41 ワイドニュース:その後
『──アイドルのユーリさんのライブイベントにて、凶器を持った男が乱入するという事件が発生してから数十日。事件の現場となった会場では既に別のイベントが行われるなど、かつての事件が嘘であったかのような平穏が続いているものの、未だユーリさんの復帰の報せは入っておりません』
『また、犯人の男の取り押さえに関わったファンの一人についても、いまだその行方は知られておりません。この件について、警察は「調査中であり取材に答えることはできない」と一貫した姿勢を取っており、こちらもまた目ぼしい展開は無いと言って良いでしょう』
『ユーリさんの所属事務所からのコメントも無く、ファンからは少しでいいので何か続報が欲しいという声が続出しています。SNSでも連日ユーリさんの体調面を慮るコメントが投稿されており、事件の重大さを物語っていると同時に、一日も早いユーリさんの復帰を祈るファンの心情が感じられます』
「いやぁ、五郎丸さん……例の事件から、なんだかんだで一か月も過ぎちゃいましたね」
「この年になると、どうにも時間の流れが速く感じられて敵わんな……しかし、いったいどういう風の吹きまわしだ? 普段は事件があっても騒ぐだけ騒いでそのままのくせに、『その後』のことに触れるなんて」
「ちょ、ちょちょ、五郎丸さんってば……そう言うの、思っていても言っちゃダメでしょ?」
「ふん。私は昔から、『真実を世間に知らせる』という大義名分の元、好き勝手やるマスコミが好きじゃあないんだ。如何にもセンセーショナルな話題であるかのように囃し立て、視聴率のためならなんだってやって……大義名分を取り繕うとする態すら最近は感じられない」
「あの、その、ホントにちょっとそれ以上は……!」
「まぁ、そういう意味では、こうしてちゃんと『その後』に触れるお前さんたちにはちょっとは見所があると思ってる。感心していると言ってもいい」
「褒めてるんだか褒めてないんだか……良い性格してますよね、本当に」
「わかってて呼んだのはそっちだろう? こういうのを求めているからこそ私を呼んだんだろうに……それで、今日は何を話すんだ?」
「何、とおっしゃいますと?」
「だから、例の事件のことだよ。……続報も進展も何もないだろう? 私もあれから、個人的に調べてはいるが……せいぜいがネットの噂話程度の物しかない」
「そうなんですよね。事務所からのコメントもありませんし、警察からのコメントも無い。一応……ええ、常識的な範囲で事務所の方へ取材の申し込みをしましたが、それも断られちゃいまして」
「そりゃまあ、そうだろうな。私だったらまだ数十日しか経ってないのに……色々敏感になっているであろう自分の娘を、わざわざお前たちの前に曝け出すなど死んでもしない」
「あー、えー、我々の行動規律については後でじっくりご指導を頂くことにして……。真面目な話、全くと言って良いほどユーリちゃんの目撃情報が無いんですよね」
「ふむ?」
「活動を休止していると言っても、全く何もしないってわけじゃないです。事務所に出入りしたり、あるいはレッスンをしたり。あるいはほかのアイドルたちとのやりとりがあったり……」
「まぁ、アイドルとはいえ仕事であることには変わらんからな。みんなの前で歌って踊る以外にも、見えづらい仕事は当然あるだろうよ」
「ええ、もちろん。なので、言い方はちょっとアレですが……関係者が良く集う場所を張っていれば、姿だけなら見られるってことはそんなに珍しい話じゃないんですよね」
「……おい」
「もちろん、プライベートに踏み込むような真似はしませんからね? 天地神明に誓って、五郎丸さんの懸念しているようなことは一切していないとここに宣言しておきましょう」
「…………まぁ、信じよう。もしお前たちが不埒な真似をしていたとしたら……私の目が節穴だったというだけだ。その時は、刺し違えてでも責任を取らせてもらおう」
「…………あなた、本当に良い性格してますよね。これだから妙に憎めないんだよなあ」
「うるさい。……で、どうなんだ? さすがに、未だに何の進展もありません……って報告のためだけにわざわざこのコーナーを設けたわけじゃないだろう?」
「もちろん。まず、ユーリちゃんですが……さっき述べた通り、完全に姿を消しています。あんなことがあった後ですからね、おそらく完全に仕事から離れて、ゆっくり療養でもしているんじゃないかっていうのが我々の中では主流です。もしかしたら、ハワイとかでのんびりバカンスでも楽しんでいるんじゃないか……って意見もありますよ」
「さすがにハワイでバカンスはないだろうが……ゆっくり休んでいるってのは同意だな。あの子も年頃の娘なんだし、学校で級友たちと何気ない生活を過ごしているんじゃないか?」
「ははは、それこそまさかじゃないですか? もしそうだとしたら、SNSで大騒ぎになっていると思いますし……少なからず、目撃情報も上がっているはずです。それこそ、人目を完全に察知できるような忍者みたいな人でもついていなければ……」
「現実的じゃない、ってか。ま、無事に療養しているのであれば、それでいいだろうよ」
「全くですね。……ここからは、憶測混じりの推測であるのですが」
「ふむ」
「我々の調査の結果、少しずつ……少しずつ、ユーリちゃんの事務所の動きが活発になってきていましてね。事件直後はめっきり減ったイベントや公開収録なんかも、前と同じくらいになってきたといいますか。HPの更新なんかも頻繁に行われるようになったり、我々に対する対応や露出なんかも、元に戻りつつあるんです」
「……つまり?」
「──一連のゴタゴタが片付いて、余力が出てきた。ひいては、ユーリちゃんの復帰のための準備をしているんじゃないかと……そう、睨んでいます」
「……」
「大人の話で申し訳ないですけれども、あの大人気アイドルが長い期間活動を休止するっていうのは事務所としては大きな問題ですからね。出来ることなら早く復帰させたいというのが本音でしょう」
「……仕事だからしょうがない、とはいえ。それでも無理して復帰させるのは元も子もないだろう?」
「そこはまぁ、事務所の方も分かっているでしょう。ユーリちゃんに無理させるのだけは絶対にないはずです。……ともかく、事務所の動きから、少なくとも事後処理のゴタゴタはほぼ解決し、あとはもうユーリちゃんの体調次第、あるいは……それこそ復帰のための調整に入っている段階になっているんじゃないか、と睨んでいるわけです」
「いずれにせよ、少しずつ元に戻ってきている……少なくとも、そういう動きをしているってわけか」
「ええ。なので、そういう意味では進展があったと言って良いですね。我々はこれからも、取り立てて騒ぐことなくゆっくりその日を待っていればいい。……ちなみに、直近で大きいところを言えば、ホタルちゃん、マリナちゃん、ミチルちゃんの合同ライブが今度開かれますね。単純に大きさで言えば、事件以降では一番になりますね」
「ふむ。生憎その三人については齧った程度しかわからんが……今度こそ、無事に何事もなく終わってほしいものだよ」
「全くです。……さて、お次は例の少年の件ですが」
「あの、彼女を助けた彼のことだな?」
「はい。例の映像から、ひとまず少年という事で話を進めさせていただきますが……これについてはもう、本当にさっぱりで」
「……」
「普通だったら、あれだけの英雄的行為をしたのだから名乗り出てもおかしくない。少なくとも、世間で彼のことを悪く言う人間はいないでしょう。ですが──全くもって、その気配がない」
「……案外、心無いファンに変に粘着されるとか……そういう心配をしているんじゃないか?」
「可能性はゼロじゃないでしょう。事実、少ないとはいえそう言う声は出ています」
「……」
「ですが、普通だったら感謝状ものの功績ですよ? 事務所から直々にお礼を言ってもらえるばかりか、ユーリちゃん本人に会えたりする機会でもあるんですよ? 彼もあの現場にいた以上、ユーリちゃんのファンであることに疑いはない。まさか、何も知らない通りすがりがライブ会場にいるってことはないでしょうし」
「そりゃまあ……刃物を持った相手に立ち向かえるんだから、よほど熱心なファンだとは思うが」
「私が彼と同じ立場だったら……名乗り出て、ユーリちゃんと直にお話しさせてもらいたいです。サインだって貰えるだろうし、これから一生、ライブの特別チケットを都合してもらえるかも」
「……下心丸出しだな、お前」
「なんとでも言ってください。それだけのことを彼はしたんですから……しかし、現実は」
「名乗り出てないし、ライブ会場からはさっさと姿を消した……ってか」
「ええ。我々も現場の足跡や少ない目撃情報からいろいろ探っては見たのですが……さすがに背格好と靴のサイズだけじゃどうにもならず……」
「流石にあんなにたくさんの人がいれば、特定することなんて無理だろうよ。県外から来たものも多いだろうし、出席名簿があったわけでもないだろうしな」
「はい。SNSでもそれらしいものはみつからず……人間、誰しも少なからず自己承認欲求はあります。本気で調べれば、例え本名でなかろうと、例えボカしていようとも、特定することはそう難しくはないのですが……」
「本気で探っても、それらしい人物のアカウントは見つからなかった、と。……実に高潔で好感の持てる少年だな。機会があれば、一度じっくり話してみたいものだよ」
「今時SNSをやっていない人なんていませんし、若い人ならなおさらそうであるはずなんですけどね……。これがお年寄りだったらSNSをしていないって話も頷けるんですが」
「ふむ……こんな私でも一応はアカウントがあるしな。確かに私でも、自分がああやって誰かの命を救ったのなら……何らかの形で、それを載せてしまうかも」
「それが普通、のはずだと思ってたんですけどね……。見つかったのは、あからさまに嘘だと思われる書き込みばかり。誰が見ても嘘だと分かるから、誰の相手にもされてませんでしたよ」
「ふん。どんな時代、どんな場所でも、英雄を騙るアホというのは現れるんだな。そんなのどう考えてもすぐわかるというのに」
「ただ、当然これで──『わかりませんでした』で終わってはジャーナリストの名折れです」
「……何か、わかったのか?」
「ええ──こちらもまた、推測混じりの憶測ですが」
「……言って見ろ」
「件の人物は、あの事件において負傷をしています。実際のケガの深さはおそらくそこまでではなかったでしょうが……少なくとも、あの解像度の低いカメラでもわかる程度には出血している」
「映像を信じるなら……おそらく、腹と手を負傷しているはずだな。動けているから、大事ではなかっただろうが」
「……そんな人が出歩いていたら、騒ぎになると思いませんか?」
「……うん?」
「例の事件云々を抜きにしても。そんなあからさまに誰かに切り付けられたような人がいたら……誰かが通報してもおかしくないですよね」
「……あ」
「それこそあの日、あの時間のSNSの書き込みを調べれば……「血を流した人間が歩いている」って書き込みが見つかるはず。救急車を呼ぶ人だっているかもしれない。……真っ当に考えて、ケガ人が目立たないわけがないんですよ」
「でも、見つかってない……んだよな?」
「ええ。ですが、それこそがヒントに成り得る」
「……」
「背格好から、少年だと仮定。もし家族や友達連れでの来訪であれば、どこかで合流する必要がある──つまりは、一人で走り去って人々の目を撒くことはできない。つまりは、一人で来たのはほぼ間違いない」
「……だな」
「少年だから、車で来たってわけでもない。もし車だったとしても……そこに至る道で人目に触れる。出入り口には警備もいる」
「じゃあ、電車かバスか……いや、それはない。そうだとしたらあまりにも人目に触れすぎる。つまりは……!」
「ええ……文字通り、そのまま走り去った……つまりは地元の人間です。少なくとも、裏道やわき道をしっかり把握している程度には、近くに住んでいる人間と言って良い」
「そうか……! いくらずば抜けた身体能力があろうと、普通に大通りを通っていたらバレる……! そして、切られた服をすぐに始末できる程度には、生活拠点が近くないといけない……!」
「その通りです。もちろん、ツッコミどころはいくらでもありますし、可能性を考えればキリがないですが……それが一番、現実的かなと」
「……なあ、これって実は探偵とかを使って調査したのか? それとも……なんかこう、諜報部みたいのがあったりする……のか?」
「まさか。先ほども言ったでしょう? 全部憶測混じりの推測だって。私が考えるようなことなんて、警察はとっくに考えていると思いますよ」
「……なんかお前、ちょっと怖い」
「……ただ、そうだからこそ動きが全くないのがわからないんですよね。良い悪いとか関係なしに、事務所としても警察としても彼の行方は知っておきたいのは間違いないでしょうし」
「うむむ……単純に、優先順位が低いからってことはあり得るか? 究極の話、金や責任という意味では彼がいなくとも処理できるだろう? 彼の正体を突き詰めるというのは、いわば傍観者である我々の自己満足にすぎないともいえる」
「そうなんですよねえ……。言ってみれば、人命救助をして名乗らず去ったってだけの話ですし。五郎丸さんが仰った通り、お金の問題も責任の問題も彼には関係ないはずです。それこそ、事務所の方がよほど切望しない限りは即調査終了、もあり得るかも」
「警察も暇じゃないだろうしな……うむ?」
「どうしました?」
「ちょっと思ったんだが、こういう可能性はどうだろう?」
「はい?」
「実は件の人物は──予め彼女を守るために派遣されていたボディガードだったんだ。彼女を守るのは当然の仕事で、だからこそ名乗ることもない。姿を早々に眩ませられたのも、単純に関係者控室に逃げ込んだから……とか?」
「……であれば、そもそも姿を晦ます必要はなかったのでは?」
「あ」
「ボディガードなのに四階にいるってのもおかしい話です。少年であるのは……まぁ、若作りって言えばそれまでですが、警察も関わってくる話なのにあえて姿を消す理由はないですよ」
「……じゃ、じゃあ。実は元から彼女と個人的な知り合いだとしたら? すでに所在が割れているから、事務所の方は調査に積極的じゃなくて、そして変にゴタゴタに巻き込まれないように知らぬ存ぜぬのポーズを取って庇い立てている……とか?」
「……五郎丸さん」
「……なんだよ。いや、いい。皆まで言うな」
「……自分で言ってて、苦しいなって思いませんでした? それ、辻褄しかあってないですよね」
「言うなって言ったのに」
「そんな奇跡的なこと、あるわけないでしょう……」
「あー、私のことはどうでもいいんだよ。それで? 今後はどうするんだ? 件の人物の調査を進めるのか?」
「誤魔化しましたね……まぁいいです。ともかく、彼には個人的にも会って話してみたいと思っています。どんなことでも構いません──それこそ、本人でも構いません。何かあれば、画面の下に出ているこのアドレスにどしどしと──」
「あー、謎の少年くん。こいつの言うことは別に気にしなくていいが……私個人としては、ただの一人の人間として、キミと話をしてみたい。内緒でこっそり──高い個室の飯屋で美味いものでも食べないか? よかったら、私の公開アドレスに連絡をくれると嬉しい。もちろん、奢りだぞ」
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「……案外、良いところついてるのよね」
ぴ、と姫野はリモコンのスイッチを押して、テレビの電源を切った。
「ま、こっちは予定通りやるだけ──ええ、期待に応えてあげようかしら」




