17 《契約》 【Idol×Closing】
「うぉ……」
ユウの目の前にある、高級そうないかにも、といった車。傷の一つ、くもりの一つ、そしてもちろん汚れの一つも無い。漆黒のボディはピカピカに磨き上げられていて、ぽかんとしているユウのアホ面をしっかりと映し出していた。
「ほぉー……」
もちろん、内装だって半端じゃない。車特有のせせこましい感じがしないし、あの妙な嫌なにおいもしない。それどころか、どことなく大人っぽいような、そんな甘い香りさえしている。ゆったりと手足を広げることもできるから、ちょっとしたナイショの自室として使うことだってできるだろう。
「ふむぅ……」
目の前をゆったりと流れてゆく景色。いつも通っている見慣れた風景でも、揺れの一つない高級車で進んでいるとあってはなかなか格別だ。まるで自分が大きなパーティに招かれたセレブのような気分になってくる。
「車って案外バカにできねえのな……俺、大きくなったら高い車買おうかな……」
「……」
「あ、でも、車で出かける用事もないんだよな……。それに、これってもしかして外車ってやつか? 維持費とか燃費とか、結構するって噂を聞いたことがあるような」
「……」
「そう考えると、安めの軽自動車ってやつにして、自分の好みにカスタマイズとかしたほうが──」
「隣に私がいるのに、言うことがそれ!?」
ユウの隣に座っていたユイが──ユーリが叫んだ。運転していた姫野が「静かになさい」とぴしゃりとたしなめるものの、女のプライドをズタズタにされたユーリがその程度で収まるはずがない。
「ユウくん、もう知ってるでしょ!? 私、すっごいアイドルなんだよ!? そんなアイドルと二人きりで、車っていう密室の中にいるのに……!」
「つっても俺、アイドルのお前なんてあの時のしか知らないし……その、申し上げにくいんだけど、いつもの芋ジャージの不審者ってイメージしかなくて……」
「ひどいっ!」
ユーリの裏拳がユウの大胸筋に炸裂する。が、鍛えて鍛えて鍛え抜いた大胸筋が、たかだか一アイドルの裏拳ごときでどうにかなるはずがない。結果として、ユーリはその手の甲で至高の大胸筋の弾力を味わうだけとなった。
──あのあと。校長室に呼び出されたユウが、ユイと感動的な再会をした後のことだ。もうここには用は無いと言わんばかりに退室する姫野に、まるでそれが当たり前だと言わんばかりに腕を引っ張るユイにつられて、ユウはなぜだかこの高級車に乗ることになった。
事態の説明を求めるも、姫野は『ここじゃなんだから、別の場所で』の一点張り。さすがに取って喰われることは無かろう、山に放り出されることもあり得ない、ヤバい事務所や変な施設に連れてかれそうになったら全力ダッシュすればいいだろう──と腹をくくったユウは、目的地も知らぬままこうして車に揺られることとなったのである。
もちろん、ユウも内心ではそれなりにビビっている。場所を移したということは、つまりは聞かれちゃ困ることを話すというわけで、ついでに言えばアイドルのプロデューサーをしている姫野がユウを呼び出す理由がわからない。お礼だけだったらあの場で十分できるはずだし、今この瞬間わざわざ同行を願う必要もないだろう。
何より気になるのが、あの時ユーリが放った一言だ。
──転校生のユーリですっ! えへへ、来ちゃった!
「来ちゃった、じゃねえよホント……。そんなのリアルで初めて聞いたよ……」
「ん? なんか言った?」
「いんや、何にも」
嬉しさと困惑が十二分に入り混じった、そんな気持ち。名前を付けられないそれに心惑わせられるユウに、嬉しい気持ちを隠せないとばかりに楽しそうなユーリ。車を運転する姫野はほとんど言葉を発しないものだから、車内には必然的にユーリの甘い声が響いていく。
「あ、そうだ、ユウくん」
「お、どした?」
唐突にユーリが発した、そんな声。ユウが何気なく隣を見てみれば、ユーリは少し泣きそうな表情で、ユウの顔をまっすぐと見つめていた。
「お腹の傷……だいじょうぶ?」
「ああ、あれか……」
お腹の傷。ユウがユーリをかばった際に負った、鉞による一撃。アイドルの夢のステージを血で汚す羽目になってしまったそれではあるが、見ての通りユウはぴんぴんとしている。
「その日のうちに風呂に普通に入れるくらいには問題ないぜ? まぁ、多少は沁みたけど……」
「……ホント? 嘘、ついてない?」
「こんなことで嘘なんてつか──」
「えいっ!」
「うおぁっ!?」
逃げ場のない車内での、不意を突いた一撃。さすがにまさかそんなことはしないだろうというユウの予想はきれいに裏切られ、ユーリはその全力を持ってユウのワイシャツ──若干の男子高校生スメルがする──をめくり上げた。
ぺろんと晒される、ガチガチの腹筋。男子なら一度は憧れるであろう、見事に六つに割れたそれ。そんなユーリの大好物な腹筋には、傷の一つも見受けられない。
「あー……よかったぁ……!」
「……心配してくれるのはありがたいんだが、その、なんで指を這わせる?」
「えっ? だって、見えないだけで傷があるかもしれないし……」
「……」
尤もな話ではある。が、腹筋を触られるユウにとってはたまったものじゃない。こんな密室で──ユーリは気づいていないが、かなり密着した状態で素肌を女子高生の指で撫でられて、平常でいられる男子高校生がいるはずないのだ。
ましてや、相手は話題沸騰の大人気アイドルである。なんだかんだ言ったって、ユウも男である以上、その辺は看過することが出来ない。
「どっちかっていうと、腹より手の方が傷は深かったからな」
「あっ、そうだ! 手の方はどうなの!?」
パッとユーリはユウの手を取った。朝のジョギングで慣れてなかったら危なかったと、ユウは心の中だけで呟いた。
「う……少し、痕が残ってる……」
「いや、こっちはロープで擦ったやつ。思いっきり掴んでたし、火傷も多少は入ってる。逆に切り傷はほとんど無いから安心しろ」
「安心できるの、それ? それに、あの時確かに素手で鉞を……刃を握ってたよね……?」
「……コツがあるんだよ。いずれにせよ、すぐに治るから問題ない」
「……ホント?」
「ああ。それに、アイドルの可愛い顔に傷が出来るほうが問題だろ?」
「~~っ!」
ユーリにとっては、割と普段から言われ慣れているはずの言葉。それこそ、聞かない日が無いくらいにありふれた言葉。だけれども、それを放った相手がユウだというたったそれだけで、ユーリは堪らなく恥ずかしくなり、真っ赤な顔をごまかすようにユウの肩をぱんぱんと叩いた。
「そ、そゆことっ! 思っていても言う!?」
「なんだよ……褒めろっつったり褒めるなつったり……。だいたい、似たような言葉はいくらでも言われてるだろ? ウチのクラスでもすげえ話題だぞ」
「そうだけど、そうだけどぉ……!」
「──どうでもいいけど、そろそろその高校生みたいなやりとり、控えてもらえる? ……この年代になるとね、そういうのがすっごく効くのよ……!」
ここで、無言で運転するばかりだった姫野が声を上げた。後部座席から発せられる青春真っ盛りなやり取りに耐えられなくなったのだろう。例え姫野じゃなかったとしても、ただの友達というにはいささかフレンドリー過ぎるユーリのユウのやり取りに、物の一つも言いたくなっていたはずだ。
「ユーリ。あなたは一応はアイドルなんだから、もっとこう、普段の態度とか対応の仕方とか、しゃんとしなさい。いつも言っているでしょう?」
「うう……ごめんなさぁい……」
「……やっぱ問題あるって思われたんだな、アレ」
「そりゃあね。それがこの娘の持ち味とは言え……ちょっとファンに寄り添い過ぎよ。実際、ああいう形で問題だって起きたわけだし」
「…………」
「あともう一つ。アイドルたるもの、あの程度の言葉で狼狽えないの。……いい? あなたはアイドルなのよ? そんなアイドルと一緒に話していたら……普通の男の子なら、多少はドキドキしたりぎこちなくなったりするものよ」
なんだか変な方向に話が進んだぞ──という、ユウの予感は間違っていない。この話の流れを考えると、次はユウが普通の男の子じゃないと来るか、あるいは──。
「そうなの? でも、ユウくんってばいっつもこんな感じだし……」
「いつも、そうなんでしょう? じゃあ、間違いないわ」
穏やかな……まるで、母が娘を優しく諭すような姫野の声。傍から見れば慈愛すら感じるそれ。しかし、ユウにははっきりと、その声の中にちょっぴりいじわるな何かが混じっているのが感じられた。
「男の子があんな風にとぼけた態度を取るのは──いつだって、照れ隠ししている時なんだから」
その後の車内には、姫野がかけたお気に入りのCDの曲だけが響いていたらしい。
▲▽▲▽▲▽▲▽
やがて、姫野が運転する車は目的地へと到着した。ユウの学校から有料道路を使って三十分と少しの距離にある、如何にも都会ですよといったオシャレな建物で一杯の場所だ。
ただ、都会と言っても高いビルが乱立しているわけではないし、無駄に車線が多かったり、あちこちに地下鉄への入り口があるわけでもない。都会特有のゴミゴミした感じが一切しない……言うなれば、セレブが住む高級住宅街に近い雰囲気を放っている場所だった。
「さ、到着よ」
「お、おぉ……」
美大のキャンパスみたいだな……というのが、ユウがその建物に抱いた第一印象だった。一般住宅にも、普通のオフィスビルにも見えないその建物だが、なんとなくお金がかかってそうな雰囲気だけはある。所々に観葉植物やお洒落なランタンのような街灯もあったりして、ユウのようなどこにでもいるむさ苦しい男子高校生とは縁が無い場所であることだけは間違いない。
「ユイ、ここは?」
「事務所!」
勝手知ったる我が家とばかりに、ユーリと姫野はその建物の中へと入っていく。置いていかれたらたまらないとばかりに、ユウも慌ててその後に続いた。
「事務所ってやっぱり、アイドルの?」
「そりゃあね!」
事務所と言えばバイト先のそれしか知らないユウにとって、目の前に広がる光景はあまりにも幻想的過ぎた。
来客を迎えるためだろうか、入り口の自動扉のすぐ先にはエントランスのようなフロアがある。あちらこちらに売り出し中のアイドルのポスターが張ってあったり、イベント告知の横断幕のようなものがあるのはもちろん、間接照明やふっかふかなソファなんかも置いてあったりして、どちらかというと高級ホテルのエントランスのような雰囲気だ。
受付にはもちろん、その人自身がアイドルなんじゃないかってくらいにきれいなおねーさんがいる。姫野とユーリにぺこりと頭を下げ、そしてすぐ後ろにいたユウに気付くと、思わずドキッとするような、どこか抗いがたい魅力のある笑みを浮かべた。
「……ふん!」
「おっと」
ユーリから飛んできた裏拳を、ユウはしっかりガードする。さすがに身の自由が利く状態で、素人からの一撃を貰うわけにはいかなかった。
「なにすんだよ、ユイ」
「べっつにー? ……ユウくんってば、年上好きなの? なにさ、そんなデレデレしちゃって!」
「デレデレしたつもりはないけど、男はみんなあーゆーきれいなおねーさん、大好きだぜ?」
ユウとユーリのやり取りを見てくすくすと笑う受付のおねーさんに、姫野は一言二言声をかける。応接室じゃなくて、小さな会議室を使いたいの……という言葉を、ユウの鋭敏な耳はしっかりと聞き取ることが出来た。
「二人とも。遊んでないで行くわよ。ちょうど、二階の部屋が空いてたから」
「はーい!」
そして、通された会議室。アロマでも焚いているのか、ほんのりと甘い香りがしている。ソファは校長室にあるものよりもはるかに立派で、机はヤクザの事務所にあるものかのように威厳がたっぷりだ。
どうぞ、と促されたのでユウは若干びくびくしながらその高級そうなソファに座る。対面に姫野が座り、その隣にユーリも腰かけた。
ほとんど同じタイミングでコンコン、と部屋の扉がノックされる。先程の受付のおねーさんが入ってきて、ユウとユーリの前にオレンジジュース──それもストロー付きだ──と、姫野の前に紅茶を置いて、静かに立ち去った。
「さて」
たったの二文字。姫野はそれだけで、会議室の空気を一変させた。
具体的には、オレンジジュースに手を伸ばそうとしていたユーリが思わず手をひっこめ、そしてユウが無意識に背筋を伸ばしてしまうほどに、緊張感のある空気を創り出したのだ。
「まずは改めまして──咲島ユウくん。先日は、本当にいろいろとありがとう。この娘のプロデューサーとしても、この娘の友人としても……あらゆる意味で、あなたには心からの感謝を伝えたい」
「あ、いえ、どうぞお構いなく……」
分かっていたとはいえ、姫野の真剣過ぎる態度に、ユウは思わず面食らった。
「ホントは、この程度の感謝じゃ全然足りないし、謝罪だってしなくっちゃいけないんだけどね。……くどいようだけれど、本当に傷は大丈夫なの?」
「え、ええ。それについては本当に大丈夫なので。むしろ、その、こっちとしてもあまり大事にしてほしくないというか……」
「十分大事だし、むしろ被害者で功労者でもあるあなたは、もっと積極的に喧伝してもいいと思うけれど。……もしかして、この娘の評判に傷がつくとか、そういうことを気にしてる?」
違うんだよなぁ、とユウは苦笑いをした。ユウが大事になることを恐れているのは、損害賠償と過剰防衛、それに下手に大事になるとクラスの連中がうるさくなりそうだ……という、とても個人的な理由だった。
「その……いろいろ壊しちゃったし、相手の方もだいぶ痛めつけちゃったし、マスコミなんかも……ねぇ?」
「壊した分については問題ないわ。こっちの責任だし、むしろ警備会社の方が責任を感じて建て替えさせてくれって申し出ているくらいだもの。モールの方からも、「人の命と備品をどうして天秤にかけることができようか。無事だというそれだけで十分よ」……だなんて、カッコいい言葉を頂いたもの。これについては、あとはもう大人で話し合うから、あなたは一切気にしなくていい」
「あー……やりすぎちゃった分は?」
「やりすぎ? 個人的には、もう二度と立ち上がれないくらいに痛めつけてほしかったのだけれど」
姫野がキレているのが、ユウにははっきりわかった。いや、ユウでなくとも気付くことができただろう。綺麗な顔立ちをしているというのに、その額にはそれをぶち壊すほどにはっきりとした青筋が浮かんでいるのだから。
「マスコミについても……あなたの身元が割れそうなものは、こっちの総力を挙げて回収させてもらったわ。この娘のファンのみんなも、すっごく協力的でね? 自主的に情報を流さないよう動いてくれているから助かってるの。……一件だけ、グレーっぽいのが流れちゃったけど」
「ああ、あのニュースになってた……」
「ニュースもそうだけど、ネットの勢いがすごかったわ……残念だけど、あればっかりはもうどうしようもない。ごめんなさいね」
「や、別にほとんど後ろ姿だけだったし……俺もあのとき、わかっていて見逃したので」
「……そう言ってもらえると助かるわ」
どうやら、事務所側としてもあまりアレを大事にしたくはないらしい。つけるべきケジメをしっかりつけて、いつも通り、元通りのそれになるべく早く戻したいのだ……という空気が、姫野の言葉の端々から漏れていた。
「ふう。それと、いつぞやは不良に絡まれたこの娘を助けてくれたんだっけ? その後も、ジョギングの面倒を見てくれたとか……まさか、男の子だとは思わなかったけれど」
「あ、はい……ユイ、言ってなかったのか?」
「うー……だって、変に心配されて、外出禁止令とか出されたら嫌だったんだもん……」
「もん、じゃねえだろうよ。お前そんなんだから、熱だしてぶっ倒れる羽目に……」
「あ゛っ」
アイドルの喉から出たとは思えない濁った声。ユーリの顔にはやっちまったという文字が大きく大きく描かれていて、さらには恐怖にひきつっている。
「……熱が出たから休むって連絡は聞いたわ。ジョギングで体を冷やしたのが原因って聞いたけど?」
「う、あ、その……」
「ぶっ倒れたってのは初耳ね。ユウくんが知っているってのも驚きね」
「えう……」
「ユウくん」
「はぃっ」
なんでこの人こんな綺麗な顔をしているのにこんなにもドスが効いた声を出せるんだろうと、ユウは心の底から不思議に思った。
「なるべく簡潔に、お願い」
「ジョギングの約束してました。雨が降ってて、いつもの場所で待ってたこいつが熱で倒れました。連絡先がわからなかったので、うちに運んで看病して、そのあとすぐに家に帰しました」
「……あなたが常識のある子でよかったわ、ホントに」
後でお説教だからね、と姫野は冷徹な瞳でユーリに告げた。これじゃあアイドルとプロデューサーというよりは、先生と生徒、あるいは姉と妹のような有様だ。ユウは普通のアイドルとプロデューサーの関係を知っているわけではないが、それでもこの二人の関係が業界のスタンダートじゃないことくらいはわかる。
「……そんな【真っ当な常識のある】ユウくんに、お願いがあるの。長くなったけど、今日の本題ね」
まずは確認したいことがあるの、と姫野はどこからか書類を取り出した。チラッと見えたそれには、あのライブステージの写真と、それをデフォルメして描かれた会場図がある。
「ちょっと信じられないけれど……あのとき、ユウくんは本当に飛び降りたの? この、四階から?」
「あー……まぁ、そうですね」
「ユウくん、そんな危ないことしたらダメだよ……!」
「うっせ。俺だからいいんだよ」
ユーリのことを適当にあしらいつつ、ユウはまっすぐ姫野の目を見つめる。なんだかそうしないといけないと思ったからだ。
「……それは、ついカッとなったとか、思わず体が動いたとか……勢いに任せた行動?」
「……勢いが無かったと言えば嘘になる。でも、そこはちょっと舐めないでほしい」
「は? 舐める?」
「俺にはあれなら確実にできるという確信があった。その上で、あの時自分が出来る最善を選んだ。確証も理由も無しに四階から飛び降りるなんてただのバカだ。それと一緒にされるのは我慢ならない」
「ある意味、理想的すぎる回答ね」
書類に何かを書きこもうとしていた姫野は、その手を途中で止める。もうこんなものには用が無いとばかりに、その書類を机の下へを戻した。
「前々から思ってたけど……ユウくんのカラダ、すっごいよねぇ……」
「待て、その言い方はなんかだいぶいかがわしいぞ」
「……ホント、心配になってくるくらいに悪くない子よね」
遊びは終わりだとばかりに、姫野がユーリのひざをぴしゃりと叩く。どこかで見た光景だなとユウが記憶を漁ってみれば、レストランなんかで母親が子を諌めるときのそれにそっくりだった。
「ユウくんにね、お願いがあるの」
「お願い? ……大したことが出来るとは思いませんけど。俺、見ての通り体くらいしか取り柄が無いし」
どんな無理難題を吹っ掛けられるのだろうと戦々恐々としたユウは、とっさにそんな言葉を放った。ユウはアイドルのことなんて全然詳しくないし、アイドル絡みの依頼をされたとしても、それに応えられる自信なんてまるでないのだ。だったらむしろ、妹の方がファッションだの最近の流行に詳しいので、少なくともユウよりかは役に立つだろう。
そんな思いとは裏腹に、姫野はにっこりと笑った。
「いいのよ。それがいいの。下心無しでこの娘と付き合えて、この娘のためにとんでもないことをやってのけたあなたが。四階から飛び降りる度胸も、それを確実にできると言い切った自信も──刃物持ちの凶悪犯相手に、臆することなく立ち向かえる勇気に、実際にそれをねじ伏せた実力。……ええ、本当に理想的。これ以上ないくらいに、ね」
「……つまり?」
ユウの直接的な聞き方が気に入ったのか、それともこの後の展開を予想して楽しくなったのか……姫野は、今日一番の笑みを浮かべて、はっきりと言い切った。
「──《契約》しましょう? この娘のボディガードをお願いしたいの。ほかでもない、ユウくんに」
Idol:アイドル
Closing:契約の締結
一区切りついたので、今後は週一更新に移ります。




