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オルガン  作者: 不覚たん
本編
13/41

お互いさま

 スマホに連絡があり、事後処理などするからその場で待機せよとの命令を受けた。

 二番は、課長の死体に寄り添い、ずっと手を握っていた。


 近隣に人家がないためか、警察の出動はなかった。

 運がよかった。

 いや、こういう地形だからこそ二課が乗り込んできたのかもしれない。警察が絡むと厄介になる。


 何台もの車が入ってきた。

 普通車だけでなく、バン、牽引車などなど……。


 タイヤのパンクした車を移動させないといけないし、死体も運び出さねばならない。


 顔まで覆った防護服の連中がやってきた。

「二番、死体から離れなさい」

「やだ」

「命令に背くと罰則があるぞ」

「やだ」


 課長の死体は、まるで抜け殻のようにぺしゃんこに見えた。

 血液が流出したせいもあるが、呼吸が止まって肺がふくらんでいないせいもあるだろう。とにかく一回り小さく見えた。


「二番さん、あとは彼らに任せよう」

 俺がそう諭すと、彼女はゆっくりと呼吸をし、こちらを見た。

「もう会えないんだよ?」

「分かるけど……」


 すると防護服の連中は「先にあっち片付けるぞ」と移動してくれた。

 かすかに良心らしきものはあるようだ。


 車からは、御神体がおりてきた。


「不幸だったわね」

 いつものタイトスーツに、ゴージャスなコートをはおっている。

 ずいぶんと着飾ったいでたちだ。

 喪服に着替えろとは言わないが、もう少し配慮してくれてもよかった。


 溜め息をつくと、まっしろな霧となった。

 雪が降っていないのが不思議なほどの寒さだ。


「これがあんたらの望んだ結果だろ?」

「いいえ」


 空疎な会話。

 だが、二番が全弾撃ち尽くしたのはよかった。

 誰かが口を滑らせても、事故が起こる可能性は低い。


 御神体は告げた。

「辞令を出します。二番、いまこのときをもって、あなたを三課の課長に命じます」

「分かりました」

 二番は振り向きもせず、そう応じた。

 完全に心を殺している。

 このあとの反動が怖い。


 御神体は去った。

 ややあって、防護服どもが戻ってきた。


 *


 免許のある人間に運転してもらい、車で事務所まで戻った。

 今日は定時前に帰っていいと言われたのだが、俺たちはいつまでも居室にいた。


 二番は、課長の席には座ろうとしなかった。


「あ、えーと、課長って……そうか、いないんだった」

 彼女はキョロキョロして、そんなことを言った。


 ちゃんと現実を受け入れている。

 その代償として、うつろな顔をしている。


「三番くん、今日も飲み行くよね?」

「休んだほうがいいと思うけど」

「行かないの? あたしは行くけど? 一杯くらい付き合ったら?」

「なら行くよ」

 放っておいたら、なにをするか分からない雰囲気だった。


 *


 少し早くあがって、居酒屋に入った。

 もうすでに常連客がいた。

 それでも静かなものだ。


 乾杯をすると、彼女はすぐに「ちょっとトイレ」と席を外した。


「吐いちゃった」

 戻ってきてそんなことを言った。


「いっぱい、いろんなこと考えちゃった……。でもいまは考えたくないな」

「やっぱり今日はもう帰らないか?」

「一人になったら、あたし、なにするか分からない」

「うちに来るといい」

 いや、そうじゃなくても誘うつもりでいた。

 もちろん下心などない。

 仮にあったとして俺のは機能しないしな。


 二番はしばらくこっちを見たかと思うと、少し笑った。

「なに? あたしのこと狙ってんの?」

「違うよ」

 俺も笑った。

 冗談を言ってくれたのが嬉しかった。

 ムリをしていなければいいが。


 *


 自宅で、なんとかくつろいでもらった。

 キレイな部屋とは言わないが、あまりモノは置いていないから、スペースだけはある。


「なんか、人間の部屋じゃないみたい」

「人間の部屋だよ」

「ねえ、採用試験の話、聞かせてよ。殺したくない人、殺したときの話。まだ聞いてなかったから」

 天使ちゃんのことか。

 たしかに言っていなかったな。


 小さなテーブルを挟んで座った。


「その子は、天使ちゃんって名乗ってた……」


 *


 話が終わるころには、二番は膝を抱えたまま横に倒れていた。

「なんか不思議……。でもそいつが悪役だったんでしょ? 殺さなかったら、あんただって終わってたじゃん?」

「まあ、そう……」

 正確には「悪役」ではなく「重大な罪をおかした人間」という表現だったが。


 彼女は「ふーん」とつぶやいてから、思い出したようにこう続けた。

「あー、でもなんか、いたかも。その天使ちゃんみたいな子」

「いた?」

「すっごい無口な不思議な子で……。誰とも会話してなかったけど。終わったあとのスコア見たら、わりと撃ってたっぽかった。途中で死んじゃったけどね」

 そいつも御神体の娘かもしれない。

 遺伝子をこねくり回して「培養」しているらしいから、どこかで量産されているのかもしれない。


「はー、疲れた。なんで人間って生き返らないんだろうね? 簡単にぽんって生き返ればいいのに。なんかムカつくよね」

「俺もそう思うよ」

「もしできるとしたら、その天使ちゃんのこと、生き返らせたい?」

「分からない」


 分からない。


 彼女が生きていて幸福だったかどうか、自信がない。

 自分を出来損ないだと思い込んでいた。

 もし生き返らせるにしても、まずはその環境を破壊してからでないと。


「三番くんってさ、誰にでも優しいの?」

 急にそんなことを聞かれた。

「べつに優しくない」

「少なくともあたしには優しいよ」

「仲間だから」

 心にもないことを言ってしまった。


 だが広い意味で仲間なのはウソじゃない。

 少なくとも現場では運命共同体だ。


 俺は基本的に、他人のことをどうでもいいと思っている。

 だから親切にするときも、べつにどうでもいいと思っている。

 逆ギレされても気にしない。

 感謝されても嬉しくない。

 それは言い過ぎかもしれないが、あまり感情を動かされないのは事実だ。


 もし川を眺めていて、ある石をどかしたら流れがよくなると感じたら?

 俺は石をどかすだろう。

 それが犯罪行為なら躊躇もするが、犯罪でない場合は気軽になる。


 俺のやる親切っぽいものの正体は、それだ。


 いま二番に問題を起こされると、俺は苦痛を感じる。

 天使ちゃんの件を悔いているのも、彼女に死ぬ必要がなかったと考えるからだ。


 もちろん俺にも人の心はある。人並の感想は抱いた上で、どうしようもなさとすり合わせて、最終的な判断をしているのだ。


 つまり俺は、ある意味では大人になれたのだ。

 自分の感情と、自然界のエネルギーの流れを、折衷させることに成功した。本心はどうあれ。


「眠くなってきちゃった」

 二番は手足を投げ出してそうつぶやいた。

 眠れるのはいいことだ。

 眠れないよりはいい。

 眠っている間、心が整理される。悪夢を見ることもあるが、とにかく整理される。ウソでもそう信じることができる。


「毛布使って」

「ありがと」


 *


 翌朝、二番はちゃんとリビングにいた。ぐったり横になっているが、目はさめているようだ。


「おはよう」

「おはよう」


 朝食は、昨日のうちにコンビニで買っておいた。

 サンドイッチやおにぎりだ。


 俺は湯を沸かし始めた。

 基本的に料理はしないから、コンロを使うのはこのときだけ。


「あたし、泣かなかったね」

「いまはまだ……」

「この先も泣かないかも」

「そう……」


 どう返事をすべきか分からなかった。


 会話が途切れたので、俺たちはしばらく古い換気扇の回る音を聞いた。

 聞きなれた生活音は、どこか安心する。

 ここが日常の空間だと認識できるからか。


「そういえば、会社からメール来てた」

「なんて?」

「フィールドの管理責任者に命じる、だってさ。なにすんだろ?」

「さあ」


 フィールド、か。

 いったいなぜあんなものが存在しているのだろう。

 懲罰のためか?

 それにしては大掛かりだ。コスパもよくない。


 いや、人を殺してデータを集めるという、極めて頭のおかしなカルトのやることだ。俺ごときの理解など到底及ぶまい。きっとコスパも無関係。考えるだけムダだ。


 二番はサンドイッチを手に、じっとこちらを見てきた。

「おにぎりと交換したい」

「俺の? いいけど」

「いっこずつね」

 食欲があるのはなによりだ。


 いかんな。

 俺まで親心を抱き始めている。

 まだ子供もいないのに。


「二番さん。もしなにか困ったことがあったら、なんでも言って欲しい。できる限り手を貸すから」

 俺がそう切り出すと、彼女はかすかに、しかし困惑気味に笑った。

「なんかムカつくかも」

「えっ?」

「課長が死んで哀しんでるの、あたしだけじゃないでしょ? なのに、なんでそんなに平気でいられるの?」

「平気じゃない。俺だって動揺してる。ただ、感情を表に出しても解決しないから……」

「ごめん。いまのはさすがに失礼だったね。ごめんね」

「いいよ」


 だが彼女は、俺に不信感を抱いただろう。

 なんとなくそんな感じがした。


 会話もなく朝食をとったのち、俺たちは出勤の準備をした。


 とても天気がいい。

 いくらこちらの気分が冴えなくとも、世界にとっては無関係なことだ。どうでもいい。そう。どうでもいい。俺も、世界も、お互いにどうでもいいと思っている。


(続く)

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