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オルガン  作者: 不覚たん
本編
11/41

採用試験

 居室へ戻ると、さっそく課長が立ち上がりかけたので、俺は先んじてこう切り出した。

「いえ、収穫ゼロでした」

「あらそう……」

 残念そうな顔だ。

 しかしやむをえまい。俺の技量では、二番の転属の話など切り出せそうにない。もしこちらが要望を出せば、向こうの出してくる要望も断れなくなる。


 二番が舌打ちした。

「課長、また上からメール来たんですけど」

「なんて?」

「同じ内容です。これ、迷惑メールにぶっ込んでおいていいですか?」

「そうね。そうしておいて」

 素晴らしい判断だ。

 差出人が誰であろうと、迷惑メールには違いない。あきらかにセクシャル・ハラスメントだ。いますぐ解任して欲しい。


 *


 そうこうしているうちに定時を迎えた。

 音楽などは鳴らない。

 みんな時計を見て勝手に帰る。


 二番が立ち上がった。

「課長、今日って飲みに行きますよね?」

 当然そうするだろうみたいなツラだ。

 飲み会を嫌がる若者が増えているというのに、彼女はなにが楽しくて中年男性の輪に入ろうとするのか。しかも割り勘なのに。


 課長は、しかし困惑気味に笑った。

「ああ、ごめん。今日はちょっと別件が入ってて」

「えーっ」

「また今度ね」

「えーっ」

「それじゃお疲れさま」

 古びた鞄を抱えて、出て行ってしまった。

 まあ課長クラスになると、いろいろと付き合いもあるのだろう。他部署の面々ともたまに集まっている様子。横のつながりがあるのだ。


 二番は深い溜め息をついた。

「んじゃ三番くんでいいや。行くよね?」

「またハンバーガー?」

「んなわけないじゃん。お酒だよ、お酒」

 ぐっと親指を立てた。

 二十になったのをいいことに、課長の行きつけの店に入りびたっている。まるで親ガモについていく子ガモのようだ。


 *


 どうせ暇なので、俺は居酒屋へ同行した。

 俺たち以外にも客はいるが、しみじみ飲んでいる感じで、まったく騒がしくない。カウンターでは常連客と店主が会話したりしなかったり。


「じゃ、お疲れ」

「お疲れさま」

 俺はビール、二番は芋焼酎だ。


「ねー、課長誰と会ってんのかな? 誰だと思う?」

「さあ」

 詮索好きだな。

 彼女にでもなった気でいるのか?


 すると彼女は「まあ食べて」と枝豆をすすめてきた。

 割り勘なのに、さもおごりみたいなツラだ。

「三番くんさ、課長となんかひそひそ話し合ってんじゃん?」

「そんなことないよ」

「でもあたしのこと仲間外れにして、二人だけで喋ってることあるよね?」

「まあ、それは否定しないけど……」

 三人しかいないのだから、どれだけ鈍感な人間でも気づく。


 彼女はコップの芋焼酎をひとくちやり、「はふ」と息をついてからこう切り出した。

「あのさぁ。二人とも、あたしのことヨソに飛ばそうとしてるっしょ?」

「えっ? いや、えっ? いやー、そんな……。なんでそう思うの?」

「分かるっつーの。あんたさ、あたしが若い女だからってバカだと思ってんしょ?」

「べつに若い女だからじゃなくて……」

「バカのほうを否定してよ!」

 そうだった。

 選択肢をミスったかもしれない。


 俺が食おうと思った枝豆を、彼女はわしづかみでとった。

「言っとくけど、あたしだって自覚あるから。そういう……頭使うの、あんたらの方が得意だってこと。二人とも、そういう陰湿なの得意じゃん? でもあたしって純粋じゃん? ピュアピュアじゃん? 不公平っしょ? もし言いたいことあったら、素直に言って欲しいんだよね」

「なら率直に言うけど、事務方に転属して欲しい」

「はぁっ?」

 いま俺は、職場の先輩からパワハラを受けている……。


「静かに。あんまり騒ぐと店の迷惑になるからさ」

「騒いでませんけど?」

「でも二番さんのために言ってんだぜ。ろくに銃も持てないありさまじゃ……」

「いざとなったら持ちますけど? は? なに? なにか問題でも? もしもーし?」

 小学生レベルのウザさ。

 この女、決して酒に弱いわけではない。

 しかし酒の力で普段より強気になっているのは間違いなかった。


「なら、こないだの現場はどう? 俺の代わりに工場に乗り込めた?」

「えっ? いや、まあ、そうせざるをえない状況なら……しますけど? は? なんなの? あたしのことナメてる?」

 ナメている。

 銃を渡されただけでチビるような女が、できもしないことを語らないで欲しい。


「俺さ、仕事中、過去のレポートを読んでるんだよね」

「なんのレポート?」

「研究所がこれまでやってきた仕事の記録。どんな現場で、どんなことが起きたのか書かれてる。興味深い記述を見つけたよ。まれにね、職員同士で撃ち合ってるんだ。これ、どういう状況か分かる?」

 すると彼女は、身をちぢこめて怯え始めた。

「え、なに? あっ、あたしのこと脅してるの?」

「そうじゃない。まあ二番さんは、それでもまだマシなほうだ。へたり込んでおしっこチビってるだけだから。けど中には、パニックを起こして暴れるヤツもいる。そういう行為は、仲間の足を引っ張ってしまう。いや『足を引っ張る』なんて言葉じゃ優しすぎるな。仲間を危険にさらすんだ。つまり仲間の死を誘発しかねない。だからやむをえず射殺される」


 うちの採用試験は、戦闘のエキスパートを選別しているわけではない。単に運のよかったヤツを生かしているだけ。

 なんの意味があるのかは分からないが……。

 結果、簡単な研修を受けただけのトーシロが、現場で殺しをやるハメになる。


 彼女が黙っていたので、俺はこう補足した。

「俺たちのいる現場に、別の課の連中が来る可能性もある。そのときあんたのザマを見たら、連中がどうするかは分からないぜ。誤解しないで欲しいんだけど、俺たちは二番さんを傷つけたいわけじゃないんだ。その逆。傷ついて欲しくないから、転属を勧めてる」

「そのために御神体に会ってるの?」

「いや、あれは別だけど……」

 完全に別件だ。

 いまのところクソみたいな話しかしていない。


 二番はわしづかみのままの枝豆を、皿に戻した。

 食わないならとっとと解放してほしかった。


 彼女は両手を芋焼酎のコップであたためながら、こうつぶやいた。

「あたし、あのバーンていうのダメなの」

「銃が?」

 彼女はこくりとうなずいた。

 テーブルの端を見つめている。

「採用試験のとき、いきなり話しかけてきたおじさんがいて。最初はね、こいつあたしとえっちしたいだけだろって思ってたけど、なんかちがくて……。毎日元気づけてくれて……。そのうち人が減ってってさ。あたし、怖くなって、ついタイマーをセットしちゃったんだ」


 採用試験では、ひとつの部屋に、数名の人間が閉じ込められる。

 壁には無数の銃が仕込まれている。

 参加者は、一日につきひとつだけタイマーを設定できる。時間になると弾が発射される。

 だから仕掛けた本人だけは、いつ、どこから銃弾が飛んでくるのか分かる。


「誰か悪いヤツに当たればいいな、くらいに考えてて。そしたらね、その日に限って、おじさんがそこに立ってたの。ダメなのに。でもダメなんて言ったら、あたしがそれやったのバレちゃうじゃん? だから、言えなかった。あたし、お腹空いたとか、お水持ってきてとか、テレビ見ようよとか、いろいろ言ったのに……。あの人、なんかそこに戻ってきちゃって……。絶対ダメなのに……」

 よほどトラウマだったのだろう。

 ぐしゃぐしゃに泣き出してしまった。


 俺も天使ちゃんの命を奪ったことを、いまでも後悔している。

 協力してあの施設を脱出するという選択肢もあったのではないかと、ずっと考えている。


「分かる、とは言わない。ただ、俺もあそこで殺したくない人間を殺した。そのことはいまでも後悔してる」

「どうやって乗り越えたの?」

「乗り越えてない」

「だよね……。本心を言えば、生き返って欲しいんだ……。だけど、そんなの絶対ムリじゃん? だから、せめて強くなろうって思ってて……。ねえ、手伝ってよ……」


 こんな話を聞かされたら、つい協力したくなってしまう。

 ただ、もし協力するとして、簡単な話ではなかろう。銃さえ持てないほどのトラウマを克服し、立派に戦えるよう仕上げねばならないのだ。

 そうなる前に命を落とすことになると予想できる。


「ならやっぱり、まずは射撃場で銃に慣れるところから……」

「ダメ。あそこはダメ。嫌い」

 これだ。

 あれもダメ、これもダメ。作戦なんか立てられない。

 俺たちが発砲できる場所は、射撃場か現場しかないというのに。


 いや、フィールドなら使えるか?

 管理責任者はなぜか課長だった気がする。ホントになぜかは分からないが。

 とはいえ、フィールドの衛生状態はよくないし、野生の人間たちもいる。動物もいる。安全とは言えない。


「ま、いまここで結論を出すこともない、か。今度、課長も交えて三人で相談しよう。あの人ならいい案を出してくれると思うし」

「三番くん、あたしの味方になってくれるの?」

 すがるように訴えてくる。

 いつもの偉そうな先輩ヅラはどうした?

「確約はできないけど、いちおう」

「でも課長、あたしのことヨソに飛ばしたがってるよ?」

「そうだった」


 正直、他人がどうなろうが、どうでもいい。

 この「どうでもいい」というのは……本心ではない。ただの逃げ口上であり、自分自身への言い訳だ。

 簡単に救えるようなら、俺だって応じている。

 ただ、どうにもならないと分かっている場合、そこにエネルギーを注ぐのはデメリットとなる。いたずらにエネルギーを損耗する行為だ。肝心なときに戦えなくなる。


 たとえば、どんなに世界平和を願う人間であっても、世界のために命を投げ出したりしない。必ずどこかでセーブしながら続ける。

 まれに命を投げ出す人間もいるが、それは普通ではない。その後の展開もない。


 俺は普通の人間にも可能な技術で生き延びたい。

 普通で足りなければ少し背伸びしてもいいが、あまり逸脱したくない。


 つまり二番が死のうと、転属しようと、どうでもいいのだ。どうしようもない。

 そう思うしかない。


「焼き鳥、おいしいね」

「うん」


 味方ということになったからか、二番は急にしおらしくなった。

 のみならず、頑張って泣きやもうとしている。

 強くなろうとしている子供のようだ。


 大きな傷を負った人間には、時間が必要だ。

 俺なんぞは、二十年近く経ってもいまだに克服できていない。いまだに引きずっている。毎日のように思い出す。


 ところが彼女は、ほんの数年で乗り越えようとしている。

 鍛えれば意外とモノになるかもしれない。


 まずは銃を握るところから。


 しかしひとつ懸念がある。

 課長が二番を転属させたがっている理由だ。

 危険だから、というのは事実だろう。なら銃へのトラウマを克服できたらどうだ? 本当に考えを改めるか?

 確証はない。

 もしかすると、課長は自分の娘と二番を重ね合わせている可能性がある。そうであれば、二番が二番である限り、課長の気持ちは変わるまい。


 どうしたらいいのか分からない。

 サイコロでも振って決めたい。

 運を天に任せたい。


(続く)

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