表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルガン  作者: 不覚たん
本編
1/41

新人研修

 まるで植物園だ。

 いや、正確には動物園か。


 とある巨大施設の地下に、それはあった。

 名は「フィールド」。


 ちょっとした森である。

 小鳥がさえずっている。

 川には清冽な水が流れている。

 動物たちも住んでいる。


 太陽がシミュレートされており、朝と夜がある。

 温度は適温。

 裸でも暮らせる。


「出してくれ! 出してくださいよぉ! もう限界ですから! なんでもしますからぁ!」

 髪もひげも伸び放題になった男が、ガリガリに痩せた体でアクリル板にすがりついていた。

 もともとどんな素性で、どんな暮らしをしていたのかは不明。だが、こうなってしまうとありふれたヒト科の動物だ。個人ではなく、群れの中の個体のひとつ。そこらの動物の区別がつかないのと同じように。


 彼はフィールドに暮らす野性の人間だ。

 野性というか、もともとは社会で暮らしていたのだが、この「自然界」に放り込まれた。


 俺と上司は安全な場所でそれを眺めていた。


「彼は失言したんだね。車椅子の高齢者に対して『こいつ、自然界じゃ生きていけねーぞ』なんて。それで、僕はこう思ったわけだ。果たして彼は、自然界で生きていける人なのだろうか……。それで試しに放り込んでみたんだけど、やっぱり難しかったみたいだね……」


 青白い顔の上司だ。

 いつもネクタイがゆるい。

 スーツもくたびれてくたくたになっている。

 冴えない中年のおじさんといった雰囲気。


 俺は、事情が分からない段階では、特になにも判断しないようにしている。

 どちらが悪かを決めつけない。

 まぎれもなく非人道的な行為だとは思うが、なにかそうすべきまっとうな理由が存在するのかもしれない。


「彼はこのまま?」

「そう、このまま。ちっとも限界じゃないよ。食料も与えてる。自然界じゃそんなものもらえないはずだけど……。まあすぐに死なれても困るしね」

 なにが困るのかは分からない。


 フィールドにはほかの人間もいる。

 協力し合っているように見えるが、基本的には力による支配がおこなわれていた。まあ動物だ。哀しいことに、人間社会で学んだことを、ほとんど応用できていない。


「木を切って、弓矢を作ったり、火を起こしたりして、頑張ってはいるよね。ウサギ一匹とれてないけど。まあサカナくらいはね。こないだ、食中毒でひとり死んだよ。ちゃんと埋葬しないから腐敗しちゃって……。そのうち疫病が蔓延するよ。そういうところはアマいよね」

「自分も、そこまで頭が回りませんでした」

「いや自分を責めなくていいよ。普通はそうなんだから。ただ、彼らは自然界での生活に自信があったはずなんだよね」

 白々しい。

 どうせこうなると分かっていて、あいつらをフィールドに閉じ込めたのだろうに。


 *


 場所を変え、小さな休憩所へ来た。

 さっきのフィールドとは異なり、土も木もない、無機質で殺風景な空間。ポスターさえ貼られていない。あるのはジージー音を立てる自販機のみ。

 上司は缶コーヒーを買ってくれた。

 俺たちは丸テーブルを挟んで腰をおろす。


 なにもかもが白い。

 上司の顔も、死体みたいに白い。


「どう? やってけそう?」

「分からないです」

「まあ、不安だよね。でも手を汚すのがイヤなら、事務方になるって手もあるから。うちはそのへん融通きくしね。もしムリそうだったら、急に辞めたりしないで、まずは相談してね?」

「はい」

 辞める、というのは、まあ辞職ということだが……。

 ここはまっとうな組織じゃないから、バックレるヤツもいたのだろう。


 事務方への転属、か。

 法を無視しているくせに、まともな企業みたいなことを言うものだ。

 いや、こういう組織は、逆に内部をまともにしておかないと、すぐにでも瓦解するのかもしれない。まともなフリをしていないと、と言い換えてもいいか。


 奥からボブカットの女が近づいてきた。

 ひらかれた胸元。短いスーツスカート。歩を進めるたびにきらめく生地。労働者のファッションには見えない。


 上司が軽く頭をさげた。

「お疲れさまです、御神体」


 御神体――。

 それがここでの彼女の呼び名だ。


 彼女はニッとシャープな笑みを浮かべた。

「三番の様子はどうですか?」

「問題ありませんよ」

「立派な奉仕者に育ててくださいね、課長」

「もちろんです」


 短い会話だけして、女は去った。

 俺は思わず盛大な溜め息。

 妙に緊張してしまった。


 課長は缶コーヒーをすすってから、なんとも言えない顔で笑った。

「苦手?」

「ええ、まあ……」

「幼馴染なんでしょ?」

「長いこと会ってなくて」


 俺は小学生のころ、彼女を崖から突き落として殺した。

 殺したつもりだった。

 だが、どういうわけか彼女は生きていて、ここで「御神体」をしていた。

 俺は雇われて「三番」と呼ばれることになった。


 課長はしばらく自販機を見つめていたが、ぼそりと言った。

「あの感じ、きっと君に期待してるんだな」

「そうですか?」

「だって、いままで観察に来たことないよ。彼女、いつもひとりで執務室にこもってるから」

「はぁ」

 皮肉には聞こえない。

 いやそもそも、この課長の態度からはなにも読み取れない。

 ただの、うだつの上がらなそうなおじさんにしか見えない。だが、それゆえに警戒してしまう。こんなに頭のおかしな組織で、こんなに普通でいられるなんて。


「んー、そうだな。意味のない研修なんてやめて、もう現場行っちゃおうか? こんな建物案内されても、君も退屈じゃない?」

「いえ、新鮮ですよ……」

「けどそのうち見飽きるから」


 *


「え、課長、マジで新人連れてきたんすか? 要ります? その人、要ります?」

 まだ十代だろうか。

 金髪ツインテールのギャルみたいな女が、後部座席から苦情を投げてくる。


 運転手の課長は、さすがに渋い表情だ。

「あの中歩き回っててもなにも学べないから」

「まー別にあたしはいいんですけどぉ。課長、また始末書書かされるかもしれないじゃないですかぁ?」

「まあねぇ」

「適正ないトーシロはすぐ死ぬんすから」

「そんなことないから。不吉なこと言わないで。ね? 二番ちゃん」

「うぇーい……」

 上司に対してクソみたいな生返事。


 課長が一番。

 この女が二番。

 そして俺が三番。

 以上がチームのメンバーだ。あとは業務中に殉職したか、あるいは事務方へ行ったらしい。課長の顔が青白くなるのも道理というものだろう。


 俺は助手席で黙っている。

 安くて狭い車だ。

 いま群馬を目指している。平日の県道だからあまり混雑していない。


 後部座席から、軽く蹴りが来た。

「ねえ、新人。なんか勘違いしてるかもしれないけど、あの採用試験、合格したの自分だけだと思わないでね。あたしのほうが先輩だから」

「はい」

 一回りも年下の先輩、というわけだ。

 クソウザいことこの上ない。


「なんか元気なくない? もっとハキハキ返事できないの?」

「頑張ります」

 事務方に転属するか……。


 課長が溜め息をついた。

「二番ちゃん、やめて。うちはそういう、体育会系みたいなノリじゃないから。同僚なんだから、仲良くやってよ」

「いや、でも課長、あたしのほうが先輩なんすよ?」

「そしたら僕なんて、君よりずっと先輩だよ。先輩の言うこと聞けるよね?」

「うっ……まぁ、はい……ですけど……」

「あんまり言うと僕も怒らないといけなくなるから。ね? 言うこと聞いてね?」

「はい……」


 *


 謎の豪邸についた。

 ただでさえ過疎地なのに、その一家は周囲の家々から離れて、ぽつんとクソデカ豪邸を構えていた。地方の有力者ってヤツだろうか。


 課長はダッシュボードから拳銃を取り出し、こちらへ渡してきた。

「はいこれ」

「うわぁ……」

 普通に渡してきたので、つい受け取ってしまった。

 ザラザラした質感の、銀色の拳銃。

 ズシリと重い。

「それ、本物だから。こっち向けて撃たないでね?」

「えっ? えっ? 今日使うんですか? いまから?」

 俺がそう尋ねると、課長は愛嬌のある顔で笑った。

「いやいや。ただの護身用。ムリに使わなくていいやつ。でも好きなときに撃っていいよ。どうせ上がもみ消すんだから」

「いや、待ってください。これからなにするんです?」

「もちろん話し合いだよ。でも半分はカタがついてるから、見てるだけでいいよ。いや参加してもいいけどね。好きにして」

「急に言われても……」

 俺が困惑していると、二番が後ろから身を乗り出してきた。

「うっざぁ。これだから新人はさぁ。いいからそれもって外出ろっつーの。ビビってんじゃねーよ」

 ひっぱたきたい。


 だが、課長が別の銃を渡すと、二番はビクリと身を震わせた。

「これ君の分ね」

「えっ?」

「ほら、受け取って」

「えっ、でも課長、あたし、銃は……」

「いままでは許してたけど……。でも、もうそろそろちゃんとしようよ? ね? 先輩なんでしょ? 後輩もヤるんだからさ」

「……」

 どうやらこの女、課長の善意で銃を持たずに仕事をしていたらしい。

 それであのイキリようだったとは。

 クソの二乗だ。


 *


 少し肌寒いものの、清々しい秋晴れ。

 遠くの山でトンビのピーヒョロロという声がする。


「簡単に説明しておくね。ここの御曹司、コミュニケーション能力にやや問題があって……。まあそれはいいんだ。けどそこにね、財産目当ての女が入り込んできて……。どうにかすべし、と」

 課長は言葉を濁した。


 どうにかすべし、とは?

 どうにかして欲しいと依頼があったわけじゃないのか?

 それをこちらの判断で?

 銃をもって乗り込んで行くと?


 二番は拳銃を手にぶるぶる震えていて、まったく聞いていない。

 危なすぎる。


 俺はズボンのポケットに銃をしまい、こう尋ねた。

「どうすればいいんです? どうなれば目的達成なんです?」

 すると課長は、肩をすくめた。

「いや、そういうのはいいんだ。好きにして」

「好きに?」

「気に食わなかったら、全員殺していい。さっきも言った通り、上がもみ消すからね。もちろんなにもしなくてもいいよ。ただ、報告書にはなにか書かないとだから……。なにかあったほうが書きやすいかな」

「……」

 まるで「事件を起こせ」とでも言わんばかりだ。


 俺が仲間を撃って脱走するとは思わないのか?

 あるいはそうしても大丈夫なくらい余裕があるのか?


「銃を受け取ってはしゃいだ新人がスタンドプレーしたら、さすがに困りますよね?」

 俺がそう尋ねると、課長も渋い表情になった。

「そりゃまあそうだけど……。でもうち、職員の良識に期待する組織だからねぇ」

「良識があるとは限りませんよ」

「そうだよ。なにも分からないよ。そもそも、あの採用試験だって、ほとんど運みたいなものだし。けどそのあとも運なんだな。ま、結局ね、僕たちは自由に見えて、自由じゃないの。あの箱から出ることはできたけど、もっと広い箱に収納されたままなんだから。言われたことをやるしかないよ」


 まだ箱の中、なのか……。


 組織の全容は見えない。

 頭のおかしな連中が、なんらかの社会実験をしているとしか思えない。

 俺たちはその駒だ。


 二番が地団駄を踏み始めた。

「課長、やっぱムリです! 漏れそう!」

「困るよ……」

「ここに置きますから! あたし、これ嫌いなの!」

 彼女は地面に銃を置いた。

 意外と平和主義者のようだな。


 しかしその瞬間、課長の目つきが変わった。

 それまでが柔和だっただけに、目を細めただけで雰囲気が一変してしまう。

 いや、だからといって、なにかが起こるわけではないのかもしれない。しれないが、俺はとっさに銃を拾った。

「あ、じゃあ俺が借りようかな。二丁拳銃、あこがれてたんで」

 ウソだ。

 二丁拳銃に対するあこがれなど一切ない。

 どう扱っていいか分からない。


 課長はさめた目のまま、穏やかに告げた。

「いいなぁ、君。ぜひこの仕事続けて欲しいなぁ。事務方なんて行かないでさ」

「はは……。えーと、頑張ります」

 怖い。

 豪邸に入る前に寿命が尽きそうだ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ