第8話 変則的な存在
「天花ちゃんって一人っ子なの?」
そう言えば、アニメでは天花の弟は登場しなかった。単に出番を削られただけかと思っていたけど。
「うん。朋深ちゃんとは一人っ子同士、兄弟姉妹に憧れてたって設定があるんだ」
じゃあ今いる銀河は一体何なんだ。あの子は、確かに月瀬家の長男として、この世に存在しているんだぞ。
「でも私達だって、本来のキャラとは全然違う性格で、多分そのままだったら絶対にやらないってことを、沢山してきた、と思うんだよね。だから別に気にしなくて良いんじゃないかな」
そうだよな。俺こそが、この世界ではイレギュラーなんだ。聖もそれに近いけど、俺程には本来のキャラと差異がある訳でもない。俺に比べたら銀河の存在なんて大したこと無い。そうに決まってる。あの子の存在を誰にも否定させて堪るか。
「安心した?」
「うん」
この先、あの子が異分子として排除される心配が全く無い訳じゃないけど、少しは落ち着いた。
「ごめん。大事な弟が、本来はいない筈だなんて言われたら驚くし、焦って当然だよね」
「いや、こういう情報は大事だ。他にもゲームとは違う部分を色々教えて欲しい」
今後の展開に何がどう作用するか分からないのだから。そして、俺が自力でその情報を得る術は無い。だから聖だけが頼りなんだ。
「……そうだね。きっとこれからも、細かい違いは沢山見付かるだろうし」
「もしかしたら他にも転生者がいるかも」
それも俺と同じく性転換している可能性だってある。まあ流石にそれは無いか。
「もう一人のヒロイン、六花ちゃんも転生者だったりして」
「それは無いだろ。幾ら何でも出来すぎてる。それにしても、ヒロイン二人共に雪から取った名前なのは何でだろうな。普通は被らないように変えるんじゃないのか?」
もう一人のヒロインの名前は星澤 六花ちゃん。天花の名前と色々被っている気がする。もう少し違う系統にしようよ、せっかくWヒロインならさ。
「思い返すと学校名も沍月学園だし、ゲームの名前も『瑞花の約束』だっけ? 徹底的に冬! 雪! だよな」
「うん。なのに発売日は夏っていうのがよくネタにされてた」
まあ冬発売だと、余計に寒々しいからな。夏にこのタイトルだと、イメージだけでも涼しく……ならねーよ。だってゲームは春に始まって春に終わるって聞いたぞ。おまけに絆を深めるシーンは夏と秋に集中してるし。
あ、でもキャラによっては冬になってもまだツンケンしているらしい。攻略対象じゃなくて天花ちゃんが。六花ちゃんは そうでも無いらしい。天花ちゃんはマジで難易度が高いみたいだ。
巷では「貴女、本当に攻略する気あるの?」と、よく突っ込まれていたと聞く。
彼女、やる気無いんじゃね? 知らんけど。
ゲームキャラにこんなコト言うの、変だとは思う。でも何となくだが、彼女は攻略なんて嫌々やってそうな気がする。うんうん、その気持ち、めっちゃ分かるよ。俺達って気が合いそうだね!
いや、今は俺こそが天花だけどさ。強ち妄想とも言い切れない気がする。
「当時はヒロインの名前が似通ってるってのもよく言われたけど、性格は真逆だからその内に気にならなくなったよ」
「そう言えば、六花ちゃんは少し、その、何か……天然?」
迂闊なことは言えない。何せ聖はヒロイン推し。
そのせいもあり、偉そうな攻略対象に しょっちゅうキレ散らかしていた。
「確かに、あの子少し抜けてるって言うか、頼りない所あったね。それでも何時も一生懸命で、そこがまた可愛いんだ。まあ私は どっちかと言うと、はっきり物を言う天花ちゃんの方が好きだったな」
「そっか」
良かった。天花ちゃんの親友キャラに転生したけど、本当は六花ちゃんの方が好きだったなんて言われたら、どう反応して良いか分からない。今は俺が天花な上に、朋深が聖なんだから二重の意味で凹みそうだ。
「六花ちゃんは去年同じクラスだったよ」
「へえ」
一年間、沍月学園に通って実際のキャラ達と触れ合っている朋深としての彼女から得られる情報は、途轍も無い価値がある。
「どんな子?」
「うーん、どうだろう。ゲーム程はボケ、じゃなくて天然では無いと思う。でも、やっぱりポカやっちゃう所はあるかな」
もうじき俺も通うそこで、実際に生きたキャラ達に会える。どうなるか分からないけど、朋深と一緒なら大丈夫だろう。
「それはそうと、訊きたいことがあったんでしょ?」
「そうだった。銀河の話ですっかり忘れてたな」
アイツのことは今は考えないでいよう。問題が起きたら、その時はその時だ。
「記憶が戻った時のことなんだけど、聞かせてくれるか?」
「うん、良いよ。って言っても、その時は三歳だったから、全部きっちり憶えている訳じゃないけどね」
「三歳って早いな。それ、大丈夫だったのか?」
「うーん、まあ……精神年齢は大人のままだったから、何とか対応できたよ」
歯切れが悪い。でも、これは突っ込んで欲しくない時の反応だ。気になるが、もう十年も前の話。今すぐ何がどうなる訳でもないなら、流しておいた方が良いだろう。
「それでね、その時は混乱してたから、生まれてからそれまでの記憶がぼやけて、自分が誰なのか分かってなかったんだよね。でも今の自分は幼児っぽいし、下手に騒がない方が良さそうだと思って、暫く周りを観察してたんだ」
「成長したんだな。前だったらパニクって騒ぎそうなのに」
「うるさい」
つい茶化して反応を見てしまうが、大丈夫そうだ。
「そうしたら、直ぐに前に住んでた所に似てるなって気付いてね。でも良く見たら地名も違うし、何か全体的に少しおかしい感じがして」
「だろうな」
こことは違うマトモな世界を知っているなら、違和感しか無いだろう。
「自分が『ともみちゃん』って呼ばれてるけど、小さい子って苗字はあんまり呼ばれないでしょ? うちの親、表札を掲げない主義らしくて、記憶が戻って二、三日は自分のフルネームを知らなかったんだ」
防犯上の利点から表札を掲げない家もある。表札には利便性もあるが、俺個人としては別に無くても良いと思う。かく言う今の俺の家は、普通に表札を出しているけどな。
結局、三歳になった記念に自己紹介の練習をさせられた時、自分の姓を知って聞き覚えのある名前だと思ったらしい。その内、自分の顔や様々な情報から、ここがゲームの世界だと気づいたようだ。
そんな小さい時では大変だっただろう。幾ら大人として過ごした記憶があろうが、その時の身体は三歳児。体力に乏しい上に勝手に動き回る訳にもいかない幼子では、出来ることも殆ど無かっただろうに。
「良く頑張ったな、偉いぞ」
思わず抱き寄せて、頭を撫でた。