第5話 その案はボツで
「ありがとう、もう落ち着いたから」
涙でびしょ濡れの顔で笑う前世の妹、今は親友(予定)。少し目元が腫れているけど、すっきりした表情だ。
俺が死んだ後、どんな思いで生きていたのか分からない。その時に感じたであろう悲しみや苦しみは、いなくなった俺には どうしてやることも出来なかった。だからこそ、再び会えた今は出来る限り傍にいたい。
「いやー、それにしても、前世では双子、現世では親友かあ。つくづく私達って縁があるんだね」
「俺もそう思った」
こんなおかしな場所でまた会えるなんて、これ以上の幸運は無いと思う。俺より遥かに この世界に詳しいから、頼もしいこと この上ない。
「あ、その発言、つまりは俺と親友になってくれるってコト?」
「当ったり前でしょ、何を今更。天花ちゃんとの出会いを楽しみにしてたし、それが誠なら絶対に離れないからね。大体、メインヒーロー対策には、私の知識が必要だよ」
中心的な攻略対象を そう呼ぶのは知ってるんだけど、意地でも呼びたくない。
「……アレをヒーローと呼ぶのはちょっと。そもそも、〈俺の〉ヒーローじゃないし」
「そうだよね、ゴメン」
「いや、単に俺のワガママなんだけど」
アレよりも、一つ上の先輩をメインに据えた方が良いんじゃないかと思う。口は悪いけど嘘は吐かないし、困った時には何処からともなく現れて助けてくれる。あまりのタイミングの良さに、現実だったらマッチポンプを疑われるレベルだ。
「まあ、あの人、メインの攻略対象にしては好き嫌いがハッキリ別れるから。結局、アニメでは最後まで天花ちゃんと付き合ってないし」
そう言えば、もう一人のヒロインも誰とも結ばれなかった。
「メディア展開では誰とも付き合わないってパターンも割とあるよ。アニメは全部のキャラを一通り紹介するから、誰かとくっ付けるには尺が足りなかったり、ね」
「なるほど、まあ分かる」
ゲームを知らない俺から見て、あの展開で誰かと付き合うのは無理がある。
でも、これから会う野郎と、今の自分と同じ顔のキャラのラブシーンなんてモンの記憶があったら、かなり辛かった筈。アニメで付き合う展開が無くて本当に良かった。
「とにかく、あの先輩さえ気を付けていれば大丈夫。他の攻略対象は、多分気にしなくても良いと思う」
「腹黒同級生は?」
けっこう絡まれてた気がするんだけど。
「あれは天花ちゃん以外には徹底的に猫被ってるから、一人で行動しなければ問題無し」
「そっか」
「高等部に入学してからの一年間がゲーム期間だし、天花ちゃんと朋深ちゃんは同じクラスになる筈だから、ずっと一緒にいれば何とかなるよ」
一つ下の後輩はゲーム期間中は中等部校舎にいるし、天花が話しかけないと全く関わらない。確かに安心だ。
でも、一つだけ心配なことがある。
「強制的に恋愛フラグ立てられたりしないのか?」
「あー、強制力ってやつが働くの、確かにあるかもね」
普通にありそう。
死ぬ筈だった人物がうっかり生き残ったせいで、辻褄を合わせる為に何度も死にそうになる、とか。どんなに回避しようが、容赦なく周りを巻き込んで遅い来る死の運命。そんな映画、あったよな。
ここで俺達は普通に生きてるけど、元はゲームの世界。「漫画やアニメじゃあるまいし」と言って笑い飛ばせないのが辛い所だ。せめてもの救いは、恋愛がメインで、誰かが死ぬような物騒な話じゃなかったこと。
いや、待てよ。
「聖、ゲームのルートによっては、その、誰かが死ぬ展開って、あるか?」
「無いよ。一つ上の先輩に身体の弱い妹さんがいるけど、容態が悪化することも無かったし」
「サンキュ」
ゲーム通りの展開なら危険は無い。それが分かって一安心だ。
「だから恋愛方面の対策だけ考えていれば良いけど、問題は、強制力があるかどうかだよね」
「何でもそうだけど、最悪の場合にも対処可能なように準備するのが基本だろ。俺は、あると見做す」
「最悪って。でも、そうだね。今からどうするか考えよう」
とは言っても、どうしたら良いか分からない。
「いっそ、彼氏(偽)を用意して諦めてもらうとか」
「偽物でも彼氏を作るってのは勘弁してくれ。そもそも、誰に頼むんだよ?」
真似事でも嫌だけど、そんなのを引き受けてくれる都合の良い人物なんて、俺の周りには いない。
「そうだね、現世での私の従兄とか。二年先は分からないけど、今は彼女いないし。あ、でも本気で天花ちゃんに惚れてアタックしそう」
「絶対に嫌だ」
考えたら、事情があって恋人の振りとか、本当の恋に発展する可能性が高いヤツじゃん! 俺は男相手に絶対そうならない自信があるけど、相手は どうなるか分からない。しかも今は見た目だけなら美少女だし、完全にアウトなヤツ!!
「考えてみたら、それっぽく振る舞うためにイチャイチャする必要もあるかも」
「彼氏以外で!」
冗談じゃない。絶対にやりたくないし、どんなに頑張っても、嫌そうな顔でバレるに決まってる。
「彼氏が無理なら彼女、とか。それもナシかなあ」
「……それだ」
「えっ?」
目の前の霧が晴れて行くかのようだ。
そうだよ、そもそも百合エンドが存在するゲームの世界なんだから、それが一番良い方法だろう。何で今まで思い付かなかったんだ? 〈恋愛〉を避けることしか考えてなかったせいかな。でも、それが無理そうなら〈男〉を避ければ良いんだ。
そうと決まったら、やるしか無い。もう一人のヒロインにはまだ会えないけど、新学期が始まったら仲良くなろう。
「本気なの? 今の誠は天花ちゃんなんだよ。女の子と恋愛、出来る?」
「普通に出来るぞ、相手さえ良ければ」
中身は俺なんだから。
「それも そっか。じゃあ、私と付き合ってみる?」
「いや、それこそ あり得ねーだろ。中身は俺と聖なんだぞ」
今は違うって言っても、元は双子の兄妹だ。中身が妹だって分かって、その気になる訳が無い。
「そうだけど、真似だけなら一番 無難だよ。お互いに気心も知れてるし、絶対に裏切らない保証付き」
「親友キャラ、プラス前世の片割れ、だからなあ」
めっちゃ安心できるけど。
「女の子同士なら、きっと『本当って証明するためにキスしてみろ』とは言われないでしょ。一昔前ならともかく、この時流だから」
確かに、そこは前世と同じだ。なら、間違ってもコイツと どうこうなる心配は無い。
えっ、どうしよう。めっちゃ揺れてる。でもなあ、うーん。
「気持ちはありがたいけど、やっぱナシで。真似とかじゃなくて、ちゃんと相手を見付けて恋愛しよう。お互いに」
「…………うん。分かった」