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22 『そっかぁ?』


「ちくしょう……! ちくしょう……!」


「天野……お前がそんなにスポーツに情熱をかけている奴だとは思わなかったぜ……」


「スポーツに情熱をかけているんじゃねえ……! ユーリちゃんの前で情けない姿を見せたくないだけだ……ッ!」


 昼休み。今日も今日とて、ユウは天野とともに昼餉をとっていた。場所は今やすっかり馴染みとなった中庭の例の場所である。


 風の冷たさもすっかり感じられなくなったすごしやすい気候だからか、しばらく前に比べて人気も幾分か増えている。もちろん本来なら、ユウはこんないかにもな人気スポットで昼餉をとるほどアクティブな性格をしていない。昼休みのチャイムと同時にそのまま机で弁当を広げ、一気にかっこんで昼寝なりゲームなりを楽しむような根暗(?)だ。


 それなのにこうして天野と二人でこんな場所で食事をしているのは、もちろん理由があった。


「はぁ……俺もいつかユーリちゃんとランチをご一緒したい……」


「あんな人混みじゃあ、落ち着いて食えそうにないけどな」


 体育の時間が終わったそのすぐ後。当然のように始まった昼休み。昨日はまだまだ様子見感が強かったクラスメイト達も、一日経って少しは慣れたのか、昨日よりもずいぶん自然な砕けた感じで、ユリの机に群がっていた。


 特に、体育の雑談中に仲良くなったのであろう女子の圧力は凄まじいものがあった。必然的にユウは押し出され、こうして教室を離れることになったのである。


 尤も、たとえそうでなかったとしてもユウはここに来ていただろう。自分の席という絶対の楽園のすぐ隣で姦しい声を絶えず聴かなくっちゃあならないというのは、なかなかに落ち着かないものがある。元より、すでにユーリの存在を知っているクラスメイトしかいない教室ならば、危険なことなんて何もない。


 何かあったとしても、悲鳴の一つでもあげてくれれば、十秒で駆け付けられる自信がユウにはあった。


「くそ……よりにもよって、なんで体育がサッカーなんだよ……」


「お前、手を使うスポーツのほうが得意だもんな」


「そうなんだよ! これが卓球だったら俺の華麗なるスピンテクを見せつけられたのに!」


「卓球ねぇ……どうなんだろうな? 偏見かもだけど、卓球って女子に応援されているイメージがわかないんだが」


「ユーリちゃん舐めんな。ユーリちゃんなら、何をしているかじゃあなくて、どれだけ頑張っているかを認めてくれる。ほめてくれる。応援してくれる」


「……」


 そりゃあ、ユウだって男だ。スポーツで活躍して、女子から黄色い声援を受けるのに憧れないこともない。活躍ができなかったとしても、『頑張ったね』、『かっこよかったよ』の一言でも言われればそれなりに舞い上がったり、嬉しくなったりもするだろう。


 しかし、だからと言ってそこまでやる気になれるかと聞かれれば首を横に振らざるを得ない。たとえその相手がアイドルだったとしても、だからどうだという話である。


 そもそも、ユウの中ではユーリはアイドルであると同時に、「ユイ」という一人のジョギング仲間なのである。アイドルというそれよりも前に、普通に一人の友達としての側面のほうが強いのだ。


 そんな中で、自分がずっと隠していることをひけらかすのと、その普通の友達から声援を受けるのとを天秤に傾ければ、それがどちらに傾くのかは明らかだった。


「はぁ……こう、俺の理想としてはさ。この時間の体育で気持ちよく活躍して、あわよくばそのまま流れでユーリちゃんとランチをご一緒したいんだよ……」


「お前、そっと見守るとかそんな感じのこと言ってなかったっけ?」


「馬鹿野郎! そりゃお前、アイドル的なアレコレについてはってだけだろ! 気になるクラスメイトの女子と昼飯を一緒に食いたいってのは、普通のことじゃないか!」


「うーん……? デートとかならまだしも、学校の昼飯くらいなら別に……落ち着いて食えないし、なんか周りから冷やかされたりしそうだし……楽しいのか、それ?」


「お前もきっと、一度でもユーリちゃんとランチをしたら……その楽しさが、素晴らしさがわかるだろうよ……」


 ──朝飯なら一緒に食ったことあるんだよなあ。


 迂闊に呟いたら大変なことになりそうなことを、ユウは心の中だけでつぶやいた。


「ま、今まではチャンスなんてゼロだったんだ。変に慌てずとも、『クラスメイト』なら弁当を一緒に食べる機会くらいいくらでも回ってくるだろ」


「そうだといいんだけどな……ユーリちゃん、見ての通り超人気者だし、狙っている奴なんて腐るほどいるし、遠からず学校中の噂になるだろう。そうなるともう、学校に来てくれなくなるかもしれない……」


 天野は露骨にしゅんと顔を曇らせた。さっきまでの威勢はどこへやら、まるでお気に入りのぬいぐるみを無くしてしまった子供のような面持ちだ。きっと、なまじっか可能性が手に届くところに来てしまっただけに、ダメだった時のことがより恐ろしく思えてしまうのだろう。


 さすがのユウも、友人のこんな顔を見ていたいとは思えなかった。


「……お前の知っているユーリってやつは、誰にでも優しくて、明るいやつなんだろう? かわいいだけじゃなくて性格も良い、まさに理想の女の子ってやつなんだろう?」


「……」


「……その、なんだ」


 こういうのはガラじゃないんだよな、なんて思いつつ。ユウは、ちょっぴり落ち込んだ様子の友人を元気づけるように、努めて明るい声で言った。


「俺から見ても、あのユリって子はそういう風に見えた。お前らが夢中になるのもわからなくはないくらい、可愛いくて良い子だよ。……隣の席のよしみってことで頼み込めば、きっと飯の一回くらいは付き合ってくれるさ。だから、そんな悲しそうな顔するなよな」


「おま……っ! 咲島……っ!」


「……ん?」


 かっと目を見開き、天野は餌を求める鯉のように口をパクパクと動かしている。


 はて、なんか予想とリアクションが違うな、自分はそんなにもびっくりするようなことを言ったかしらん──なんて、ユウが思っていたら。



「う……あ、うう……」



 ──うっそだろオイ。


 彼我の距離、ユウの歩幅で五歩分くらい。本来だったらとっくに感知範囲圏内であるはずの場所。


 顔を真っ赤にしたアイドルが、目をぎこちなく彷徨わせて立っていた。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「うー……なんか、すごいこと聞いちゃった気がする……」


 ほっぺをほんのりと赤らめたまま、ユリがとてとてと歩いてきた。そのまま当たり前のようにユウの隣へとやってきて、いまだに口をパクパクとしている天野ににこりとほほ笑んでからベンチに腰を下ろす。


「よ、一色さん。どうしたよ?」


「だってぇ……面と向かって本気っぽく言う人はたくさんいたし、おちゃらけた感じで言う人もたくさんいたけど……見えないところで、さらっと自然に言う人ってのは全然経験なくってぇ……」


「……“言われ慣れているだろうにどうしてそうなっているんだよ”じゃなくて、“どうしてこんな所をふらついているんだよ”って意味だったんだけど」


「え゛っ……」


「ばっ……咲島ぁ! おま、畏れ多くもユーリちゃんになんてこ──むぐっ!」


「おい、声がデカい。……お互い、あまり騒ぎにしたくはないって話だろう?」


 天野の口をふさぎながら、ユウは目だけでユリに語り掛ける。内容としては、“今の会話は不自然すぎるだろう”……とか、そんな感じだ。そりゃあ、いつものジョギングでの話ならこれくらい言葉が省略されていても問題なく通じるし、実際互いに考えていることはある程度わかるが、それにしたって迂闊なものだとユウは思う。


「それで、一色さん」


「は、はいっ!」


「……その、だいぶ恥ずかしいことを聞かれた気がするけど、それはまぁ聞き慣れていることだろうから置いておくとして」


「あっ、置いといちゃうんだ……」


「教室で女子たちと昼飯食ってなかった? ……なにかあったのか?」


 目下のところ、ユウが気になっているのはそこだ。あのミーハーな連中に囲まれて昼餉をとっていたのに、どうしてユリがこの場にいるのか。何かのっぴきならない事情でもあったんじゃないかと、そう考えるほうが自然だろう。


 ところが、返ってきた言葉は。


「んと、別に何かあったってわけじゃないけど……」


「えっ」


「昼休みだもん、学校探検とかしたくならない? 誰かさん御用達のランチスポットとかも見てみたかったし?」


「……」


 言い分としては実に自然。学校を探索するのなんて、それこそ昼休み以外にいつがあるというのか。最後の言葉が気にならなくはなかったけれども、取り立ててユウがユリの行動にどうこう言えるわけでもない。


「それに、隣の席のお世話になっている人と交友を深めるのも……悪いことじゃないでしょ?」


「……まぁ、そうだな」


「お昼ご飯を邪魔しちゃったのは悪いけど……そこは、大目に見てくれると嬉しいな?」


「全然! 全然問題ないから! むしろこっちこそ、野郎二人のつまらない昼飯中でごめん!」


「あはは! 天野くん、面白いこと言うんだね!」


「ごフっ……!」


 一瞬で真っ赤になった天野が、感極まったとばかりに空を仰いだ。名前を呼んでもらえたことがそれほどまでに嬉しかったのだろう。


 目の前で満開の花のような笑みを浮かべるユリを見て、アイドルってのはすごいんだな──と、ユウは認識を新たにした。


「名前、覚えてたんだな?」


「そりゃあね。一番最初に覚えたのが咲島くんで、その咲島くんとよく喋っている天野くん。……正直、男子はまだ二人しか覚えていないんだけど」


「ろくに話していないんだから、二人も覚えてりゃ上等だろ」


 女子はさっきの時間で何人も覚えたよ、とユリははにかむ。ユウの名前なんてそれこそこの学校に入る前から知っていることだし、天野の名前だって昨日の段階ですでに知っていたはずだ。


 互いにわかりきっているのにあえてこんなやりとりをしているのは、ひとえに天野という第三者に二人があくまで出会ったばかりのクラスメイトだということを見せつけているからにほかならない。少なくとも、ユウはそのつもりでこんな茶番をしている。


「俺……ユーリちゃんに名前覚えてもらえてた……! これだけでもう、勝ち組じゃん……!」


「大袈裟だよー。私一人に覚えてもらったってだけで……」


「……そこらにいる数万人の人間よりかは上になったってことだろ?」


「ん゛っ……! や、まぁ、そうなの……かな?」


 まさかユウの方からこの手の話題を振ってくるとは思っていなかったのだろう。ユリは明らかに動揺し、ぎこちなくその視線を彷徨わせる。自分からはぐいぐい行くくせに、人から突っ込まれるとちょっと弱いユリだった。


 ちょっぴり恨みがましく見つめてくるユリを見て、ユウは心の中だけで勝利の雄たけびを上げた。


「んん゛……! それはともかくとしてさ! さっきのアレ!」


「あれ?」


 わざとらしくユウはとぼけて見せるが、内心ではああ、やっぱり不審に思ったか、だなんて思っていた。


「さっきの……サッカー! 私、咲島くんと天野くんの名前しか覚えていないから、せっかくだし応援しようと思ったのに……!」


「うっ……確かに、俺はあんまりいいところなかった……」


「ううん、天野くんは頑張ってたと思う。試合の途中のスライディング、ナイスファイトだったよ!」


「やべぇ……今日、人生で最高の日だ……!」


「安っぽい人生だなオイ……」


 ごまかそうとした。


 だけど、そんな見え見えの手に引っかかるユリではなかった。


「さ・き・し・ま・く・ん?」


「なんでしょう?」


「……なーんか、咲島くんだけ本気でやっているように見えなかったんだよねぇ?」


「いやいや、恥ずかしながら運動は苦手で……」


 へらっとユウは笑う。


 じとっとユリは睨んできた。


「いや、マジだから。おう、言ってやれ天野」


「お前なんでそんな得意げなんだよ……まぁでも、ユーリちゃん。マジにこいつはそんな運動得意じゃないぜ? サッカーやったらすぐ息が切れるし、卓球をやってもちょくちょくホームランしている……あっ、体の柔らかさだけはめっちゃすごかったよな?」


「おうともよ。おかげで体操やマットだけは人並みよりちょっぴり上だ。……高校じゃ、マット運動なんてないけどな!」


「ふーん……?」


「それに、運動ができないなりにスポーツを楽しもうと頑張っているんだ。……なんか、問題でもあるのか?」


「べっつにー? ……ただ、もーっと咲島くんの活躍がみられると思ったんだけどなー?」


「おかしなことを言うなあ。もっとも何も、俺が運動をしているところを見たのなんて初めてだろう?」


「そうだねー? 一緒に体育を受けたのは初めてだねー?」


 ユウもユリも、互いに言いたいことがあった。ただ、第三者がいる手前、互いにどこまで突っ込んでいいのかわからず、こうして意味深(?)な会話をすることになってしまっている。もしこれが放課後の帰り道か、あるいはいつものジョギングコースなら、ユリはユウの胸倉を掴んででも問いただしていたことだろう。


 少なくとも、こうしてちょっぴりのリスクを冒してまで聞きに来るほどに、ユリは気になっているのだ。


「あの……ちょっと気になってるんだけど」


「ん、なぁに、天野くん?」


 先ほどまでユウに向けていたものとは全く違う、ちょっぴり余所行きのユリの笑顔。テレビや写真越しに見るものより柔らかい、普通だったら特別に感じてしまうはずのそれだけれども、ユウは逆に違和感を覚えてしまうそれ。


「さっきから、なんかやたらとユーリちゃん、咲島にグイグイ来てない……? もしかして、知り合いだったりする……?」


 そりゃあ、こいつだったら気づくだろうな──なんて、ユウはどこか他人事のように思った。


「天野くん、例えばの話だけど……」


「う、うん」


「こう……ここに、とっても推しているアイドルがいるとするじゃない?」


「うん、まさに目の前にいる……」


「そのアイドルが、こう……バトルというか、試合というか、実力を競い合う何かに参加していて……」


「ふむふむ」


「【あなた】はその人がすごい実力を持っているってしっているのに、当の本人はなぜか真の力を出していない……周りからは見くびられている……」


「……なんだろ、めっちゃ悔しい。ユーリちゃん、最強なのに」


「そーゆーこと!」


「まてまてまて」


 何を言っているんだ、と言わんばかりに二対四つの目がユウを見つめてきた。


「んだよ、何かおかしなことでもあったか?」


「徹頭徹尾、最初から最後までおかしかったが」


「はァ? ……そうか、咲島。お前はこの業界のことを何も知らないんだったな」


 どんな業界か知りたくもないと思いつつ、ユウは視線で続きを促した。


「応援している推しが十分に評価されなかったら……その魅力が伝わりきってくれなかったら、そりゃ自分のことのように悔しいに決まっているだろ」


「そーそー。せっかく応援しようとしていた人が……なーんか調子悪くて(・・・・・)活躍できなかったみたいでさ? そりゃあ、ちょっと気になるというか、不調の原因を知りたくなっちゃったりもするよね?」


「そうだそうだ! ……まぁ、咲島のはいつも通りなんだけどね。初見のユーリちゃんにはわかりっこないか」


「あはは、たしかに! 早とちりしちゃったかも!」


「しょうがないって! それにこいつ、テレビとか全然見ないやつだからさ! ユーリちゃんのことも知らないから、全然本気になったりしてなかったんだよ! がっかりさせちゃったみたいでなんかごめん! こいつに代わって俺が謝るよ!」


「なんだぁ、そっかぁ! ……そっかぁ?」


 ──ひぇっ


 憧れのアイドルと和やかに談笑している天野は気づいていない。否、天野には気づかれないように演技しているのか、はたまたユウだからこそ気づけたのか。


 ちらりと向けられた、浮かべている笑みとは真逆の熱く冷たい視線。


 ユリの瞳には、なんかヤバそげな色の炎が煌々と燃えていた。 

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