第4話 絶対的な味方
とにかく疲れた。精神的に。
この際、パロディ塗れなのは仕方ない。せめて、それを見て変だと言い合える仲間が欲しい。出来れば女の子が良いけど、そこまで贅沢は言わない。
まあ、それが当たり前の世界で、おかしいのは俺の方。これからも何食わぬ顔でやり過ごして行くしかないんだろう。
心細いけど仕方ない。
とにかく今は食材を適当に見繕って帰ろう。
駅から少し離れた場所にあるスーパーは地場野菜コーナーが充実していて、母親のお気に入りらしい。確かに野菜の鮮度が違う気がする。
それにしても、思ったより早く駅前から退散したから、ゆっくり準備が出来そうだ。
桜の花弁が控えめに降る中を歩く。
こうしていると、どうしても前世の妹を思い出す。春に生まれたせいか桜が好きで、開花に合わせて色々な所に引っ張り回された。
双子だから当然 俺も春生まれなのに、桜には さほど興味が持てず、少しばかり文句を言いながら付き合っていた。それも今では大切な思い出だ。
俺が死んだ後、妹は どんな生涯を送ったんだろう。幸せに長生きして、最期は家族に看取られて大往生したんだろうか。
いや、あれから何年経ったか分からないんだから、未だ人生の途中なのかも。それなら笑っていて欲しい。急に いなくなった俺が、偉そうに言えるコトじゃないけど。
気が付いたら、ずっと足を止めていた。思い出に浸るのも良いけど、これからの対策を練る方が大事だ。
さっさと帰ろうとした時、向こうからやって来る女の子に目が止まった。めっちゃ見覚えある子だ。
アニメの印象より僅かに幼いけれど、恐らく、いや、絶対に間違い無い。
曽根 朋深ちゃん。天花の親友。
やっぱり乙女ゲームは、主人公以外も可愛い女の子揃いだと思う。朋深ちゃんみたいな友達は勿論、モブですら可愛い。だからアニメ視聴が楽しかった。
そして親友キャラの可愛さ以上の魅力が、その内面。俺が知ってる作品に限られるけど、めっちゃ良い子が多い。
女性が主人公に自分自身を重ねる、又は大切な友人や推しを見守る感覚でプレイする場合が多いらしい乙女ゲームにおいて、重要なポジションを担う彼女達。そのお陰で、乙女ゲームの親友キャラは優しく頼り甲斐があり、下手すると攻略対象よりも彼氏力が高かったりする。
勿論、それは あくまでも妹からの情報だけど、俺が見た幾つかのアニメには、確かに当て嵌っていた。
攻略対象がヤバい奴だったりすると、百合に走るのも無理ないとすら思う。以前から築き上げた信頼があるので、他のキャラとくっ付くよりも安定感があるだろうし。何より見てて楽しい。
今から仲良くなっておけば、上手いこと攻略対象との邂逅を避けられる情報が手に入るかも。
とりあえず道に迷った振りをして声をかけてみよう。
「ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル、うっでっがー鳴るー
今日も〜上げるよ〜ダンベルを、ヘーイ!」
足を早めた瞬間、聞こえた歌に耳を疑った。
俺に限らず、可愛い子が目の前で突如、素っ頓狂な歌を口ずさんだら、普通は戸惑うだろう。
でも今の俺にとって、その歌は何より尊く感じるものだった。
「奇跡だ……」
引き込まれるように近付くと、こちらに気付いた彼女が目を見開く。
「えっ、ウソ! 天花ちゃん? うわー、もう会えるなんて! リアル天花ちゃん、マジ可愛い!! ヒロイン流石だわ。でも髪短い、これから伸ばすのかな? ああ、でもショートボブも可愛い!!!」
興奮の余り若干テンションがおかしいけれど、こっちはその比じゃない。
「きよら……聖!」
「えっ? 何でその名前、じゃあ貴女も転生者? でも、何で私のことが分かったの? って、泣いてる!? え、マジどうしよう? て言うか、貴女、誰なの?」
パニクっている彼女を落ち着かせてやるべきだけど、今はそれどころじゃない。
「俺、俺だよ。分かんない?」
「……詐欺? 電話じゃないけど」
前世と顔立ちは違うのに、戸惑った表情はそっくり同じ。
嬉しい。信じられない。やっぱり嬉しい。ああ、もうマトモに言葉が出て来ない。
しかし、その歌は家でしか歌ったこと無いって言ってたから、それを聞いて聖だって分かる人間なんて限られてるだろうに。
「誠だよ」
瞬間、目を見開いた彼女が大きく後退る。
え、何で? もしかして、会えて嬉しいって思ってるの、俺だけなの?
「何処で知ったのか知らないけど、エイプリルフールの冗談にしては質が悪すぎると思うの」
「もう午後だよ。嘘吐けない」
「それはアフタヌーンティーの国限定です」
そうだったな。日本でも それに倣う人がいるけど、基本的には午後だろうと お構いなしだ。
「いや、待て。そのふざけた替え歌で聖だと判別可能なヤツなんて、すっげー限られるから」
「でも、不可能じゃない」
こうなったら仕方ない。これは出来れば言わないでおいてやりたかったが。
「俺たちが小学六年の時、とあるゴム製品に興味を持った聖が、両親の寝室に──」
「わーっ、わーっ、もう良い! 分かったから!!」
「分かってくれたなら良いんだ」
あの時、ゴムどころかアダルトな玩具を見付けて半泣きで俺に報告して来やがって。マジで焦ったぞ。
自らトラウマ作り出したコイツはともかく、巻き込まれた俺は堪ったモンじゃない。暫くマトモに親の顔が見られなかったんだからな。
そもそも、興味を持ったからって、両親のゴムはチェックしないだろう。両親の夫婦生活(夜)なんて、最も知りたくない情報だ。
「でも、まさか……本当に誠なの?」
「じゃあ次のエピソード、あれは中学──」
「やめてください。ホントに。私が悪うございました! 貴方は正真正銘、双子の兄の誠です!!」
まだまだ弱味を握ってるぞ。まあ、それはお互い様だけどな。
「でも誠、何で天花ちゃんになっちゃったの?」
「俺が知りたいよ。切実に。今朝いきなり記憶が戻って、暫くパニックだったぞ」
「今朝!? それにしては落ち着いてるね」
「まあ今後の対策練らないと、マジでヤバいから。男と恋愛なんて冗談じゃないし」
どうしても無理だ。
「ああ、心が誠なら無理か」
「まあな。別に男同士で付き合ってるヤツを見ても『幸せにな』としか思わなかったけど、俺自身は女の子しか無理だから」
それはどうしようもない。今の身体がどうだろうと、無理なものは無理。
「その辺りは、ゆっくり考えれば良いんじゃないかな。私も一緒に頑張るよ」
「サンキュ。やっぱ持つべきものは片割れだわ」
本当にありがたい。只でさえ頼りになる親友キャラ、その中身は前世の半身だなんて、もはや怖いモンなしだ。
感慨に耽っていたら、急に聖、いや、今は朋深ちゃんが俯いた。よく見たら肩も震えてる。
「どうした?」
「誠、ごめんね」
「え?」
「前世で誠が、」
ああ、死んだ時のことか。そう言えば、知らない子供を助けたあの時、聖と一緒に電車を待ってたんだっけ。
でも、別に聖が責任を感じることじゃ ないのに。ホームの非常停止ボタンを押しに行ってくれたのは憶えてるし、間に合わなかったのは仕方ない。
「聖は全く悪くないだろ。寧ろゴメンな? 突然いなくなって。きっと、悲しい思いさせたと思」
「違う! 誠は何も悪くない!! 悪いのは、あの」
「あー、もう、この話は止めよう。せっかく会えたんだからさ」
妹の口から、罪の無い子供に対する悪口は聞きたくない。
あの子は全然悪くなんかない。きっと、聖もそれは分かってる。でも、心が納得しないのだろう。
俺自身はあの子を守れて良かったって思うし、死んだ瞬間の記憶が無いから実感湧かないけど、もし逆に自分が残された側だったら。一体どんな思いをしたか、想像しただけで辛い。
轢死体なんて、マトモに見られたモンじゃない筈。目の前で家族がそうなったら、気が触れそうになるだろう。
泣きじゃくる彼女を抱き締めながら、今こうして慰めてやれる奇跡みたいな状況に心から感謝した。