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14 ワイドニュース:正体不明の一般人


『──先日、アイドルのユーリさんのライブイベントにて、凶器を持った男が乱入するという事件が発生しました。警察の調べによると、男はライブ後の交流会の際に、順番待ちの列の真ん中で中型の鉞を取り出し、そのままユーリさんに襲い掛かったとのことです』


『男はその場で取り押さえられましたが、取り押さえに関わったファンの一人が重傷を負ったとの未確認情報もあります。警察は傷害の現行犯で男を逮捕するとともに、取り押さえに関わったとされるファンから事情を聴取すべく行方を追っています』


『また、ユーリさんの所属事務所は今回の件について、「世間をお騒がせしてしまい大変申し訳ありません。ユーリのアイドル活動については、彼女自身の精神状態を考慮し、しばらくお休みさせていただきます」──といった主旨のコメントをしています』



「いやぁ、五郎丸さん……今回の事件ですけれども」


「全く度し難いとしか言い様がないな! 襲われたのがアイドルだとかそういうのを抜きにしても、どうして好きな相手に対して刃物を向けようと思うのか……まるで理解できんよ」


「俗に言うアイドルオタクってやつだったんですかね? 私自身ユーリちゃんのファン……まぁ、アイドルオタクの一端であるので、こういったイメージが損なわれることをされると……」


「いいや、そんなことはどうでもいいんだよ。こう言っちゃなんだがね、私は元々アイドルオタクなんてまともな人種とは思っちゃいないんだから」


「ちょ、五郎丸さん、いくらなんでもそれは言い過ぎでは?」


「言い過ぎなもんか。人一人が襲われた事件で真っ先に心配するのが自らのイメージダウン? 違うだろ? 心配すべきは被害者だろうが! そういうところが、まともな人種と思われない最たる所以だ!」


「ぐ、そ、それを言われると……!」


「まぁ、アイドルオタクだろうがそうでなかろうが、彼女はこれだけ人を惹きつける魅力を持っているんだ。その中に一人変なのが混じっていても不思議はない。たった一人の愚か者のために全体が悪く言われるのは良くないだろうよ。……議論すべきは、アイドルが襲われてしまったという事実そのものと、それを防いだのが正体不明の一般人という所だろうが?」


「……え、ええ、まぁ。それについてはネットの方でも大きな話題となっていまして。セキュリティがザルだとか、ボディチェックはしていなかったのかとか、警備員やスタッフは何をやっていたのだとか……」


「そうだ、議論すべきはそういうことだ。あんたは仮にもコメンテータとしてここにいるんだから、そういうことを話すべきだろう。ネットの連中のほうがまだ物分かりが良いぞ」


「……えー、私の不徳の致すところはまた後でお叱り頂くとして」


「実際、警備員は何をやっていたんだ?」


「それなんですけどね、どうも件の男は順番待ちの列で鉞を取り出して、それからユーリちゃんの所に向かったらしいんですよ。最初に鉞を抜いた段階で何人もの人がパニックになって、何事かと向かったスタッフはその人波に飲まれたみたいです」


「逃げ惑う人たちに飲まれて肝心の護衛対象ががら空きになった、と」


「その場に居合わせた人からの話を聞く限りでは、そういうことになりますねえ。ただ、なにせみなさんパニックになっていたわけですし、あの人混みです。真実がどうなのかってのは……ねえ?」


「ふん。いずれにせよ、成すべき仕事を果たせなかったのは事実。不可抗力か、あるいは恐れをなして逃げ出したのかはわからないが、その点だけは間違いない。凶器を持ちこませてしまったという点も含めて、再発防止の策をきっちり練り上げ……その上で、通すべき筋を通さねばならん」


「ええ、それについては全くその通りだと思います。……その上で、今現在最も気になる存在が……」


「ふむ。犯人を取り押さえたファンか」


「ええ! 颯爽とユーリちゃんの危機に駆けつけ、あっという間に犯人を打倒し、そしてそのまま何事も告げずに去っていく……! ヒーローですよ、これは!」


「人助けをした、というのは大いに褒められるべきことだろう。だがしかし、本来はそれは警察の仕事だ。今回はたまたま上手くいったものの、変に出しゃばって事態が悪化していた可能性もあった。現に……」


「現に?」


「問題の人物はケガをしているのだろう? 誰でもケガをする可能性が……最悪の事態になる可能性があったんだ。状況が状況なだけに、私個人の感情としては大いに褒め称えたいが、しかし決して、褒められる行為じゃない」


「五郎丸さん、あなたやっぱり面倒臭い性格してますね」


「うるさい。……それで、ちょっとはコメンテータらしいことをしたらどうだ?」


「コメンテータらしいかどうかはともかくとして、件のファンの正体が気になりますね。なにせすぐさま現場から立ち去ったので、情報らしい情報が無いんですよ」


「ほう?」


「わかっているのは、ユーリちゃんをかばってお腹を切られたらしいということ──」


「待て。らしい、というのは?」


「切られたところを見たって証言がたくさんあるんです。そして、現場からはそれらしい血痕も見つかっています。ですが──その人物はぴんぴん動いていたんですよ」


「ふむ?」


「話をちょっと戻しますけどね。件の人物はユーリちゃんをかばった後、犯人をぼっこぼこにしているんですよ。警察もユーリちゃんの事務所も何も言っていませんが、そりゃもうだいぶエグかったらしいです」


「ふん。当然の報いだな」


「で、犯人が動けないことを確認したのち、その人物は人とカメラの壁を突破し、誰にも追いつけない速度でどこかへ立ち去ったのです」


「……相当な人混みじゃなかったか? それに、野次馬根性猛々しい連中が絶対いたはずだろ?」


「ええ、その通りです。しかし……我々としても情報提供者を募ったのですが、目撃証言こそ得られたものの、画像としてはぶれた影くらいしか」


「……凄まじい身体能力の持ち主だな」


「ええ。……実はそれに関連しまして」


「おい、なんだこれは……会場のミニチュアか?」


「そうですね。結構簡略化してはいますが、建物やステージの位置関係や大きさの比率なんかはバッチリです。現に、何も言わなくても会場だってわかったでしょう?」


「それはいいが、どうしてこんなものを? まさか怪獣映画でも撮るつもりか?」


「なんか妙に例えが古いですね……違いますよ、まずはこちらを」


「……おい」


「はい?」


「なんだこれは……!?」


「見てわかりませんか? ……えーと、ミニチュアのこの位置にあった監視カメラの映像ですよ」


「お前、さっき記録は無いって言ったじゃないか!」


「『画像としてはまともなものが無い』、ですよ。映像としては一応それなりのをなんとかかんとか入手しました。弊社はジャーナリストとしての使命を帯びているので」


「お前、嫌われる性格しているな」


「五郎丸さんほどじゃありません……さて、問題の映像ですが」


「む……」


「事件の現場は画面の左上端のほうですね。ちょっと見切れちゃってますが、ユーリちゃんとファンの女の子と……」


「犯人、だな。モザイクで消しているが。……それにしても、本当に酷い人の波だ。パニックになっているのが、この低い画質からでもありありと伝わってくる」


「問題の警備員の姿は見えませんが、これに飲まれたら確かに成す術がないでしょう……あ、男が動きました」


「ああ! もう! 見ていられんよ!」


「えー、モザイクで見えにくいので一応補足しますが、男の鉞による一撃を、ユーリちゃんが女の子を抱えたまま横っ飛びで躱したところですね」


「おい!? どうして逃げないんだ!? 速く立ってくれ……!」


「落ち着いて五郎丸さん。……どうも、足を痛めているように見えますね。遠目からじゃよくわかりませんが、若干引きずっているというか、力が入ってないというか……」


「くそっ! 若い娘が子供を身を挺してかばってるんだぞ! ファンを自称するならどうして助けに行かんのだ!? 一人じゃ無理でも、これだけの人数がいるのなら……!」


「五郎丸さん、ホントに落ち着いて……。さっきあなたも言ってたじゃないですか。そういうのは警察の仕事ですって。一般人にそういうのを迫らないでくださいよ」


「し、しかし……!」


「それにほら、よくみて。すぐ次のシーンですよ……!」


「な、なんだ!? 誰かが飛び込んで来たぞ!?」


「しかもそのまま……割り込んだ! 男とユーリちゃんの間に割り込んだ!」


「ちくしょう! 肝心なところがよく見えんぞ!」


「だけど、お腹を切られたのは間違いなさそうです」


「血は出ていないみたいだが……いや、出ているのか? ほら、今何かが垂れたような……」


「どうなんでしょうね。画質が画質なので何とも言えないですが……ただ、この時点で彼はぴんぴんしているみたいなんですよ」


「ふむ……確かに、普通に立ってい……なんと!?」


「一瞬で犯人が地に伏しましたね」


「な、なんなんだこれは? 犯人が襲い掛かったと思ったら、次の瞬間に……!」


「鉞を素手……で受け止めて、どうやったかそのまま手首を握って固定。たまらず犯人が鉞を手放したところで首に一撃。そのまま流れるように投げ飛ばしました」


「……見えたの?」


「ジャーナリストですから」


「空手とか柔道とかやってた?」


「少なくとも彼は違うでしょうね。合気道にもあんな動きは無いです。ただ、相当場慣れしているのは確かでしょう」


「なぜ、そう言える?」


「首の一撃。あれね、たぶん本来ならやらなくてもいいんですよ。でも……ほら、映像のここ。ユーリちゃんが女の子を抱きしめているでしょ? よく見ると、目と耳を塞いでいるみたいなんですよ」


「あの娘、優しいんだな」


「なんでそうしたんだと思います?」


「なんでって……」


「この直前。鉞を受け止めた彼が不自然に少し動きを止めている。たぶん、ユーリちゃんに女の子の目と耳を塞ぐように言っていたのでしょう。これから起こるショッキングな出来事を、見せたくなかったんでしょうね」


「……」


「その上で、首の一撃。……あれやるとですね、悲鳴が物理的に出せなくなるんですよ。どんなに体が痛くても、です。……ええ、彼は本当によくわかっている」


「……お前、本当にジャーナリストか? なんだかすごく怖くなってきたんだが」


「まぁまぁ。それよりも、気になることがありませんか? ……さっき見た通り、ステージの周りにはパニックになった人の壁が出来ていました。じゃあ、彼はどうやってステージまでたどり着いたのか?」


「……ああ! 言われてみれば!」


「そこで役に立つのが、この会場を模したミニチュアです」


「ようやっと出て来たな、それ」


「彼の登場シーン……画面の手前から飛び込んできているのがわかります。ただ、ここでよくよく見てみると……」


「……なるほど、飛び込んできたのは間違いないが、妙に違和感があるな。そう、まるで……」


「──何かに吹き飛ばされたかのように、ですね。少なくとも自力で跳んだってかんじではありません。明らかに外部からの力を受けています」


「あれか? どこぞのアニメみたいに、スケボーか何かに乗って飛び込んできたとか?」


「それがですねえ……もっとすごそうなんですよ」


「ふむ?」


「カメラがあったのはミニチュアのこの位置。彼は映像の手前から飛び込んできた……つまり、角度的に考えてミニチュアのこの直線状のどこかからやってきたと考えられます」


「直線と言ってもけっこう幅があるが……」


「その上で、飛び込んできたときの地面から高さ方向の角度を、この映像を元に専門家に検証してもらったところ……」


「……は?」


「ここです、ここ。彼はこの空中からやってきたってことになるんです」


「……考えるのが面倒になった。結論から言ってくれ」


「つまらないですねえ……。ゴホン、結果だけ言うと、彼がいたのはこのモールの四階立見席。吹き抜けになっているここです」


「おいおい、四階だなんて何をそんなバカな……そりゃあ、マントのヒーローみたいに空を飛べるなら大丈夫だろうが」


「飛んだんですよ、彼」


「……は?」


「ここから飛び降りて、ここの飾りにつかまって振り子の要領で次の飾りに。そうやってターザンみたいに飾りを伝っていったんです」


「……」


「ね? 問題なくステージまで繋がるでしょう?」


「いや、しかし、それはあくまで理論上はってだけだろう?」


「『誰かが飾りにぶら下がっていた』、『切れた飾りが落ちてきた』、さらには『手すりから飛び降りた少年がいた』との情報をキャッチすることが出来ました。……パニックになった民衆の言動ってことで、誰からもまともに取り合ってもらえなかったみたいですけど」


「……ジャーナリストってすごいな」


「実際にポールがひしゃげたり飾りがめちゃくちゃになったりしていますから、間違いないでしょう。件の立見席を調べたところ、なぜか手すりにくっきりと靴跡も残されていました」


「確定か」


「だから、彼も逃げたんでしょうね」


「……どういうことだ?」


「いや……五郎丸さん? 確かに彼はユーリちゃんを助けましたけど、先程述べた通り会場はめちゃくちゃです。器物損壊甚だしいです。このカメラだって、彼の勇敢なる行動の余波を喰らってそのまま地面にキッスしたんですよ」


「ああ、だから映像があそこで終わっていたのか……待て、まさか器物損壊罪で逮捕だとか、弁償しろだとかそんなことを言っているわけではあるまいな?」


「モール側に言う権利はあるかもしれません。そして、犯人のケガの具合から考えると、過剰防衛が成立して逆に暴行罪で訴えられることも」


「なんだと!?」


「ですが、それらしい訴えはでていないみたいです」


「当然だ! 感謝こそすれ、悪人に仕立て上げるなんて、法が許しても私が許さん! 弁償しろというなら私が金を出す! 保釈金が要ると言うなら、いくらでも出してやる!」


「五郎丸さんのそーゆーところが、たぶん憎みきれずに愛されるところなんでしょうねえ……。まぁ、そういった意味で彼が追われることは無いでしょう。警察は行方を追っていますが、詳細を知りたいってだけだと思います」


「というか、それ以上は出来ないだろう。これだけの大事件の功労者に酷い真似なんてしたら、国民が……私が黙っておらん。……それよりも、彼のケガの心配をするべきだ」


「つくづく、防犯カメラの映像があそこで終わっていたのが惜しいです。もう少し続いていれば、彼とユーリちゃんのやり取りや、彼が逃げたであろう方向がわかったかもしれないのに……」


「……一応聞くが」


「なんでしょう?」


「まともな画像も、まともな映像もないんだよな?」


「まともじゃない映像ならありますけどね」


「怒るぞ」


「えー、こちらが視聴者より提供いただいた件の映像です」


「お……かなり近くだ。スマホで撮ったのかな」


「ちょうど男が投げ飛ばされた直後、ですね」


「安全になったから余裕が出来たってところか。……思っていたより若そうな少年だな。絶妙に顔が見えんのが実に惜しい」


「でもユーリちゃんの顔は映っていますよ。しかも泣き顔です」


「……うん? なんだ、こっちを指さしてる?」


「いや、それよりも彼の手に巻かれているの……ユーリちゃんのリボンですよ、リボン。ファンとしてはこれは見過ごせません。いったい何があってどうしてそうなったのか、しっかり問い詰めないと……」


「そういうところが! アイドルオタクが嫌われる原因だと……あ」



 ──撮っちゃ、めっ!



「……」


「……」


「……ユーリちゃんにかばわれていた、女の子ですね」


「だな」


「誰かに作ってもらったんですかね、この衣装」


「ああ、良く出来ているし、あの子に良く似合っている。実に可愛いし、愛情を強く感じるよ」


「未来のアイドルですよ、彼女は。なんかガラにもなくほっこりしています。でも、これは……ねえ?」


「こうもしっかりカメラを遮り、そして撮影者もたじたじになって電源を切っている。強い子だよ、本当に」


「……何が彼女をそうまでさせたんでしょうか」


「……同じ女として、後ろで起こっていることを第三者に見せたくないと思ったのだろうなぁ」


「なんですか、それって」


「そりゃあ……まぁ、察してやるのがファンとしての在り方じゃないのか?」


「いえ、ユーリちゃんのファンとして、それだけははっきりさせないといけません。ここだけは、私がどんなに頑張ってもきちんとした情報は得られませんでした。画像、映像、はたまた目撃証言の一切合切です」


「……あのアイドルの娘、愛されているのだな」


「こんなこと、絶対にあってはならない……ッ!」


「……あの女の子の判断は正解だったようだ。そしてやっぱり、アイドルオタクは好きになれそうにない」


「我々はッ! 件の少年の情報を強く求むッ! どんな些細な事でも構いません! 知っていることがあれば、画面の下に出ているこのアドレスにどしどしと……ッ!」



▲▽▲▽▲▽▲▽



「これね、昨日のワイドニュース。テレビを見ないおにーちゃんは知らないだろうけど、今はどのチャンネルでも似たようなのをずっとやっている」


「お、おう」


「中でもこれは、ネットでも大きな話題になっているやつね。ほとんどろくに情報が無い中で、ほぼ独占的に新しい情報を提供したのもそうだし、辛口批判で有名な五郎丸さんとコメンテータのやり取りが面白かったから」


「た、確かに、コメンテータの人の最後の暴走っぷりはすごいな。スタッフが慌てて出てきて止めるなんて、早々みられるもんじゃないぞ」


「うん。ネットでもその辺がかなり話題になっている。動画サイトじゃ昨日の今日の話なのに……ワイドニュースの一幕なのに、このシーンだけで数万回も再生されている」


 ほら、と年頃の娘にしては酷く筋肉質な指が、パソコンのディスプレイの一部を指す。そこに示されている数字は五桁を示しており、あともう少しで六桁にも届きそうになっていた。


 ぽん、とユウの右肩に逞しく大きな手が置かれる。


 ゾクっと背筋が凍りつき、ユウの本能が今すぐここから逃げろと煩く警鐘を鳴らした。


 パソコンを覗いているのはユウ。自分の部屋で、自分の机に置いてあるパソコンに向かい、自分の椅子に座ってそれを眺めている。


 否。


 眺めさせられているのだ。


「ねえ、おにーちゃん……?」


 たん、とユウの左肩に逞しくて大きな手が置かれる。


 ユウよりもはるかにガタイの良い妹──アイは、後ろから抱き付くようにしてユウの耳元に口を近づける。


 いつもと違う、どこか据わった声音。


 がっしりと掴まれ固定された肩。


 ユウは、動こうにも動くことが出来なかった。


「なんで、どうしておにーちゃんが」


 めきり、とユウの肩からちょっぴり嫌な音がした。


「こぉぉぉんなものを持っているのかなぁぁぁぁ?」


 ぷらり、とユウの目の前に見覚えのありすぎる白い布が下げられた。


 その白い布には、わかる人にはわかってしまう特徴的な色合いのシミがある。この手のシミは時間が経てば経つほど落ちなくなるのだ。ある意味じゃ、当然のことと言えるだろう。



 ──こりゃあ、ミスったな。



 いつもの癖でついつい洗濯機に入れてしまった自分を、ユウは心の底からぶん殴りたくなった。


「おにーちゃん……」


 しかし、それは叶わない。


 なぜなら、彼は今妹によって絶賛拘束中なのだから。


「──ユーリちゃんと、どういう関係なの?」


「いや、その……」


「なんで私に黙っていたの?」


「だ、だから……」


「答えて」



 咲島ユウ。十六歳。この春から高校二年生になる、青春真っ盛りな一般人。道場の後継ぎというちょっと変わった肩書を持つ彼は、『浮気を問い詰められるようなセリフを妹から聞くことになるとは思わなかった』、『せめて血のつながりのない相手から言われたかった』──だなんて、高校生男子らしい考えを抱き、これから起こるであろう苦難を考えないようにしていた。

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