異世界から帰ってきましたが、なぜか体が魔族(女)のままです
朝、冬は目を覚ました。
「…………えっと」
知らない天井を見ながら、緩慢な動作で寝惚け眼を擦り、状況分析をしてみる。
そこであることに思い立つ。
「あ…… ああ、そっか、本当に帰れたんだ、帰れたんだね」
よくよく思い返せば、彼にとってそれは知っている天井だった。
そう、彼は帰ってきたのだ。三年間の異世界生活を終え、現代の日本へと。
「…………終わってみれば、何だかんだ楽しかったな、うん、楽しかった」
薄く笑う冬。
楽しそうで寂しそうなその微笑みは、まるで本当は帰って来たくなどなかったと言わんばかりだ。
「……学校行かなきゃ、きっとみんな心配しちゃうよね。するよね、きっと」
思い浮かぶのは、異世界で共に過ごし冒険した五人の仲間達だ。冬を含めたこの六人は、長い冒険を経て、堅い堅い絆で結ばれている。
そして、この六人は皆同じ学校だ。
「学校は嫌だけど、皆んなには会いたい。ちゃんと無事かも確かめたい、確認しなきゃ……」
異世界へと飛ばされる前。冬は仲間の五人と面識はなかった。しかし冬以外の五名は皆、それぞれに程度は違えど知己であった。
故に、現代に帰って来た今、冬だけが仲間の連絡先を知らない。
自分は無事に帰れた。しかし仲間達はどうなのか?それを確かめない訳には行かない。
ので、仲間達と連絡先を交換する意味でも、今日は絶対に学校へ行かねばならないのだ。
「…よし。うん、いける、いこう」
震える手を、握って止める。
思い出されるのは、自らの学校での境遇。
彼は虐めを受けていた。
異世界での冒険を経ても、登校に対しての恐怖は消えてくれなかった。だが、その恐れよりも仲間への思いが勝っている、圧倒的に。
「まずは、えっと、朝ごはん。朝ごはんを食べよう………ぇ…… って! ぇえっ!?」
時計を確認し、まだ時間に余裕があることを確認し、準備を始めようとした。
が、そこで重大な事実に気がつく。
「服…… 前の世界のまま、そのままだ」
そう、彼が今着ている服は、かつてこの部屋で着ていた部屋着ではなかった。
着ていたのは巫女服。異世界で良く着ていた、何なら帰還の際にも着ていた民族風巫女服であったのだ。
「もし、かして」
嫌な予感が募る。
彼は恐る恐る、自らの耳に触れた。
「………ぅ、これ、三角だ、ね、三角だよ」
その耳は、どう触っても三角形。尖った三角の耳だ。
エルフ耳ほど長くは無い、短い、正三角に近い形の耳。
人の耳では、決してない。
「…………こういうのって、召喚前の状態に、戻るもんじゃないの?何で戻らないの?」
少し泣きそうになりながら、虚空に向かって文句を言ってみる。当然だが返答は無い。
勝手に思っていたのだ。元の自分に戻っていると。
スマホで確認した日時は、確かに召喚前と同じだった。
場所も召喚された時と同じ、自宅の寝室だ。
全て、全てが元に戻っているのだと、そう思っていた。
「…………嘘、嘘だよ」
巫女服をめくって、自身の肉体を確認する。
そこには、この三年間慣れ親しんだ肉体があった。
「ぁぁ…… ぇぇ…うそぉ」
軽く絶望しながら喘ぐ冬。
それは魔人の身体。
彼と仲間が転移したのは魔界。
そして、彼らはそれぞれ魔人の肉体へと変じていた。
オーク、ライカンスロープ、ヴァンパイア、サキュバス、ドラゴニュート、そしてアルラ。
冬はアルラだ。
アルラとは非常に珍しい魔人種で、短い三角耳と星空瞳が特徴の、女性しか存在しない種なのであった。
「女の子のまま、女の子のままだ……」
そう、女性しか存在しない種なのである。
「どうしよう、どうすれば……」
ーーーー
「い、意外となんとかなったな。なるもんなんだな」
冬はもともと髪を長くしていた。男であった頃から、前髪が目にかかるくらいに伸ばしていたし襟足も長かった。
今は前髪で星空瞳を隠し、同じく髪で耳も隠している。
髪は腰あたりまで伸びてしまっていたが、編み込んで服の中に隠した。パッと見は男であった時と変わらない長さだ。
一瞬切ろうかとも考えた冬だったが、勝手にばっさりと切ったら、仲間達に絶対に怒られると思い至り、やめた。
アルラになり女性となった冬だったが、その体はそこまでグラマラスではなかった。
勿論、女性的で無いというわけでは無い。全体が丸みを帯びているし、肩も腰付きも完全に女性のそれだ。ただ、そこまで激しい起伏ではない。故に、元の男子の制服を問題なく着れた。
季節が冬であったこともあり、セーターとブレザーを着れば体つきは大分誤魔化せていた。
「でも、ちょっと袖が余るな。ちょっと長いや」
全体的に少しだけスケールダウンしているものの、大きな問題ではなかった。
「うん、大丈夫そう。問題ないね」
思ったより何とかなりそうだと持ち直し、再度意気込む。
「頑張ろう、うん、行くんだ、いける」
そして奮起し、冬は家の玄関を開けたのだった。
ちなみに、冬は一人暮らしだ。
ーーーー
「エナジーフレンド美味しい、美味しいな」
余りに早く学校に着きすぎた冬は教室で携帯栄養食であるエナジーフレンドをもそもそと貪っていた。
味はメイプル味。異世界から帰って来て、三年ぶりに食べる物がこれなのだから、この娘もなかなかにいかれている。
「……てか、早く来すぎたな。早いよ」
冬は以前からずっと登校は早かった。それは冬が満員電車があまりにも苦手で、いつだって始発で通学していたからだ。今回もその流れのままに通学してしまった。
人混みが苦手なのは異世界にいっても治らなかったので、始発で来たことは今もなお間違いではない。しかし、早く仲間に会いたいという逸る気持ちが抑えられないのだった。
「まだかな、もうちょっと早く時間たたないかな。遅いよ、時計」
窓側の席である冬は、窓に張り付いて校門を見つめた。仲間が来ないかずっと見続ける。
早く無事を確認したい。そして平和を噛み締めながら、また、お話しをしたかった。
「まだかな。まだかなぁ」
冬は本当に仲間が大好きなのだった。
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