20 外面
「それじゃあ咲島くん、頼んだわよ」
「……よろしくね?」
二日目。昨日と同じく、例の駐車場にてユウはユリと落ち合った。ちょっぴり心配そうな顔をした姫野は最後まで名残惜しそうにユウとユリの背中を見送っていて、車で追い抜かしていくときも、ハンドルに手を当てたまま器用に指だけで手を振っていた。
「はー……この時間に普通に歩いているって、なんか逆に新鮮な気分……!」
「そういやあ、芸能人とかって朝は弱そうなイメージ有るな……なんかこう、専用の車での移動で、その間ずっと寝ているって感じで」
「うーん、強ち間違ってないかも」
昨日の別れ方が別れ方だっただけに、ユウはなんとなくぎくしゃくしていたのだが、ふたを開けてみればどうということも無い。
今日もユリという少女は明るく、天真爛漫で、そして誰もを虜にしてしまう笑顔を大盤振る舞いしている。伊達眼鏡をかけているからといって、その魅力は隠しきれるはずもない。ユウがある程度人通りの少ないルートを選んでいるからまだ良いが、これが普通の道だったら……間違いなく、ちょっとした騒ぎになっていたことだろう。
「……」
「んー? なぁに、ユウくんってば……あっ、もしかして見とれてるの!?」
「……」
「えっ……あの、ホントにそうなの? あの、その、いきなりはちょっと、心の準備が……」
「……グラサンジャージのイメージが未だにこびりついていて、ブレザーの違和感がすごい」
「ひどいっ!」
話題沸騰中のアイドルに対して言う言葉ではないだろう。しかもそのアイドルと二人きりで登校していて、さらにいえばそのアイドルはレアの中のレア、今まで誰にも見せたことが無い眼鏡姿に制服姿という豪華な装いである。ファンの人間だったら、感激しすぎて卒倒してもおかしくないレベルだ。
そんな中でユウが軽口を叩けたのは、ユウとユリはあくまでアイドルとファンという関係ではない──もっと別の、ユウもユリもわかっていない関係であることと、ユウ自身がそんな関係とこの状況に気恥ずかしくなったためである。
「でも、この制服を着られて嬉しいなあ。中学の時のセーラー服はまだよかったんだけど、前の高校のセーラー服は……その、あんまりオシャレじゃなかったんだよね」
「セーラー服なんてどれも同じじゃないのか?」
「全然違うよ! スカートのプリーツ、こことここの二箇所しかなくて……!」
ここ、とユリは腰の部分に手を当てる。そもそもプリーツなんて何のことかわからないユウにとっては、果たしてこれは男子が普通に聞いていていい話題なのかどうか、まずはそこが気になる所だった。
「しかも無地だよ!? いくら田舎の学校って言っても、チェックの一つも入ってなくてプリーツも無いなんて……!」
「お、おう……」
「その点、ブレザーって良いよねえ……! 最初っから可愛いし、アレンジできるところだっていっぱいあるし……なにより、スカートのプリーツがこんなに!」
とたた、とユリは小走りでユウの前に躍り出て、ほら、と言ってくるりと回る。
スカートの裾がふわりと浮き上がり、一瞬ユウの心臓をドキッとさせ、そして何事も無かったかのように落ちていく。
女の子らしいありきたりな仕草も、現役アイドルがやるとなると破壊力が段違いだった。
「お前、売れっ子アイドルなんだろ? ブレザーとかそーゆー衣装、着慣れてるんじゃないのか?」
「そりゃまあ、着慣れてないって言えば嘘になるけど……衣装と普段着は全然違うからね? それとやっぱり、制服はこう……」
「こう?」
「よくわかんないけど、違うの!」
いつの時代もどこかで起きていそうな、ありふれたやり取り。どこにでもいる高校生らしい、何気ない会話。それは、売れっ子アイドルも本質的には普通の女の子と何一つとして変わらないという証であった。
「……ふふっ」
「どうした?」
「ないしょ!」
近すぎず、遠すぎず。なんとも言えない距離を保ったまま、二人はゆっくりと歩を進めていく。ユウにも、ユリにも気づいていないことだったが──間違いなく、昨日よりもほんの少しだけ、二人の距離は縮まっていた。
そして。
「……そろそろ、学校だな」
ユウの感覚からして、あと五分程歩いたところで校門に着く。ここまで来るともう、人の目をやり過ごして進むことは難しい。現に周りにはぼちぼちと制服姿の学生が増えてきているし、自転車に乗っている人間もその大半が学生だ。
噂になっているのか、あるいはなっていないからこそなのか──今日もやっぱり、ユリはちらちらと見られている。「可愛い転校生」程度の扱いを鑑みるに、少なくとも現段階ではユウが危惧していた事態にはなっていないようだった。
「ここまで来れば、とりあえずは大丈夫だろ」
「むー……また、さらっとフェードアウトする気なの?」
「そりゃあ……このまま普通に教室に行ったら、間違いなく変な噂が」
「……別に、ユウくんとなら噂になってもいいけど」
「お前が良くても俺が困る。というか、本来はお前は困らなくっちゃいけない立場だ」
「い、今のは聞き逃すかテレるのが普通じゃないの……!?」
若干赤くなりながらユリが抗議してくるが、ユウにとっては文字通りの死活問題だ。別に周りに人がいないところなら今まで通りで何ら問題ないが、人目に着く場所で今まで通りのやり取りをしていたら、それこそトチ狂った連中に何をされるかわからない。平穏無事に日常を過ごしたいユウにとって、それはあまりにも忌々しき問題た。
そもそもとして、ユウの耳が音を聞き逃すはずがない。ユウは聴力も視力も、普通の人のそれに比べて遥かに良いのだから。
「それよりも、気を引き締めとけよ。ヘマをするのはいつでもだれでも、油断している時だ」
「うー……油断しないから、教室でもいつもみたいに……ダメ?」
「それとこれとは別問題。昨日も言ったけど、段階ってものを考えろ。俺にとってもお前にとっても、それがベストだ」
「でも、さすがに今更他人行儀みたいなのは……」
「それじゃあな、一色さん。また教室で」
「あ、待って──」
あっという間にユウの姿が遠ざかっていく。走っているようにはとても見えないのに、歩いているとはとても思えない速度。気配を消し、ふっと人混みの中に霧のように消えるそれを含めて、ユウの類稀なる身体能力と研鑚された技術の賜物であった。
「……もう」
ただひとり、ぽつんと取り残されたアイドル。
「さすがにちょっと……ねえ?」
今までに終ぞ感じたことのない寂しさと、女としての大いなるプライドを胸に、どこにでもいる女子高生として校門をくぐっていった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「おはよう、咲島くん」
「ん、おはよう」
ほんの少しだけ時間をずらし、ユリは教室へと入る。すでにユウは朝の支度を終えているようで、机の上には一限である社会の教書が置かれていた。
相も変わらず、ユリ自身に──いや、ユーリに向けられる視線は止まることを知らない。教室のあちこちから向けられるそれが、興奮気味にきゃあきゃあはしゃぐクラスメイトの声が、特別感覚が鋭いわけでもないユリにもはっきりと感じ取れた。
どうせなら、もっと堂々と普通に話しかけてくれればいいのに──なんて思いつつ、ユリは鞄を机の横へと掲げる。
「今日の一限、社会なんだっけ。教科書見せてもらってもいい?」
「おう。まぁ、ノート取ってる時間が大半だけどな」
「ふーん……話が早くて急がなきゃいけないかんじ?」
「うん」
「……」
「……」
「そ、そっか」
なんか言ってよぉ! って、ユリは心の中で全力で叫んだ。
朝のジョギングをしていた頃は普通に会話が出来ていたのに、ユウは学校だと途端に無口になる。いや、より正確に言うならば、必要以上の会話をまるでしようとしなくなるのだ。
それは事前にユウ自身が言っていた通り、出会ったばかりのクラスメイトの距離感としては間違っていないのだろうが、それにしたってあんまりだとユリは思う。
普通はこう、女の子に話しかけられたのなら、それ相応に嬉しくなったりするものではないのだろうか。会話その物を楽しんで、なにより女の子と喋っているというその事実に、舞い上がったりするものではないのだろうか。
最悪、百歩譲って口下手で人と話すのが苦手な人だというのならわかる。
だけど、ユリはユウとは何度も普通に楽しく仲良くおしゃべりしているのだ。それなのに今更こんな扱いを受けて、納得できるはずもない。
何より納得いかないのは──
「咲島ぁ……! ちくしょうお前、ホントうらやましいぞ……!」
「羨ましいっていうか、恨めしくてたまらないって顔をしているように思えるんだけど」
「そりゃあな! 実際マジで羨ましいし恨めしいし……でも、同時にありがたいとも思ってる……!」
「どういうこっちゃ?」
「…………その、お前と喋るふりして、ユーリちゃんの近くに居られる。同じ空気吸える。しあわせ」
「天野、お前……」
これだ。ユウはユリ以外の人間とは、普通におしゃべりをしているのだ。今のところはそのほとんどが天野であり、ほかに三、四人程度しか喋っているところを見かけていないが、それでもユリとの差は歴然であった。
「はぁ……席代わってくれよ、咲島……」
「アホなこと言ってないで、そろそろ戻れよな。もうチャイム鳴るぞ」
「へーい……」
何とも名残惜しそうに、天野はユウの席から去っていく。その姿を見送ったところで、ユリはユウにこっそり話しかけた。
「天野くんと、仲良いんだね」
「……まぁ、な」
「……私の友好度レベル、天野くんの域に達するまであとどれくらい?」
「……授業、始まるぞ?」
「……んもう!」
そして始まる、一限の授業。いつのまにやら寄せられていた机。その間には社会の教科書が無造作に広げられている。
「あ、ありがと……」
「おう」
つつい、とユリはなんとなくユウの方へと椅子を近づけるが、ユウはユリのことなんてまったく気にしていないらしい。二人の間にある教科書にさえ目を向けず、ただひたすらに黒板の文字をノートへと写し取っている。
一限は、それで終わった。文字通り、ユウもユリも板書しかしなかった。
二限は、数学だった。練習問題の際、ユウが先生に指名された黒板の前に出たくらいで、一限と特に変わったところは無かった。強いて言うなら、黒板の前に出るとき、ユウが小さな声で「悪い、教科書もってく」とつぶやいたくらいだ。
ちなみに、ユウは普通に正答を叩き出していた。
三限前の休み時間。ユリはなんとかユウにしゃべりかけようとしたのだが、ユウはいつものゲーム機をぴこぴこと弄るばかりで、周りに目もくれない。そうこうしている間に、女子の何人かが気恥ずかしそうにユリに話しかけてきて、それで終わってしまった。
なお、三限の化学はユリにとっては鬼門だった。正直ユウのことを考えられないくらいにいっぱいいっぱいだった。ユリは本当に久方ぶりに、終わりを告げるチャイムの音に心の底から感謝した。
変化があったのは、四限前の休み時間。そろそろ強引な手段に出るほかないな──なんて思っていたユリに、なんとユウの方から話しかけてきたのだ。
「一色さん」
「なっ、なぁに?」
ちょっぴり上ずってしまった声に、ユリは心の中だけで羞恥の悲鳴を上げる。ユウはそのことを知ってか知らずか、何事も無かったかのように続けた。
「四限は体育だ。更衣室の場所、わからないだろ? 着替えを持って適当な女子に着いてって。集合場所とかも……まぁ、誰かに着いていけば大丈夫だろ」
▲▽▲▽▲▽▲▽
「えっと……ユーリ、ちゃん。今日はウチのクラス、グラウンドでやるから……」
「うん、わかった。一緒に着いてっても良い?」
「も、もちろん!」
だいぶきつくなってきた、中学時代のジャージ──例の芋臭いあずき色のジャージだ──に袖を通し、ユーリは更衣室を後にした。いわゆる委員長タイプなのであろう、面倒見のよさそうな女子が声をかけてくれたため、そこに着いていく形でグラウンドへと向かっていく。
高校の体育の形態はいくつかあるが、この高校では男女合同の形式をとっているらしかった。ただ、体育の授業そのものは二クラス合同で行っているため、男女差が如実に表れる授業になった際は男女別になるとのことだった。
「そっか。ユーリちゃん、まだウチの学校のジャージ無いんだっけ」
「そうなの! だからしょうがなく、中学のジャージを着ているんだけど……」
「すっごく可愛いね……!」
「これが本当に可愛くなくって……え?」
誰も彼もが、ユリも、ユウもダサいと断定している芋ジャージを褒めている。渋い色合いがステキだとか、レトロモダンな感じがしてオシャレだとか、ユリからしてみれば信じられない言葉のオンパレードだ。
「えー……そうかなあ? そっちのジャージの方が明るくておしゃれな感じがする……」
「いやいや……下手に今どき風にしようとして、逆に滑っている感じが……。でも、ユーリちゃんが着ればすごく可愛くなるんだろうなあ」
「そ、そんなことないって……!」
都会の人の感性はだいぶ違うんだな、なんて心の中では思いつつ、ユリはゆったりと笑う。なんだかんだで、割と「それっぽい」会話を女子としたのはこれが初めてだ。まだまだちょっと持ち上げられ気味なところはあるけれども、少なくとも昨日よりかは砕けているのは間違いない。
「そう言えば、体育って今は何をやってるの?」
「男子も女子もサッカー。正直走りっぱなしで疲れるんだよね……」
「そーそー。かといって露骨に後ろの方でサボってると怒られるし……」
「あっ! キーパーは男子がやってくれるからね? 全力でけり込んでも大丈夫だよ」
「あ、あはは……」
そうこう話している間にはグラウンドに到着する。すでに前のクラスが使用していたのか、用具の準備はバッチリで、コートの線引きも終わっていれば、少々色褪せたゼッケンも端っこの方にぐちゃっとまとめられていた。
「っしゃオラァ! 必殺シュート決めてやんよ!」
「ハッ! てめえのへなちょこシュートなんて動くまでもねえッ!」
男子という生き物の習性なのか、すでに結構な人数がグラウンドに集まっており、各々サッカーボールを蹴って遊んでいる。とにかくひたすらゴールにボールを蹴りこんだり、リフティングで勝負をしていたり──中には、全力でドリブルしているものもいた。
「まーたあいつら、遊んでいる……」
「あんなんでよく体力持つよね……」
サッカーの授業である以上、それも一つの準備運動になるのだろうが、女子の誰もが「遊んでいる」と断定しているところに、男子と女子との間の熱の差が見て取れた。
「おーいお前らァ! 遊ぶ前に校庭三周しろっていってるだろうがァ!」
「やっべ、タケセンが怒ったぞ!」
「しゃーねぇ、走るか」
体育教師の登場で、男子は一斉にボールを放り出し、グラウンドを走り始めた。なんだかんだで、一応真面目に授業する気はあるらしい。中には未だにボールを離さない……というか、ドリブルを続けたまま走り出している奴もいるが、先生が何も言わないところを見るに、サッカーの授業においては認められていることなのだろう。
「じゃ、怒られないうちにうちらも走ろうか」
「うん。三周だよね?」
「ああ、女子は二周でいいの。別に走っちゃダメってことはないけど……わざわざそんなことするの、陸上部くらいかな」
「んー……せっかくだし、三周走っておく」
「あっ!?」
驚嘆の声を置き去りにし、ユリは走り出す。いつものジョギングと同じように、一定のペースを保ちながら。いつもと違うのは、隣から聞こえる規則正しいリズムの足音が無いのと、視界がどこまでも開けていることくらいだ。
「うっそ……ユーリちゃん、めっちゃ速くない……!?」
「さ、さすが……!」
元々ユリはそれなりに体力に自信があった。それに加えて、少し前まではユウと一緒に毎朝走っていたのだ。走ること自体は得意だし、そんじょそこらの女子には負けないという自信もある。
「おい……! ユーリちゃん走ってるぞ!」
「マジかよ! ぜ、是非とも一緒に走りたい……!」
「本気出せ! 追いついてやる……ッ!」
半周差で走っていた男子のペースが、一気に上がる。遅れて走り出した女子の集団をあっという間に追い越し、いつになく真剣に。
が、しかし。
「……えっ、速くね?」
「つーか、逆に引き離されてね?」
「うっそだろおい……!」
鍛え抜かれた脚力は、そんじょそこらの男子よりもあった。もともとある程度疲れていたのはあるのだろうが、それでもユリの走りについてこれているのは、いかにも運動部らしい体格をした数人くらいである。
──どんなもんだい!
そのことに気分を良くし、ユリは心の中でいたずらっこの笑みを浮かべた。自然と走るペースはさらに上がり、頬を撫でる風はさらにその力強さを増していく。
先に走っていた女子を一人抜き、二人抜き。後ろから迫って来る男子を寄せ付けないばかりか、少しずつ差を開いてさえいる。一周走っても、二周走ってもその勢いは衰えるところをまるで見せない。
はっきり言って、ユリの脚力はクラス全体から見ても、上から五本の指に入れるレベルだった。少なくとも、一般的なサッカー部や陸上部の人間とは互角以上にやりあうことができるだろう。
純粋な脚力においてユリに勝てる人間がいるとすれば、それはおそらく。
──あれ?
二周目の後半に入って、ユリは違和感を抱いた。
おかしい。何かがおかしい。
ユリは知っている。自分よりはるかに足が速く、とんでもない身体能力を持つ人間がこのクラスにいることを。
ユリは知っている。その人物と比べたら、自分の脚の速さも体力も、子供のそれと変わらないということを。
なのに。
なのに、未だにユリはその人物を見ていない。
ちら、とほぼ半周分離れて走っている男子の集団を見てみる。誰も彼もが一生懸命に走っていて、決して手を抜いているようには見えない。周りで見ている女子があまりの剣幕にドン引きしていたり、いつもより一周多く走っていることに体育の先生がびっくりしているくらいだから、その真剣さに嘘はないと言えるだろう。
必死に走っている彼らだが、しかし【彼】の脚の速さはこんなものじゃない。こんな団子状態なんて屁でもないとばかりに、文字通り矢のような速さでブッ千切って来るはずだ。そして、あっという間に自分を追い抜かしているはずである。
が、ブッ千切ってくる人影は見えないし、必至こいて走っている集団にもその姿は見えない。
──まさか、サボった?
考えにくいが、もうそのくらいしか可能性は無い。だってほら、もうすぐ自分はきっかり三周走り終えるところで、ちょうど遅れに遅れた男子の小集団に追いつくところなのだから。
「ふぃー……よーやっと三周だな」
「ち、ちっくしょぉ……! なんで俺の脚……動いてくれないんだよ……ッ!」
「いや、いつもより明らかに速かったじゃん」
前にいた男子二人が話す声。
え、とユリの動きがピタリと止まった。
「え、うそ……」
「うおぁッ!? お、追いつかれたッ!?」
「喜べ、天野。ギリ逃げ切りだ」
遅れに遅れて走っていたその小集団。その中でもさらに最後尾に、ユリはよくよく見知った、しかしその中にいてはならないはずの人間を見つけてしまった。
「ゆ……咲島くん……?」
「ん?」
なんでもないように、ユウが振り向いた。その隣では、天野がぜえぜえと肩で大きく息をしている。
「ちくしょう……ッ! 結果的にユーリちゃんとゴールを共にできたとはいえ……ッ! 後から走り始めたユーリちゃんに追いつかれた上、こんな醜態を晒してしまうとは……一生の不覚……ッ!」
「まぁまぁ。追い越されたわけじゃないし、別にいいじゃん。それに互いに自己ベスト記録だろ」
「うっせぇ! お前はそれで満足だろうがな! 俺にも男としてのちっぽけなプライドがあるんだよ!」
「……えっ?」
自己ベスト。後から走り始めたのに追いつかれた。お前はそれで満足。
これらの言葉を素直に受け取るならば、それはつまり。
「咲島くん……まさか」
「ああ、ここは男子の最後尾……いやー、まさか追いつかれるなんて、さすがにちょっとカッコ悪かったかな」
さわやか笑顔なユウを見て、ユリはあんぐりと口を開けた。




