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オルガン  作者: 不覚たん
本編
16/41

ビーンボール

 連れてこられたのは、前課長とよく来た居酒屋だった。

 いや定食屋か。

 夜よりは繁盛している。


 俺たちはテーブル席で向かい合って座り、食事をオーダーした。

「現場で起きたことは、謝る気はない。そちらも謝らないでくれ。ただ、おたくの前課長とは馴染みでな。この結果は、俺も歓迎していない」

「はぁ」


 ムカつくことはムカつくが、被害を出したのはお互いさまだ。

 だいたい、自分の意思でないとはいえ、俺たちは毎回どこかへ乗り込んで行って人の命を奪っている。自分たちだけ被害者ヅラするわけにはいかない。


 名はオフューカスだったか。

 彼はコップの水を飲み、こう続けた。

「あんた、どこかから金借りたか?」

「えっ? いえ、別に。なぜです?」

「採用試験にぶち込まれるのは、うちから金を借りて、返済できなかった連中だけだ。だがあんたは違うよな? 不思議に思わないか?」

「不思議ですよ、そりゃ」

 なんだ?

 俺をハメた犯人でも教えてくれるっていうのか?

 こんな定食屋で?


 彼は三白眼の眼球をキョロキョロと動かしてから、静かに告げた。

「じつは俺がハメた」

「……」

「悪いとは思ってる。だが、どうしてもきっかけが欲しくてな。言っておくが、おたくの前課長も共犯だからな」

 ブチギレたほうがいいのだろうか?

 急だったせいか、完全にそのタイミングを逃してしまった。

「ホントに?」

「いまから危険球を投げるが、オーバーなリアクションするなよ」

「はい?」

「俺たちは、あの組織をぶっ壊そうと思ってる」

「……」


 あの組織?

 埼玉有機周波数研究所を?


 男は肩をすくめてみせた。

「手を貸してくれるよな?」

「いや、俺になんの関係が……」

「御神体と過去に関係のあった人間を使えば、変化のきっかけになると思ってな。ま、予想してたような効果はなかったが……。こっちも手段を選んでいる余裕がなかった。悪く思わないでくれ。いや思ってもいいが、表に出さないでくれ」

「勝手な……」

「詳しいスペックについては前課長から聞いてる。御神体との関係はともかく、冷静なヤツが仲間になるのは大歓迎だ。先日の現場でも分かったと思うが、頭の悪いヤツは勝手に暴走する。ああいうのは仲間にできない」


 たしかに、あの連中はクソだった。

 スコア欲しさに、前課長との交渉に応じたフリをして、俺たち全員を狩りに来た。


「俺だって仲間になりたくないですよ」

「まあそうだろうな。なんのメリットもない。むしろ危険なだけだ。だが、ムカつかねぇのか? あの組織のやりかたによ」

「ムカつきはしますけど」

「金で命を買ってるようなもんだ。どの現場もつれぇもんでよ……」

「それは思いますけど」


 店のおばちゃんが食事を運んできたので、俺たちはしばし沈黙した。

 うまそうなエビフライ定食だ。


「俺も詳しい情報はつかんでないが、御神体が来てから研究が進んだようでな。もうすぐ完成なんだそうだ」

「完成? なにがです?」

 すると彼は、ほとんど毛のない眉をひそめた。

「それが分からねぇのよ」

「どういう……」

「とにかく秘密主義だからな。分かってるのは、なんらかのプロジェクトがひとつ完成するらしいってことだけ。おかげで事務方から現場行け現場行けってうるせぇのなんの。あ、現場行くとなんで研究が進むかは知ってるか?」

「いちおう」

「さすがだな。とんでもねぇ機密なのに」

 御神体が勝手に喋ったのだ。

 俺がすっぱ抜いた情報じゃない。


 俺はエビフライをかじり、男はサバ味噌煮定食をむさぼった。

 衣がサクサクでうまい。うまいがサクサクすぎて口内にダメージを受けそうだ。ソースと醤油のブレンドされたタレも味わい深い。


 彼はまたコップの水を飲んでから、こう続けた。

「とにかく、そのプロジェクトが完成する前に、なんとかしたいと思っててな」

「本気なんですか?」

「本気だ。前課長との約束もあるしな。ホントなら、一緒にやり遂げるはずだったのによ……」

「……」


 だが、前課長は、俺たちになにも話してはくれなかった。

 巻き込みたくなかったのかもしれない。

 いや、巻き込みたくないなら、そもそも俺をここに入れたりしないはず。タイミングをうかがっていただけかもしれない。そして予想外の理由で死亡した。


 俺はエビの尻尾をかみつぶして飲み込み、こう尋ねた。

「メンバーは?」

「正直に言うぞ。いまのところ俺だけだ」

「はい?」

「信用できないヤツは誘えないからな。いちおうヴァーゴにも声をかけたがフラれた。あいつは頭もいいし、戦力にもなるし、最高の逸材なんだがな」

 志高く巨悪と戦う孤高の戦士、というわけだ。

 悪く言えば仲間がいないだけ。

 ひとりで空回りしている。


 当然、分が悪い。

 俺が参加したところで総勢二名。

 対する研究所は……。戦闘狂の一課、数の多い二課、そしてキリング・マシーンのいる三課。

 勝てるわけがない。


 俺もコップの水を飲み、こう応じた。

「もしうちの二番を仲間に入れたら、ヴァーゴさんも手を貸してくれると思いますよ」

「まあ、そりゃそうなりゃ嬉しいが……」

「なにか問題が?」

「ヴァーゴから、二番には手を出すなって釘を刺されててな」

「なるほど。でも俺は釘を刺されてない」

 彼は薄い唇でフッと笑った。

「頼りになるヤツだと思ってたぜ」

「まだ承諾したわけじゃないですよ。ただ、可能性を探るだけなら」


 *


 飯代をおごってもらった。

 それでもまだ二課にはいい印象がないが……。彼らが一枚岩でないことは分かった。というか、そもそもがただの寄せ集め集団だ。明確な目的をもって参加した人間は一人もいない。それが組織に組み込まれてから、出世欲などで率先して殺しをやるようになるだけ。

 力を持った誰かに、「こっちが上で、こっちが下です」と言われると、そのまま受け入れてしまう人間はいる。こんなクソ組織で出世したところで、己のチンパンぶりを証明するだけだろうに。いや給料もよくなるのかもしれないが。

 他人の命が金にしか見えなくなったら人間失格だ。殺しは金ではなく感情でやるものだ。いやそれも絶対にダメだが……。


 俺は自分勝手な理由で人を殺そうとした男だ。

 こうして人様の行いを否定する資格があるのかは怪しい。


「で、なに話してきたの? 教えて。命令」

 居室へ戻ると、二番が仁王立ちしていた。

「時期が来たら話すよ」

「はぁ? また秘密なワケ? あたし、あんたのボスなんだけど?」

「お互いのためなんだ」

「なにそれ? お互いのため? ホント、カッコつけマンだよね」

 今どき「カッコつけマン」なんて言うか?

 いや、彼女は課長とずっと二人だったから、昭和のセンスを刷り込まれているのかもしれない。

「それより、レポートの解析は進んだのかな?」

「勝手に話題変えんな」

「立派なボスになれば、みんながあんたを頼るようになるぜ。そのうち入ってくる新人にもナメられないで済む」

「ナメられる前提? ムカつくんだけど」

 成長しなければ、そうなる。

 次に入ってくる新人は中年男性かもしれないのだ。中年男性は、たいていの場合、無条件で若い女をナメる。まあボスにそんなことをしたら、先輩の俺がフィールド送りにしてやるが。


 彼女は椅子に腰をおろし、「はぁー」と大仰に溜め息をついた。

「でも新人かぁ……。どーせ来てもすぐ昇進して二課に行っちゃうんだろうなぁ……」

「ムリもない。御神体に言わせれば、三課は新人か落ちこぼれの受け皿なんだとよ」

「今度そいつ殺してきてよ」

「善処しよう」

 前回は仕留め損なったからな。

 もし次にその機会があれば、確実にヤる。


 会話が途絶すると、この居室は本当に静かになる。

 デスクは二つしかない。

 防音だけはしっかりしているから、他部署の声は聞こえない。いるのかいないのかさえ分からない。閉ざされた世界のように感じる。


「ところでボス、銃の訓練だけど」

「やらない」

 返事が早い。

「せっかくいい腕してるんだから」

「やらない。あたし、嫌いなの。今後も銃は持たないから。全部あんたがやること。命令」

「さすがにパワハラだろ」

 モラルの欠如した上司ほど恐ろしいものはない。

 上が腐れば、下も腐る。


「けど不公平だよな。銃が嫌いなのに、あんだけ腕がいいなんて」

「体が勝手に動いたの。きっと課長が助けてくれたんだと思う」

「そう……かも?」

 いや、そんなわけはない。


 車体に隠れながら、見もせずに銃弾を命中させた。

 おそらく偶然ではない。直前に見た映像を記憶しておき、正確にそこを撃ち抜いたのだ。

 あきらかに才能がある。

 これで銃を持つのに抵抗がなければ、とんでもない戦力になる。


「三番くん、なんか勘違いしてるみたいだけどさぁ、あたし、もともとお花屋さんになりたかったワケ。で、いろんなカップルが仲良くなるお手伝いをしたかったの。善人じゃない?」

「善人? そんなヤツが借金を踏み倒すか?」

「は? ここのふざけた金貸しのこと言ってる? 自分だって踏み倒したからここに来たんでしょ? なんなの? 自分のこと棚に上げて、あたしのこと言う資格ある?」

「いや、まあ、そう……」

 そうじゃないが、そういうことにしておいたほうがいいんだろう。


「三番くんさぁ、そういうとこ直した方がいいよ? 新人にナメられるから」

「ごめんなさい」

「以後気を付けなさい。命令」

「はい」

 クソ、ホントのことが言えれば……。


 俺は善人じゃないし、なんなら殺人犯だが、借金の件に関して言えば完全に被害者だ。

 あのヘビ野郎……。

 ホントにこの組織と戦うつもりなんだろうか? 勝算はあるのか?

 仮に俺と二番とヴァーゴが仲間になったとして――。レポートを見る限り、一課の戦闘能力は桁違いだ。反社の事務所をまるまるひとつ潰したりしている。一課との戦闘になれば、俺たちに勝ち目はない。

 人員もない。支援もない。策もない。

 無謀もいいところだ。


 頭のおかしなことは、頭のおかしなヤツがやればいい。

 俺は俺らしく、無難にやらせてもらう。


(続く)

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