38 ユウの実力(歌)
「なぁ、ホントに俺も歌うのか……? 俺が歌うよりも、その時間を使って一色さんに歌ってもらったほうが……」
ここまで追い詰められてなお、ユウは最後の抵抗を試みた。あまりに男らしくない情けないザマだが、しかしそれでもユウはなんとしてでもこの場を切り抜けたかったのだ。
ただし、現実はそんなに甘くない。
「別に恥ずかしいことないって! 誰でも最初は下手くそだよ!」
「そうそう! そういう場でもないし、みんな気にしないっての!」
目をキラキラと輝かせるクラスメイト達を見て、ユウは一瞬で自らの退路が完全に断たれたことを悟った。あの瞳に輝く意志の光の強さはちょっとやそっとでどうにかなるものではなく、問答を繰り返したところで徒に時間が過ぎるだけだろう。そうなれば無駄に空気も悪くなるだろうし……なにより、みんなが露骨にしょぼくれる可能性が大いにある。
なんだかんだで、ユウはこのクラスメイト達を憎からず思っている。どうでもいい相手ならともかく、自分のつまらない事情でそんな人たちを悲しませるのは、さすがにちょっと心苦しい。
【大好きなアイドルの生熱唱】という大きすぎるエサに食いつかなかったのはユウの想定外だ。どうやら先ほどまでに何度も何度もそれを体験しただけに、有難味が少々薄れてしまったのかもしれない。
「ふふーん……! すっごく楽しみだなあ……! ユウくん、どんな歌を歌うのかなあ……!」
「……」
──いや、例えみんながエサに食いついたとしても意味はなかっただろうとユウは考えを改めた。
だってここに……誰よりも期待に目を輝かせて、誰よりも楽しそうに笑いながらユウにデンモクを突き付けてくる【みんなが大好きなアイドル】がいるのだから。
「知らねえからな!? 本当に知らねえからな!? お前らが歌えって言ったんだからな!!」
「もう、ユウくんってば恥ずかしがっちゃってぇ! そんなに言うなら、選ぶところは見ないであげるね!」
わざとらしくユリがユウに背を向け、それに倣うようにその場にいた全員がユウに背を向ける。さすがにここまでされたら、ユウも覚悟を決めるしかない。
──ピッ、ピッと無機質な電子音が、嫌に静まり返った室内に響く。
「ん……なんだろ、結構悩んでる感じ?」
「少なくとも履歴からすぐ追えるような歌じゃないな……」
「…………」
時間にしておよそ六十秒。ようやっとユウはデンモクを操作していたその手を止め、諦めたようにマイクを手に取った。
「あ……もういい?」
『……ああ』
ほあ、とユリは心の中だけで感嘆の声を上げる。あのユウがカラオケルームの中でマイクを握っている姿だなんて、これ以上に無いレアシーンだろう。下手をすればアイドルの水着姿よりも貴重な光景であるかもしれない……そんな考えすら頭に浮かぶ。
何より、マイクを通したユウの声と言うのがなかなかに新鮮で、なんかイイ。
『……お前らが歌えって言ったんだからな』
「もー、ユウくんってばしつ、こ……!?」
「「なっ……!?」」
~♪ ~♪
穏やかに流れる、のどかなメロディ。どことなく朴訥な雰囲気を感じる……いや、在りし日の懐かしさを覚えるような曲調。みんなみんな知っているはずなのに、いつのまにやらすっかり忘れ去ってしまっていたそれ。
上村は、通っていた幼稚園の優しい先生のことを思い出した。
天野は、幼いころに母とみていた教育番組を思い出した。
そのほかのメンツも年の離れた弟妹たちや、近所の子供たち、あるいは昔懐かしい……今となっては十年以上前になる、かつての記憶を呼び起こされていた。
それもそのはず。
だって、ユウが選んだのは。
『……おーさんぽー だいすーき きつーねさーんー』
「「……」」
『おーひさまー ぽかぽーか いいーきもーちー』
上村も天野も、他の人たちも。自分の耳に入ってくるそのメロディが信じられなくて、唯々唖然としていた。
別に、知らない曲ってわけじゃない。むしろこの国で生きていてこの曲を知らない人間なんていないだろう。もっと言えば、生まれて初めて……一番最初に覚えた歌がこの曲だったという人間はそれなりに多いはずだ。
そう、誰もが知っているほどに有名で、誰もがその存在をすっかり忘れていた曲。
ユウが選んだのは──選ばざるを得なかったのは。
「こ、子供向け教育番組の曲じゃねえか……!」
「小学校どころか、三歳とか四歳とかの子供の……!」
『……でもでーもー きぃつねーさんはー しらないとーこーまーでー』
「それも、めちゃくちゃ棒読み……ッ! 下手くそってレベルじゃなくてももはや歌でもない……ッ!」
「あんな子供向けの歌なのに、なんでこんなにもぎこちなく歌えるんだ……!? 幼稚園や小学校でいくらでも歌う機会があっただろ……!?」
『まいーごにー なっちゃったー しくーしっくー わんーわんわーん』
だから嫌だったんだ、とユウは心を無にしながら頭の中で呟くという地味な高等技能をやってみせた。
まず第一に、ユウは知っている曲自体が極端に少ない。まともに歌えそうなものとなるとさらにその数は絞られる。
ユウが知っているのは、それこそユリの【O’ast Kitten!】を除けば学校で習った曲くらいしかない。アニメやゲームの曲も、CMで流れる曲やスーパーで流れているような曲も知らない。当然、テレビで流行の曲なんて知っているはずもない。
そして、二番目の理由。曲そのものを知らないから歌の技術も非常に拙い。小さい頃から歌そのものに触れてこなかったから、歌い方そのものを知らない。小学校の時の音楽の授業の合唱はそれはもう酷いもので、全力の口パクで誤魔化していたという事実がある。もし音楽の授業に楽器が無かったら、ユウはきっと落第の烙印を押されていたことだろう。
結果として、曲も知らず音痴なユウが曲がりなりにも歌として歌えるのは──本当の幼少期に聞いていた、上手いも下手も無く唯々元気に歌えば褒めてもらえた教育番組の曲くらいしかなかったのだ。
(いや……ちょっと期待しすぎかな、とは思ってたけどさ。普通に下手でも、めっちゃオタクっぽい曲でも全然かまわないとも思ってたけどさ)
(やべぇ……微笑ましく見守るのも、ネタとして弄ることもできないレベルの領域だぞ……)
(俺達……やっぱ、すごく可愛そうなことしたんじゃ……こんなの、どう考えても……)
仲の良いクラスメイトでさえも──否、仲の良いクラスメイトだからこそ覚えてしまう罪悪感。笑い飛ばすことも擁護することも、もちろん聞かなかったことにすることもできない空気。どう取り繕うべきかと必死に頭を働かせる上村たちとは対照的に、淡々と歌詞を読み上げるユウのその姿が、余計にその奇妙な雰囲気を強調させてしまっている。
『……ん、んん』
──そして、救いの手は意外なところから現れた。
『──おててをつないで わたしといこう?』
『……!』
備え付けられていた、もう一本のマイク。
いつのまにやらユリがそれを握って、ユウの隣で楽しそうに歌っていた。
『……ぼーくと いーっしょに あるいーてー くれーるのー』
『ふたりであるけば♪ こわくないから♪』
優しく、誘うように。甘えん坊の弟の手を引くかのような慈愛に満ちた表情で。文字通り、ユリはユウの歌をリードして、そして高らかに歌い上げている。
『てをつなごう♪ まいごに ならないように♪』
『てをつなごー ずっといっしょに あるくーため』
そう、ユウにとって実に都合のいいことに……子供向けの童謡であるこの曲は、デュエットのように語り掛けあうパートがある。先生と園児、親と子供──どういう想定かはわからないが、二手に分かれて歌いあえるようになっている。
『てをつなごう♪ どこまでも いっしょにいきましょう♪』
『てをつなごー ずっとずっと いっしょだよー』
無論、それをひとりで全部歌うことだってできるわけだが、そういう風に作られているのだから、そういう風に歌うのが自然と言うものだろう。
『『またあした おさんぽしようね やくそくね』』
優しく明るい声とぎこちない低い声が重なり、そしてのどかなメロディは終わりを告げる。さすがはアイドルと言うべきか、即興で合わせた割にはそのクオリティは凄まじく高く、主役であるはずのユウの歌声が完全に食われてしまっていた。
「……すまん、助かった」
「んふふ! こいつは高い貸しになっちゃったねぇ?」
にこにこと上機嫌に笑いながら、ユリはユウの肩を小突く。これくらいなんでもない、むしろこれこそが自分の得意分野だと言わんばかりに、照れくさそうに微笑んでいた。
実際、ユリがしっかりメロディを支えて一緒に歌ってくれたから、ユウもきっちり歌いきることが出来たのだ。もしユリのサポートが無かったら、メロディもぐちゃぐちゃ、リズムもぐちゃぐちゃ、もはや歌とは思えないなにかのまま終わってしまっていたことだろう。
「わ、あ……! ユーリちゃん、すごい……!」
「いや……ホントにすごかった……! ユーリちゃん、こういうデュエットとかも上手いとか反則でしょ……!」
「やー、実は昔、歌のおねえさんに憧れていた時期がありまして……」
だからか、とユウは一人で納得した。乱入(?)してくるのも、こちらに語り掛けるように歌うのもユリはずいぶんと手馴れている様子で、その姿はあまりにも自然だったのだ。そうであったからこそ、超上級者の歌声に気圧されることなくユウも歌いきれたのである。
「ずるい……! ずるいぞ咲島ァ……!!」
「お前ぇ……! ユーリちゃんとデュエットだなんて……! そんなの、どんなに金を払ったってできないことなんだぞ……!」
「お前らも俺みたいに音痴だったら、さっきみたいに見かねてデュエットしてくれるんじゃね?」
「「いや、ユーリちゃんの前でそんな無様な真似は見せられない」」
「お、おう……」
そんなに強く否定するほどひどい歌だったのか、とユウは改めて自分の音痴を認識する。酷い酷いと自分でも思ってはいたが、なんだかんだで他人からこうもはっきり評価されたのは初めてだ。別段気にするような性分でもないはずなのに、なんとなくそれが恥ずかしいことのように思えてくるから不思議なものであった。
「どーする、ユウくん? 温まってきたところでもう一曲行っとく?」
にこりと笑いながらマイクを手渡してきたユリ。その手をそっと押し返し、ユウははっきりと断言した。
「いや、まずは見て覚える。だから、手本を見せてくれ」
カラオケは、見てるだけじゃ上手くならないんじゃないかな──というユリの言葉は、デュエットを希望するクラスメイト達の声にかき消された。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「やー、ほんっと楽しかったぁ……!」
ちょっぴりの夜気が混じった外の空気。籠った熱気を優しく払うかのような穏やかな風を受けて、上村は思わずそんな言葉を口にしてしまった。
カラオケ店の目の前。男子たちに会計を任せ、女子たちは先に外に出ている。先ほどまでカラオケルーム内にいたからか、耳がまだどこかぼんやりとしていて不思議だが、それがまたなんとも心地よい。
「二時間しかいなかったのに、こんな満足感とか初めてかも……!」
「だよねだよね! この人数だし、歌えたのなんてほんの数曲だったのに……!」
時刻は十八時三十分といったところ。万が一が合ってはいけないとちょっぴり早めに切り上げたというのに、上村の心の中にはかつてない程の満足感が満ちている。
たった二時間。普段だったらその倍……テスト明けともなればオールをすることだって珍しくないイマドキ女子高生の上村にとって、二時間と言うそれはあまりにも短く、歌ったうちにも入らない。不完全燃焼を起こして、逆にフラストレーションが溜まっていてもおかしくないだろう。
なのに、この気分。なのに、この満足感。
その理由は、おそらく。
「ああ……! 夢の一つが叶ったぁ……!」
テレビの中にしかいないはずの大好きなアイドルが、ちょっぴり装いを変えた──眼鏡をかけた姿で満足そうにため息をついている。自分たちとのカラオケタイムを、楽しかったと言ってくれている。一緒に歌って、一緒に盛り上がって……札束を積んでも決してみられない、生のライブを至近距離で見せてくれた。
「また誘ってね、優香ちゃん!」
「……うん!」
これで満足しなかったら、罰が当たる。なんだかんだで今日はいろいろあったけれど、最後にこんな素敵な体験ができたのだ。全部全部ひっくるめて、最高の一日だったと言うほかない。
「にしても、男子たち遅いね? お金払うのにどんだけかかってるんだろ」
「あ、なんかみんなしてトイレ行ってたよ。ほら、盛り上がって喉乾いてドリンクがぶ飲みしてたじゃん」
「あー……そういえばここ、トイレ小さいもんね」
タイムリミットは十九時。このまま適当に散らばるのはちょっと寂しい。せめて最後に、何か〆の挨拶をしたい……というのが、上村の本音である。
それでもって、できれば。
できれば──その後のロスタイムで、ちょっと色々諸々探りを入れたいな、というのもまた本音であった。
「たしか、学校のほうまでは同じ電車のはず……」
「優香?」
「んーん、なんでもない」
夏が近づき日が伸びたからか、この時間でもまだ少し明るい。空の彼方には夕焼けの名残があり、わずかに残ったオレンジ色が夜の藍色に染め尽くされようとしている。あと三十分もしないうちには完全に日が暮れて、この派手なネオンがより目立つことになるだろう。
「……ウチの男子たちってさぁ」
「ん?」
上村は、なんとなく呟いた。
「暗くなったからって、女の子を駅とかまで送る……っていう、発想あると思う?」
「無いんじゃね?」
「あるとしたら下心じゃない?」
「だよね」
身も蓋も無い級友の答えに、上村は小さくため息をついた。クラスの共通認識でこれなのだから、その中でも特に他者とのコミュニケーションが不足している人種ともなれば、期待するだけ無駄だというものだろう。となるともう、こちらから積極的に動いていくしかない。
「……あ! そういうえばユー……じゃない、一色さんはその……お見送りとか、大丈夫なの?」
「ん! 帰りのいつものところにいけば大丈夫だから! そこで保護者と待ち合わせしてるの!」
「そうなの? ……じゃあ、途中まで一緒に行った方がいいかな? 一応、万が一ってことがあるかもだし」
──そんなことを、口にしたのがいけなかったのだろうか。
「あっれ~? 君たちどこ高? なにこれ、何かの打ち上げとか?」
「ねえ、よかったらこのまま二次会行かない? カラオケとかオールやっちゃわない?」
軽薄そうなチャラチャラした男が二人──たぶん、自分たちよりちょっと年上。おそらく大学生くらいだけど、成人しているって感じはしない。金色に染めた髪に似合っていないピアスの組み合わせが、妙に生白い肌に悪い意味で映えていて、生理的嫌悪感を抱かせた。
ありていに言って、ヤバい奴。可能であれば……いや、そうでなくとも関わり合いになりたくない奴。本来だったらまるっきり無視してさっさと通り過ぎてしまうのが正しい対処法なのだろうが、しかし今回は、不運なことにそういうわけにもいかない。
故に、本当に……本当にしょうがなく、上村はそいつらの声に反応してやることにした。
「結構です。私ら、待ち合わせしているしこの後予定有るので」
ユーリを庇うように一歩だけ前へ。他の女子たちにさっと目配せし、何かあった時すぐ対応できるように。
頼むから、これでどうにかなってくれるアホであってほしい……という上村の願いは、見事なまでに打ち砕かれた。
「だからさぁ、そんなの止めて俺達と遊ぼうって言ってるの!」
「そうそう! 絶対そっちの方が楽しいって!」
「や……っ!?」
無理矢理に掴まれた腕。思わず漏れ出た言葉。いったいどうして、楽しいのは自分たちだけだろうという考えに至らないのかと、上村はそう思わずにいられない。
「離して! 大声出しますよ!」
「とか言っちゃって、実は結構ノリノリでしょ? なんだかんだで嫌がってないし」
「わかるわかる、自分から遊びに誘う……って、女の子側からしてみればちょっと外聞悪いもんね。本音と建前、ポーズってのは確かに大事だ」
二人だけで勝手に納得して、そしてそいつらはさらに一歩距離を詰めてきた。思わず身の毛がよだって距離を取ろうとするも、がっちりと掴まれた腕がそれをさせてくれない。
掴まれたのがユーリちゃんじゃなくてよかったという気持ちと、どうして自分はこうもヤバい奴に絡まれるのだという気持ちが上村のなかでせめぎ合う。しかも今回は、完全に知らない人間が相手なうえに、学校の外というある意味治外法権な場所だ。その厄介度で言えば、葛西など比べ物にならない。
「優香ちゃん……!」
「一色さんは下がって! 他のは男子を呼んできて!」
「ひどいなあ。なにもそんな大げさに騒がなくても」
「ホントにマジでみんなで盛り上がろうとしてるだけなんだよ? ……ちょっと空気読めよ」
「ひっ」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、強く握られたその腕。自分では到底敵わない力の差を否応にも思い知らされた上村の喉からは、自分でもびっくりするくらいに間抜けな音が漏れた。
そう、上村の見立ては甘かったのだ。ほんの少しでも話が通じる相手であれば、そもそもとしてこんな十人近くで固まっている女の子に声をかけようとするはずがない。ほとんど無理矢理連れて行こうと最初から思っていたのは間違いなくて、そんな相手に脅しなんて通じるはずが無かったのだ。
「ま、そういうわけだからキミたちも一緒に行こうね?」
「まさか、友達一人だけで……なんて、そんなこと考える娘はいないよね? どうせなら、みんな一緒が良いよね?」
「──あれ? 上村さん、友達?」
「……にしては、なんか剣呑な雰囲気じゃね?」
後ろの方からかけられた声。パッと振り向いてみれば、店から出てきた天野や小野寺……男子連中が、ちょっとおっかなびっくりとした感じでこちらを伺っている。声をかけて良いのか悪いのか、下手に口出ししてもいいのか……と、そんな風に考えあぐねている様子が見て取れた。
「遅いんだよぉ! 見ての通り、絡まれてるんだからっ!」
「え、マジ?」
「冗談とかじゃ……ない、んだよな?」
もうこの際、助けに来たのが天野でもいい。というか、天野でも普通に嬉しい。天野なのにこれほどまでの安心感を覚えたのは上村にとっては初めてのことで、そして柔道部であり屈強で大柄な小野寺が傍らに控えているのはもっと嬉しい。
さらにさらに嬉しいことに、それが呼び水になったかのように男子が一人、二人、三人……と、店から出てきている。誰もが一瞬ぎょっとした様子でこちらを見るも、やがては何かを悟り……そして、数の利を活かすべきだと本能で悟ったのか、取り囲むようにして上村たちの近くへとやってきた。
「……あー、その、すみませんですけど、俺達この後予定あるんで。放してもらえませんかね?」
よく言った天野、もっと言ってやれ天野──と、上村は心の中で拍手喝采を送る。まさか代表として声をかけたのが天野であるということには驚いたが、どうしてなかなか見どころがあるやつだ、こんな一面も持っていたんだ──と、そう思わずにはいられない。
一方で、男たちの方は。
「──は? 何? なんなのお前ら?」
「すっげえシラけるんですけど? 部外者が口出しすんじゃねよ。とっととどっか行けや」
残念なことに、どこまでも頭が湧いているらしかった。
「いやいやいや……どう考えても部外者はそっちのほうでしょうに」
「俺の目には、無理やり腕を掴んでいるように見えるんだが?」
戦力差、二対七。数のアドバンテージはこちらの方が上で、おまけにそのうちの一人は柔道部だ。例え殴り合いになろうと実力で負けるとはとても思えず、実際それは相手の方も薄々わかってはいるのだろう。文系ひょろガリが相手なら数を揃えても意味はないが、バリバリの武道部が相手ともなれば、どちらが劣勢かだなんて考えるまでもない。
「何マジになっちゃってんの? 俺らはただこの娘らと遊ぶだけなんですけど?」
「お前ら相手じゃつまらないから、俺達は俺達で遊ぶってだけで──」
「勝手なこと言うなっ!」
上村は大きく手を振り払った。掴まれていた腕を開放するべく──この状況なら何があっても大丈夫だろうと、一切の遠慮もせず全力で腕をぶん回した。
ただ、これがよくなかった。
「何す──ぴゃっ」
「あ」
結果として、腕は離れた。
離れた、けれども。
「……」
「……」
軽くとはいえ、しっかりと。
上村の手のひらは、そのチャラチャラ男の頬を叩く形になってしまっていた。




