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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説(異世界恋愛)

立ち枯れ令嬢の返り咲き ~聖女としての功績は横取りされたけど、精霊は私の味方です~

作者: 三羽高明

 鉄格子を通して見ても、今日の空は青かった。


 少し首を伸ばす。すると、庭の一角に大きな木が生えているのが目に留まった。


 枝にも幹にも生気がなく、立ち枯れたようになってしまっている大木。あの木をそんな風にしてしまったのは私だ。


 少なくとも、皆の中ではそういうことになっている。


「私、これからどうなるんだろう……」


 ここは王侯貴族が通う魔道学院の中にある、懲罰室と呼ばれる部屋だ。重大な規則違反を犯した生徒が軟禁される場所である。


 普通は木を枯らしたくらいじゃ懲罰室送りにはならないし、この部屋から出た後のことを心配する必要もない。


 けれど今回は事情が違う。あの大木は、神樹と言われる聖なる樹木だからだ。


 初等科の授業で聞いた話を思い出す。


 ――あの木が神樹と呼ばれるようになった由縁ゆえんは、聖女に魔法をかけられたからなんですよ。


 先生はそう言っていた。


 ――聖女の力により、木には年中青々とした葉と可憐な花が茂るようになりました。そして、聖女は死ぬ間際にこう言い残します。


『わたくしがいなくなれば、あの木は蕾すらもつけなくなるでしょう。けれど、もう一度花を咲かせられる者が現われるはず。その方にわたくしの後を継がせなさい』


 聖女の言葉は正しかった。彼女が息を引き取った途端に、神樹は花を散らしてしまったのだから。


 また美しい花を見たいと望んだ人々は、躍起になってその手段を探した。でも、聖女が亡くなってから五十年間、花を咲かせられた人はいなかった。


 今朝、私がそれを成し遂げるまでは。


 コンコン、とドアにノックの音がする。


 どうやら沙汰が下されたらしい。私は深呼吸した。


 大丈夫。どんな処罰が言い渡されるとしても、今度こそ私の話を聞いてくれる人もいるはず。


 そのチャンスを逃しちゃダメだ。言わなければ。私がこんな目に遭っているのは不当だということも、私の功績を横取りした人がいるということも。


「……どうぞ」


 私は気持ちを落ち着けながらノックの音に返事した。


「え? ミステル?」


 覚悟を決めて訪問者と向き合ったけど、やって来たのは学院からの使者ではなかった。予想外の人物の登場に、私は目を丸くする。


「ステフィ……」


 こちらを申し訳なさそうな目で見ているのは、老齢の男性だった。土で汚れた作業着を着て、背中は曲がっている。目深に被っていた帽子を取ると、ボサボサの白髪頭が現われた。


「ごめんなさい……ステフィ。僕のせいで……迷惑を……かけました……」


 ミステルは息が上がっていた。ここまで来るには長い階段を登る必要があるんだけど、高齢の彼にはかなりキツかったんだろう。


「よくデニーゼの傍から離れられたね。よかった、無事で」


「デニーゼ嬢はこの姿の僕に……年取った庭番には興味がありませんから。なので、隙を見つけて変身して逃げてきました。でも、ここなら本当の僕になっても安全ですね」


 花吹雪がミステルを包み込み、彼の姿が完全に見えなくなる。次の瞬間には、先程の老人がいたところに年若い青年が立っていた。


 薄紅色の目に白い衣。瞳と同色の長い髪は一本の太い三つ編みに結われており、絢爛豪華な花で飾られている。


 どこか浮世離れした雰囲気も漂っているけれど……無理もないか。ミステルは神樹の精霊なんだから。


 と言っても、私がそのことを知ったのはつい数時間前の話だったんだけど。


 皆と同じように、私も神樹に花を咲かせたいと思っていた。でも、別に聖女になりたかったわけじゃない。


 学院の玄関ホールに飾ってある、神樹が満開の花を咲かせていた頃の絵画。私はその絵が好きだった。そんな光景を生で見られたらどんなに素敵だろうと思っていた。ただそれだけのことだ。


 目標達成のために私が取った手段は精霊探しだった。つまり、花の精霊を見つけて協力してもらおうと考えたのだ。


 ……その方針を皆は鼻で笑っていたけど。


 ――精霊? そんなの本当にいると思ってるの?

 ――ステフィって、成績はいいけど変わってるわねぇ。

 ――そんなの時間の無駄じゃん?


 だけど、私の話を真剣に聞いてくれた人がいた。庭番のミステルだ。


 彼と出会ったのは、私が入学したばかりの頃だ。精霊を探しに学院の庭を散歩していた時に知り合ったのである。


 ミステルは面白い人だった。ありとあらゆる変わった魔法について詳しかったし、聖女が生きていた時代を知っていて、彼女の思い出話もしてくれた。


 そんなミステルの口癖はこうだ。


 ――精霊はね、いるんですよ。


 でも、どこにいるのかは一度も教えてくれたことはなかった。


「やっぱりその姿、見慣れなくて変な感じ」


 私は目の前に現われた、輝くような美貌の青年を見つめる。


「ミステルはおじいちゃんだと思ってたから、何だか未だに信じられないな」

「老人の僕の方が好きですか? あれは世を忍ぶ仮の姿ですけど」

「どっちでもいいよ。ミステルはミステルだもん」


 私の言葉に、ミステルは面白そうな笑みを浮かべた。そこに老齢の彼の面影が見える。……うん、やっぱりミステルはミステルだ。


「学院は今、どうなってる? 私……退学になっちゃったとか?」

「まだ、そこまでは」


 ミステルは首を振る。


「でも、噂は広まっていますよ。『立ち枯れ女がデニーゼから聖女の座を奪おうとした!』とか」


「立ち枯れ女? それって私のこと?」


 私は眉をひそめた。


「皆間違ってるよ! 私がデニーゼの手柄を奪おうとしたんじゃないの! 逆だよ、逆! デニーゼが私を陥れたんだから!」


「知っていますよ」


 興奮する私をミステルがなだめる。


「デニーゼ嬢は根性のひん曲がった意地悪な方です。皆にもそのことを教えてあげるべきです。とりあえず、ここから出ましょうか」


「どうやって?」


 私は首を捻った。


「下には見張りがいたでしょう? ……そう言えば、ミステルはどんな風にしてここまで来たの?」


「面会を頼んだら普通に通してくれました。僕は取るに足らない庭番ですからね。あなたの脱走を手助けするなんて、見張りも夢にも思わなかったんでしょう。『長い階段だから途中でくたばんなよ、じいさん』と親切な言葉までいただきましたよ」


 ミステルは一瞬だけ老人の姿になってウインクする。


「運良く生き延びられたので、今、こうしてここにいるというわけです。さて、こんなところからは、さっさとおさらばしましょう。さあ……道を空けなさい」


 壁の中の木でできた部分が、まるで意思を持ったかのようにひとりでに外れ始める。あっという間に、人一人が余裕で通れそうな大穴が開いた。


 ミステルの足元から太い蔓がシュルシュルと生えてきて、その一部が大きな籠のような形になった。私たちが乗り込むと、蔓が籠を穴の外へと押し出す。まるでゴンドラに乗っているようだ。私とミステルは、そのまま地上まで運ばれていった。


「あなた、こんなこともできたんだ」


 私は驚きを隠せない。


「なのに、今まで神樹に花を咲かせることはできなかったの?」


「言ったでしょう? 僕の魔法は他人に依存しているんです。他者の魔力を自分のものとして還元する力しかないんですよ。僕一人でもできるのは、せいぜい老人に化けることだけです」


「確か見極めるために正体を隠してたんだっけ? 聖女に相応しい人が誰なのかを。で、私を選んだ。だけど、私って聖女に相応しいかなぁ?」


 聖女になりたいと思ったことなんて、一度もないのに。


「それなら、デニーゼ嬢にくれてやりますか?」

「それは嫌!」


 私が強い口調で反論すると、ミステルが「それでこそステフィです」と笑った。


「あなたと知り合ってからもう十二年ですか。早いものですね。僕には、ステフィがついこの間入学してきたばかりのような気がしますよ」


「ミステル、結構ギリギリまで私を聖女にするべきか迷ってたみたいだね。だって私、後一ヶ月で卒業だし」


 確か、ミステルが正体を明かした時もこんな会話をしてたっけ。


 ――在学中に花の精霊を見つけたかったけど、無理かなぁ……。


 私はミステルにそう弱音をこぼしていた。


 ――この学校、部外者の立ち入りに厳しいんだよね。卒業したら、もうここへは来れないかも。花の精霊がいるなら、この庭しかないと思うんだけど……。


 ――……もう僕とは会ってくれないんですか?


 ――会いたくないんじゃなくて会えないんだよ。……寂しくなるね。


 私が言い終わらない内に、ミステルは若者の姿になっていた。そして、こう告白したのだ。


 ――実は僕が精霊でした。と言っても、花の精霊じゃなくて神樹の精霊ですけど。さあ、これから一緒に花を咲かせに行きましょう。


「何て言うか……唐突すぎて全然ありがたみがなかった」


 私は唸る。


「確かに精霊を見つけたかったよ? でも、もっとこう厳かな出会いを期待してたっていうか……。いや、嬉しかったけどね?」


 ミステルがあからさまにしょげ返るので、私は慌ててフォローする。


「夢が叶ったんだもん。でも、いきなりすぎてさ……」

「だって、ステフィがもうお別れだとか言うから」


 ミステルがいじける。


「あなたは花の精霊を探すことそのものも楽しんでいるように見えました。その喜びを奪いたくなくて、今までは僕の正体について黙っていたんです。だけど、放っておいたらあなたと離れ離れになってしまう。それは嫌でした」


「聖女って、そんなワガママな基準で決めちゃっていいわけ?」


「ワガママじゃありません。精霊だって人間に恋をすることがあるというだけです」


「……それをワガママって言うんだよ」


 と言いつつも、恋という言葉に私は少なからずときめいてしまう。


 だっておじいちゃんのミステルと一緒にいる時から、彼には私を引きつけるものがあったから。


 あまりにも年齢が離れているから、それが恋心だなんて思ったことはなかったけど……。こうしてはっきりとした言葉で現わされると、妙にしっくりときてしまったんだ。


「でも、唐突だったことは否めないかもしれませんね。お陰であなたをひどい目に遭わせました」


「悪いのはミステルじゃなくてデニーゼでしょ」


 私は首を傾け、遠ざかっていく懲罰室を見上げた。


 ミステルが正体を現わした後、彼は私を神樹の元へと連れて行った。ただそれだけで、この五十年蕾すらつけなかった木に花が咲いたのだ。


 と言っても満開になったわけじゃなくて、ミステルの髪と同じ薄紅色の花が一つ二つ現われただけだった。


 でも、それは奇跡にも近い所業だった。


 ――神樹に花が咲いた!?


 ――これ、ステフィがやったの!? もしかして、その男の人が精霊!? 本当にいたんだ!?


 ――すごい! 早く皆を呼んでこなくちゃ!


 たまたまその場に居合わせた生徒たちが騒ぎ出し、止める暇もなくどこかへ走り去ってしまった。


 聖女になる心の準備すらできていなかった私は困り果てる。


 そんな時、声をかけてきたのがデニーゼだった。


 ――早く追いかけた方がいいんじゃないの?


 デニーゼは親切そうな顔でそう言った。その態度に、私は驚かずにはいられない。


 デニーゼと私はクラスメイトだ。でも、仲はあまりよくなかった。


 それもこれも、デニーゼがいつも「アンタが学年主席でアタシが次点!? ありえない! アタシはこの学院の理事長の娘なのよ! アンタ、不正したのね!?」と言って突っかかってくるせいだ。


 そんなデニーゼが私を気遣ってくれていることが信じられなかった。でも、ミステルの正体が精霊だったとか、神樹に花が咲いたとか、不思議なことならもういくつも起こっている。


 だったら、今まで意地悪だった人が優しさに目覚めることもあるのかもしれない。


 そう思って、私はデニーゼの言葉に従った。奇跡の目撃者たちに事を大きくしないで欲しいと頼むため、ミステルを置いてその場を離れたのだ。


 でも、これが大きな間違いだった。


 結局目撃者たちを探すことはできず、私は意気消沈して戻ってきた。すると、神樹の元に黒山の人だかりができている。


 生徒に先生方、理事長……それに王太子殿下まで! そう言えばこの学院に通ってたんだっけ。


 頭を抱える私だったけど、その内何かがおかしいことに気付いた。違和感の正体が分かったのは、皆の話し声に耳をそばだてている時だった。


 ――まさかデニーゼが花を咲かせたなんて!

 ――彼女なら、いつかやってくれると思ってたよ。

 ――聖女デニーゼ!


 人だかりの中心にいたのはデニーゼだった。あの子が聖女? 花を咲かせた? 一体どういうこと?


 デニーゼの傍らにはミステルが控えている。でも、様子が変だ。どこかぼんやりした表情で、薄紅色の瞳も焦点が定まっていない。


 ――あら、ステフィじゃないの。


 デニーゼが話しかけてきた。


 ――アンタもアタシをお祝いしに来てくれたの?

 ――……お祝いって何の?

 ――アタシが精霊の力を借りて、神樹に花を咲かせたことに決まってるでしょ?


 デニーゼがミステルの肩に手を置いた。すると神樹の枝から、こぼれそうなほどの大量の花が顔を覗かせる。


 ――ちょっと、ミステル!


 皆は「おおっ!」と感嘆していたけど、私は信じられない気持ちだった。


 ――どうしてデニーゼなんかに力を貸すの!? あなたが選んだのは私のはずでしょう!?


 私は人混みをかき分けて、ミステルの腕を掴んだ。


 その途端に咲いていた花は散り、枝や幹から生気が失われていく。周囲から「神樹が枯れちゃう!」と悲鳴が上がった。


 ――まあ、精霊様がお怒りだわ!


 デニーゼは大げさに眉根を寄せた。


 ――ステフィが「私こそが本物の聖女よ!」なんて罰当たりなことを言うからよ! これ以上精霊様の機嫌を損ねれば、取り返しがつかないことになるわ! 誰か、この偽聖女を早くつまみ出してちょうだい!


 ――私、そんなこと言ってないよ!


 抗議したけど無駄だった。理事長自らが私を乱暴に掴む。


 ――娘のためだ、悪く思うなよ。


 理事長がボソッと呟いた。


 その一言で、私はめられたのだと察する。精霊に見出されたのが本当は誰だったのか知っている人たちも、きっと理事長に口を封じられてしまったんだろう。


 懲罰室へ連れて行かれる道中で私が思い出したのは、デニーゼは幻惑の魔法の使い手だったということだ。つまり彼女は、相手の思考を操り、意のままにしてしまうのが得意なんだ。


 あの場でそれを指摘しなかったことが、今さらのように悔やまれてならない。


「デニーゼはミステルに魔法をかけたんだね。罰当たりはそっちじゃん!」

「ですから、これからその『罰』を与えに行くんですよ」


 ゴンドラが地面に着く。そこから降りた私たちは、神樹の元へ向かった。


「サインが欲しい人はこっちね~」


 数時間前と変わらず……いや、あの時よりも大勢の人が集まっていた。デニーゼが皆に囲まれて得意げな顔をしている。


「握手? いいわよ、もちろん。アタシって懐が広いわよねぇ。聖女なのに、アンタたちみたいな下々の者にも優しくしてあげるなんて。あら、王太子殿下! もしかして、アタシにプロポーズしたいって思ってます? やだぁ、どうしましょ! 人気者は辛いわ~」


「やめなよ。殿下、困ってるでしょ」


 苦笑いする王太子殿下の脇をすり抜け、私はデニーゼと向き合った。彼女は唖然とした表情になる。


「何? 脱走してきたわけ? ダメよ、これ以上罪を重ねちゃ!」


「最初から私は罪なんて犯してないよ! 正当な手段で花を咲かせたのは私! この神樹の精霊と一緒にね!」


「神樹の精霊?」


 ミステルを指差した私だったけど、デニーゼはぷっと吹き出した。


「懲罰室ってよっぽど精神が参るところなのね。こんなヨボヨボが神樹の精霊だなんて! それ、庭番の制服じゃないの?」


 振り返ると、ミステルは老人の姿になっていた。


「偽の聖女に偽の精霊。お似合いの二人じゃない!」

「お似合い? ありがとうございます。もっと言ってください」


 ミステルが生き生きとした声を出す。デニーゼは彫刻が急に喋り出した時みたいに、ぎょっとした顔になった。


「さあ、もう行きなさいよ。その老いぼれを連れて、アタシの前から消えて! 聖女は忙しいのよ!」


「そうはいきません」


 捕縛の手が伸びてくる前に、花吹雪に包まれたミステルが真の姿を現わした。


「……せ、精霊?」


 周囲がざわつく。ミステルはデニーゼに蔑みの目を向けた。


「『お似合い』という言葉は嬉しかったですけど、ステフィと僕を偽物呼ばわりしたことは謝罪してもらいましょうか、根性曲がりさん?」


「な、何で……? ただの庭番が精霊だなんて、ありえないわ!」


「ありえるんだよね、それが」


 私は肩を竦めた。


「ねえ皆、偽聖女はどっちだと思う? 精霊が普段はどんな姿をしてるのかも知らなかったデニーゼ? それとも、こうやって花を咲かせることができる私?」


 私がミステルの手を取ると、枯れかけていた神樹に再び活力が宿り、いくつもの薄紅色の花弁が群衆に挨拶をする。


 その内に神樹は満開になった。ちょうど、学院の玄関ホールに飾ってある絵のように。


 咲き誇る神樹の優美さを目の当たりにして、皆は口を開けていた。ある生徒が恐る恐る手を挙げる。


「あの……私、見たんです。ステフィが精霊と一緒に花を咲かせているところを」

「わ、私も……」

「本当の聖女はステフィなのよ!」


 理事長が青い顔になる。デニーゼも動揺を隠せていなかった。


「ち、違うわ!」


 デニーゼが破れかぶれになって叫ぶ。


「ステフィは嘘を言ってるの! アタシが本物よ! いつだって一番はアタシなんだから!」


 デニーゼがミステルに迫った。その口元が素早く動くのが見える。


 幻惑の術を使おうとしているのだと判断した私は、とっさに守護の魔法でデニーゼの術を弾き返した。


 その瞬間に、頭上でボキリと音がする。落下してきた太い枝は、デニーゼの頭に直撃した。


「お得意の術もステフィの前では形無しですね。それじゃあ一番にはなれませんよ」


 気絶したデニーゼに、ミステルが冷たい言葉を投げかける。周囲からわっと歓声が上がった。


「聖女ステフィ! 聖女ステフィ!」


 胴上げでもしそうな勢いで、皆が詰め寄ってくる。と思った途端、私は宙を舞っていた。


 でも、私を空高く放り投げていたのは人間の手じゃない。植物の蔓だった。


「ミステル!」

「聖女ステフィ! 聖女ステフィ!」


 私の叱責もお構いなしで、ミステルは皆の音頭を取って私を讃えていた。


「もう!」


 お祝いの仕方が完全に学生のそれだ。精霊って皆こうなの? それとも、ミステルが変わってるだけ?


 まあ、どっちでもいいか。ミステルといるのは楽しい。その事実に変わりはないんだから。



 ****



 それから一ヶ月後、私は無事に学院を巣立った。卒業式を彩ったのは、満開の花が咲いた神樹だった。


 聖女を詐称した罰として、デニーゼは卒業を待たずに学院を退学になった。理事長も責任を問われ、その職を解かれることとなる。


 私の卒業後も、神樹はいつも綺麗な花を咲かせるようになった。入学シーズンや卒業シーズンは特に見事な眺めになる。


 ミステル曰く、「生徒たちの思い出作りの一環です。こうするとステフィが喜ぶので、いつもより気合いを入れることにしてるんです」とのことらしい。


 ゴーン、ゴーン、とチャイムが鳴った。


「……はい、今日はこれまで」


 区切りのいいところで話が終わった私は、教科書を閉じる。


「最後に、何か質問がある子は?」


 入学したての新入生たちを見渡して尋ねる。ある少女が手を挙げた。


「先生、今日の授業は『聖女の歴史について』でしょ? でも、今のってノロケ話って言うんじゃないの?」


「あはは、言えてる!」


「聖女先生! 彼氏が迎えに来てるよ!」


 生徒が指差す方には、窓から教室に入ってくる精霊の姿のミステルがいた。


「こら! 生徒たちが真似するでしょう!」


「まあまあ、そう怒らないでくださいよ。一階ですしいいじゃないですか。……さて、精霊先生の特別授業を受けたい方はいらっしゃいますか?」


 目を輝かせた生徒たちが、はい! はい! と勢いよく手を挙げる。


「ノロケ話、もっと聞かせて!」


「いいですとも。まずステフィが教師になったきっかけですが、神樹から長く離れていられない僕とずっと一緒にいるために……」


「特別授業はお終い! ぼやぼやしてると、お昼休みなくなっちゃうよ!」


 手早く教材をまとめ、ミステルの手を掴んで教室の外に出る。生徒たちがヒューヒューと口笛を吹いていた。


「最近の子どもって、どうしてこんなにませてるの?」

「いいじゃないですか。賑やかなのは好きですよ」


 開いた窓から神樹の花びらが入ってきて私の肩にとまった。ミステルはそれをすぐに取ってくれたけど、私はちょっと残念な気持ちになる。


「このままでもよかったのに。神樹の花びら、私は好きだよ。ミステルの髪や目と同じ色だから」


「どうせなら、本物の方がいいと思います」


 ミステルはそう言って、私の肩に頭をもたれかけさせる。私は彼を撫でてあげながら、「どうかしら」と言った。


「あなたは神樹の精霊。それって、神樹もミステルの一部ってことでしょう? だったら、本物も偽物もないよ。どっちも私の大切なもの。ミステルが庭番のおじいちゃんだった時から、ずっとそうだったよ」


 風に吹かれた花びらが、今度は私の唇に触れた。私は微笑んで、ミステルがねてしまわない内に彼の髪にも口付けてあげる。


 ミステルが顔を上げた。


「ステフィ、今何をしたんですか?」

「お花に聞いてみれば?」


 そう言って、私はクスクスと笑った。

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