えたから、その両方かもしれない。


 幸い、全機能がこの施設に集中している。

 だから火薬かなにかでバーンとぶっ飛ばしてしまえば、ひとまずこの組織は死ぬ。きっと懲りずに再建されるとは思うが……。


「そういや、なんらかのプロジェクトが完成間近だって聞いたけど……」

 なにかヒントはないかと思い、俺はそう尋ねた。

 が、彼女は無関心だ。

「そうみたいね。けど私に聞かないで。なにも知らされてないんだから」

「御神体なのに?」

「ただのお飾りってこと。前も言った通り、ここでの私は情報を提供するだけの『モノ』でしかない」

「このクソ組織は、あんたの価値をひとつも理解してないようだな」

「サイアクよね。あのときあなたを恨みながら死んでたほうがマシだったかも」

 それを言うな。


 さて、困った。


 俺たちの力量には限界がある。

 社会全体に変更を加えることはできない。

 つまり、政治家は手に負えない。

 もし利権が絡んでいるのだとすれば、ひとりかふたりの政治家に「対処」したところで、この組織はなくならない。


 相打ち覚悟で同僚の命を奪ったところで、この消耗品はいくらでも補充可能だから、組織はダメージを受けない。

 むしろデータが取れて喜ぶかもしれない。

 やる意味があるのかどうか。


 では、できることはないのか?

 おそらくない。

 いま手持ちの情報では、そうとしか判断できない。

 だから手持ちの情報を増やす。完璧な組織はない。どこかに穴がある。それを探るのだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ