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オルガン  作者: 不覚たん
本編

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12/41

課長

 正月は東北へ帰った。

 俺は以前の仕事を辞めて、別の会社に転職したことにした。まあ、そう説明するよりほかなかったわけだが。口を滑らせれば家族にも害が及びかねない。


 御神体の実家はもう取り壊されていた。おそらく彼女は帰省していないだろう。

 あの母親は引っ越したのか、死んだのか、それさえ分からない。


 *


 正月明けは、二番の件を課長に相談したりもしたのだが、「そのことはあとで」と取り合えってもらえなかった。

 二番は相変わらず銃も握れないまま。


 それでも一月は仕事がなかったからよかった。


 寒さも冴えわたる二月、なんらの進展もないまま仕事が入った。


「もー、寒いのになんで……」

 二番は自動車の後部座席で横になり、ずっと不満を口にしていた。

「もっと暖房強くしようか?」

「そういうんじゃないです」

 課長の親切心も、二番のガキのような態度で両断された。

 いや、課長は意外とこのやり取りを楽しんでいるのかもしれない。


 俺はガキのころ、あまりにただれた男女関係を突きつけられた。そのせいもあり、赤の他人同士がこんな関係を築いているのは新鮮な気分だった。


 *


 車がついたのは山梨の廃病院だった。

 山深い場所だから、周囲に住宅などはない。

 かつてはサナトリウムだったのだろうか。いまや外壁はボロボロで、枯れたツタも這い回っており、幽霊でも出てきそうなホラースポットにしか見えなかった。朝だからまだマシだが、夜は絶対に来たくない。


 組織から金を借りた連中が、ここに隠れて暮らしているらしい。


 とんでもなく寒い場所だ。とても人の住める場所ではない。彼らも、そこまでしなければ、組織から逃げられないと思ったのだろう。

 だが残念ながら、来てしまった。


「はい、これ銃ね」

 課長が差し出した銃を、俺はいつものように受け取った。

 二番も文句を言わず、ぷるぷる震えながら両手で受け取った。いちおう頑張ろうとはしている。


 呼気が白い。

 底冷えする。

 土を踏むと靴にザクザクとした霜の感覚があった。


 課長は青白い顔で、ひときわ大きな溜め息をついた。

「先客がいるね」

「えっ?」


 えっ?

 えっ?


 いや、俺も、そんなマヌケな反応をしている場合ではないのだが……。

 ターゲット以外に誰かいるということだ。

 その誰かが同業者だとしたら、深刻な問題となる。


 通常、出動したら、最低でも一人は死者を出さなくてはならない。

 やむをえず見逃してもいいが、その場合、なんらかの罰を受けることになる。射殺されるか、フィールドに送られるか、あるいはその他か……。


 俺はおそるおそる尋ねた。

「先客って?」

「あの車。一課か二課だね」

 俺は車に詳しくないから、ただのセダンにしか見えなかったが。

 ただまあ、その白い車は、俺たちが乗ってるのと同じタイプだった。一軍も二軍も、三軍と同じ車を貸与されているらしい。


 ともあれ、問題だ。

 もし先客がターゲットを全滅させていた場合、俺たちは、ターゲット以外の誰かを殺さないといけなくなる。

 それは誰でもいい。

 仲間でもいい。


 課長は表情を消し、二番に尋ねた。

「二番ちゃん、安全装置外した?」

「あ、安全装置? どれですか?」

「これ」

「はい」

「これで敵に狙いをつけて、トリガーを引いたら撃てるから」

「えっ? えっ? 課長、一緒に来てくれないんですか?」

 寒さもあるのかもしれないが、地団駄を踏んでいる。


 課長はにこりともしない。

「いや、僕が一人で行く」

「えっ?」

「ただ、連中……もしかするとこちらを狙ってるかもしれないから、覚悟だけはしておいてね。僕らと違って、彼ら昇進したがってるから。見境なしに襲ってくるかも」

「あの、一人って……」

 二番の疑問は、俺も気になっていたところだ。


 課長はこちらを見た。

「三番くん、二番ちゃんのことお願いね」

「いや、俺も行きますよ」

「命令。ここで待機。銃声がしたらすぐに車で逃げて」

「課長を置き去りにはできませんよ!」

 俺もついムキになってしまった。

 この人は、どこまでお人好しなんだ?


 するとこちらの肩をぽんぽんと叩いてきた。

「別に死なないよ。僕はね、もうこの仕事長いんです。話をまとめたら戻ってくるから。それに、もし車が必要なら、彼らのを借りればいいわけだし」


 車は四人乗り。常識的に考えれば、敵は最大で四人。詰めれば五人。

 そこへ課長が一人で乗り込むという。


「頭数は多ければ多いほうがいいと思います」

「戦闘の場合はね? けど交渉の場合はそうじゃないでしょ?」

「本当に安全なんですか?」

「それは相手次第だけど……。まあ見てて。意外と大丈夫だから。いい? 僕の命令守ってね? 守らなかったら作戦が台無しになるから」

「はぁ」


 課長は本当に行ってしまった。

 一人で。

 古びたトレンチコートの背中が、なんだか頼りなさそうだった。


 いや、スキルはある。度胸もある。前回などは、重機の窓を撃ち抜いて俺を助けてくれた。ただのおじさんではない。

 だが、相手も一般人ではない。

 トーシロに毛の生えた集団かもしれないが、少なくとも銃を所持している。


 二番が、課長の背と、こちらを交互に見ながら訴えかけてきた。

「ねえ、なんで……? なんで一人で行かせたの?」

「命令だから」

「でも、一人じゃ危ないよ……」

「交渉に行っただけだから」

「課長、死んじゃう……」

 もちろんその懸念もある。

 ただ、のらりくらりと生き延びそうな人物でもある。

 ちょっと分からない。


 銃声は鳴らない。

 俺たちはただ、寒い空気にさらされているだけ。


 *


 十数分……いや二十分以上は待っただろうか。

 奥から人影が現れた。

 すぐに課長だと分かった。

 こちらへ軽く手を振り、寒そうに手を息であたためながら戻ってきた。


「いやー、遅くなったね。車の中で待ってればよかったのに」

「課長! 怪我してないですか!?」

 二番があわただしく駆け寄った。

 まるで子犬みたいだ。


 いや俺もほっとした。

 万が一、という気持ちはあった。

 課長が簡単に死ぬとは思えなかったが、それでも未来がどうなるかは誰にも分からない。


 俺は経過を尋ねた。

「どうだったんですか?」

「うん……」

 うん?

 顔色がよくないのはいつものことだが……。


 すると課長はふところに手を入れ、銃を取り出した。

 まさか、俺たちを裏切った……?


 パァンと音がした。

 一拍遅れて、課長も振り向きざまに撃ち返した。


 ツケられていたのだ。

 しかも彼らは、なぜかパニックを起こしていた。

「おいまだ撃つなっツったろ!」

「ジェミニが撃たれました!」

「いったん引け! いや引くな! 身を隠せ!」


 課長も膝をついた。

 撃たれていた。

 彼は苦しそうな顔で、俺たちを自動車のかげへ押し込んだ。

「逃げて……。早く……」

「課長!」

 出血量がすごい。

 地面がみるみる血液で染められてゆく。

 急所を撃たれたのだろう。


 二番が「か……」と口を半開きにしたまま棒立ちになっていたので、俺はしゃがませた。

「危ないから伏せて」

「課長が……」

「大丈夫。大丈夫だ。早く車に乗って。課長も乗せて逃げるから」

 無免許だが関係ない。

 緊急避難だ。

 逃げるしかない。

 免許は持っていないが、自動車学校だけは卒業した。ずいぶん昔だが。ともあれ、オートマ車なら勘でいける。たぶん。


 なのに、二番は動かなかった。

「ね、いま嘘の話はやめようよ」

「はい?」

「課長、もう死んでるよね?」

「いやまだ……」

「嘘はやめて。ね?」

 彼女は顔面蒼白で、無表情になっていた。まっしろな人形みたいだ。

 叫ばないだけマシだが……。


 なんだ?

 逃げないのか?

 どうしたい?


 二番は、自分の手に握られた銃をしげしげと眺めた。かと思うと、車に身を隠したまま、手だけを出して発砲を始めた。

 何発も、何発も。

 悔しいのは分かるが、そんなに乱射したところで……。


 だが――。

「班長! トーラスが被弾!」

「ちゃんと隠れてろバカ!」

 当たった?


 敵も射撃を始めた。

 パァン、パァン、と、脳に響くような音。

 どこか遠くの世界の出来事のようだ。

 爆竹を鳴らすお祭りを思い出す。


 二番は銃を撃ち尽くすと、課長の銃を借りて発砲を続けた。

 かと思うと、車から出て敵へ向かって歩き始めた。


「あ、おい! ちょっと!」

 俺はつい頭を出して確認してしまった。

 四人いたらしい敵のうち、三人までもが地べたをのたうっていた。

 そして二番が歩き出したので、最後の一人が背を向けて逃げ出した。


 敵が大きく迂回して車に乗り込むと、二番はそのタイヤを撃ち抜いた。バァンとひときわ大きな破裂音ののち、車体が斜めに傾いた。

 男は車の中に籠城したまま、手だけを出して応戦した。

 二番はその手を撃ち抜いた。


 我が目を疑ったが、どうやら事実だ。


 これで敵の戦闘能力はなくなった、と判断していいだろう。


 二番はそれでも止まらなかった。

 ドアを開き、まずは男の足を撃ち抜いた。それから髪をつかんでうつ伏せに引きずり出し、今度は肩口を撃ち抜いた。


 俺は駆け寄ったものの、制止することもできず、ただ見守ることしかできなかった。


「ねえ、なんで撃ったの?」

「頼む! 助けてくれ!」

「質問に答えて?」

「違うんだ! 俺は撃つなってだがぁッ!」

 釈明する男の足を、二番は踏みつけた。

 ちょうど撃たれた場所だ。

「課長、交渉するって言ってた。それで戻ってきた。なにがあったか説明して」

「するする! するから! 足をどけてくれ!」

「……」


 男は吐きそうなほど呼吸をしている。

 涙でぐちゃぐちゃだ。


「ねえ、説明して。あんまり遅いともっと痛くするけど?」

「交渉はした! したけど、部下がスコア欲しいからって……」

「スコア?」

「あと少しで一課に行けるってヤツがいて!」

「その人はどこ?」

「あっちで死んでる!」

 男もキレ気味だ。

 だが、二番はもっとキレていた。

「どの死体? 金髪? おじさん? 若いの? どれ?」

「赤いネクタイの!」

「ふぅん。で、あなたは止めなかったの?」

「止めようとしたよ! 同業者だろ? でも、ルールが……」

「ルールって?」

「出動したら、誰か殺さねぇとなんねぇだろ!? いや、違う。分かってる。俺たちはもう仕事を終えたんだ。けど、そっちは違うよな? なっ? だから俺たちは襲われるかもって、怖くなって……」

「さっきの説明と違う」

「あがァッ」

 銃弾が靴を撃ち抜いた。

 こんな至近距離から足の骨を砕かれては、二度とまともに歩けないだろう。


 二番は、もう片方の足も撃とうとしたらしい。

 が、弾切れだ。

 彼女は、無言のままこちらへ手を差し出してきた。銃を寄こせということか。


 俺は男へ銃を向けた。

「会話を続けてくれ。バックアップは俺がやる」

「ならどこか内臓を撃ち抜いてよ。すぐには死なないやつ。なるべく苦しめて殺したいから」

「この状態で内臓なんて撃ったらすぐ死ぬぞ」

「ならいい」

 すると彼女は向きを変え、石を拾い、赤いネクタイの死体へ向かって歩き出した。

 凄惨なことになりそうだ。


 男は呼吸を震わせ、あえぎあえぎこう切り出した。

「あの女、なんなんだ?」

「分からない」

「ンだよクソ……」


 ゴッと鈍い音がした。

 二番が、死体の頭へ石を打ち付けたのだ。

 一度だけではない。二度、三度……。


 男はうわあと泣き出してしまった。

「頼む! 楽に死なせてくれ! 同業者だろ?」

「質問に答えてくれたらそうしようかな。なんで俺たちの現場に乗り込んで来た? そっちにも同じ出動命令が出たのか?」

「違う! 命令じゃない! うちのチームに分析の得意なヤツがいて……次はおそらくここだろうって。別にあんたらを狙ったわけじゃないんだ! 来るなら一課かと……」

「なるほど」

 一課じゃないなら、こいつらは二課だ。

 しかも他部署を狙うハイエナ野郎まで飼っている。

「ほかに仲間は?」

「本部にいる。うちは大所帯だから、班が三つに分かれてる。俺たちはその三班だ。上に二つある。な、もういいだろ? ひと思いに頭を撃ち抜いてくれよ? なっ?」

「勝手にそんなことしたら、俺が彼女に殺される」


 俺は銃を構えたまま、発砲もせず成り行きを見守った。

 仕事を終えた二番が戻ってきた。


「三番くんが銃貸してくれないから、スーツ汚れちゃった」

「なら貸すよ」

「いい。石でやる」

 いまの彼女は、まるで機械みたいだった。


 男は地べたに張り付いたまま震えた。

「やめろ! やめてくれ! なんでもするから!」

「……」


 ゴッと鈍い音がした。

 二度、三度、四度、五度……。


 人の体温は意外と高いのだろう。

 湯気が立っていた。


(続く)

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