第11話 情報交換
心強い味方となった杏子さんに訊かれるままに、前世での俺達がどのように過ごしていたか語って聞かせた。主に聖が。
「もう勘弁してくれませんか」
「駄〜目。誠の鈍感っぷりが引き起こした問題とか、それに巻き込まれた私がどんなに苦労したか、しっかり聞いてもらうんだから!」
「確かに、そんな感じだよね」
鈍感って、ハーレム系の主人公じゃないんだから。俺は単に面倒臭いのは気付かない振りをしていただけで、そこまで鈍い訳じゃない。
どっちに転んでも針の筵ってのは対処に困る。俺だけじゃなく女の子側も刺々しい雰囲気になる筈なのに、何で敢えて突撃するのかマジで意味不明。
だったら一番傷が浅く済むように立ち回るのって、さほど悪いことだとも思わない。常に正面切って向き合うのが正解とは限らないから。
勿論、それを正直に言うと総スカンを食らう。面倒を回避するどころか、自分で引き寄せた上に喧伝して回るようなものだ。
なので黙っている。俺、嫌なヤツだな。
「俺のことは良いから、もっと二人の話が聞きたい。例えば、この世界で小さい頃にアレ、見なかった?」
「あれ?」
二人共、家にテレビがあれば見ていた可能性が高い。
「ブルリガ」
「ああ、あの物騒な変身少女」
「私、敵が火だるまになるシーンで脱落した。もう『何で?! これ子供向けでしょ? この世界の放送倫理どうなってんの?!?』ってパニックよ」
記憶を取り戻していた聖には相当イカレた番組だっただろう。杏子さんも気の毒そうに背中を撫でている。
「他にも変なパロディ物ばかりだし。見る度にツッコミ入れたくなって困ったんだからね!!」
「やっぱ そうだよな!」
「私も最近は自動販売機を見るのも抵抗があるの」
切望した翌日には、これについて訴える相手が出来たなんて幸せだ。聖は今までよく耐えていたな。
「でもネーミングがおかしいだけで、文明社会だし食べ物も普通に美味しいから助かった。私モンブランが好きだから、外国だったら困ったかも」
「ああ、日本以外では殆ど無いからね」
杏子さんはモンブランが好きなのか。聖とケーキバイキングにでも行くと楽しそうだな。
楽しい時間も過ぎて行く。お母さんが帰って来る時間まで居座って気を遣わせるのも良くないので、今日は帰ることにした。どうせ俺は三日後にまた来るから。
「送って行かなくて大丈夫?」
「大丈夫、俺が送って行くから」
「誠さ……じゃなくて天花ちゃんも女の子でしょう? 遅くなったら危ないのは一緒だからね」
そうだったな。今の俺の身体が女の子ってのは一応分かっているんだけど、ふとした瞬間に男だった時の癖が出る。
結局、二人の家路の分岐点まで一緒に行くだけになった。でも明るい時間帯だし妥当な所だろう。
「ちょっとだけ話さない? まだ明るい時間だから大丈夫だろうし」
公園に差し掛かった時に誘われた。断る理由も無いので運良く空いてるベンチに向かう。
「誠さんって朋、聖さんに何か隠してる、と言うか遠慮してること、無い?」
唐突に訊かれて驚いたが、生憎特に思い当たる節は無い。忘れているので無ければ、だが。
正直に述べると俯いて考え込む。一体何なんだ?
「急にごめんなさい。彼女、貴方の話をする時、凄く辛そうで。それも何だか罪悪感みたいなものを抱えているような」
「あー、俺が死んだ時のあれかな」
その時の状況を話した。恐らくその時に命を落としただろうことも。
「間に合わなかったのなら、確かに責任を感じるかもね」
「アイツなら気に病むのは間違いない」
災害などで自分が助かっただけでも罪悪感に押し潰されそうになる人だっているんだ。聖があの状況に耐えられるとは思えない。
本当に全然気にする必要なんて無いんだが。だって俺にとっては今更どうだって良いから。そんなのを気にするより、今この時間を大切に生きる方がよっぽど意義がある。
「それを全部言ってあげたら良いのに」
「そうしたいけど、あの時の話題は聖が泣くから」
「妹の涙くらいでビビってどうするの」
ビビりは しないけど、見たくないんだ。
と言おうとして気付いた。何でこんなに嫌なの? 俺、前世では別に聖の涙程度でここまで胸が痛まなかった筈。そりゃ、積極的に泣かそうとはしてないけど、喜怒哀楽のハッキリしているアイツの涙なんて別に珍しくない。
やっぱりいきなり目の前で無残な──少なくとも見た目は──死に様を見せ付けてしまった罪悪感に由来するのだろうか。
「今すぐは難しいかもしれないけど、何時か言ってあげて欲しい。部外者が踏み込んでしまって申し訳ないけど」
「アイツのこと思って言ってくれてるんだから、寧ろありがたいよ」
改めて良い友達を持ったな、聖。
彼女は本来のライバル役の杏子ちゃんとは違うけど、本質はかなり近い気がする。そう言えば聖もドジで抜けてる所があるけど、素直で人に優しい所は共通している。元のキャラとかけ離れているのは俺だけか。
「ところで訊き忘れていたことが。この世界って変なパロディだらけで意味が分からないけど、一体何なの?」
「知らなかったのか……」
でも考えてみたら、乙女ゲームのプレイヤーって そんなに多くないだろう。ソシャゲならまだしも、これはコンシューマーゲームだった。アニメも見ないなら、知る機会なんてほぼ無い。
「本当は聖の方が詳しいんだけど」
今は俺しかいないから、俺の知る限りの内容を伝えた。流石に百合エンドについては気まずいので言及を避けたが。
「なるほどね。私は馬に蹴られる役目か」
「いや、話聞いてた? 全然違うからね。それにゲームでは どうだろうと、俺は男と恋愛なんてする気無いから」
「元が完全な異性愛者なら そうかもね」
分かってくれたか。これから彼女にも助力を求めるだろうから、誤解が生じると困る。
「もう一人のヒロインにもライバル役がいるの?」
「うん。ヒロインは星澤 六花ちゃん。で、ライバル役は確か……三郷 苺ちゃんだった、筈」
「彼女達なら納得ね」
感心した顔で頷いている。
「確か小学校が一緒で、その頃から何かと絡んでいたらしいから」
「へえ」
アニメではそこまで詳しくは言ってなかったような。
「頼り無さげなのに、いざという時はしっかり決める星澤さんのことが気に入らないみたい。でも気になって仕方ない、みたいな」
「もしかして、元気が無い時は煽ってみたり?」
「そう。本当は心配しているのに」
アニメそのままじゃねーか! 是非ともこの目で見てみたい。
「私は天花ちゃんの保護者みたいだから、これから困ったことがあったら何でも言ってね」
「頼りにしてます」
彼女がいるなら学校生活も怖くない。




