第10話 何時からか
「えっ? つまり……」
「私も前世持ち」
戸惑う聖になんてこと無いように告げる杏子ちゃん、いや、杏子さん? は、とても楽しそうだ。
「実は朋深ちゃんは、前からボロ出してたし」
「うそっ!?」
「あー、そうだろうなあ」
めちゃくちゃ想像付くわ。コイツが隠し通せる訳が無い。他の世界を知らない人なら意味不明な与太話と受け止められるだろうが、知っている人が聞けば即バレ不可避だろう。
「何で納得するのよー?!」
「だって……なあ、中身は聖だし」
「それで片付けられるのムカつくー!!」
食って掛かる様子は見慣れた姿。この世界で再会してからは、何処かしら遠慮があった感じだが、今はそんなモノかなぐり捨てている。
そう、それでこそ聖──今は朋深だけどさ──だ。兄ちゃん嬉しいぞ。
「それで、先程からの発言を考慮に入れると、朋深ちゃんの前世の名前は聖さん。それと、天花ちゃんは以前はまことさん、序でに男性だったという解釈で合ってるの?」
「完璧ですな。更に付け加えると、俺達は元・双子の兄妹だったってコト」
さっき、敢えて俺って言っといて正解だったな。改めて、この美少女──前世はどうか知らないけど、今は文句の付けようも無い美少女だから──に、自分が性転換したって説明するのに若干の抵抗を感じたから。
でも、相手に指摘されるのもかなり辛い。どっちがマシだったんだろう。
「それで、杏子さんの前世についてお訊ねしても?」
「良いけど、ハッキリ憶えてないの。前世に存在した物とかの記憶はあるのに、自分が何処の誰だったのかはサッパリ」
不思議だけど、そういうコトもあるんだろう。
あ、待てよ。じゃあ、もしかすると
「じゃ、じゃあ、もしかして俺みたいに前世とは性別が違ってる可能性とか……」
「残念ながら、それは無いかな。化粧をして、完全に女性の装いをしていたのは憶えているから」
「いや、まだ男の娘の可能性がある!!」
聖、この流れでそれは無いんじゃないかな。ほら、杏子さんも笑ってる。
「その食い付きは何? その可能性はゼロね。ほら、女性特有の体調不良に随分悩まされていた記憶があるから」
俺の中身に配慮して言葉を選んでくれている。気配りの出来る大人の女性って感じで素敵だよな! 彼女が仲間で良かったと思う。
「あと、何歳で死んだか、死因は何かも分からないの。最後の記憶は、大学受験の合格通知を受け取った所だから」
「じゃあ、その日にって可能性も……」
希望に溢れたその日に、と考えると非情な運命に暗澹とした気分になるが、その確率は高いのかも。
「無いとは言えないけど、その後のことは全く分からないしなあ。何か、別にどうでも良いんだよね」
「えっ? 杏子ちゃん、それ、どういうこと?」
聖が率先して訊いてくれるから、俺は黙って聞き役に徹していた方が良さげだ。二人には積み重ねた時間があるし、正真正銘の同性の友人だからな。
「前世の自分の名前すら分からない。住んでいた地域も、言葉の感じで恐らく中国地方かなあ、とは思うけど、はっきりしないし。合格通知を受け取った時の感情すら分からないの。多分、嬉しかったんだろうな、とは想像できるけど」
「うん」
「だから、それが本当の自分の人生だったという実感も湧かない。何歳で死のうが、今ここで生きているんだから、どうせ死んだ事実に違いは無いし。なら、気にする必要は無いかなって」
聖は納得いかない表情だけど、俺には何となく理解できる、気がする。
彼女とは違い自分の前世の記憶はある。でも、俺も自分の死んだ瞬間はサッパリだ。あの状況だから仕方ないだろうが、そのせいで絶命した実感が無い。痛みも苦しみも無しに逝けたからフラッシュバックに見舞われるコトも無く、寧ろラッキー……とは流石に言えないけど「そっかー、死んだのかー。じゃあ仕方ないから次行こっか」程度のものだ。どう考えても、自分が現在女の子だって方が問題だった。
憶えていない上に今更生き返れないんだから、死の瞬間がどうだった、なんて気にしても仕方ない。
遺されて苦しんだであろう家族やその他の人々には悪いと思う。けど、その内の一人である片割れに今から構い倒して一緒に楽しい時間を過ごせば、少しは忘れさせられるかなと思っている。甘い見通しかもしれないけど、それこそ過去を無かったことには出来ないから、俺にはそうするしか手立てが無い。
鬼籍に入った俺達兄妹が偶然この世界で出会って交流できる。それだけで信じ難い僥倖だ。だったら、何であの時あの子供が線路に落ちたのか、とかはもう良いかな。
俺でさえ自分の最期を他人事みたいに思っているのに、自分自身に関する記憶がごく僅かな杏子さんが軽く流してしまえるのも納得だ。
何かに執着するって凄いエネルギーが必要だから。良く分からない自分の前世に、それ程に強い感情を抱けないのだろう。
「私には分からないけど、それで杏子ちゃんが苦しまないなら良いこと、なんだよね?」
「そうだよ。だから朋深ちゃんは何時も通りでいてくれると嬉しいな」
優しい笑顔。彼女の記憶が物凄く短くぶった切られていない限り、前世での年齢は聖の方が上の筈なんだが、どう見ても逆の雰囲気だ。
まあ聖が相手なら仕方ないか。
「ねえ誠、今何か失礼なこと考えなかった?」
「気のせいだろ」
「ふーん、まあいっか。ところで杏子ちゃん、私のミスって何?」
それは俺も気になる。これ以上ボロを出さないように聞いておきたい。俺もついさっき、やらかしたばかりだしな。
「例えば好きな絵の話で、ミレーの『オフィーリア』を挙げたの」
「あーっ!! そう言えば……」
「あーあ、好きなものが絡むと夢中になるから」
その画家とそのヒロインが登場する戯曲──それも四大悲劇だな──の、いずれもこの世界には存在しない。
まあ仕方ないな。きっと聞いてもらっている内につい口が滑って、自分がやらかしたことに気付いてなかったんだろう。まあ聖だから。俺も人のコト言えないし。
「私はその時は自分の前世なんて全く憶えてなかったんだけど、その名前に引っかかりを覚えて」
色々と調べたら、どうもこの世界にはそんな画家も、その時に朋深が話した『ハムレット』とやらも存在しないと判明したそうだ。
「でも何故か知ってるから、おかしいと思ってね。その後も朋深ちゃんの話を聞いている内に、段々思い出したの」
「どうして私がボロ出してること、教えてくれなかったの?」
「はっきりと前世を確信したの、つい最近だから」
なら仕方ないだろう。彼女なら単に面白がって黙っていたのかもしれないと思ったが、矢鱈と人を疑うのはいけない。
「聖のコトはともかく、俺もそうだと思った理由は?」
「朋深ちゃんが貴方について話す時の感じが、単に新しく出来た友達に向ける感情じゃないと思って、どういう人なのか興味があったの」
「でも、それだけじゃ誠の過去については分からないでしょ?」
それを聞くと、杏子さんは悪戯っぽく笑った。
「私が不躾な程にジロジロ見て観察したら、同い年くらいの子は機嫌が悪くなるか、居心地が悪くなってしまうのが殆どでしょ? なのにまことさん? は、困った子供を優しく見守るような表情をしていたから」
「ああ、確かに。まあ中学生だしな、と思ってたよ」
それだけでは確信が持てなかったけど、ボロを出すような会話を仕掛け、そのトラップの一つに俺が引っ掛った、と。
してやられた感はある。でも結果良ければ、だ。
「じゃあ改めて、仲間になった記念に乾杯しようよ!」
「そうだね」
「今更だけど、俺も……仲間で良いのかな?」
中身は男なんだが。
「当然でしょ? 正直言うと少し驚いたけど、天花ちゃんでも誠さんでも、人柄に変わりは無いし。朋深ちゃんのお兄さんなら尚更だよ」
「ありがとう」
聖も嬉しそうだ。
「じゃあ、乾杯! 残念ながら今の私達は未成年だからお茶……だけど、大人になった時の楽しみが増えるよね!」
待ち切れない様子でソワソワしている聖。確か、俺より前世の年齢は上なんだよな?
でもまあ聖だし。結局これに尽きる。
「そうだね、大人になったらお酒飲もうね」
「ああ、楽しみだな」
微笑ましげに聖を見守る杏子さんマジ聖母。もう、ママみが溢れてる。ヤバい。今の俺、知能が著しく低下してるぞ。
いかん、気を取り直して仕切り直しだ。
「じゃあ、これからもよろしく。乾杯」
「カンパーイ!」
「乾杯」




