第3話 パロディ地獄
食材だけ買って帰るのも味気ないので、色々見て回ろう。
それにしても、やっぱり前世で住んでた街に似てる。町名や細かい部分は微妙に違うけど、ほぼ同じ。引っ越して来た時からずっと既視感に悩まされてた謎が、今日やっと解けた。
窓から外を眺めていたら急に前世を思い出したので、もし引っ越して来なかったら思い出さずに人生終わったのかも。
でもヒロインだからそれは無理か。
家から駅まで徒歩十分、のんびり歩くのにちょうど良い距離だ。ここには大きな商業施設がある。
「まずは本屋だな」
ここには前世でよく利用していた本屋があった筈だ。
「確か四階だったな……ああ、やっぱりあった」
店名が記憶とは違うけど、店構えはかなり似てる。懐かしい、来て良かった。
直ぐにその感想が反転するとは、夢にも思わなかったけど。
「……何だ、コレ」
着いてまずは海外小説のコーナーを見に行くと、目に付いたタイトルが『ああ苦情』。
「クレーム係の嘆きかな?」
それだけなら別に何とも思わなかったのだが、その隣には装丁が良く似た『ああ無常』という本が並んでいる。発音だけなら、あの名作と全く同じだ。おまけに『ああ不浄』まで。
この本屋、何かおかしい。いや、装丁が似通ってるのを見るに、出版社がおかしい。それを普通に並べている書店も、どうかと思うけど。
「えっと、他には……『パクリー・オッターと選者の縊死』、しかも著者は〈転がる女子高生〉? 腹切って詫びろ、マジで」
マトモなと言うか、見覚えのないタイトルもあるにはあるが、変なモノの方が目に付きやすいのは致し方ない。
「後は『垢と風呂』……もうね、コレ考えたヤツ、アタマおかしい」
立身出世を目指していた若者が色恋で道を踏み外す話が、垢嘗が出没する妖怪譚みたいになっている。
「こっちは『若、くっさー!物語』、鳴くまで待つ武将の味噌事件か? 原作者にあの世から狙撃されても文句言えねーぞ。あ、でも英語の原題は全然違うからセーフ? いや、やっぱアウトだろ」
このままだと気が触れそうなので隣のコーナーに移動した。
まあ無駄だったが。
「えっと『神童とバットの冒険』野球少年の物語か? それに『報復の王子』。元ネタとは正反対の内容だろうな、コレ」
無差別攻撃だ。余りにも酷い。
他にも『おフ○ラ座の愛人』『黄色いヘアーのマゾ』『国使不眠の煽り』と、密室トリックの偉人とも言えるお方に恨みでもあるのか? と訊きたくなるような本が連続で並んでいる。
パラパラとめくって見たら、『黄色~』と『国使~』の主人公の名前はグール食べーゆ。いい加減にしろ。
「少しはラインナップに拘れよ」
いや、間違った方向に拘っているとは思うけど。もう少し、こう……何か、もっと、頑張ってくれ。一人でブツクサ言ってても仕方ないんだけどな。
はー、ちょっと落ち着こう。
少し休憩してから違うコーナーに向かうと、性懲りもなく『御乳首物語』『枕奉仕』『屠殺日記』『蛆臭気物語』『蝿取物語』という、もはやツッコミを入れる気力すら失うような本を見つけ、すっかり疲れきって店を出た。
本屋を出て色々な店を見ていると、かなりパロディが目立つ。殆どが何かに似て非なる物ばかり。一事が万事この調子なのかもしれない。地名や街並みに覚えた違和感は、これが原因だ。
記憶が戻った今だからこそ気付く。この世界、おかしい。色んな意味で。
でも考えたら、ここは乙女ゲームの世界。おかしいのは〈そういう仕様〉なのだろう。
創作物の中で、実在する施設や商品をそのまま出しては問題になる。だからどこかで見たような、でも明らかに何かが違う物が、架空の世界には溢れている。
乙女ゲームはやったコト無いけど、このゲームを元にしたアニメは見た。その時の画面の中には、見覚えがあるようで、やっぱり少し違う建物やペットボトル製品があったと思う。
だから、アニメやゲームで描かれていなかった部分も、パクり……じゃなくてパロディだらけなのは仕方ないのかも。
それでも本のタイトルは悪ふざけが過ぎるけどな!!
そう言えば思い出した。小さい頃に勧められた女児向けアニメは、前世なら考えられない内容だ。
謳い文句は確か「ブルータル&リガーな正義の戦士、ブルリガ!」だったな。もう色々と酷すぎて笑える。これが何でヒットしたのか謎だ。
そして可愛いフリフリの衣装を身に纏う女の子たちの武器がヤバい。
釘バット(火)にトゲ付きのムチ(雷)、モーニングスター(毒)、そしてハルバード(爆破)。ただでさえ攻撃力高めの武器に危険な効果までプラスするとか、カッコ可愛い戦士のやるコトとは思えん。
特に釘バットで攻撃された敵は、火だるまになって叫びながらのたうち回る。巷では、釘バットを愛用するキャラはトラウマ製造機と呼ばれているらしい。
他にも幾つか恐ろしい物があったような。
おまけに敵と対峙した時の台詞は「この世に生まれ落ちたコトを後悔させてあげるわ、今日も良い声聞かせてね」で、トドメの後には「これで懲りたかしら? ゴミクズ共」と吐き捨てる。
教育に悪すぎるだろ。絶対に性癖歪んだお友達が沢山いると思う。
天花がクラシックを好んでいたのは、著作権法に引っかからない古典音楽しかパロディ地獄に侵されてないから、なのかも。
それなら何で古典文学があのザマだったんだろう。
新装版とか新訳版が出たりして、色々ややこしいことになる危険性を回避したのか?
前世の記憶が無ければ〈そういうモノ〉だと今よりは気にならなかったあれこれが、やたら目に付く。これ、地味に辛い。
何か、この子、って言うか、今までの俺がクソ真面目だったり、少し醒めてたりした理由も分かる気がする。
もしかしたら、このふざけ切った世界に対する抵抗だったんじゃないかな。
記憶が戻っていなくても、もっとマトモだった世界の存在が魂に刻み込まれていたのかも。それでこの世界に違和感あったとか。あり得る。
「それにしても、この世界で生きて行くのか。あー、気が重いけど頑張ろう」
せめて、ここの阿呆らしさについて話せる仲間が欲しい。切実に。




