第13話 本来の彼女達
「…………と? 誠!」
「え、何?」
「どうしたの? 急に黙って、話しかけても反応しなくなったんだよ!」
どうしたって言われても自分でも分からん。
何か考えていたっぽいのに、それが何なのか思い出せない。強烈な夢を見て飛び起きた筈なのに、起きた瞬間にもう夢の内容を忘れてしまったような感じだ。
ただ、胸に言い様のない不快感だけが残っている。
「いや、何か……ボーッとした」
「体調は大丈夫?」
杏子さんも心配そうだが健康上の問題ではない、多分。でも説明したくない。と言うか出来ないんだが。
「ありがとう、でも元気だから」
「本当に? 無理してない?」
身体は元気なんだけど、精神はちょっとおかしいのかな。意味不明で少しばかり気味が悪い。
「大丈夫。春だからか眠くなったんだろうな」
「人と話してる最中に? 誠はそんなヤツじゃないよ」
俺に限らず普通は誰かと話している最中に転寝なんかしないよな。だけどそうとしか考えられないだろ? いきなり関係ない思考が流れて来て、次の瞬間には思い出せないんだから。
杏子さんに この前言われたけど、俺は何か忘れているのかも。
「あっ! 誠に見せようと思ってた物があるの。ちょっと待ってね」
そう言うなりクローゼットの前で何やらゴソゴソ漁り始める。空気を変えようとしたのか。ただ、余りにも唐突で無理矢理感が酷いが。
「ほら、これ!」
そう言って目を輝かせて見せてくれたのは『世界の拷問・処刑特集──必ず見付かるあなた好みの手法──』というタイトルの本。
うん、確かにその手の雑学系の本は好きだった。記憶を取り戻した今も、嫌いではない。でも時と場所と場合を考えようか。しかもその副題は何なんだよ? どう考えてもアブナイ趣味のヤツ御用達だろ。
「えっと、それは……凄い本ね」
ほら、杏子さんも引いてる。
「うん! 誠はこの手の本が好きだから」
すっげー誤解を招く言い方だな。好きなのはあくまで雑学だ。血腥いのはそんなに得意じゃないぞ。
「好き、なの?」
「それが好きなんじゃなくて、実生活では全く役に立たなそうな雑学とかが好きなんだよ」
「ああ、私もそうなの」
へえ、意外だな。そうでもないか。物騒なのはともかく、雑学は普通に楽しみそう。何となくだけど好奇心旺盛な雰囲気だよな。
「拷問の話も平気みたいで、ファラリスの雄牛とかの記憶もあるの。多分そういう内容の本を読んでいたんだと思う」
「うちの弟と話が合いそうだな」
「弟って、あの銀河くんだよね? そんな子だったの?」
聖が顔を引き攣らせている。マズい、とんでもない誤解が生まれていそうだ。銀河は決して危険な子じゃない。
「あ、いや、アイツはマトモだぞ。雑学は何でも好きなだけ」
「知的好奇心が旺盛なんだね」
流石杏子さん、分かってくれてる。
「ああ、そんな感じだよね。しっかりしてそうだったけど、何年生?」
「小五になる。今は十歳」
聖の印象通り、しっかりしているんだ。俺達があの年の頃って、もっとバカやってた気がするんだけど、冷静に物事を見ているし礼儀正しい。
おまけに成績優秀でスポーツ万能。ハッキリ言って、ヒロイン補正がかかっていた筈の今までの俺なんかメじゃない。どんだけハイスペックなんだよって呆れ返る程だ。
でもゲームの世界には存在しない人物なので、ヒロインの弟だからって訳でもない筈なんだよな。
「私も弟さんに会ってみたいな」
「何時でもどうぞ。うち、母親が在宅で仕事してるけど、騒がなければ友達を呼ぶのは問題ないし」
今までだって仕事が立て込んでない時は普通に呼んでいた。
「良いなー私も行きたい」
「勿論良いぞ」
聖なら今の俺の家族とも問題なく交流できるだろう。
「楽しみ。そう言えば次は杏子ちゃんの誕生日だね。六月三十日」
「そうなのか、今からプレゼント考えとこう。聖は夏って言ってたけど、日にちは?」
「私は今は八月二十八日。天花ちゃんは公式通りだよね?」
そうだったな。憶えやすい誕生日だから公式通りなのは間違いない。だが、杏子さんは疑問を覚えたようだ。
「乙女ゲームの主人公って、要するにプレイヤーキャラでしょう? 名前はともかく、誕生日が設定されているものなの?」
「誕生日が決まっているのは珍しいけど、他のゲームでもあったよ」
このゲームのヒロインは名前のせいか、二人揃って冬生まれだ。
六花ちゃんはクリスマスイブの生まれだったな。そして天花はバレンタインデー。いや、その日はヒロインにとってプレゼントを渡す日じゃないの? 何で誕生日をそこにした? 今更だけど公式おかしくない?
そしてチョコを強請る攻略対象に誕生日を理由に断る選択肢がある。断った時点での親愛度により百合エンドが確定するんだけど、気になる子に追い払われた上に、目の前で女の子同士のラブシーンを見せ付けられるなんて中々のご褒美……じゃなくて、随分な仕打ちだよな。俺だったらガン見するが、多感な年頃の男にはキツそうだ。
「へえ、天花ちゃんはバレンタインが誕生日なのか。頑張って用意するね」
馬鹿なことを考えている間に話が進んでいる。それにしても、杏子さんにプレゼントもらえるってすっげー嬉しい! 気軽に話せる女の子で良かった! さっきから聖の清涼感たっぷりな視線を感じるけど、きっと気のせいだよね。
「誕生日……。そうよね、元がゲームの世界でも、みんな実際に生きて感情もある人間なんだよね」
「いきなりどうしたの?」
急に考え込む杏子さんに聖が戸惑っている。
「本当は、六月三十日に誕生日を祝ってもらう杏子という女の子が私以外にいた筈なんだよね」
「ああ、それ俺も思った」
本来の天花自身にも申し訳ないし、彼女を愛していた筈の家族にも後ろめたさを感じる。
「私は本来の朋深ちゃんについて考えたことも無かったな」
「聖は物心付く頃には記憶があったし、その上で今の家族と一緒に過ごしているから、朋深ちゃんと自分が同じ存在だって意識があるんじゃないか?」
「それに比べて私は最近記憶が戻ったから、本来のキャラと自分が違う存在だと思ってしまうの。杏子として生きてきた記憶はしっかりあるし、前世の自分について殆ど何も知らないのに」
恐らく彼女にも、本来の杏子ちゃんの居場所を奪ってしまっているという意識があるんだろう。自分が望んだ結果ではなくとも、罪悪感は否めない。
「俺もそう。杏子さんは前世の記憶は曖昧でも、この世界に強烈な違和感があるからそう感じるのかも」
「ああ、確かに。下手に元の世界との共通点が多いからこそ、おかしな部分が余計に気になるのかな」
うん。似ても似つかない世界なら、多少のパロディくらい水に流せるよな。多分。
「この世界が自分の世界だと思えないのかな? でも、それが解決しても、本来の杏子ちゃんが今どんな状態なのか気になると思う」
「それで思い出したけど、私は小さい頃に時々夢で朋深ちゃんと話していたよ」
聖が言うには、夢の朋深ちゃんが二人で一つの身体を使っていると教えてくれたらしい。成長するにつれ、その夢も見なくなったようだが。
「それを信じたのか? 二人で身体を共有してるなら、聖の意思で動かせないとか、気付いたら時間が経ってるってことが無いと変だろ?」
「何か、基本的には私が動かして、深層心理に働きかけて普段の生活で戸惑わないように手助けしてくれる感じだった。多分」
「それで納得するとか、物事を余り深くかん……あるがままを素直に受け止める聖らしいな」
あーだこーだ考えすぎても事態が好転するどころか悪化の一途を辿るってのもあるし。うん、素直なのは良いことだ。
「何か引っかかる。まあ私が言いたいのは、必ずしも居場所を奪ったとは言い切れないってこと」
「そうね。考えても答が出る訳でもないし、悩むなら解決策が出せる事柄にした方が建設的だよね」
杏子さん、いい顔になったな。俺も多分そうだろう。
こういう時の聖は頼りになる。以前も、考えが堂々巡りを起こした時に気を逸らせて休ませ、落ち着いて前に進むきっかけをくれていた。
もし何かコトが起きたら、その時に考えたら良い。とりあえずは明後日からの新しい学校生活を楽しもう。ゲーム開始までの猶予期間、大切に過ごそう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「だ~か~ら~、俺が案内してあげるって」
「結構です、通して下さい。通報しますよ」
あー、最悪だ。コイツ消えてくれねーかな。




