第15話 級友
「月瀬さん、部活に入る予定はあるの?」
「今の所は考えてない、かな」
新学期の挨拶と俺の紹介が終わり担任が出て行き、今は休憩中。もう少ししたら、集会のために講堂へ移動だ。この僅かな時間を逃すまいとクラスメイトが押し寄せて来た。
「分からないことがあったら何でも訊いてね」
「ありがとう」
早速移動する必要があるから助かる。みんな親切だな。お陰で聖達とクラスは違うが、さほど心配はしていない。杏子さんは隣のクラスで、体育とかは一緒なので寂しくないし。
「お弁当と学食、どっちの予定なの?」
「多分、弁当になるかな」
基本的に中高の六年間で新しい生徒が入ることは殆ど無いせいか、食い付きが凄い。教室に入った瞬間のクラスのみんなの食い入るような視線に、顔が引き攣るのを抑えられなかった。
スラックスを穿いていたのも注目を浴びた原因の一つかな、とは思う。でも選べるなら絶対にスカートは避けるよな。
俺にとって この学園の最大の魅力は、女子でもスラックス可という所。伝統ある私学とは思えない柔軟性だ。お陰で素直に編入試験を受ける気になれた。
それ以上に助かるのは、一応標準服として制服は存在しているが、着用が必要なのは行事などの限られた場合のみということ。普段は私服でも構わないらしい。早速明日から私服にするつもり。
アニメでの天花は普通にスカートだったし、ゲームでもそうらしい。彼女はヒロインだったからな。でも俺はそうじゃないし、好きにやらせてもらう。
因みに前に通っていた中学も寛容で、スカートが嫌だと訴えたら学ランでの登校を許可してくれた。他にも何人か仲間がいたので、そんなに悪目立ちしなかったのも良かったと思う。
父親は少々嘆きながらも、俺が快適に過ごせるのを喜んでくれていた。母親は俺の学ラン姿を事ある毎に写真に収めながら「何を着せても似合う」と喜んでいたので、彼女にとっては特に問題は無かったようだ。
「今から集会だよね、確か──」
「一緒に行こう! 案内するよ」
親切にも案内を買って出てくれたクラスメイトが、いそいそとやって来る。ニコニコしていて可愛いけれど、小柄な彼女が俺の顔を見上げながら歩くせいか、足元が覚束無い。
「危ない!」
案の定、机に足を引っ掛けてつんのめった。何となくそうなる予感がしていたので、抱き留められたのが幸いだ。
「ごっ、ごめんなさい! 助かったー」
「気を付けてね」
手を離し、斜めにずれた机と椅子を元に戻しながら話をする。慌てて自分も直そうとしたようだが、既に終わらせてしまっていたので、申し訳なさそうに礼を言われた。
何かと躓いて助けられるのは乙女ゲーヒロインの特殊能力なのだろうか。まあ今の場合は、助けてもらう相手を盛大に間違えているけど。
この子が星澤 六花ちゃん。もう一人のヒロインで、銀髪に葵色の目を持つ、庇護欲を唆る顔立ちの可愛い子だ。天使のような美少女って言葉を見事に体現している。
背が高くクール系の外見で何事も卒なく熟す天花は、乙女ゲームのヒロインとしては珍しいタイプだ。そんな設定に出来たのも六花ちゃんがいてこそ だろう。
小柄で愛らしい顔立ち、ちょっとドジで何事にも一生懸命。やや抜けていて鈍いけれど、いざという時はしっかりしていて、人を動かす力がある。まさに真のヒロイン、といった所か。
だが聖が言うには、このゲームのメインヒロインは天花らしい。パッケージでも大きく描かれているのは天花で、紹介動画でも最初に出るようだ。
いや、おかしいだろう。普通は正統派ヒロインの六花ちゃんをメインにして、変わり種はサブに置くんじゃないか? 両者の扱いにそこまで大きな違いは無いらしいが、それでも変だ。かなりの捻くれ者がスタッフにいたのだろうか。
ところで六花ちゃんの攻略対象は、天花のと比べたら遥かにマトモ。但し、恋愛関係にならなければ。
ゲーム開始から暫くは良いのに、関係が深まると豹変するヤツが四人中三人もいるらしい。監禁は まだ優しい方で、平気で命を奪いに来るのもいる。六花ちゃんが何したって言うんだよ!! 怯える六花ちゃんのスチルが好評らしいが、実際に本人が生きて動いている姿を見ても同じように思えるのだろうか。
そんな攻略対象達は、自分以外のルートだと頼り甲斐のある友人として活躍する。マジでどうしてそうなった。
それにしても彼女は小さい。身長は百五十センチより遥かに下だろう。既に百六十台後半の俺と比べると、相当な身長差がある。
そんな彼女から繰り出される上目遣いの威力は凄まじい。これなら理性を失う男がいるのも頷ける。だからって人に危害を加えるのはクソだけど。
「とにかく講堂に行こう! 遅くなってから入ると目立っちゃうから」
もう今以上に注目されたくない。彼女の言う通り、さっさと移動するのが無難だろう。
「相変わらず落ち着きが無いのね。しかも編入初日で勝手の分からない月瀬さんに迷惑をかけるなんて」
近付いて来たのは三郷 苺ちゃん。赤い髪に緑の目の、大人びた顔立ちの美少女。身長は高めで、今の俺より少し低い程度。
キツい言葉を投げかけているけれど、心配して見ていたんだろうな、多分。俺の位置からは、安心したように ほっと一息吐いたのが見えていたし。
「迷惑なんて、全然そんなこと無いから。元気な彼女を見ていると、こっちも楽しい気分になれるよ」
とりあえず弁護しておこう、しゅんとしている六花ちゃんが可哀想だし。どうしてこうも棘のある言い方をしてしまうのか、事勿れ主義の俺には理解できない。
少し眉間に皺を寄せたものの、特に何も言うことなく去って行く苺ちゃんを見ていると、そっと袖を引かれた。
「あの、ありがとう」
うん、あざとい。上目遣いで僅かに首を傾げ、やや眉尻を下げて微笑む様子が何とも儚げで、計算尽くなのかと疑うレベル。
「どういたしまして。でも、彼女も意地悪を言うつもりじゃなかったと思うんだ」
「うん、それは分かるの。三郷さんは凄くしっかりしているから、要領の悪い私を見ていると歯痒いんじゃないかな」
そうだろうな。そして、恐らく彼女が一番苛立っているのは、優しい言葉をかけられない自分自身にだと思うよ。断言できないので言う気は無いけど。
「話している最中にごめんね、そろそろ鍵を閉めて良いかな?」
「えっ? ああっ、もう私達だけ? ごめんね藍原くん」
「本当だ。ごめんなさい、すぐ出るから」
移動で教室を空ける際は日直が戸締まりをする。彼は今日の日直にして、天花の攻略キャラの一人である腹黒だ。
名前は藍原 祐希くん。名前の通り、藍色の髪と目が綺麗な美少年。
何処から見てもマトモそうな爽やかくんで、問題があるようには見えない。でも大事をとって、絡まれないように必ず誰かと行動することを心に誓った。
とにかく今は早く講堂を目指そう。




